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7話目

まぁファンタジーな世界ですので、人が死ぬなんて日常茶飯事の世界です。


さすがに何の罪もない相手を突然殺したり、あーれーしたり、色々すればヤバいですが、悪人を正当防衛で殺す分にはあまり問題視はされません。


そんな世界です。

「眠ってくれたようですね」

 私はそう呟いて、熱で赤くなっている子供の頬を撫でる。そこにあった一筋の跡を拭うために。




 私はフラメント王国騎士団付きの医師だ。

 名前はドリドル。性別は男。年齢は今年で三十となる。

 騎士団団長であるフシロ様より、騎士団専属の医師となって欲しい、とのお言葉をいただき、この任に就いた。

 それから数年経ったが、騎士達と共に戦場へ向かい、モンスターの討伐へ向かう。

 騎士だけではなく、色々な怪我人も見てきたが、やはり幼い子供の傷ついた姿は胸に来るものがある。

 医師としては全ての命を助けたいが、神ならぬ私の身ではそれは叶わず、こぼれ落ちていった命も少なくはない。

 だから、なおさらこの子供に対するあの青年の行いは許せるものではない。

 先程の怒りを思い出してしまい、子供の額に乗せようと絞っていたタオルを引き千切ってしまった。

 新しいタオルを冷たい水に浸してから絞り、子供の額へ乗せる。

 思い出すのはこの子が運ばれてきた時の衝撃だ。





「すみません! ドリドル様、急患です!」

 そう叫んで駆け込んできたのは、炊事担当をしてくれていた年若い騎士だ。

 落ち着きない行動をたしなめるべきか、と一瞬抱いた感情は、騎士が抱えた患者を見て吹っ飛んでしまった。

 それは苦しげな呼吸を繰り返す幼い子供だった。体格の良い騎士が抱えているため、余計に小さく華奢に見えてしまう。

「ここへ寝かせてください!」

「はい!」

 白いベッドへ寝かされると、黒髪に黒っぽい服を着た子供の小ささが際立って見え、私はぐっと拳を握る。

「何があったのですか?」

「わかりません。周囲にいた者も、急に倒れたとしか……」

「そうですか……この子は私に任せて、あなたは戻ってください」

「はい。……その子をお願いします」

 後ろ髪を引かれている様子で年若い騎士は私へ頭を下げて、自らの仕事へ戻っていった。

「……この子の親はどうしたんでしょう」

 小綺麗な見た目からすると、浮浪児ではなさそうなので、この野営地に親か保護者がいそうなものだが、と考えながら診察をしていた私は、すぐ上半身に不自然に巻かれた何かと血の匂いに気付く。

 血の匂い自体は、服のあちこちに返り血らしき血も見えたのでそのせいかとも思ったが、上着を脱がせたところで思わず息を呑んだ。

 巻かれていたのはごくありふれたタオルだが、その一部はどす黒く変色していて、震えそうになる手で簡単に剥ぎ取れてしまったタオルの下には、痛々しい傷跡があった。

「リンクスに似た外傷……化膿による発熱ではなく、もしかして、リンクスの亜種か変異種による爪毒……?」

 まさかこんな場所でリンクスの爪毒の被害者が出るとは思わず、解毒剤の持ち合わせはない。

 リンクスは山猫とも呼ばれるだけあり、生息地は山なのだ。今回は街道を少し行った野営地が目的地だったため、遭遇を想定していなかった。

 自分の思慮の浅さを恨みつつ、苦しげな呼吸を繰り返す子供のため、私は必死に出来ることを考えたのだった。




 そして、一通り治療を終えたところに、フシロ団長があの青年を連れてきた。

 フシロ団長が、穏やかな雰囲気の人当たりの良さそうな青年を、何故この子供の元へ連れてきたか最初はわからなかった。

 フシロ団長へ報告をする間に、やっとこの青年が子供の保護者だと察したが、その割には子供を心配する様子は欠片もない。

 ただふわふわと微笑んでいるだけで、何処か空恐ろしい。

 その口から出て来たのも、子供が勝手についてきていた、という責任転嫁としか思えない内容で。しかも、いくら出会って日が経っていなかったとしても、名前を知らないとは本当に意味がわからないというか理解したくない。

 フシロ団長が『ロコ』という名前なのかと聞いた時、少しだけ反応はしたが、それ以外はずっと微笑んだままだった。

 子供が、置いていってくれ、と子供らしからぬことを言っても変わらず、特に何も声をかけずに去って行ってしまった。

「大丈夫ですよ、フシロ団長はお優しい方ですから。いざとなれば、私が君を引き取ります」

 聞こえないことはわかっていたが、私は静かに泣いていた子供を思い出して、そう話しかけてしまっていた。

 いつかはこんな日が来るとは思っていた。



 あれからどれだけ経ったかわからない中目覚め、俺は寝かされていたベッドの中でテントの内側を見つめて、ぼんやりとしていた。

 目隠しの布の向こうで人の動く気配はあるが、布のこちら側、近くには誰もいない。俺一人だ。

 具合が悪いせいもあるのか、思考はどんどん悪い方へと転がっていく。

 こんな時、乙女ゲームのヒロインだったなら、ゲームの強制力とかで離れないような展開があるかもしれないが、俺はただの背景モブだ。

 気合と森育ちの体力でなんとか主様についてきていたが、もう本当に無理らしい。

 自らの不注意で負った怪我で動けなくなった俺を主様は心配する様子もなく、ついてこれないの? と不思議そうに見ていただけ。

 怪我したのは完全に俺の不注意だから仕方ない。もしかして、これが主様を庇って負った怪我ならとか、熱に浮かされた思考で思ったりもしたが、そもそも主様が怪我をするような状況が思いつかない。

 あの山猫も、主様なら一睨みで倒してしまいそうだ。

「……死ぬ気でいけば、なんとかついて行けないかな」

 目の前で倒れて死ねば、少しは主様の記憶に残るだろうかとか、馬鹿な考えが浮かぶ。

「まさか、名前すら覚えてもらってなかったかぁ」

 声に出すと、なんだか余計に虚しくなった。

 主様達が話しているのは、全てではないが夢現で聞こえていた。

 一番はっきりと聞こえたのは、俺の名前が『ロコ』じゃないと否定する声と、名前を知らないと言う声、それと綺麗に揃った「はぁ!?」 という全力突っ込みだ。

 たぶん一度目が覚めた時に見たクマさんみたいなおじさんと、脇にいた医者の先生の声だろう。

「今死んだら、墓には『ロコ』って刻まれるのか?」

 主様以外にはそう呼ばれたくないので、きっちり名乗るのは忘れないようにしよう。

 俺がそんな決意をしていると、布が捲られて医師の先生が、水の入った洗面器を持って入ってくる。

 独り言を言いまくっていた自覚はあるので、先生は起きてる俺に驚いた様子はなく、ベッドの脇のテーブルに洗面器を置き、自らは引き寄せた椅子へ腰かけて優しく笑いかけてくれる。

「起きて一人だったから、不安にさせましたか?」

「いや、大丈夫。色々ありがとうございます。俺は、ジルヴァラっていいます」

 起き上がってお礼を言って、さらにいの一番で名乗ると、先生からは痛ましげな視線が向けられる。

 どうして俺がまず名乗ったのか理解したのだろう。

「聞こえていたんですね。ジルヴァラと呼んでも? そうそう、私はドリドルといいます、よろしく」

「少しだけ。そもそも元から俺が無理矢理くっついて回ってたんだよ。という訳で、しばらくお世話になります、ドリドル先生」

 幸いというか、主様との旅路のおかげで自分が結構戦えるのはわかったし、薬草採取とかで稼いでもいいだろう。

「あ、料理とか洗濯とか、ちょっとした狩りぐらいなら出来るし、小走りぐらいの速度なら半日ぐらい走れ……る……」

 王都までとはいえ、お荷物にはなりたくなくて、パタパタと腕を動かして俺が出来ることを並べていったのだが、調子に乗って騒ぎすぎたのか、くらりと視界が揺れてベッドへ逆戻りしてしまう。

「子供が気を使うものではないですよ、ジルヴァラ。今はゆっくり休んでください」

「……ん、そうする」

 ストーカーのように主様を追いかけるとしても、こんな状態じゃ無理だろう。俺はドリドル先生の指示に従って素直に目を閉じる。

 ゆっくりと眠りの淵へ落ちていく中、ドリドル先生の優しい笑い声が聞こえ、布が破れるような音がした後、額に何かひんやりとした物が置かれた気がした。

 通常の一人用テントよりは大きめとはいえ、椅子とテーブルがあり、そこに大人二人が腰かけているとかなり手狭だ。

 向かい合って座っているのは、ジルヴァラからクマさんみたいと言われたフシロと主様と呼ばれている青年だ。

 フシロは険しい表情だが、向き合う青年はぽやぽやと微笑んでいる。

「昨日、王都から北へ一つ行った野営地にいたな?」

 そう切り出され、青年は微笑んだまま頷く。

「ええ、いました」

「では、お前達が泊まったであろう日の夜に、その野営地で人が死んだことは知っているか」

 テーブルに肘をついて腕を組み、そこに顎を乗せた体勢で、フシロは嘘や誤魔化しは許さないとばかりに青年を見つめて、さらに質問をする。もはや尋問のようだ。

「知ってます」

「では、死んだ奴らが、何者かによって殺されたということは知っているか?」

 否、これはもう完全な尋問だ。

「知ってますが?」

 どう聞いても疑われているとわかるはずだが、青年は気にした様子もなく微笑んで小首を傾げている。それがどうした、とでも言いたげに。

「お前相手に小細工はいらないか。──あのテントにいた護衛の冒険者と商人を殺したか?」

 もうそれは質問というよりただの確認になっていると突っ込む第三者は残念ながら不在だ。

「ええ、殺しました」

 笑顔で頷いている青年。まるで、朝ごはん食べました、ぐらいの軽いノリの肯定だ。

「否定しても無駄だ。あんな殺し方はお前ぐらいにしか出来ない」

 否定されると思っていたのか、青年の肯定のノリが軽すぎたのか、フシロはゆるゆると首を振り、青年が犯人であろう証拠を口にする。

「だから、私が殺しましたと」

 不思議そうに微笑んで、再び犯行を認める青年(犯人)。

「認めたくない気持ちはって……あ? 殺したのか?」

 やっと何を言われたのか理解したのだろうフシロは、は? と低く恫喝するように目の前でぽやぽや笑っている青年を睨む。

「先ほどから、そう言ってますが?」

 少しだけ困ったような顔をして微笑んだ青年は、小さく肩を竦めてフシロの鋭い視線を受け止めている。

 傍から見たらコントのようなやり取りに、あの子供なら「すれ違いコントだ!」と不謹慎に笑ったかもしれないが、ここには突っ込む役は不足していた。

 重々しい沈黙が流れ、やがてフシロの口からは重々しい吐息が洩れる。表情は苦虫をダースで噛み潰したように歪んでいる。

「何故殺した?」

「悪人を殺すのに理由がいりますか?」

 開き直っている訳ではなく、本当にそう思っている表情で首を傾げている青年に、フシロの眉間の皺が深くなる。

「お前なぁ……確かにお前が殺したのは殺されても仕方ない悪人だが、護衛まで皆殺ししただろう? しかも、商人の目を抉った上に腕を切り落とすたぁ、いつからそんな猟奇趣味になった?」

「護衛は邪魔でしたし、同じ目をしてましたからいいかと」

「それはあの商人と同じ目、という意味か。──それはこちらで調べ直す必要があるな。お前がそう言うなら、そういう事なんだろうが」

 思いがけない返答にフシロは数秒おし黙るが、すぐ頭痛を堪えるように額を押さえて深々とため息を吐いて、独り言のように続け、青年をじっと見つめる。

「で、話は戻るが、猟奇趣味の方はどうした? まさか苛ついて発散したかったなんて理由じゃないよな」

「……あれは、私の気に入ってる髪をベタベタ触って、気持ちの悪い目で見ていたのが少々気に触りました」

 猟奇趣味と言われてしまった行為は本人もやり過ぎたとは思っていたのか、殺しを責められても揺れなかった青年の視線が、伏せ目がちになってテーブルに落ちる。

「ん? お前に触るたぁとんでもない胆力のある変態だな。真っ当に生きてれば、騎士団に勧誘したいところだが、すでに故人だからなぁ」

 予想外の答えだったのか、フシロは軽く目を見張って驚きを隠さず青年を見る。

 珍しく反省している様子を見せた青年に、フシロは苦笑いして大きく首を振って見せる。

「しかし、ずいぶん気が短くなったな、お前も。前は尻触られても半殺しで済ませてただろう。しかも、触ってきた手を切り落として、気持ちの悪い目で見てきたから目を抉るとは、さすがにやり過ぎだ」

「……次は気をつけます」

 目線を上げた青年は、不可思議な輝きの瞳をゆっくりと瞬かせて微笑み、それだけを口にした。

 聞きようによっては反省しているような……、



「証拠は残さないようにします」



 全然、反省していなかった。



「いやいや、そうじゃないからな!」



 思わず声を荒げたフシロは、ふと何かを感じたのかテントの入り口の方へ視線を向ける。

「気のせいか?」

 外を窺うフシロに、青年はいつも通りぽやぽや微笑んで首を傾げているだけだった。

お読みいただき、ありがとうございますm(_ _)m


わかりにくい溺愛というか執着が大好物です。

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