83話目
少しずつジルヴァラも変わるのですよ。
まぁ、基本は「主様大好きー」で揺るぎませんが。
「洗ってくれてありがと。でも、俺は自分で出来るからな?」
いつも通り念入りに主様から洗われて先に浴槽へと入れられた俺は、浴槽の縁に腕を置いてそこへ顎を乗せながら、体を洗っている主様を眺めつつ声をかける。
「私がやりたいんです。駄目ですか?」
服を着てなくてもキラキラした美貌の主様に、眩しさから目を細めた俺はふいっと視線を外す。
「……まぁ、好きにすれば」
そのうち飽きるだろうと思って適当に答えたことを後悔するなんて、今の俺には知る由もなく、本日の二度目の入浴時間はまったりと過ぎていく。
「ロコ、こちらへ」
慣れたら主様の距離の詰め方パネェよなーと思いながらも、俺も嫌ではないので素直に引き寄せられるまま、コアラのように正面から主様へしがみつく体勢になる。
ほぼゼロ距離でも完璧な美貌な主様は、今はいつもよりぽやぽや感の増した蕩けそうな顔でお湯に浸かっている。
何となく俺の中で外国の人って湯船に浸からないイメージだったけど、主様の家にもフシロ団長のお屋敷にも立派な浴槽あるってことは、外国の人もお風呂好きなんだなぁ、と主様の顔を見ながらそんなことを考えていた俺だったが……。
「……いやいや、そうじゃないだろ」
自分のズレた思考に思わず声に出して突っ込んでしまい、主様から不思議そうな眼差しを向けられる。
「ロコ?」
「ごめん、なんでもない」
外国どころかここ異世界なんだよなぁ、と力なく脳内で突っ込み、心配そうな顔になった主様へふるふると首を横に振る。
気持ちを切り替えた俺は、麻婆豆腐とパンというそこそこ個性的な組み合わせとなった夕飯のことを思い出して、主様の顔を覗き込む。
「そうだ。今日の夕飯どうだった?」
「ちょうど良い刺激でした」
「そっか、なら良かった」
相変わらず誉め言葉としては微妙な言葉が返ってくるが、拒否反応ではないので主様的には十分誉め言葉だ。
「主様の収納の中、色々入ってて面白いよなぁ」
「今日のは確かずいぶん前に手に入れた物です。ここから東へ向かい、海を渡った大陸で作られた物、だったような気がしました」
猫でも撫でるように、俺の頭から背中へと撫でながら首を傾げて記憶を辿る様子の主様に、
「今度から食材とか、メモ貼っとくか? 主様の記憶力良くても、どんな食材か忘れそうだし」
と、言った俺は、撫でられてるくすぐったさから身動ぎして、主様の額へ手を伸ばす。
「覚えていた訳ではなく、魔法で鑑定しただけですから。メモは貼らなくても大丈夫です」
額へ触れようとした手を捕まえられ、手のひらに唇を寄せてそのまま喋る主様に、俺はくすぐったさから肩を揺らして笑ってしまい、主様の発言を流してしまった。
それに気付いたのは、風呂上がりの牛乳をゴクゴクと喉を鳴らして飲んでいた時だ。
「鑑定魔法って、主様、本当にチートなラノベ主人公ポジションだよ」
これで俺つえーって言い出して女の子侍らせたら完璧だよな、と思って一人でふふっと笑っていた俺だったが、女の子にチヤホヤされてる主様を想像したら、ムカムカしてきた。
何となくお腹を擦るが、関係する訳もなく。
この感覚が何の感情からなのかはわかっていたが、どうしてこのタイミングで湧き上がるのか、深く考えると身悶えしそうな予感がしたので、俺は思考を放棄した。
●
思考を放棄したからといって、あのムカムカした感覚がすぐ消える訳はなく、いつも通り一緒に寝ようと俺を捕まえようとした主様の手から逃れ、無言で首を振る。
「ロコ?」
俺を捕まえ損ねた手を中途半端な位置でさ迷わせ、きょとんとしてぽやぽやしてる主様に、一気に申し訳ない気持ちになる。
勝手に想像して、勝手にムカムカして、勝手に避けてるなんて、かなりの理不尽ぶりだ。
こういうところは、子供な体に部分に引っ張られている気がする。……いや、元々の俺の性格か? 根に持つタイプだと言われたこともあるし。
ひとまず、今はそんなことはどうでも良くて。
主様は悪くないし、理不尽なのもよーくわかってるけど、今は自分の感情が飲み込めない。
あと、冷静な部分な俺の羞恥心もヤバい。
今日は一人でゆっくり寝たい。そうすれば、明日にはいつも通りの何にも考えずに主様が大好きなだけの俺だ。
「今日はプリュイと寝たい」
一人で寝るというのに難色を示すと言うならと、通りすがりのプリュイに抱きついて、勢いで若干埋まりながら、そうへらっと笑っておねだりする。プリュイには悪いけど、巻き込ませてもらおう。
「かしこまりマシタ、ジル」
巻き込んでしまったという罪悪感は、主様に向けてドヤ顔をするプリュイを見上げたら、綺麗に霧散した。
まぁ、主様から言質は貰ってるし、プリュイが消されることはないだろ。……ないよな?
「おやすみ、主様」
就寝の挨拶をして目で問いかけてみるけど、当たり前だがぽやぽやしている主様から問いに対する答えはなかった。
「……おやすみナサイ、幻日サマ」
俺が湯冷めしないように気を使ってくれてるのか、ほんのり人肌になってくれてるプリュイと手を繋ぎ、俺は自室へと向かう。
背中にグサグサと主様の物言いたげな視線が突き刺さるが、俺は振り返らなかった。
「ジル、何カありマシタか?」
大人二人でも余裕なサイズのベッドに並んでいると、隣でふるふるとしてるプリュイがその体並みに柔らかな声で問いかけてくる。
さすがにさっきの俺の態度はあからさま過ぎたのだろう。
「……主様には言うなよ?」
「ハイ」
優秀過ぎる抱き枕なプリュイにしがみついてボソリと呟くと、すぐに答えがあって青い体がふるりと震える。
「あのさ、主様ってモテるだろ?」
聞き役に徹してくれる気なのか、プリュイから答えはないが、聞いてくれている気配はある。というか、何か細かく震動してる?
「でさ、主様が可愛い女の子侍らしてるの想像してたら、なんかちょっとムカッてなって、八つ当たりとかしちゃいそうだったから……」
何か話していくごとにプリュイの震えが強くなってる気がするけど、俺の話が馬鹿馬鹿しくて笑ってるとか?
「それハ、大変デス。今日ハ、寝てしまいマショウ?」
柔らかな声と人肌なぷるぷると一定な震動により、俺は深く悩むこともなく眠りの淵へと転がり落ちていった。
プリュイは本当に優秀だ。
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腕の中で大切に抱え込んだ子供が完全に眠ったことを確認し、暗闇の中でも青く輝く体とプリュイという名前を持つ魔法人形はゆっくりと体を起こす。
半身を起こすという表現があるが、今現在プリュイの半分は子供に抱きつかれて抱き締め返したまま、もう半分でベッドの上に起き上がり、ツルリとした面で扉の方を見つめている。
プリュイが見つめる先で、カチャリという音がして普通に扉が開き、忍ぶ気配は全く無い態度で夕陽色の青年が入ってくる。
ふわりふわりと浮かべている微笑みと同じような足取りでベッドへ近寄ってくる青年の手には、その表情には似つかわしくない物が握られている。
──それは黒い革で出来た丈夫そうな首輪。
首輪には細い鎖が繋げられ、青年が歩く度にチャリチャリと音がしている。
「……幻日サマに、一言申し上げマス」
ふるりと体を震わせたプリュイは、すやすやと眠る子供をチラリと見てから、無言で微笑んでいる青年へと顔を向ける。
「ジルが本日一緒ニ寝たガラなかったのハ、ヤキモチを妬いたからデス」
プリュイの落ち着き払った言葉に、子供だけを見ていた青年の瞳がプリュイを映す。
「幻日サマがおモテになるノデ、自分以外が幻日サマの側にいるコトを想像シテ、ムカムカしたソウデス」
「…………そんなこと、有り得ない」
ふわりふわりと浮かべていた微笑みがなくなり、表情をなくした青年が映すのは、プリュイの青い体を抱き枕にしている子供の穏やかな寝顔だ。
「ソレだけ、ジルは幻日サマヲ大好きなのデス」
ソレでも、あなたハそれを使うのデスか?
言葉より雄弁にツルリとした面で器用に語りかけてくる魔法人形を、奇妙なモノでも見るような眼差しで見つめていた青年は、しばらくしてから軽く振って手にしていた首輪と鎖を手の中から消し去る。
「ロコを守れ」
そうプリュイへ言い置いて、青年は入って来た時とは違い、しっかりとした足取りで何処か嬉しそうに部屋を去っていく。
静寂が戻り、子供の穏やかな寝息だけが聞こえる部屋の中、優秀な魔法人形でもあるプリュイは、命令を遂行するため、ゆっくりと形を変えて子供の隣で抱き枕となるのだった。
いつもありがとうございますm(_ _)m
プリュイ、主様ほどではないですがチートっす。
首輪の色、かなり迷いましたが、ジルヴァラの黒髪に合わせて黒にしました(*ノω・*)テヘ
他にも合う色、または監禁しやすい道具あるよーって方は、教えてください←え
たまに……よくとんでもない誤字とか、名前間違いとかしてるので、教えていただけますと幸いですm(_ _)m




