8話目
ドリドル先生は、戦っても強いと思います←
しばらくテントの外を窺ってから、フシロはぽやぽやしている青年へと向き直り、
「お前が遅れをとるような事はないだろうが、少し周辺に気をつけろ。あの商人はかなり大掛かりな組織と繋がっていたようだ。その組織が血眼になって犯人を探していると報告が来ている」
と、真剣な顔で忠告をして青年をテントの外へと送り出した。
そのまま、青年が振り返りもせず自らのテントへ向かう背中を見送ってから、フシロは立ち番へ一声掛けてから部下の騎士達の待機しているテントへ入っていく。
「フシロ団長、良いところに!」
「ジルヴァラの熱が下がりません!」
「氷ください!」
入った途端、口々にそんな事を言って詰め寄ってくる部下に、フシロは意味がわからないまま、さあさあ、と差し出された洗面器へ魔法で生み出した氷をざらざらと入れていく。
「おい、上司を製氷機扱いたぁいい度胸だな?」
あまりな扱いに低く唸るフシロの声に動じるような騎士はおらず、氷をもらった騎士達は洗面器を持って薄布で区切られた方へと駆けて行く。
「ドリドルさん! 氷持ってきたぞ!」
「……ジルヴァラが起きてしまうので、あまり騒がないでください」
布の向こうから聞こえてきた会話に、氷の使い道を悟ったフシロは、落ち着かない様子の騎士達に苦笑しながらテントの奥へと向かう。
騒ぐので追い出されたらしい騎士と入れ違いで、フシロが布を捲くって奥へと入ると、ドリドルがちょうどフシロの出した氷を使って氷枕を作っているところだった。
「名前わかったんだな?」
相変わらず苦しげな呼吸を繰り返して薄い胸を上下させている子供を見つめ、フシロは痛ましげな顔でドリドルへ尋ねる。
「ええ。私達の会話が聞こえていたのでしょう。私が何か言う前に、自分の名前はジルヴァラだと。かなりしっかりしている子のようですね」
「……俺達の会話が聞こえていたのか」
会話が聞こえていたということは、青年のあの発言を聞いたという事だ。そうすぐに思い至り、フシロは苦々しい表情で短く揃えている金髪をガシガシと掻き乱した。
そんなフシロを横目に、ドリドルは用意出来た氷枕をジルヴァラの頭の下へ入れ、浮いた汗をタオルで拭ってあげている。
氷枕の冷たさが気持ち良かったのか、ジルヴァラは眠りながらも微かに笑い、何事かを呟くように口を動かしている。
「……大丈夫だ、ジルヴァラ。何があろうと俺……騎士団が守ってやるからな」
その子猫めいた愛らしい無垢な仕草に、フシロはベッドの脇へと跪き、ジルヴァラの手を握って安心させようと話しかける。
フシロが途中で言い直したのは、仕切りの隙間から覗く心配そうな複数の視線に気付いたからだろう。
「熱さえ下がれば、ひとまず安心ですが、ジルヴァラはすぐ無理をしそうなので、皆さんも気をつけてあげてください」
ドリドルの言葉に、様子を窺っていた騎士達から元気の良い返事があり、フシロは苦笑いを浮かべる。
「このままジルヴァラを騎士見習いにするのもありだな」
すっかり騎士達に気に入られたジルヴァラの様子に、フシロは冗談とは思えない呟きを洩らして顎髭を撫でている。
「ちゃんとジルヴァラの意思は尊重してくださいね」
「わかってる。あいつは、明日には普通に旅立つんだろうが……」
「追いたがったとしても、私個人としては行かせたくありませんし、そもそも医師として許可も出せません」
ドリドルは穏やかに微笑んでジルヴァラの頭を撫でているが、チラリと入り口の方向へと向けられた視線は鋭さすらある。
「下手に関わるなよ。あいつはあんな風に見えても『幻日』なんてふざけた二つ名を持つ高位冒険者だ。その気になれば、こんな野営地一瞬で焦土にされて、俺達は骨の欠片一つ残らない」
フシロが冗談めかせながらも真剣な表情で重々しい口調でたしなめると、ドリドルはため息を吐いて大きく頷いて返す。
「……わかってます。あの方の異質な強さは私でも感じられましたから」
「わかっていてあの態度たぁ、さすが俺の見込んだお医者様だ」
「それぐらい、あの方のジルヴァラへの扱いが許せなかったんです!」
心から感心している様子のフシロに、ドリドルは不快さを隠さず声を荒げて、空にした洗面器を握り締めている。
金属製の洗面器はさすがに割れたりヒビが入ったりはしていないが、ドリドルの手によって少しずつ変形してきている。
「まぁ、さすがに名前すら知らないとは呆れを通り越して、あいつらしいと感心したが。基本的にあいつは他人を呼称しないからな」
ミシミシと変形していく洗面器を気にしながら、フシロは苦笑い混じりでフォローにはならないようなフォローをする。
「言われてみれば、あの方はフシロ団長の名前も口にされてませんでしたね」
「俺の名前はさすがに覚えてるだろうが、記憶にある限り呼ばれた事はないな」
もしかしたら覚えようとすらしてないのかもしれないが、と付け足そうとした言葉を飲み込み、フシロは未だに洗面器を握り締めているドリドルの肩を宥めるように叩き、ジルヴァラの頭を一撫でする。
「ジルヴァラのことは頼んだぞ? 俺はこれから報告書書いてくるわ」
「はい!」
気合の入った返事のドリドルにフシロは、力み過ぎるなよ、と言い置いて去って行った。
残されたドリドルは、眠り続けるジルヴァラへと視線を落とす。
「名前を呼ばないあの方が呼ぶロコという名前は、あの方にとって何なんでしょうね」
眠り続けるジルヴァラから答えはなく、ドリドルは原形を留めていない洗面器に今さら気付いて、しばし固まることになった。
●
熱に浮かされ眠る中、俺は色んな夢を見ていた。
ほとんどが悪夢で、主様に置いていかれる夢だったり、誰です? と冷たく言われる夢だったり、邪魔ですと振り払われたりしていた。
『まだ生きてたんですか?』
一目見て目が離せなくなった夕陽色の綺麗な人から向けられた、剣よりも鋭く冷たい声音に、思わず体が現実の体が震える。
はね起きる体力もなく、俺は何度目かの悪夢から目覚めて周囲を見る。
今は夜中なのか、あちこちから騎士達のいびきや寝息が聞こえてきていた。
平和過ぎるBGMに、覚醒する度にこちらを心配そうに覗き込んでいた顔が重なり、体調不良で落ち込んでた気分が癒やされる。
名前がフシロだと判明したクマな団長もいい人だし、この国の騎士団はいい人達ばかりらしい。ドリドル先生も、優しいし。
ラノベとかのイメージで、王国の騎士とかは貴族の子弟がなって、平民出だといじめられたり、薄汚い下民が触れるな、とか言いそうだとか勝手に思ってたが、フシロ団長の部下に関してはそんなことは全然無いようだ。
熱に浮かされる中、入れ代わり立ち代わり俺の様子を見に来てくれ、色々世話を焼いてくれたり、枕元にお菓子を置いていってくれたのを朧げに覚えている。
あまりに頻繁に来すぎて、ドリドル先生から叱られていたのも何となく覚えている。
「……きてくれるわけないか」
どれだけ記憶を辿っても、鮮やかな夕陽色の記憶はなく、俺は寝転んだまま力無く空笑いをして顔を手の平で覆う。
しばらくそのままでいたが、喉が乾いていた俺は水を飲もうと体を起こす。
ベッドの側にあるテーブルには、すぐ飲めるようにと水差しが用意してもらってある。今は溶けてしまってるが、なんと氷入りだ。
氷はフシロ団長が作ってくれたらしい。フシロ団長はただのクマではなく、シロクマだったようだ(混乱中)。
頭の下へ敷かれていた氷枕も、フシロ団長メイドの氷だそうだ。それも今は溶けてしまい、たゆんたゆんとしてる。
水を飲んで、何となく元氷枕をたゆんたゆんと叩いていると、微かな笑い声が聞こえて来てそちらを見ると、白衣を脱いだドリドル先生がいた。
「ジルヴァラ、具合はどうですか?」
「……ねつもさがったし、いつでもいける」
誤魔化されてくれないかな、と思い切りバレバレだろう嘘を吐いたら、ドリドル先生は苦笑いを浮かべて額に触れてくる。
「残念ながら、それは気のせいのようですね。おとなしく寝てなさい。ほら、フシロ団長から氷をもらってきましたから、氷枕替えますよ」
どうやらフシロ団長はまた製氷機になってくれたようだ。
「ありがとうございます、ドリドルせんせい」
あとでフシロ団長へきちんとお礼を言おうと思いながら、ドリドル先生へもお礼を言って氷枕の上へ頭を乗せる。
「お腹は空きませんか?」
「だいじょぶ……」
「そうですか。おやすみなさい、ジルヴァラ」
ドリドル先生の優しい声を子守歌代わりに目を閉じたが、さすがに眠り過ぎたのか、なかなか眠気は訪れない。
それでもずっと目を閉じていて、少しだけうつらうつらし始めた頃、テントの中が騒がしくなってくる。
「おい! 向こうで火事だ!」
「モンスターも出たと報告があったぞ!」
「出られる奴は皆出ろ!」
聞こえてきた不穏な単語に思わず目を開けて体を起こそうとする俺を、ドリドル先生が押し留める。
「せんせい」
俺が心配したのは主様だ。主様は眠りが深いのか、一度寝るとなかなか起きない。火事で焼け死ぬとは思えないが、やはり心配になる。
「ここは安全ですから、騎士達に任せておきましょう」
俺の不安そうな声を勘違いしたドリドル先生は優しく声をかけてくれ、飛び起きた騎士達も「大丈夫だ!」と言って飛び出していった。
静かになってしまったテントの中、遠くで叫び声や怒鳴り声が聞こえる気がするぐらいで、喧騒はだいぶ遠い。
そこへバタバタと駆け込んで来る足音が複数して、目隠しの布が勢いよく捲られる。
視線だけをそちらへ向けると、そこにいたのは騎士ではなく、冒険者らしい格好の男二人だ。
知り合った冒険者はほとんど身奇麗にしていた中、今目の前にいる冒険者達は正直薄汚れているが、たぶんこちらの方が冒険者として一般的なんだろう。
熱に浮かされた思考で、そんな場違いなことを俺が考えていると、ドリドル先生が俺を背中に隠すように冒険者らしい男達の方へ進み出る。
「……何の用でしょうか?」
いくら丸腰に見える相手とはいえ、ドリドル先生の肝の据わり方に感心していると、冒険者の男の一人が手に持っていた何かをドリドル先生へと見せる。
「驚かせて悪いが、騎士様達の手が空かないから、代わりに俺達が医者を呼びに来たんだよ! 早く来てくれ、怪我人が何人もいるんだ! 騎士様にもだ!」
「……私をわざわざ呼んでいるんですか?」
俺を一人にすることが不安なのか、ドリドル先生はチラリと俺を振り返るが、怪我人の方も心配らしく悩んでいる様子だ。
「せんせい、おれならおとなしくねてるから、けがしたひとのとこいってもだいじょぶだよ」
「ですが……」
「怪我人の中に子供もいるんだよ! 急いでくれ!」
俺の言葉に心揺れたところに、追い打ちをかけるような言葉が冒険者の一人から飛び出し、ドリドル先生は意を決したような表情で白衣を着て鞄を手に取る。
「ジルヴァラ、いい子にしててくださいね? すぐ戻りますから」
そう言って俺の頭を撫で、呼びに来た冒険者の一人に続いて颯爽と走り出したドリドル先生は、戦場へ向かう騎士のようで格好良かった。
そこまでボーッした頭で見送った俺は、ふと気付く。
ドリドル先生を呼びに来た冒険者は、二人組じゃなかったか、と……。
熱でぼんやりとした頭がやっと警鐘を鳴らした時には、すでに手遅れで。
視界は一瞬で布か何かで白く覆われ、何か妙な臭いを感じたと思うと同時に、叫ぶ間もなく俺の意識は遠のいていった。
お読みいただき、ありがとうございます。
相変わらず主人公愛され主義なのに、痛めつけたくなる悪い病気が出ててすみませんm(_ _)m
まぁ、私はハッピーエンド好きなので、主人公が酷い目に遭って終わることはありません! たぶん。