89話目
やはり害虫は逃げ足が速いのですよー(。>﹏<。)
「ソチラから、ドウゾ?」
ふるふると震えて微笑むプリュイは、創造主寄りの見た目もあって強そうには見えず、少女は警戒するエノテラの背中をトンッと軽く押す。
「エノテラ、あんなスライムなんて、自分から安全な場所から出ちゃうお馬鹿なんだから、警戒するまでもないよ。魔法を使う前に倒せばいいんじゃない?」
うふふと他人事のように笑う少女は、すでに家の中に入ることしか頭の中に無いようで、プリュイ越しに家の裏口をねっとりと見つめている。
「まずは、全ての元凶な子供を追い出して、きちんとあたしの方があなたの大切な存在だって教えてあげないと」
ブツブツと紡がれる言葉は意味不明だが、向けられる悪意の先がプリュイの守るべき存在なのは明らかだ。
「エノテラ……お願い……あたし……」
ブツブツと呟いていた時の表情とはうって変わり、きゅるんと音がしそうな上目遣いでエノテラの服を引っ張っる少女。
それにまんまと焚きつけられ、よし! と勢いを取り戻したエノテラは、先手必勝とばかりに気合の声を発してプリュイへと向けて剣を振り抜く。
少しでも勝率を上げるためなのだろうが、さっき宣っていた卑怯という言葉をエノテラ本人へ返すべきだろう。
それはさておき、不意を突けたであろうエノテラの鋭い太刀筋は、一切の迷い無くプリュイの半透明な体を袈裟がけに切り裂いた。
水の入った袋を地面に叩きつけたような音がしてプリュイの体は崩れて青い水溜りへと成り果て、それを見たエノテラは勝利を確信し、少女の口元はニヤリと歪む。
「……アノ子ガ、寝テテ良かったデス」
そんな二人の目の前で、そんな声と共に青い水溜りへとなって事果てたかのように見えたプリュイが、逆回しの映像を見るかのように元の姿を取り戻す。
「なっ!」
「ば、化け物……っ」
驚くエノテラの後ろで、恐怖で顔を歪めて少女がよたよたと後退る。
「ちっ! 核を外したか!?」
一応冒険者であるエノテラはすぐに事態を飲み込み、もう一度剣を構えてプリュイへ斬りかかる。
再度、プリュイを切り裂くかと思われたエノテラの剣は、鋭い太刀筋でプリュイへ迫り、その体へ埋まって……そこで止まってしまった。
「は!?」
「明確ナ敵対行為確認デス。敷地カラ、排除いたシマス」
剣を抜くことも出来ず、プリュイと間近で見つめ合うことになったエノテラは、剣から手を離すという簡単な離脱方法をとることも忘れ、必死に剣を抜こうと引くがビクともしない。
「魔法ヲ使うト、卑怯ナドと言われるノモむかつくノデ」
物理で行きマスと不敵に笑ったプリュイは、ふるりと震えて体を変形させると鞭のようにしならせて、剣を抜こうと足搔いているエノテラを弾き飛ばす。
プリュイが弾き飛ばしたエノテラの方へ一歩踏み出すと、ひっと短い悲鳴を上げた少女が逃げ出そうとして尻餅をついてしまう。
「薄情デスね」
尻餅をついたまま、這うようにして逃げ出そうとする少女を侮蔑の眼差しでチラリと見たプリュイは、自らが弾き飛ばしたエノテラへ視線を移す。
意識を失ってピクピクと痙攣しているその体はまだ微妙に敷地内だ。
「サテ……」
ドウしたモノかとプリュイが悩んでいる間に、少女の目立つ白髪頭は何処にも見当たらなくなっていて。
「コレの引き取リ、お願イしたいものデスが……」
ピクピクしているエノテラを前に、体に剣が突き刺さった状態でプリュイが悩んでいると、家の中からプリュイを呼ぶ声が微かに聞こえてくる。
「アノ魔法ハ初めて使ったノデ、手加減し過ギたようデスね」
フム、と重々しく呟いたプリュイは、手っ取り早く証拠隠滅することにしたのか、エノテラの体を青い半透明ボディで包み込もうとする。
その時だった。
エノテラにとっては天の助けとなる声が響いたのは。
「なにやってんだ、プリュイ?」
それはエノテラを助けに戻ってきたあの少女──なんてある訳も無く、裏口から顔を覗かせた黒髪の子供だった。
子供はまだ眠いのか常よりぼんやりとしていて、銀にけぶる瞳がプリュイを映し、ゆっくりと瞬きを繰り返している。
油断すると眠りそうなのか、子供の頭はゆらゆらと揺れ、ふにゃふにゃと口元が動いている。
その様子を確認したプリュイは、エノテラを放置することにして、子供の方へと体を向ける。
その途端、子供の目が真ん丸になる程見張られ、今にも溢れ落ちそうなほどの水分を溜めていく。
「ジ、ジル? ドウしまシタ?」
「プリュイ、けんささってる……」
よたよたと駆け寄って来た子供は、剣の柄に手を伸ばして剣を抜こうとするが、抜いたら抜いたでよたよたな子供が危なくなりそうなのは目に見えている。なので、プリュイは剣を抜けないようにしているのだが、子供は意地でも剣の柄から手を離さない。
対処に困ってしまったプリュイは、あわあわふるふるしている。
そこへ、今度こそ事態を収束させるという意味での救世主が現れる。
「えぇと、これはどういう状況でしょうか?」
そう言って首を傾げるのは、ある意味最強なお医者さん、ドリドルだった。
●
気絶したエノテラをプリュイが叩き出し、眠かったせいかえぐえぐしていた子供はドリドルが抱えて運び、暖炉前のソファへと寝かせる。
ちょうど良く通りがかった衛兵へ気絶したエノテラの身柄を預けられたため、ドリドルはこちらへ残れたのだ。
エノテラを叩き出した時点で、刺さっていた剣は抜かれて結界内にあたる庭で放置されている。
「それで何があったんですか? 貴方はあの方が新たに創った魔法人形ですよね」
「ワタクシは、ジルの家出の原因トなってシマッタ魔法人形のプリュイです。色々アッテ、記憶アリマス」
プリュイの色々すっ飛ばした自己紹介に、子供の隣へ腰かけたドリドルは何か言いたげな顔をしたが、今はまだ外で転がされているはずのエノテラを優先することにしたようだ。
「…………貴方があの『魔法人形』でしたか。プリュイとお呼びしても?」
喋り出すまでの溜めで色々飲み込んだらしいドリドルは、柔らかく苦笑してプリュイへ改まって話しかける。
「ハイ、もちろんデス」
察しの良い魔法人形なプリュイは、色々を察しながら微笑んで頷き応える。
示し合わせたように揃った二人の視線が向かうのは、ドリドルへくっついてソファの上で微睡んでいる子供だ。
「それで、あの男は誰で、何故貴方に叩き出されるようなことに?」
プリュイの対応から善人ではないと判断されたせいか、ドリドルが外へとチラリと向けた眼差しは酷く鋭い。
「名前ハ、エノテラだと。連れノ害虫にソウ呼ばれてマシタ。ヨクわかりマセンが、ワタクシをモンスターだと騙サレテ連レテ来らレタようデス」
「……色々突っ込みどころが多いですね。あの彼には連れがいたんですね?」
頭痛を堪えるように額を押さえながら、視線で外を示したドリドルに、プリュイはコクリと頷く。
「先日ハ、違ウ男ト来まシタ。白イ髪ノ害虫デス」
「白い髪……老人ということでしょうか?」
「イエ。ジルより少し年上ノ……一応少女デシタ」
「白い髪の少女? その子が、プリュイをモンスターだと勘違いして、危険だと思ってその少年に倒させようとした……という訳ではないんですね、その彼が騙されていたということは」
これは何処案件でしょう、と天を仰いで呟いてから、ドリドルは再びプリュイへ向き直る。
「確認なのですが、その白い少女は、プリュイを魔法人形だと知っていたんですね」
「先日一緒ダッタ違う男ガ、しっかりト伝エテいまシタ。ソノ時、ワタクシも口デ警告いたしマシタ」
「それなら勘違いや忘れたでは通りませんね。個人宅を警護している魔法人形を倒させて、その少女は一体何を? 金銭目的だとしたら、ここにはあまり現金などはないでしょう?」
「……アノ害虫の目的ハ、ジルの排除デス」
「はぁ!? っ、それは一体……」
ドリドルの怒気が多分に含まれた大声に驚いたのか眠っている子供の肩がビクリと揺れたが、すぐにドリドルは声をひそめたため、子供は少し身動ぎして再び深い眠りへ落ちたようだ。
「ワタクシには、わかりかねマス。デスが例エどんな理由デモ、ジルには指一本触れさせマセン」
魘されているのか眉間に皺を寄せた子供に、プリュイは柔らかい笑顔を向けて伸ばした体の一部で子供の頬を撫でる。
「ジルヴァラは貴方に任せれば大丈夫そうですね。私は騎士を連れ、連行されたそのエノテラという少年の話を聞きに行きます」
仲の良さそうな子供と魔法人形の様子を見たドリドルは、安心した様子でそう告げると眠っている子供の頭を一撫でして起きるのを待つことなく去っていった。
ドリドルは家で一人で留守番をしている子供を心配して様子を見に来たので、ある意味素晴らしく間の良い来訪だったといえる。
「ジル、部屋へ行きまショウ」
ドリドルを見送ったプリュイは、ソファで丸くなっている子供へ小声で語りかけてから抱き上げ、静けさを取り戻した家の中をゆっくりと子供の部屋へと歩いて行く。
先ほどの騒動などまるで無かったかのような、それはそれは穏やかな光景だった。
いつもありがとうございますm(_ _)m
プリュイは外にも出られますが、優先事項はジルヴァラの安全なので、外敵さえ追い払えれば無問題です。
最初はエノテラを家の中へ入れる流れでしたが、主様いないのに危険人物家に入れる訳無いじゃん、と自分へセルフ突っこみして却下しました。なので、何処かにエノテラ入ってきてる表現残ってるかも……。万が一ありましたら、教えてください。
あ、いつも誤字報告いただき、助かっておりますm(_ _)m
ジルヴァラがしっかり覚醒してたら、エノテラを見て「メインヒーローくんだぁ」となって初恋の人に会ったみたいなリアクションして、違う死亡フラグがエノテラに立っていたと思いマス←