87話目
主様かなり喋りましたよ、な回(*>_<*)ノ
主様、こんなに頑張って喋られるんです。
何とか最終兵器(猫語)を使うことなく主様を止められた俺は、木にしがみつくコアラ状態で主様にしがみついている。
先ほど文字通り全身で主様を止めたのだ。
「可愛い……」
そのまま本を持って移動する主様にしがみついていると、主様からそんな呟きが聞こえてくる。
コアラな俺は、主様の可愛いポイントに刺さったようだ。
俺としても筋トレになるので、もうしばらく……せめて部屋に着くまではこの体勢で頑張ろうと主様へしっかりしがみつく。
しがみつく力を強めた瞬間、主様の体がほんの少しピクリと反応したが、ぽやぽやは減らないので嫌ではないのだろう。
俺に慣れてくれたみたいで嬉しいが、俺以外がこうやってどんどん触られるようになったと思うと、俺の主様なのにって気持ちがむくむくと……って、また出てきたし。
主様の服に顔を埋めて深呼吸して湧き上がってきた醜い感情を飲み込んでると、不思議そうにこちらを見てくる主様に気付き、何でもないとへらっと笑う。
「ロコ?」
「何でもないって。ほら、俺落ちそうだから……」
だから目的地に早く、と足を止めてしまった主様を促したつもりだったのだが、主様は違う意味にとったらしい。
伸びてきた手が俺の尻の下へ回り、落ちないようにしっかりと支えてくれる。
「ロコは、どこもかしこも小さくて柔らかいですね」
ぽやぽやと微笑みながら主様が感慨深げに呟くが、掴んでるのは俺の尻だし、発言的にもいくら美人でもぎりぎりアウトのような気がする。
「…………そうか」
突っ込みたかったが、主様がとても満足げな表情でぽやぽやしていたので、俺は色々言いたかった言葉を飲み込んでおく。
少し離れた所から、プリュイが痛いモノを見るような眼差しで見ていたのは、俺の目の錯覚だろう。
●
「おじーさんというのは何者ですか?」
「俺が聞きたい」
ベッドにうつ伏せた体勢の俺が今読んでるのは、おじーさんの料理道という、まさかのおじーさんシリーズの料理系な本だ。
あらすじはというと、俺の中でお馴染みになりかけてるおじーさんが、無理難題をいうどこかの国の王女様のために料理を作るお話らしい。
その過程で恐ろしい森の中や、荒れ狂う海を渡って絶海の孤島的な所へ冒険して、モンスター(食材)を狩って調理している。
内臓とか血飛沫とか描写がなかなかリアルなので、本当にこれは子供向けなのか疑問だ。
あと隣で一緒にうつ伏せで眺めている主様が、確かにドラゴンはその部位が……あのモンスターにはそんな食べ方が……とか呟いてるので、おじーさんの倒してるモンスターは実際に存在するもので、しかもかなり強いものらしい。
「この森って、なんか俺の住んでた森に似てるんだよなぁ」
挿絵はないが、文字で表現されている木々や下草の雰囲気、それに仲間達と寛いでいたあの泉のこととか。
何より、おじーさんと友好的な関係になる熊ととても強い白い狼が出てくるのだ。
友好的な熊なんて異世界だって滅多にいないだろうから、たぶん俺の世話をしてくれてたあの熊のことじゃないかなぁと思う。
モンスター達が実際に存在するのなら、おじーさんの著者がきちんと取材をして書いたものなんだ、これはきっと。
「そう思わないか、主様」
俺の仮説を主様に話すと、ぽやぽや微笑みながら頷いてくれ、よく出来ましたとばかりに頭を撫でられる。
「でも全く同じにすると問題があるからかもしれないけど、白い犬を狼にするなんて、話盛り過ぎだよな」
「………………そうですね」
主様もそう思ったのか、微妙な笑顔で相槌を打ってくれた。
「おじーさんの冒険してる森が、俺の住んでた森だとすると、俺って結構ヤバい所に住んでたんだな。俺の親、そんなに俺に生きてて欲しくなかったのか」
乳飲み子を放置する場所じゃないぞ、絶対。いや、そもそも乳飲み子放置するなって話だけど。
思い切りはぁとため息を吐いていると、隣から主様の強い眼差しを感じる。
「……もしかして、なんですが。ロコの親は、ロコを捨てた訳ではなく、ロコだけ生き残ったのではないですか」
「え?」
思いがけない主様の言葉に、俺は目を見張って、うつ伏せから体を起こしてベッドに座る主様を見やる。
そこでは蕩けそうな優しい光をたたえた宝石のような瞳が俺を見つめていて。
「あの森は、子供を捨てるために近づくなんて考えるような場所ではありません。聖獣の森という名前が示す通り神聖な場所であり、危険なモンスターがうろつく場所でもあります。子供を捨てる程度なら、その辺の道の脇でも構わないでしょう?」
「確かに……」
今までそんなこと考えたことなかったが、あの森がそんなにヤバい所なら、子捨てをするような小悪党がわざわざ近寄るとは思えない。
「確かめる術はありませんが……」
「ううん、そうだな、そうなのかもしれない。……ありがとう、主様」
一生懸命考えて喋ってくれたであろう主様の優しい声と初対面の時からは考えられない言葉に、俺は感謝の言葉を返しながら、滲んだ涙を誤魔化すためにシーツへ顔を埋めようとしたが、それより早く主様の手に頬を挟まれる。
「泣かないで、ロコ」
泣いてないよと言いたいが、頬を挟まれているし、次から次へと唇から触れてきてくすぐったい。
体を震わせて笑っていると、泣いているとでも思われたのか、寄り添うようにベッドへ倒れ込んできた主様に抱き締められて、背中をポンポンと叩かれる。
主様はどれだけ俺を繊細だと思っているんだろう。
捨てたにしろ、主様が言う通り俺を残して亡くなったにしろ、俺には両親の思い出は欠片も残ってない。
生憎恨んだり懐かしくなったり、そんなしんみりとした感情とは程遠い。
ただただ今は、人の感情の機微とはかけ離れている主様が、俺のために悩んで紡ぎ出したであろう言葉が嬉しいのだ。
顔を埋めた主様の服が濡れていくのは、気のせいだ。きっと雨でも降ったんだろう、室内だけど。
「ジル、冷やしマス」
泣いて腫れぼったく……じゃなくて、ちょっと浮腫んだ俺の顔を、プリュイから冷やしてもらっている間、主様は俺が読みかけにしたおじーさんの料理道を首を傾げて眺めているようだった。
「ありがと、プリュイ。……主様、おじーさんどうなった?」
なので、目を閉じたまま、あの話がどうなったかと思って問いかけたのだが、返ってきたのはしばしの沈黙だ。
主様に限って読めないとか、おじーさんがとんでもない展開となって王女様とのアハンウフンになったとか、そんな事はないよなと、プリュイに埋まりながら首を捻る。
「主様?」
目は閉じたまま、主様がいる辺りへ顔を向ける俺。
それでも冷却シート状態のプリュイは、俺の顔に貼りついたままだ。
「主様? いるよな?」
気配の薄い主様は、黙ってしまうと存在が消えてしまいそうで、俺はプリュイを貼りつけたまま、ベッドの上を手探りで主様を探る。
「……ここに」
ギュッと手を握られ、ほぅと安堵で一息吐いていると、主様の手が頭をよしよしと撫でてくれる。
「……料理道を極めたおじーさんは、王女様の求婚をぶった斬って断り、再び新たな冒険の旅へと出ました。めでたし、めでたし」
美声の無駄遣いで主様が朗読してくれたのは、どうやらおじーさんの料理道の最後の一節らしい。が……。
「端折り過ぎじゃね?」
後でゆっくりと読み直せばいいかと、俺はプリュイのふるふるの体に体重を預けて、さらに突っ込みかけた一言を飲み込んだのだが。
腫れが引いた後、俺は件の本を探したのだが見当たらず、主様へ訊ねてもぽやぽやしているだけで答えはなく、まぁいいかと俺はあの本のことをすぐ忘れてしまった。
いつもありがとうございますm(_ _)m
今さらながら、ちょこっとジルヴァラの両親の話です。
ちなみに、主様は想像してませんでしたが、奴隷商に売られたか悪人にさらわれ、そいつらが道中ジルヴァラの保護者となったあの動物達(熊か白い犬?)に殺られた可能性もありです。
まだ未確定です←
ストーリーには特に関係ない部分なんで、今回主様が言い出したことに、自分で書いてて「へぇ」となりました。←え
もともと、もっと短く終わる予定だったので、ジルヴァラの出生とか触れるつもりなかったんですよね。




