74話目
相変わらずな主様と、チラ見えする白いあの子。
「ほら、主様も食べろよ。冷めるだろ?」
次々と俺へ食べさせようとしてくる主様の手を何とか止めさせた俺は、主様の前に置かれた料理を示す。
俺の言葉にピタリと手を止めた主様は、ぽやぽや微笑んで俺の方を向いて、あーんと口を開く。
相変わらず歯並びまで完璧で美しい。
「主様は、自分で食べろよ……」
何を期待されてるかはわかったが、さすがの俺でも若干の羞恥を覚えて軽く拒否するが、期待の眼差しで見てくる主様の目力が半端ない。
「ジ、ジル……なんか、寒い……」
俺が主様と無言の睨み合いを続けていると、隣に座っているナハト様からくいくいと服の裾を引かれて、そんなことを訴えられる。
ガチガチと歯のぶつかる音が聞こえるほど寒がってるナハト様の様子に、俺は慌ててナハト様の一番近くにいるノーチェ様を頼ろうとそちらを見るが、何故かそのノーチェ様の顔色も良いとはいえない。
「フシロ団長、暖炉の火を強く……」
「あー、すまないがジルヴァラ、そいつのお願いを聞いてやってくれ」
こちらも少し顔色が悪く、言ってる内容も意味不明で首を傾げる俺だったが、そいつという言葉が指すのが主様だとは理解出来たので主様を振り返る。
まだ口を開けて、宝石のような美しい瞳を揺らめかせて俺を見ている。
「……わかったよ。もしかして、ナハト様達寒がってるの、主様の魔力のせいか」
フシロ団長の言葉とナハト様達の様子から推測出来た結論に、俺はシパシパと瞬きをしながら、手っ取り早くロールパンに適当な割れ目を入れてソーセージ突っ込む。
そして、それを主様の口元まで運ぶと、目を細めて上機嫌にぽやぽやして、俺の手からあむあむと意外と豪快に食べ進めていく。
途中で離そうかと思っていたが、主様が手首を掴んで離してくれなかったため、そのまま指まで齧られる。
「主様、俺の指まで食べるなよ。あと、要求通らないからって、魔力垂れ流すな」
理解してるのか微妙だが、とりあえずぽやぽやして頷く主様を確認した俺は、デザートに用意されていたオレンジを手に取る。
スマイルカットっていうんだったか、食べやすい形に切られたそれは、見た目も名前もきちんとオレンジだ。
見た目オレンジだけど名前もオレンジなのかと眺めていたら、毒の果物がトラウマになったと勘違いしたらしいナハト様が、沈痛な面持ちで教えてくれたのでオレンジで間違いない。
なんて長々と沈思黙考していたのは、口へ運ぼうとしたオレンジを、主様に手首を掴まれてそのまま強制的にあーん状態にされて奪われたからだ。しかも、全部。
「そいつ、食い意地張ってんだな……」
俺がため息を吐いてると、ナハト様のそんな声が聞こえてきて、そちらを見る。
やはりフシロ団長の息子と言うべきか、さっきまでの寒がっていた様子からすっかり復活していたナハト様は、俺達のやり取りを見て呆れた顔になっている。
「ほら、オレの分の分けてやるよ」
ニッと無邪気に笑ったナハト様は、自らの前に置かれた皿からオレンジを手に取り、俺が断る間もなく口へと突っ込んでくる。
「ありあと……」
別に食べたくてため息吐いた訳では無いが、ナハト様の好意を無碍にも出来ずモゴモゴとお礼を言った俺は、口いっぱいの甘酸っぱいオレンジを堪能する。
新鮮なオレンジは果汁もたっぷりで、口の端から垂れる感覚があり、手探りでナプキンを取ろうとしていた俺の顎を、脇から伸びてきた手が掴む。
「ん?」
手の持ち主が主様だというのわかっていたが、何をする気かわからず眺めていると、主様の顔が近づいて来て口の端から垂れた果汁を舐め取ってくれる。
「ありがと、主様…………って、舐め過ぎ! もう大丈夫だろ?」
服に垂れる前に対処出来てよかったと安堵から笑ってお礼を言う俺だったが、主様の顔がなかなか離れる気配がなく、痺れを切らして思い切り手で押し返す。
「あー……ジルヴァラ、それは外でやらせるよなよ?」
顔を押し退けられ、不満げにぽやぽやしてる主様に、まだ残っていたパンを食べさせていると、フシロ団長が苦虫を噛み潰したような顔で笑っている奇妙な表情を浮かべて、そんな注意をしてくる。
「え? あぁ、わかった。マナー的に良くないよな」
一人でそう呟いて納得していると、ノーチェ様以外のフシロ団長一家の驚いたような視線が、一斉に俺へ突き刺さる。
「え? え? なに?」
「うふふ。ジルちゃんは、幻日様と仲良しなのね」
ノーチェ様だけはおっとりと微笑んで流してくれたので、ちょっとだけ安心する。
「ごちそうさまでした。今日も美味しかったです! 特にオムレツがふわふわとろとろで……」
食器を片付けてくれているメイドさんに感想を伝えれば厨房にも伝わるだろうと話しかけてたら、隣に座っていた主様が立ち上がり、そのまま荷物のように小脇に抱えられる。
「ありがとうございます。料理人達にしっかりと伝えておきます」
びっくりして固まる俺を他所に、さすが貴族のお屋敷のメイドさんは驚く気配もなく、ふわりとした微笑みで応えて俺を見送ってくれる……って、主様帰ろうとしてないか?
「主様、帰る気なのか?」
「駄目ですか?」
首を傾げながらも、主様は足を止める気ゼロなので、俺は小脇に抱えられたままフシロ団長を見ると、諦めたような顔で頷かれた。
「フシロ団長、ノーチェ様、あとは、えーと、皆さんお世話になりました! 今度こそは、遊びに来てもいいか?」
主様は速度すら緩めてくれないので、早口で言いたいことを何とか一気に言っていく。
これでもう無いか? と思った俺の視界に、寂しげな紫色の瞳が映る。
「ニクス様! 俺、約束忘れてないから、ニクス様も忘れるなよ?」
ぶんぶんと手を振ると、ニクス様は一瞬驚いたように神秘的な瞳を見張り、微かに頷いてくれたように見えた気がしたが、その姿は閉まっていく扉の向こうになってしまい、すぐに見えなくなってしまった。
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「嵐かよ、幻日サマ……」
隣でそう呟いたのは、トルメンタ兄様だ。
僕が素直にそう呼べなくなって、どれぐらい経っただろう。
「ジルともっと遊びたかったのに!」
素直にそう怒って見せてるのは弟のナハトだ。僕に憧れて難しい言葉を使おうとして、何処をどう間違ったか知らないが、その『ジル』を罵倒したらしい。
そのまま関係は拗れそうなものだが、ナハトが素直に謝り、『ジル』が許したためすっかり仲良くなったたようだ。
ナハトのように、僕も素直に自分の感情をさらけ出せたら……。
そんな詮無いことを考えながら、僕は食事の手を止める。
心配して話しかけてくる父様と母様の顔を真っ直ぐ見られず、視線を外して頷いて席を立って自室へと向かう。
廊下の途中、飾られている鏡に映った僕は、気味の悪い紫色の目で辛気臭く見つめ返してくる。
父様の色でも母様の色でもない、紫色の目で。
『ねえ、おかしいと思わないの!? 家族の中であなただけそんな目をしてて』
偶然街中で会っただけの白い髪の女の子の声が脳内で響き渡る。
その後、あたしならどうのこうの言っていたが、粘っこい眼差しが怖くなって走って逃げてしまった。
それでも、告げられた言葉は棘のように突き刺さって抜けてくれない。
いっそ、こんな目、抉り出せたら……。
そんな酷く後ろ向きな事を考えているうちに、自室の前まで辿り着いていた。
ふと思い出したのは、ここで出会ったナハト並みに能天気に見える無邪気な黒い子猫のような子供。
好奇心に満ちた瞳は、何の先入観もなく僕を見つめ、
「似ている、と……」
黒板に書かれていた文字を思い出し、次会った時はあの子供の口から直接聞けるだろうか、と期待から少しだけ軽くなった気持ちを抱えて、僕は再会を待ちわびている鏡の中の自分へ、久しぶりに笑いかけた。
いつもありがとうございますm(_ _)m
ここでする補足ではないですが、ヒロインちゃん回ないと語られないのでちょっとだけ。
本当のルートでは、亡きフシロ団長を疎ましく思っていた貴族からの茶々入れで、ニクス様は妾腹の子なんでは、とかなってゴタゴタするはずでした。
が、そもそもフシロ団長死ななかったし、色々影響してしまい、その貴族はすでに瀕死な感じで大人しくなってしまい、フラグ建たないことにイラついたヒロインちゃんが、自分で何とかしようとして大失敗した結果でした。
なんてことをヒロインちゃん回あれば、ヒロインちゃんが語るかも?




