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68話目

さぁ、ドリドル先生の推測は当たるのでしょうか。


そして、全く喋れないことを気にしないジルヴァラ。周りの大人のためにちょっとは気に病んであげましょう。

「(怒ってるよ)」



 無音でそう伝えてきたジルヴァラは、怒ってる事を態度で表そうとしているのか、ぷく、と頬を膨らませてみせたが、ただただ可愛いだけで。

 私は笑いそうになるのを堪え、膨らんでいるジルヴァラの頬を軽く押してみる。

 すぐに潰れてしまい、ぶは、という気の抜ける音をさせたジルヴァラは、私の顔を見上げて無邪気にへらっと笑った。



「……喉に痛みや違和感はありますか?」



 先ほど診た限り異常はなかったが、念のために訊ねると、笑顔のまま大きく頷いて、だいじょーぶ、と唇の動きだけで答えてくれる。

 普通の子供なら、声が出ないなんて異常事態にもっと深刻になりそうだが、ジルヴァラは肝が据わってるのか呑気なのか、頭を撫でられて気持ち良さそうに目を細めている。

「頭を打ったりはしてないそうですが、頭に痛みがありますか? もちろん、頭以外でも痛むところがあったらすぐに教えてください」

 手触りの良い黒髪を堪能しながら、隠し事をされないようにと銀の目を覗き込むと、困ったような笑顔になったジルヴァラはしばらく悩むような仕草を見せて、自らの胸辺りを指差す。

「胸? 心臓が痛むんですか?」

 焦って聴診器を取り出そうと鞄へと伸ばした私の手に、ジルヴァラの手が添えられ、訝しんでその顔を窺うように見ると、ゆっくりと首を横に振られる。


「(痛いのは心)」


「心、ですか?」

 コクリと頷いたジルヴァラの手が白墨を手に取り、私の用意した黒板に文字を書いていく。



『主様に酷いこと言った』



「あぁ。フシロ団長から顛末は聞きました。ジルヴァラが怒るのは当然ですよ。あれぐらいハッキリ言わないと、あの方には通じません」

 どうやらジルヴァラは、あの方へ吐いた暴言を気にして心を痛めているらしい。

 本当に、あの方と副団長に爪の垢を煎じて飲ませたいものですよ。

 私が笑顔で慰めても、ジルヴァラの表情はあまり晴れない。何だったら、自分が喋れなくなったことより気に病んでいそうだ。

 そこまで考えて、私は何となくジルヴァラの声が出なくなった理由を悟る。

 あくまでも、もしかしたらな話だがこの仮定が正解だとしたら、そこまで心配しなくともすぐに声は戻るだろう。

「体調に異常はなくとも、何があるかわかりませんから、しばらくおとなしくしていてくださいね」

「(はーい)」

 薄曇な表情のまま口をパクパクと動かして、素直に挙手してみせたジルヴァラだったが、不意にその瞳が見張られ、忙しなく動いた手が黒板に書いたのは、



『イオにお別れ言ってないし、アモルさん達にお礼言ってない!』



という、いかにもジルヴァラらしいもので。

 あまりも可愛らしい慌てぶりに私が思わず吹き出すと、すっかりいつもの調子に戻ったジルヴァラから、キッと睨みつけられてしまった。

「(もー、倒れて心配してくれたのはわかるけど、何で問答無用でフシロ団長のお屋敷へ運ぶかなー)」

 ドリドル先生が頼んでおいてくれた食事……時間的に昼食なそれを食べ終えた俺は、ブツブツと呟きながら窓の外を眺めていた。

 この部屋は二階とはいえ、さすがにイオの家は見えない。外を眺めていたのは何となくの気分だ。

 城の方なら、大きいから先っぽの方とか見えている。

 城で思い出せるのは、命の恩人ともいえるグラナーダ殿下だ。

 俺がエプレを食べてしまったことを即座に見抜き、そのおかげでドリドル先生の処置が間に合ったと聞いている。

「(お礼言いたいけど、簡単に会える人じゃないし、そもそもこの状態じゃ余計な心配かけるよな)」

 声が出ないのだから心の中で呟けばいいのに、ついつい口に出してしまう。

 前世では一人暮らしが長かったから、口に出して呟くのは癖だったし、生まれ変わった先の森の中では動物達がいたからやっぱり口に出してしまっていた。

 つまりは、前世今生二代に渡る癖だから、今さら治らないだろう。

「(治す必要もないか)」

 一人でウケてくくくと笑う俺だったが、出てくるのは空気の漏れるような音だけだ。

 窓から離れた俺はベッドへと戻り、ドリドル先生が持ってきてくれた本を手にベッドへと腰かける。

「(普通の冒険小説みたいだな……って、本当におじーさんのシリーズってあるんだ……)」

 思いがけずイオの口にしていたおじーさんシリーズとの出会いに、俺はちょっと感動しながらおじーさんな本を読み始める。

 本当なら部屋でも出来る筋トレとかしたいところだけど、ドリドル先生の雷が落ちるのは目に見えてるので、今日ぐらいはおとなしくしておこう。

 そんなことを考えていた俺だったが、意外と言うと失礼だが、おじーさんのシリーズはなかなか面白くて、いつの間にか引き込まれて本を読みふけっていた。

 時間の経過に気付いたのは、くすくすという女性の笑い声と共に部屋の明かりが点けられた時だ。

 きょとんと周囲を見渡すと、窓の外はすっかり夕暮れの景色に変わっている。

「ジルちゃんったら、本に夢中だったのかしら。もう少しでご飯だから、本はお休みよ?」

 おっとりと微笑みながら歩み寄ってきたノーチェ様は、そう言って俺の手から読みかけの本を取り上げて栞を挟んでから、サイドテーブルに置く。

「(はぁい……そうだ、ノーチェ様に言いたいことが……)」

 ついいつも通り答えてしまってから、声が出ないことを思い出した俺は、慌てて黒板を手に取ると『服ごめんなさい』と書いてノーチェ様へ見せる。

「服……? そんなこと、気にしなくていいの。ジルちゃんが無事で本当によかったわ」

 俺の書いた文字を見て、何かしらと首を傾げていたノーチェ様は、すぐにハッとした表情をした後優しく微笑んで、ギュッと抱き締めてくれる。

「(ありがと、ノーチェ様)」

 伝わらないのはわかっているが、つい口でお礼を言ってしまい、苦笑いをした俺は抱き締められたまま黒板に文字を書こうしたが、さらにギュッと力強く抱き締められてしまう。

「大丈夫、ジルちゃん、わかってるわ」

 本当にわかってるか心配になるぐらいの抱き締められ具合だが、喋れない今の状態ではノーチェ様を止める術はなく。

 結局、フュアさんが夕食だと知らせに来るまで離してもらえず、俺はちょっとした窒息の危機に陥ったりした。

 絵に描いたような貴族の食卓……なのか俺の少ない知識での判断は無理だが、案内されたのは食堂で、長いテーブルのお誕生日席な一人掛けの所に暖炉を背に座るフシロ団長、フシロ団長を正面に見て向かって左手の席にノーチェ様。その正面にはトルメンタ様。

 ノーチェ様の隣にはナハト様。そして、実質初対面なニクス様はトルメンタ様の隣に座っている。

「ジルヴァラは初対面だろ? おれのもう一人の弟のニクスだ」

 自己紹介どうしようかな、と思っていたら、コミュ力カンストしてそうなトルメンタ様がそつなく紹介してくれた。

「(はじめまして、ニクス様。ジルヴァラです)」

 俺は念のために持ってきた黒板に自己紹介を書き、声は出ないが一応口に出して挨拶をしてへらっと笑いかける。

 兄により勝手に紹介されたニクス様は、ちらりと紫の目で俺を見たが、それ以上の反応はなく、ふいっと視線を外される。

「おい、ニクス」

 トルメンタ様がニクス様に何かを言おうとするのを首を振って止めた俺は、執事のヘイズさんから案内されてナハト様の隣の席へと座らせてもらう。

「揃ったな。では、食べよう。ジルヴァラ、今日は正式な席ではないからな。マナーなんか気にせず食べろ」

 そう豪快に笑ったフシロ団長に、俺は笑って頷き返す。

「なぁ、ジル、本当に声出ないのか?」

 相変わらずフシロ団長のお屋敷の料理人さんの腕は最高だ、と料理に舌鼓をうっていると、隣の席からコソコソとナハト様が話しかけてくる。

「(出ないよ)」

「痛いとか気持ち悪いとかは?」

「(ないから。平気だよ)」

「でもさ……「ナハト、ジルヴァラが食事出来ないだろ?」」

 さらに話しかけて来ようとしたナハト様を、フシロ団長が苦笑いで止めてくれる。

 目に見えてしゅんとしてしまったナハト様に、俺はちょっと考えてから、ナハト様の腕をちょんちょんと突き、黒板に書いた文字を見せる。


『あとでゆっくり話そう』


 黒板の文字を読んだナハト様は、パァッと表情を輝かせると、大きく頷いて勢い良く目の前の料理を片付けていく。

 あまりに勢い良く掻っ込むので、ノーチェ様からおっとりとたしなめられてしまい、ナハト様は俺の方を見て、やっちまった、的な感じの悪戯っ子な笑顔を見せた。

 その笑顔に笑い返し、俺も目の前の料理を口へ運ぶ。

 その間も食卓では家族の楽しげな会話が交わされていたが、今現在喋れない俺はともかく、ニクス様の声が全く聞こえない。

 ちらりと窺った理知的な美少年顔は、微笑みすら浮かべず、冷たく凍ったような面で機械的に食事をしている。


「……ごちそうさまでした」


 初めて聞いたニクス様の声は、早々と離席を知らせるその一言だけだった。

いつもありがとうございますm(_ _)m


ニクス様、一言喋って終わりました(*´Д`)


そして脳内に浮かんだ家族の食事風景が某ホラーゲームの7だったかの、あのなかなかな食卓というホラー脳(*´ω`*)

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