78話目
ピンクな空気を壊すのは、何となくドリドル先生担当になってます←
「プリュイ、これ綺麗に出来るー?」
なんか色々あったが、やっと自室まで辿り着き荷物を漁って見つけ出した短剣は、辛うじて錆びてはいないが固まった血とか脂で汚れきっていて。困りきった俺は、ついてきたついでに部屋を掃除をしてくれているプリュイを頼ることにした。
ちなみに視界の端で、俺が俺が、的な動きをしている主様は見てないことにしておく。
主様に任せてしまうと、なんかとんでもない事が短剣に起きそうな予感がするのだ。
「ワタクシでいいのデスか?」
主様のあまりにもなアピールに、近寄って来たプリュイが戸惑い気味にふるふるして主様をちらちらと見ているが、俺は気にせずプリュイへ短剣を鞘ごと渡す。
「ロコ、どうして私に頼まないんですか?」
ついに無言のアピールだけでは聞こえてないと思ったのか、主様がずずっと近寄って来て、俺の腰へ腕を回して引き寄せてくる。
「綺麗にするなら、プリュイに頼んだ方が安心だから?」
「私だって、それぐらい出来ます」
そう言ってぽやぽやしながら主様が収納から取り出したのは、美しい装飾だが何か禍々しい雰囲気のある剣だ。刀身は細めで、長さは俺の身の丈ぐらいある。
なんか見覚えがあって、俺は瞬きを繰り返す。たぶん、ゲームに出てきた剣だ。名前とかどういう物とかは、まっっっったく覚えてないけど。
「……それ、なんか呪われてない?」
「はい。今からそれを綺麗にします」
まさか違うよな、と期待した俺の問いに、力強く頷いてぽやぽやドヤぁという器用な表情をした主様は、左手で剣の柄を握って体の前で横向きに構え、右手で柄の方から撫でるような動作をする。
鞘に入ったままだし、触ってはいないから大丈夫なんだろけど、呪われいると聞いたからちょっと不安になって主様をじっと見つめてしまう。
「大丈夫?」
少し疲れた様子でふぅと息を吐く主様へ近寄って、くいくいと服の裾を引くと、主様はぽやぽや微笑んで俺へ元・呪われた剣を差し出してくる。
「……はい、もう無害ですよ」
主様が自信満々なぽやぽやだし、大丈夫なんだろうけど、呪われていたと聞くとつい躊躇ってしまう。
「俺、呪われない?」
「解呪しましたから、平気です。私が危険なものをロコに触らせる訳ないでしょう?」
そこまで言われてしまうと受け取らないのも失礼かと、俺はおずおずと自分の身の丈程ある剣を受け取る。
「あれ? 軽い」
確かに細身の刀身だったが、それにしても長さの割に軽すぎる剣に驚きの声を上げた俺は、思わず主様を振り仰ぐ。
「そういう剣ですから」
「へぇ。ちなみにだけど、主様が解呪した呪いってどんな呪いだったんだ?」
長すぎて今の俺には完全には抜けないが、ちょっとだけ剣を引き出してその美しい刀身を眺めて主様へ気になっていたことを質問してみた。
「剣に魅入られて血を捧げたくなる呪いですね」
「へぇ……って、それ……」
俺は思わずハッとして、少しだけ覗かせていた剣をカチャッと勢いよく鞘へと戻す。
「ロコ? 呪いはもう解呪しましたから、それはただの便利な剣ですよ?」
「お、おう……」
そうは言われても、俺はついつい腰が引けてしまう。
何せこの剣は、あの乙女ゲームのメインヒーローである冒険者の青年のストーリーに深く関わるものだからだ。
珍しくきちんと思い出せたのは、メインヒーローは一番最初に攻略したからか、剣の実物にこうして触ったからだろう。
そのストーリーでは、メインヒーローの親友が、ダンジョンの奥で悪役に騙されてこの剣を抜いてしまい、見事に呪われて血を求める通り魔となってしまう。
ここでヒロインちゃんの好感度というか信頼度が高ければ、メインヒーローはヒロインちゃんを頼って、ヒロインちゃんの力で親友を呪われた剣から解放して救うことが出来るのが、ハッピーエンドとトゥルーエンドへと続くルートだ。
で、もちろんそういうゲームだからバッドエンドもある訳で。
そのルートでは、メインヒーローは自らの手で親友を殺すのだ。
『たの、む、これ以上、誰かを傷つける、前に、殺してくれ!』
呪われた剣に呑み込まれそうな意識の中、必死で叫ぶ親友。
そんなこと出来るかと泣きながら首を振るメインヒーロー。
しかし、やがて親友の目からは正気の色が消えていき、メインヒーローは決意を秘めた顔で剣に手を……。
イベントスチルで見た、親友同士で殺し合う悲しく残酷な映像を克明に思い出してしまい、やばいと思った時には俺の目からは涙が溢れていた。
このイベント、あの乙女ゲームの中で屈指の泣きイベントなんだよ、と言い訳がましい事を脳内で毒づきながら、ゴシゴシと目元を擦っていると、背後から顎を掴まれて上を向かされる。
「ロコ……泣かないで……」
眉尻を下げた困り顔で俺を見下ろしていた主様は、そのままゆっくりと顔を近づけて来て、唇で俺の涙を吸い取ろうとする。
「くすぐったいって。ごめん、ゴミ入っただけだから」
定番な誤魔化しを口にして、涙の跡を辿る柔らかな感触から逃れようとした俺を、背後から包むように覆い被さって逃げられないようにして涙を吸い取り続ける主様。それを何やってるでしょうという目で見ながら、俺が頼んだ作業を終わらせてくれているプリュイ。
そして、そこへたまたま俺の診察へやって来て、勝手に家の中へ入って来て目撃して固まるドリドル先生。
客観的に見なくてもわかる、カオスな空間だ。
「……何をやってるんでしょうねぇ」
ドリドル先生の地を這うような低音の声と、柔和な見た目からは想像もつかない怪力によって主様は俺から引き剥がされた。
いや、たぶん主な原因は後者だろうけど。
●
「ジル、綺麗になりマシタ」
ドリドル先生により、濡れタオルでゴシゴシ顔を拭かれていた俺の元へ、プリュイが近寄って来て綺麗になった短剣を返してくれた。
主様は少し離れたところで、拗ねながらぽやぽやしてる。
「……私の匂いが消えてしまいます」
そんな呟きが聞こえたので、さっきのは匂い付けも兼ねてたのかもしれない。誰に対するものかは不明だけど。
「そんナニ匂いをつけたいのデシタら、四六時中抱き締めテルのは、ドウでショウ」
プリュイ、そんなことを主様に吹き込むのは止めて欲しい。実行されたら、さすがに動きにくくて嫌だ。
「確かに……」
「確かに、じゃありません。ジルヴァラは活動的な子ですから、そんなことを実行すると……ウザがられますよ?」
名案だ、と俺を見た主様だったが、満面の笑顔なドリドル先生から放たれた言葉を聞いてピタリと動きを止め、俺を見たまま首を傾げる。
駄目ですか? と某CMのチワワのように見つめてくる主様に、俺は苦笑いしてポリポリと頬を掻く。
「ウザくはないけど、動きにくいのは困るな。それに、主様あんまりくっつくの好きじゃないだろ?」
強い否定にならないように気をつけて答えた俺だったが、隣からやけに強い視線を感じてそちらを見ると、ドリドル先生が「まじか」と言わんばかりの顔をして俺を見ていた。
「ドリドル先生?」
「…………何でもありません」
表情を苦笑いに変え、疲れたようにため息を吐いたドリドル先生は、俺をひょいと抱え上げてベッドまで運んでくれる。
顔を拭き終えた流れのまま、診察に移る気らしい。
「喉の調子はどうですか?」
「もう全然平気だ」
「まぁ、そもそもの原因があの方ですからね」
異常がないかの確認だろうが、ドリドル先生から猫の子を構うように顎の下をくすぐられ、俺はくすぐったさから首を引っ込める。
「ごろごろー」
で、悪戯心から猫が喉を鳴らすのを口で真似てみたら、フッと笑ったドリドル先生が唐突に俺からスッと離れる。
ん? と首を傾げていると、ドリドル先生は診察用の鞄を持ち、プリュイと共に部屋を出て行くところだった。
「ドリドル先生、帰るのか? 診察に来てくれて、ありがと!」
お礼を言うと、ドリドル先生はひらと手を振って返してくれ、扉の向こうへ消える。
「ドリドル先生、なんか急ぎの用事でもあったのかなぁ。お茶でも飲んでけばいいのに」
もう少し話したかったなぁとベッドへ腰かけたまま足を揺らしてると、無言のまま近寄って来た主様によって巻き込まれるように一緒にベッドへ転がされる。
「な、何? 俺、起きたばっかりなんだけど……」
そんな抗議は無視され、回された主様の腕によって起き上がれない。細く見えるが主様の腕は力強くビクともしない。
いくら俺の肉体が六歳児でも、そこまで寝てばかりはいられず、モゾモゾとしていると伸びて来た主様の手が顎の下をくすぐってくる。
「ん、くすぐったいって。もう何ともないぞ?」
喉の調子の確認かと思ってそう言ったのだが、主様から返ってきたのは、ひたと見つめてくる何処か不満げな眼差しだ。
ぽやぽやなのに不満げというある意味わかりにくい表情をしてる主様に、何だろうと首を傾げてると、また顎の下をくすぐられる。
「もしかして………………ごろごろー?」
まさかな、と思いながら、先ほどドリドル先生へしたように猫の真似をすると、主様の宝石のような瞳が喜色で揺らめき、蕩けるような微笑を向けられる。
「可愛いです、ロコ」
「……そうデスカ」
あまりにも予想外過ぎる反応に、なんかプリュイみたいな喋り方で相槌を打った俺を気にすることなく、主様はその後何度も俺の顎下をくすぐってきて、俺はその度に下手くそな猫の真似を披露することになった。
いつもありがとうございますm(_ _)m
主様の理想としては、ジルヴァラを膝に乗っけて髪の毛梳いたり、あちこち撫で回したりしたいようです(*ノω・*)テヘ
あちこち……どこでしょう←




