88話目
ペットは飼い主に似ると言いますが、魔法人形は創造主に似たようです。
「やっぱり無いなー」
主様の気遣いにホロリとした次の日、俺は主様によって贈られた俺用の本棚の前に立ち、ずらりと並んだ背表紙を目で追って首を傾げながら呟くがもちろんそれで本が現れる訳もなく。
何冊かあった怪しい本が抜かれ、昨日読んでた本も見当たらないので普通に考えれば隙間が出来てるはずなのだが、本棚はきっちり埋まっている。
「え? まさか買い足した?」
何となく目で追ってみるが、どれが増えた本かわからな…………、
「あ……」
思わず目が止まった本の題名は『人体の秘密〜もーっと、お・し・え・て・あ・げ・る〜』……手に取って読んでいる途中で、視界の外からビュンッと伸びてきた青によって、俺の視界からその本は姿を消していたので、中身はほとんど見られなかった。
「ジル、これは駄目デス」
本を体内へと飲み込みながら、プリュイが真剣な顔でふるふると首を横に振る。勢いつきすぎて、半透明な全身が波打ってるぐらいだ。
「お、おう」
そのプリュイの勢いに押され気味で頷いた俺は、改めて普通の料理本であろう本を手に取る。
本棚の前には、木製の階段式踏み台が用意されてるので、俺でも問題なく高い所の本を取れるのだ。
「主様、そういう本が好みだって勘違いされたか、押し付けられてるんじゃないか?」
料理本を抱えた俺は、飲み込んだ本の扱いに困っているのかふるふるしているプリュイへ話しかける。
「……コノ悪しき本ハ、溶カスべきダト思いマス」
「本に罪はないから止めてくれよ。欲しがるような人に……そうだ、今度トルメンタ様かドリドル先生にあげればいいだろ?」
前者なら騎士団みたいな男所帯なら欲しがる人いるだろうし、後者なら医学的好奇心から見るかもしれないし。
「……わかりマシタ」
かなり不服そうだが、とりあえずあの本は溶かされる未来から逃れられたようだ。
主様にしろ、プリュイにしろ、俺に過保護というか、俺がそういう本を見ようとすることに対して扱い厳しいよな。
これで俺がああいうの興味あるから見てみたい、とか言ったらどうなるんだろう?
悪戯心がムクムクと湧いてくるが、何か試したらヤバそうな予感もする。
ひとまず、これはもうちょい機会を待ってから試すことにしよう。
「ジル、悪イ顔してマス」
「何でもないって」
ジトッと見つめてくるプリュイに誤魔化すためにへらっと笑って見せた俺は、手に本を抱えて乗っていた階段式踏み台から飛び降りる。
「本当に何でもないよ……うん、そっちも何でもないんだけど」
危ないデスと駆け寄ってきたプリュイから、ぷるぷると触手が伸びてきたかと思うと、ちょいちょいと全身を突くように触っていく。
「くふ、くすぐったい、もう、プリュイ〜……」
時々巻き付いたり、際どい所を触れたり……って、プリュイ笑ってる?
「プリュイ! 悪戯するの止めろよ!」
「バレましたカ。ジルが何カ企んでたノデ、先手打ちマシタ」
ふるふると笑って悪びれず言ったプリュイは、そのまま俺を突いていた触手で俺を持ち上げる。
「デハ、部屋デ大人しく読書しまショウ」
抵抗してみたが、そうすると余計に触手が巻き付いてきて、ちょっとしたR指定ゲームみたいな状態になったので、俺は抵抗を諦める。
俺が大人しくなると、やっと触手から解放されて、今度はプリュイの腕の中へ抱えられた。
「主様、城へ行ってるんだよな?」
「……色々サレたみたいデス」
主様がした色々は俺の家出が原因らしいので、俺もついていって謝ろうと思ったけれど、フシロ団長と主様二人がかりの全力で止められてしまい、俺はプリュイとのお留守番となった。
戦闘能力が増したプリュイは、とても強いので俺を一人にしても安心らしい。
その話を聞いたフシロ団長は、何かチベットスナギツネみたいな顔して、遠い目してたけど。
プリュイをぺちぺちしながら朝のやり取りを思い出していると、いつの間にかプリュイは俺を見ておらず、建物の外を見ていた。
「プリュイ?」
「……何デも、ありまセン」
先ほどの俺と同じ答えを返してきたプリュイは、つるりとした面に微笑みを浮かべて、腕の中で訝しんで見上げている俺へペタリと額を寄せてくる。
すると視界いっぱいプリュイとなり、世界が青で染まって水底にいるみたいで面白い。
そう思って笑ってたはずなのに、俺の意識はそれとは関係なく、吸い込まれるように眠りの縁へと向かう。
プリュイの癒やし効果パネェな、とか思ったのが、眠りに落ちる前の俺の最後の記憶だった。
●
自らの腕の中でくたりと重さを増した子供をしっかりと抱え直し、プリュイという名を持つ青き魔法人形は、口元を微笑みの形へと変える。
「少シ寝テテくだサイ、ジル」
子供をベッドへ寝かしつけ、外から中が見えないようにカーテンを閉めたプリュイは、ゆったりとした足取りで部屋を後にして歩き出す。
プリュイが迷うことなく目指しているのは玄関ではなく、家の裏手の方向だ。
裏口と思しき扉へ近付くと、外からはキーキーと喚く少女のものらしき甲高い声とそれに応える声が聞こえてきて、プリュイは不快げに体を揺らめかせる。
「今日コソ、完全ニ殺りマス」
扉を開ける前から相手が誰かわかっているのか、そう呟いたプリュイは扉へ手を掛け勢いをつけて一気に開け放つ。
結界に阻まれているのか、扉の当たる場所には声の主達はおらず、プリュイは笑顔のまま舌打ちをする。
あわよくば扉で吹っ飛ばす気満々だったのだろう。
しかし、優秀すぎるあの青年の張った結界は、きちんと闖入者を阻んでいたようだ。良いのか、悪いか。
扉の直撃を受けなかった闖入者としては、良い方へ転がった感じだろう。
「エノテラ! あれよ、あれ! どう見てもモンスターよね? あれが魔法人形な訳無いじゃない……」
キンキンと響く甲高い声が少女の声が響き、プリュイは盛大に顔を歪めてふるふるな体を震わせる。
「確かにモンスターみたいだな。スライムの亜種か?」
焦げ茶の髪に濃い青の目をした青年への過渡期にある少年──エノテラは少女の言葉に重々しく呟いてプリュイを観察するように見ている。
先日の青年は魔法人形の多様性を知識として知っていたため、プリュイを魔法人形と判断出来たが、エノテラには知識がなく、盲目的に少女の発言を肯定して疑う様子がない。
「この間ね、あたしの魔法は効かなかったの。でも、きっとエノテラの剣なら……」
幼い少女とは思えないあざとさ増し増しな仕草でエノテラへと身を寄せ、少女は甘えた声でこれが正しいのだと吹き込むように囁く。
そんな二人のやり取りを、冷めきった眼差しで眺めて、プリュイは無言でふるふるとしている。
たまに表情が揺れるのは、恐らく寝かせて来た子供のことを考えているのだろう。
「対魔法能力の高いスライムか。俺を頼ったスリジエの判断は正しいぜ。そういうスライムを倒すには、斬撃か核を潰すかしないとな」
エノテラの台詞を聞いたスリジエは、さすがね! とかお世辞だと丸わかりな誉め言葉を口にするが、博識な自分に酔っているエノテラは気付かない。
自分へ向けられているプリュイの眼差しに、普通のスライムには有り得ない理性的な色があることも、その瞳に一片の恐れも浮かんでいないことも。
少女に何を吹き込まれたのか、まるで犯罪者の家へ踏み込むような荒々しい足取りでプリュイと距離を詰めたエノテラは、先日の少女の再現のように結界に弾かれる。
「な、なんだよ、これ! 出て来い、俺が怖いのか!」
この間少女と一緒にいた青年とは違い、エノテラには冷静さも忍耐も経験も足りないようだ。
まるで子供の口喧嘩のようにプリュイへ向けて怒鳴るが、プリュイがそんな挑発に乗る訳がなく静かに首を傾げて微笑む。
「ワタクシが、ドウしてアナタ如き、恐れマショウか」
ただのスライムだと思っていたプリュイが喋ったことに驚いて固まっていたエノテラだったが、数秒かけて言われた内容を理解したのか、顔を真っ赤にしてプリュイを睨みつける。
「なっ!? 喋られるぐらいで、偉そうに!」
「エノテラ、早くやっちゃって!」
エノテラの背後では可愛らしくぴょんぴょんと跳ねて少女が応援しているが、その言葉の意味することは『あのスライムをさっさとぶっ殺せ』だ。
「わかってる! さっさとこいつ倒して冒険者ギルドへ報告しないとな。街ん中に、ヤバいモンスター飼ってるヤツがいたって」
歪みきった正義感に突き動かされてるエノテラは、何の疑問を抱く様子もなく猪突猛進だ。
躊躇いなどは微塵もなく剣を抜き、スッと剣先をプリュイへ向けて格好つけている。
少女の前でいい格好したいのかもしれないが、結界の存在を忘れているのだろうか。
少女の表情にも一瞬そんな表情が過ぎったが、エノテラは止まらない。
一気に剣を振り抜き、プリュイへと斬りかかるが当然というか結界に阻まれ、何とも名状しがたい耳障りの悪い音が響き渡る。
「くっ! 何だよ、これ!」
どうやらエノテラは剣で結界をぶった斬れると思っていたらしく大声で毒づいて剣を引くと、驚きを隠さず目を見張ったまま、結界とその向こうにいるプリュイを見ている。
「卑怯だぞ、そこから出て来い!」
「そうよそうよ」
何が卑怯なのか言ってる本人がわかってるのかすら微妙だが、少女は全く疑問を抱いた様子もなくその発言に同調していて。
「何ヲもって、卑怯ト言わレルのデショウ?」
もっともなプリュイの指摘に、エノテラはバツの悪そうな顔になるが、少女に背後から抱きつかれるとすぐに自信満々な顔になってプリュイを指差す。
「そうやって安全な場所から吠えてるだけだろ! それを卑怯って言って何が悪いんだ!」
どうだ! と言わんばかりのエノテラに、コテンと無垢な仕草で首を傾げたプリュイは、ふふと微笑んで一歩また一歩──外へと向かって歩いて行く。
安全である結界から出て、攻撃してくるであろうエノテラと少女の元へ近づいて行くプリュイ。
プリュイの足取りには迷いも驕りもなく、ただ真っ直ぐエノテラへ元へと近寄っていき……。
「デハ、アナタの言う、正々堂々デ、お相手しマス」
ニッコリとつるりとした面で不敵に笑ったプリュイに対し、エノテラの第六感は逃げろと囁いていたが、背後にいる少女が許してくれる訳もなく、少女の前でそんな無様な姿を見せられる訳もなく、エノテラはヤケクソ気味に笑うしかなかった。
いつもありがとうございますm(_ _)m
都合悪くなると眠らされるジルヴァラです。
そのうち、耐性つくかもしれませんね。




