95話目
そろそろ100話見えてきました。
終わりはどんどん逃げていってる気がします^_^
「幻日サマはここデスね」
プリュイ便で連れてきてもらった先は、使われてるのを見るのが初めてな気のする部屋だ。
「ここって、確か応接室? みたいなところだったよな」
思わず訊ねるように呟いたが、すでにプリュイは掃除に戻ってしまったため、俺の呟きに答える声はない。
「お客様なのか? プリュイは何も言ってなかったけど……」
どうしよっかなぁと俺が扉の前で悩んでいると、微かな話し声が漏れ聞こえて来る。
もちろん高級な主様宅の扉だから分厚いし、はっきりとした内容は聞こえないけど、主様が誰かと話してるのは何となくわかってドアノブに伸ばした手が止まる。
「女の人だ……」
これがフシロ団長とかドリドル先生なら、気にせず突っ込んでいけるけど、女の人とお話してるなら邪魔するのはなんか駄目だよな。
シクシクする胸に気付かないフリをして、俺はトボトボとプリュイの去っていった方向へと歩き始める。
連日続いていた雨は止んで芝生は乾いてるし、中庭なら主様の結界内だからプリュイに心配かけないかなぁと夕陽の射す中庭を窓から眺める。
フシロ団長のお屋敷と比べると少し寂しい中庭だが、俺は嫌いじゃない。
高い生け垣で囲われていて外から見えず、小さめの花壇が一画を占めているが、今は季節外れなのか何も咲いていない。
あと何か咲くのかわからないが、丸く整えられた低木が数本バランスよく植えられている。
足元はふかふかの手入れの行き届いた芝生なのだが、俺は少し違和感を覚えて瞬きを繰り返す。
裏口方面の芝生が少し乱れていて、低木に隠れて見えにくい所に何か見慣れない物があるの見つけて傾げる。
「……拾い忘れたゴミ? プリュイがいるのに珍しいなぁ」
裏口まで行くのが面倒臭いので、手近な窓を開けてそのまま外へと出る。
幸いにもここは一階だ。ま、今の俺の体のスペックなら、二階でも行けそうな気はする。
足首捻ったら嫌だからやらないけど。
「なんだろ、あれ……」
一応警戒しつつ近づくと、それは使い込まれた両手剣だった。
主様がこの間見せてくれた呪われ剣より太い刀身のそれは、使い込まれてはいるがしっかり手入れがされていて、大事にされていたのがわかる。
「っ……!」
柄を両手で掴んで持ち上げようとするが、重さより何より長さ的に俺では持ち上がらず剣先はまだ地面に触れている。
「ていうか、抜身だし。鞘だけ持って帰った? トルメンタ様が落としていった?」
剣と戦いながらブツブツ呟いていると、背後からヌッと伸びて来た手が柄へと添えられ、からかうような笑い声が落ちてくる。
「いやいや、落とさないからな? それに鞘だけ持って帰って、剣捨てて行く意味わからないから」
ほら危ないから離せ、と優しく促す声に従って剣から手を離して振り返ると、そこには騎士団の制服を着たトルメンタ様が笑っていた。
「これは……まぁ、うん、忘れ物だ」
妙に濁した言葉を口にしながら、トルメンタ様は手早く刀身を分厚いさらしみたいな布で覆い隠していく。
「というか、落とし主の選択肢なんでおれだけ? 親父殿だって帯剣してるし、オズワルドもしてるぞ?」
手慣れている仕草に見惚れていていると、ジト目のトルメンタ様からそんなことを突っ込まれてしまう。
「えぇと、何となく?」
本当に言葉通り何となく出て来ただけだったので、俺はポリポリと頬を掻いてトルメンタ様から視線を外す。
「へぇ、何となく、ねぇ……」
さらにジトッとしたトルメンタ様の眼差しに、俺はもう開き直ってニパッと笑うと、剣をしまい終えたトルメンタ様を見上げて視線を合わせる。
「トルメンタ様は、うちに何の用だったんだ?」
「ったく、話を逸らしたな? まぁいいいが。……ちなみに、俺は母上のお迎えだ。馬車は後から来るんで、おれだけ騎士団本部から歩いて来たところだったんだが、危なっかしいことをしているお前を見つけて、慌てて駆け寄ったんだよ」
布を巻き終えた剣をその辺に放り投げながらトルメンタ様が説明してくれた内容に、俺は驚いて瞬きを繰り返す。
「ノーチェ様来てるのか?」
「あぁ。会ってないのか? まぁ、会ったならジルヴァラがここに一人でいる訳もないか」
一人で納得した様子のトルメンタ様は、俺を抱き上げて裏口から家の中へと進んでいく。
「歩けるんだけど……というか、歩きたいんだけど」
「おれがジルヴァラを抱っこして歩きたいんですー」
俺の文句にまるで子供のような言い返しをしてくるトルメンタ様に、堪え切れず吹き出してしまう。
「仕方ないなぁ。そこまで言うなら抱っこさせてやるよ」
「そりゃ、どうも」
わざとらしく尊大な態度で胸を反らしてみせると、トルメンタ様はくすくすと声を上げて笑ってくれる。
笑っているトルメンタ様を見上げ、おとなしく抱えられて廊下を進んでいると、ふとその視線が進行先から俺へと向けられる。
トルメンタ様はフシロ団長似だよなぁとその目を見つめ返していると、トルメンタ様の表情が真剣なものへと変わり、頬をむにっと揉まれる。
「なに?」
「ジルヴァラ、おれをお兄ちゃんって呼んでもいいぞ?」
あまりにも脈絡のないトルメンタ様の発言にしばらく瞬きを繰り返すが、真剣に見えるその表情から、ナハト様と喧嘩でもしたのかな、と一人で納得する。
ニクス様もナハト様もどう間違っても『お兄ちゃん』とか呼ばないだろうし、甘えて欲しいのかと考えた俺は、呼ぶぐらいしてもいいかと思ってトルメンタ様の制服をくいくいと引っ張る。
「……トルメンタお兄ちゃん?」
自分で言ってて気持ち悪くなり、語尾が疑問形になったのは許して欲しい。
「っ!」
足を止めて息を呑んだトルメンタ様はしばらく俺を無言でじっと見つめてきたなぁと思ったら、ギュッと抱き締められる。
そんなに酷い兄弟喧嘩したのかー、と訳知り顔で頷いた俺は、トルメンタ様に腕を回して抱きついて、
「元気だして、トルメンタお兄ちゃん」
俺に出来る精一杯というか、俺の貧弱な想像力で練り上げた可愛らしい『弟』な演技で甘えてみたが、何かコレジャナイ感が……。
あと、たまたま通りかかって目撃してしまったらしい主様とノーチェ様の視線が痛い。さらにその背後でフュアさんも、真顔で見つめてきている。
どうするんだよこの空気、とトルメンタ様を睨むが、トルメンタ様は主様達の方を振り返って引きつった笑みを浮かべるだけだ。
「ジルちゃん。……わたくしのことママと呼んでみてくれないかしら」
そして、フォローしてくれるのかと思ったら、ふんわりと主様よりぽやぽや微笑んだノーチェ様から、期待に満ちた眼差しで見つめられる。
しばらく無言でノーチェ様と見つめ合ったが勝てそうもなく、俺は主様と見つめ合うトルメンタ様の髪を意趣返しに軽く引っ張りながら、
「…………ノーチェママ?」
と、小声で呼びかける。
これが限界なんで、もう一回とか聞こえなかったとか無理ですんで! と脳内で叫んだ俺はトルメンタ様の胸板へ顔を埋めて、赤くなってるであろう顔を隠しておく。
それでも、ノーチェ様とフュアさんがキャッキャウフフと笑っている声はばっちり聞こえてしまい、ぐりぐりと額を擦り付けていると、トルメンタ様が笑っているのか体が揺れるのが伝わってくる。
「おーい、ジルヴァラ。可愛らしいが、それ以上はおれが殺されそうなんで止めてくれ」
あはは、と乾いたようなトルメンタ様の笑い混じりの声が聞こえたかと思うと、その意味を理解する前に誰かに腰を掴まれてグイッと引っ張られ、トルメンタ様から引き剥がされる。
「痛た……っ」
結構な力で引っ張られ、皮膚が引き攣れたのか脇腹から走った鈍い痛みに俺は思わず痛みから声を洩らしてしまう。
途端にヒュッと息を呑むような音が主様から聞こえ、宝石のような瞳が俺の顔を覗き込んでくる。
「ロコ? 何処が痛むんですか?」
主様は美人で細身な見た目だけど怪力だからなぁ、と見つめ返しながら大丈夫だと示すために首を横に振って、こちらも心配そうな眼差しを向けてくれているノーチェ様とフュアさんへ顔を向ける。
「ノーチェ様、フュアさん、こんにちは」
「うふふ、こんにちは、ジルちゃん。本当にママと呼んでくれても構わないのよ?」
「私はお姉さんとでも……」
ノリの良い女性陣の楽しそうな笑顔に、俺は力無くへらっと笑って前世のある意味伝家の宝刀な一言を口にして流しておいた。
「……善処いたします」と。
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