69話目
チョロいって言われそうですが、誰かに言われたい一言を言われてしまうと、ドキッとしますよね。
しかも、狙ってないと感じるから余計に。
そんなニクス様です。
ニクス様のルートって、どういう話だっけ。
ニクス様の後ろ姿を見送りながら、俺は首を捻って考え込んでしまう。
別に攻略したい訳では無いが、あれだけ全身で『寂しいです!』と訴えられてるとさすがに気になってしまう。
「何かずっと悩んでるらしいが、ノーチェにも言わないらしくてな」
俺の視線に気付いたのか、上座にいる困ったような笑顔のフシロ団長から話しかけられる。
いや、上座なのかは知らないけど、たぶん上座なんだろう、フシロ団長が座ってるんだから。
「ニクス兄上は、頭いいんだぞ? 難しい言葉、たくさん知ってるんだからな」
自分のことのように自慢するナハト様は、ニクス様が大好きなことが伝わってきて微笑ましいが、影響された結果の『この平民が!』と罵りを受けた身としては若干複雑な気分だ。
「頭良すぎるせいで悩んでるんだろ」
ふんっと鼻を鳴らして心配そうながらも軽口を叩いたトルメンタ様を見ていると、隣に座るナハト様の方から、
「トルメンタ兄上は、もうちょっと考えた方がいいと思うぜ?」
と聞こえてきて、俺は瞬きをして思わずナハト様を見る。
「あ?」
俺に聞こえてしまった呟きは、トルメンタ様にもバッチリ聞こえたのか、ガラ悪くナハト様を睨みつける。
「ご、ごちそうさま! ジル、後で風呂一緒に入ろうぜ!」
ヒッと首を竦めたナハト様は慌ててそう言うと、あはは、と誤魔化すように笑って食堂から早足で去っていった。
残ったのは大人組と俺、それと空気と化している執事のヘイズさんだ。
「ったく、すっかり生意気になりやがって」
そう毒づきながらも、トルメンタ様の顔は嬉しそうだ。すっかり、ここの兄弟仲は戻ったらしい。
ほっこりしながら、ナハト様が一口で詰め込んでいたデザートのケーキをちまちまと味わっていると、やたらと強い視線を感じて周囲を見渡す。
「どうした?」
「おかわりかしら?」
「おれのをやるか?」
心配そうに、甘やかすように、そんな感じで俺を見てくる三人の視線ではない。この三人からも見られていたが、それよりなんだろう、探られてる? そんな視線だ。
今現在食卓を囲んでない主様?
いや、主様の視線ではない気がする。
主様の視線は、なんかもうちょっと、逃げられない! って感じになるし。
キョロキョロしていると、食堂の入口の扉の隙間から紫色が覗いていて目が合った気がしたが、一瞬で消えてしまったので気のせいかもしれない。
「(なんでもないよ)」
無音で答えながら『ごちそうさま』と黒板に書いて、へらっと笑った俺だったが、トルメンタ様の分のケーキは別腹なんで美味しくいただいた。
俺がお腹いっぱいで膨らんだお腹をさすっていると、くく、と近くからトルメンタ様の声が聞こえて、脇から伸びてきた手にお腹を触られる。
「お前は、本当に目が離せないよ」
イケメン無駄遣いな表情と声音で囁いて俺を戸惑わせたトルメンタ様は、すぐにいつものチャラめな笑顔になるとお腹を撫でてくる。
「向こうの家で用意してくれていたジルヴァラの服は預かってきたからな。着替えは心配しなくていい」
俺がおとなしくトルメンタ様に撫でられていると、食べ終わって食後のお酒を楽しんでいたフシロ団長が話しかけてくる。
さすがというか予想通りというかフシロ団長は酒豪らしく、食事の間もパカパカ酒のグラスを空けていたが、酔っている気配は微塵もない。
「あら、うちでもお洋服用意してるのよ?」
フシロ団長の言葉に安堵する俺の頭を撫でつつ、ノーチェ様が残念そうに呟く。反応から察するに、本当に服を用意していてくれたらしい。
「うちで用意した服は正装向きだ。そんな服を普段使いは疲れるだろ?」
ノーチェ様の反応は予想していたのか、フシロ団長は柔らかく笑って言いながら、トルメンタ様からお腹を撫でられている俺へ向けて問いかけてくる。
「(普通の服がいい)」
普通のところをかなり強調して答えた俺に、フシロ団長は、ほらな、と言わんばかりの表情をしてノーチェ様へ肩を竦めてみせている。
イオの両親であるアモルさん達もラブラブな仲良し夫婦だったけど、フシロ団長んとこも負けていなぁとボーッと眺めていたら、トルメンタ様から抱き上げられる。
「あとでナハトと風呂へ行くんだろ? おれも一緒でいいか?」
「(俺はいいけど)」
そう答えながら、コクリと頷くとフシロ団長のように頬擦りしてくるトルメンタ様。顎髭は生やしてないのでじょりじょりしなくて物足りない。
「……なんか物足りないって顔されてるな」
ボソッと呟いたトルメンタ様を誤魔化すため……ではないが、俺は歩き出したトルメンタ様に揺られながら、黒板に『ニクス様は?』と書いて、トルメンタ様へ見せる。
「一応声かけてはみる。ま、期待はするなよ」
さらにそういえばなことを思い出した俺は、黒板にさらさらと文字を書いてトルメンタ様へ見せる。
『主様は?』
「な!? はぁ?」
訊く順番がまずかったらしく、トルメンタ様は主様も一緒にお風呂どうか? という質問だと勘違いしたらしく、どもった挙げ句、何もない所で躓いてしまい、抱えられていた俺は持っていた黒板ごと放り出され──。
「……トルメンタ? 何をしてるんでしょうねぇ、あなたは」
たまたま診察に来てくれたドリドル先生に受け止められたおかげで俺は何ともなかったが、トルメンタ様は少々お説教されることになってしまった。
●
「私は、少々トルメンタに話がありますので……」
引きつった顔のトルメンタ様とニッコリと笑ったドリドル先生という対象的な表情の二人に送り出され、俺はあてがわれた部屋へと向かい一人で歩いていく。
腹ごなしには丁度いいだろう。
見た目は六歳児とはいえ、中身は前世足されてる分しっかりしている──そう思っていたことが俺にもありました。
「(フシロ団長んち広すぎだって)」
主様の家も結構広いと思ったが、構造的には一般家屋なので部屋数多いぐらいで覚えやすかったが、フシロ団長のお屋敷はそもそも構造から違う。
やたら長い廊下とか、高い天井のホールとか、芸術品飾ってあるスペースとか。どこのお屋敷だよ、と脳内で突っ込んでから、そもそもお屋敷だったとさらに脳内で突っ込むという謎なノリツッコミをしてしまった。
歩き疲れたというか精神的に疲れてしまった俺は、廊下の隅に座り込んで一休みすることにした。
じっとしてれば誰か通るかもしれないし。
そんな他力本願な考えを抱き、フシロ団長のお屋敷の中に不審者が出ることもないだろうと気を抜きまくっていた俺は、すぐ近くにあった扉が突然開いたことに驚いて目を見張り、座り込んだ体勢のまま固まる。
扉から顔を覗かせたのは、神秘的な紫色の目でこちらを見て、俺と同じように固まっているニクス様だ。
どうやら、ここはニクス様の部屋の前だったらしい。
「何してるんですか?」
睨み合い後、へらっと笑いかけると毒気を抜かれたのか、意外と柔らかな呆れ声で問いかけられ、俺は肩を竦めてから黒板に書いた文字をニクス様へ見せる。
『絶賛迷子中』
何となくというか開き直ってドヤァという顔をしていたら、ニクス様の方から微かにふ、と笑うような気配がして、俺はまじまじとニクス様の顔を見る。
眼鏡をかけて少し分かりにくいが、眉毛の形とか目尻の下がるその優しげな笑い方とか鼻筋とか、全体的にノーチェ様に似ていた。と言っても、そこまで女顔って感じないのは、フシロ団長成分が上手く混ざってるんだろう。
「本当に……何をやっているんですか?」
そして声変わり前のようで少し高いが、呆れたように呟く声音はフシロ団長に似ている。
じっと無言で見上げて遺伝の神秘を感じていると、ニクス様から怪訝そうな眼差しを向けられてしまい、俺はへらっと笑いながら黒板に新たな文字を書いてニクス様へ掲げて見せる。
『ニクス様がご両親に似てるとこ見つけてただけ』
書かれた文字を見た瞬間、ニクス様の表情が明らかに強張り、俺はやっちまった! と黒板を抱えておろおろする。
年頃だし、最近反抗期みたいだし、親に似てるは禁句だったか、と救いを求めてキョロキョロしてると、ドリドル先生のお説教が終わったらしいトルメンタ様が歩いてくるのが廊下の先に見える。
俺を見つけた瞬間小走りになったトルメンタ様に、何となく逃げ出そうとした俺は、ニクス様に腕を掴まれてしまい、あうあうと意味のない声を洩らしてニクス様を仰ぎ見る。
ま、無音だからただ口をパクパクさせただけにしか見えないだろうけど。
「お前は、部屋にいないと思ったら、こんなところまで来てたのか。……ニクス、捕まえといてくれて助かったよ」
いくらフシロ団長のお屋敷が広くても、トルメンタ様の健脚をもってすればあっという間に捕獲圏内だ。
「いや、その……似てると、思いますか?」
俺を捕まえたニクス様は、トルメンタ様に気もそぞろな受け答えをしながら、何故か俺を睨んでそんな確認をしてくる。
繊細な見た目だと思ったけど、そこまで繊細なのかぁ、とか思ったことはおくびにも出さず、俺はへらっと笑ってから俺子供だから空気読めないムーブで大きく頷いておく。
「(すっげー似てる!)」
「何話してたんだ?」
逃げ出そうとしたのを見られてたのか、俺とニクス様を交互に見て問いかけながら、トルメンタ様はさり気なく俺を抱き上げる。
「……別に、何でもないです」
トルメンタ様に話しかけられて反抗期を思い出したらしいニクス様は、ふいっと視線を外して俺から手を離すと、無言で部屋へと戻って行こうとする。
「(ニクス様、今度一緒にお風呂入ろうぜ)」
言葉にしてから伝わらないことを思い出し、俺はトルメンタ様をペチペチと叩いて音を出してニクス様の気を引き、
『今度一緒にお風呂入ろう』
と書いた文字を見せる。
強く叩き過ぎたのかトルメンタ様が「いた、いたた……っ」とか言ってたけど、フシロ団長に似て丈夫そうだし大丈夫だろう。
「……気が向いたら、いいですよ」
ふいっとすぐに視線は外されてしまい、ニクス様は部屋へと入ってしまったが、扉が閉まる寸前、そんな言葉が聞こえたのは俺の希望的観測がもたらした幻聴かもしれないが、ここはポジティブに受け取っておこう。
「ジルヴァラ? 俺は打楽器じゃないんだがなぁ?」
嬉しくてへらへらしていると、俺を抱えているトルメンタ様から地を這うような低い声が聞こえ、俺は一気にしゅんとしてトルメンタ様を見上げる。
「(ごめん……痛かったよな?)」
結構いい音してたし、赤くなったかなと叩いてしまった辺りを撫でていると、ぷ、と吹き出す音が聞こえ、俺はバッとトルメンタ様の顔を見上げる。そこにあったのは悪戯っぽい笑顔で、どう見ても怒ってる顔ではない。
「(トルメンタ様?)」
ギロッと気合を入れてトルメンタ様を睨んだが、逆に鼻を摘まれて、くく、と笑われる。
「さぁ、今度こそおとなしく部屋で待ってろよ?」
迷子になっていた身としては強く出られないので、ゆらゆらと運ばれながら無言で頷いておく。ついでなんで、さっき答えを聞きそびれた質問をもう一度黒板に書いてトルメンタ様へ見せる。
『主様は家に帰ったのか?』
「さあ? 親父殿は知ってるだろうが、おれは知らないな」
喋りながらひょいっと縦抱きに体勢を変えられたので、俺は肩を竦めたトルメンタ様の肩に顎を乗せる。
そうすると背後がよく見えるようになり、そこには庭の見える大きな窓があって、ぼんやりとした魔法の灯りが庭を照らしているのだが……。
「(うわぁ、見られてる……)」
「何か言ったか?」
息の洩れる音で俺が喋ったことがわかったのか、真横からトルメンタ様の声が聞こえてきて、俺は無言で首を横に振り、窓の外に見えた夕陽色からそっと視線を外すのだった。
いつもありがとうございますm(_ _)m
ちなみに、あの一言をヒロインちゃんが言おうとするともっとグイグイ行っちゃって、ニクス様にドン引きされて逃げられると思います(*´Д`)
ジルヴァラ、無欲の勝利←




