76話目
ついにヒロインちゃん接触回です(*>_<*)ノ
ムカついたら、こっそり後頭部張り倒してやってください←
追記 感想ありがとうございます!また書き忘れてました_(┐「ε:)_
他の乗客達が降りて静かになった馬車の中。
自らの腕の中で安心しきった寝顔見せる子供に、赤い青年は一人ふわふわと微笑んでいる。
縦抱きにされたまま自らの肩口に顎を乗せて器用に熟睡している子供の髪にすりすりと頬擦りする赤い青年の姿は、いくら美人でもギリアウトかもしれないが、幸いにも残っている乗客は赤い青年と子供だけだ。
「ぬしさま……」
寝言で赤い青年を呼んでモゴモゴと口を動かす子供に、赤い青年は蕩けるような微笑を浮かべて一心に視線を注いでいたが、不意にその美麗な面から表情が抜け落ちる。
その変化と馬車が停まるのは同時だった。
ガクンとした揺れと馬の嘶き、微かに聞こえてくる御者の怒りを含んだ声からして、この停止が正規のものでないのが伝わってくる。
先ほど笑みを消した赤い青年は、この出来事を察知していたのかもしれない。
赤い青年は無表情のまま深くため息を吐き、この騒ぎの中でも起きない子供をちらりと確認して、その体をそっと座席へ横たえる。
収納から硬貨の音がするリンゴなら二・三個入りそうな布袋を取り出した赤い青年は、眠る子供へ同じく収納から出した大きめなタオルをかけてやり、馬車の戸へと手をかけようとする。
外へと出るための動作を止めた赤い青年が一歩退くのと、唯一の出入口である戸が一足先に外から開くのは同時だった。
「なんだよ、貸し切りかと思ったのに……」
そんな声と共に馬車の中を覗いてきたのは、焦げ茶の髪に真っ青な目をした青年へなりかけぐらいな年代の冒険者の男だ。
子供が起きていたのなら、オズ兄と同い年ぐらいかなと判断しそうな見た目の青年は、座席で眠る子供と赤い青年をジロジロと見てわざとらしく不快げにため息を吐く。
「なぁ、俺さぁ、あの子と二人きりになりたいんだよねぇ」
ちらりと自らの背後──外を振り返って、暗にというか思い切り邪魔だ出て行けと圧をかけてくる青年を、赤い青年は全く気にした様子もなく微笑んで首を傾げる。
「あぁ、そのガキが寝てるから降りられないのか? なら、起こしてやるよ?」
ニカッと見た目だけは人懐こく笑ってみせた青年は、ズカズカと馬車の中へ入って来て眠る子供に近づ──こうとして、そのまま吹っ飛んで入ってきたばかりの入口から馬車の外へと放り出される。
「うわ!」
「え? どうしたの!? 大丈夫!?」
青年が吹き飛ばされた外から、青年の連れらしい少女の騒がしい声が聞こえてきて、微笑んでいた赤い青年は明らかに不快げな表情になる。
小さな窓しかない箱型をした客車なので姿は直接見えないが、甲高い少女の声はやたらよく響き、眠っている子供の眉間にも皺が寄る。
「……うるさいですね」
いつもぽやぽやとして柔らかな声音の赤い青年から出たとは思えない冷え切った声に、眠っているはずの子供の手が何かを探すように宙を掻く。
その手を空いた手で捕えた赤い青年は、ついさっきの声音が嘘だったかのように柔らかい声で囁く。
「大丈夫ですよ、ロコ。私はここにいます」
硬貨の入った袋を馬車の床へと落とした赤い青年は、タオルで包んだ子供を抱き上げて、動かなくなった馬車から外へと踏み出す。
「代金は客車の中に置きましたので」
青年に何かされたのか落ち着かない様子の馬を何とかしようとしている御者へ一方的に告げ、赤い青年はそのまますたすたと歩き出す。
自分が吹き飛ばした青年や、その青年を心配する少女などまるで見えてないかのように。
「あー! やっと見つけたわ!」
そんな赤い青年が、白い髪をした少女の近くを通った、その時だった。赤い青年に気付いた少女が甲高い声を上げたのは。
「もう。ずっと探してたんだからね」
何処か粘っこく、甘えるような声音は、赤い青年の腕の中にいる子供とそう年齢が変わらないように見える少女の出すような声ではない。
ついさっきまで心配そうに介抱していた青年を地面へ転がしたまま、少女は満面の笑顔でパタパタと赤い青年へ駆け寄って行く。
軽やかな足取り、向けられる人懐こく可愛らしい笑顔。容姿も間違いなく愛らしいの一言だ。
珍しい白銀の髪も金色の目も、誰もが目を惹かれるであろう輝きを秘め、赤い青年を真っ直ぐ射抜いている。
背後で地面へ転がされた青年が何かを言ってるが、赤い青年しか見えていない少女には届かず、ましてや聞く気すら持たない赤い青年に届く訳はなく……。
無邪気に伸ばされた少女の手が赤い青年に触れるかと思われた瞬間、赤い青年はするりと身を躱して少女の不躾な手を避ける。
勢いがついていた少女は止まれず、よたよたと数歩進んだところで驚いたように赤い青年を振り向いたが、すぐ何かに納得した顔で頷くとニコッと赤い青年へ向けて人懐こく笑いかける。
「はじめまして! あたし、スリジエっていうの。呼びにくかったら、ジエって呼んでもいいわ」
えへへと照れたように笑う少女の姿は、背後で地面からやっと起き上がった青年にはとても可愛らしく魅力的に見えているらしく、青年は嫉妬からか笑顔を向けられた赤い青年を睨みつけている。
「……」
が、その青年の嫉妬に満ちた鋭い視線も、原因となった少女の挨拶も笑顔も赤い青年には全く届いていない。そもそも、すでに赤い青年は少女を見てすらいない。
無言のまま子供を抱え直し、赤い青年はゆったりとした足取りで、しかし素早く少女から離れていこうとする。
「ねぇ! 名乗った相手を無視するなんて失礼よ? ほら、ちゃんとあたしを見て?」
それに気付いた少女は、バタバタと気ぜわしい足音を立てて赤い青年の前へと回り込み、アピールなのかよくわからないポーズをして見せる。
「この白銀の髪も、金色の目も素敵でしょう?」
あたしがこの世界の主役よ、と言わんばかりに自信満々に胸を反らして見せる少女に、赤い青年はやっとちらりと視線を向ける。
「どこがですか?」
そしてその唇から吐かれたのは、簡潔で冷ややかで、何の感情もこもらない言葉一つ。
今度こそ固まった少女を放置──というか、全く興味を持つ気配もなく、赤い青年はとんっと地面を蹴って、立ち並ぶ家屋の屋根の上へと飛び移り。
猫のように体重を感じさせない足取りであっという間に遠ざかり、少女の視界から姿を消してしまった。
「おい、スリジエ。大丈夫か?」
追いかけることも出来ず、赤い青年が立ち去った方向を見つめて動かない少女に、あちこちに擦り傷を作り、衣服へ泥を付けた青年が心配そうな表情で近寄ってくる。
少女によって、介抱されていた途中で地面に叩き落されたのは気にしていないようだ。
とてつもなく心が広いのか、それだけ少女へぞっこんなのか。……何も考えていないのか。
青年に話しかけられても無反応だった少女は、青年にゆさゆさと肩を揺さぶられて思い出したように青年を見ると、さっきまでのうっとりと赤い青年を見つめていたのが嘘のように無邪気な笑顔を青年へ向ける。
「ごめん! 全然平気だよ。まさか、あんな有名人に会えるなんて思わなくて、ついつい興奮しちゃった」
てへ、と可愛らしく笑って見せた少女に、青年は仕方ないなぁと笑って少女の髪をぐしゃぐしゃと撫でる。
「あの赤毛のやつ、そんな有名なのか?」
「エノテラ、冒険者なのに知らないんだ。あれは──S級冒険者の幻日様なのよ」
悪戯っぽく笑った少女は、歌うように赤い青年の正体を告げて、うっとりとした瞳を赤い青年が消えた方へと向けている。
憧れというにはどろりとした輝きの瞳に気付く事なく、青年はぶすりとした嫉妬の表情を隠さない。
そして青年は、とある事を少女へ教えてしまう。
「あんなガキ連れた優男が、噂のS級冒険者なのかよ」
子守しながら冒険者なんて舐めてるだろ、と毒づく青年の傍らで、少女の金色をした瞳が妖しげに輝く。
「……どうして、あの人の側にあたしじゃない子がいるの?」
嫉妬なんて言葉では生温い声音の少女の囁きは、ある意味素直な嫉妬を表して拗ねる青年には届くことなく、どろりと少女自身の鼓膜だけを揺らして消えていき。
「ちっ、乗り合い馬車のやつ、逃げやがったな」
思いがけない大金を手に入れた乗り合い馬車は、青年と少女の気が逸れた内にさっさと立ち去ってしまっていて、それに気付いた青年が苛立った声を上げる。
「歩いて帰ろ? なんか、デートみたいで楽しそうだよね」
「そ、そうか」
少女の無邪気な言葉に、怒り顔からデレデレとした顔に変わった青年は、おずおずと少女の手を取って歩き出す。
恥ずかしいよ、と照れて見せながらも、少女は青年の手を振り解くことはなく、二人は仲良く並んで歩き出す。
年齢の差は少しあるが、それは仲睦まじい恋人同士のようで。
青年は満足げに笑い、少女も恥ずかしそうに照れる気配を覗かせながらも満更でもない顔で無邪気に──口元だけは楽しそうに笑っていた。
いつもありがとうございますm(_ _)m
すやすやジルヴァラ。起きる気ゼロです。
そして、ヒロインちゃん、それは悪手だ。君の死亡フラグは、誰も折ってはくれません。




