62話目
主人公不在回。
主様、カチコミなう。
「状況は」
早朝から飛び込んできた一報により、俺は騎士団本部へ駆けつけ、すでに待機していたトルメンタへ訊ねる。
「フーリッシュ男爵から始まって、もう何ヶ所かヤラれた。周囲への被害はほぼ無いが、屋敷の中にいた関係してたであろう対象は軽い重傷か死んだ方が楽かもって状態に全員されてる。死んだ方が楽かもって状態にされてる奴は、他の関係者の情報を吐かされたそうだ。で、その情報はこちらにも吐かせた」
「……一体、何があった?」
「さぁ。と言いたいところだけど、幻日サマは『ロコ』という黒髪の子を探してたと、その屋敷に捕まってた子供達が証言してくれた。それを聞いて、念のため幻日サマの家へ向かったが、もぬけの殻だった」
「ジルヴァラ……頼むからあいつの目の届くところにいてくれ……」
引きつり気味の顔をしたトルメンタからの報告を受け、俺は額を押さえながら思わず天を仰ぐ。
あの子供は未だに『俺の方が主様大好き! 主様もちょっと気にしてくれてるかも』ぐらいにしか思ってないのか。
深く深くため息を吐き、俺は報告書の文字を目で追っていき、さらにため息を吐く。
「でも、団長。おかしくないか? 幻日サマなら、探知魔法でこの王都全域探すのだって一瞬だろ?」
「確かにそうだな。……ジルヴァラが探知魔法から隠れる術でも覚えたのか? もともと森暮らしで気配を殺すのは得意とするところだろう」
俺を団長と呼んでくる時は、騎士としてのトルメンタだ。一応、何となくの線引だ。
もとより息子だからと甘く扱うつもりは毛頭ないが。
「そうだとしたら、ジルヴァラは自分から幻日サマから逃げたってことにならないか?」
「……なるな。万が一、あいつの探知魔法を逃れられるような施設を持つ組織があるなら、見てみたいものだ」
「まぁ、それがあるかもしれないと疑って、幻日サマは虱潰しに名前の上がった貴族達の屋敷を襲撃してるのか」
トルメンタにより改めて言葉にされた今起こってることに、俺は報告書の文字を追いながら、何度目か分からないため息を吐いて天を仰いだ。
あぁ、今日もいい天気になりそうだ。
思わず現実逃避しかけた俺を引き戻したのは、新たな被害報告の一報だった。
●
「オズワルド、ジルヴァラの足取りは追えたか?」
騎士団本部で待っていたおれの問いかけに、街中での聞き込みから帰ってきたオズワルドは暗い顔で首を横に振る。
「あんな目立つ容姿なのに、どうしてここまで見つからない!? やはり、誰かにさらわれたのか!?」
思わず声を荒らげて苛立ち紛れにテーブルを叩くと、積まれていた報告書が崩れ落ちる。
「落ち着け、トルメンタ。フシロ団長は、あの方から話を聞けたのか?」
そう言っておれを落ち着かせようとするオズワルドだが、その表情にも隠しきれない焦りがある。
「……あぁ。何とか先回りして捕まえたらしいが、親父殿だと会話にならないそうだ。で、今はドリドル先生が説得という名の脅しをかけて、話を聞き出そうとしてる。ちなみに、漏れ出す魔力にあてられて、何人かぶっ倒れてる」
おれはため息を吐きながら、床に散らばった報告書を拾い上げていく。
「ドリドル先生なら何とかしてくれるかもしれないな。あの方はドリドル先生の事が苦手なようだけど、ドリドル先生はあの方の発言をきちんと理解出来てるし」
一緒になって報告書を拾ってくれながら、オズワルドは少しだけ安堵を滲ませて期待のこもった呟きを洩らす。
正直、おれも同感だ。
「そう言えば、ついこの間、勝手に買い物へ出てたんだろ? その店の人達はジルヴァラを見てないのか?」
「残念だけど、見てないそうだ」
肩を竦めたオズワルドに、おれは、そうか、とだけ力なく返して、床を滑って遠くまで行ってしまった報告書の一枚を拾う。
それは先日の大捕物の中で保護したイオという女の子に関する報告書だ。
「まさか、この子のところに……」
口に出してみて、その考えの馬鹿馬鹿しさにおれは苦笑いして、その報告書をまた積み上げられた報告書の中に戻す。
「その子を人質にされたとかなら、ジルはおとなしく捕まりそうだけど、今のところそういう話はないし、そもそもジルは逃げ足早いからなかなか捕まらないだろう」
「誰かに追われて走り回って迷子になってる可能性はありそうだな」
「けど、そんな目撃情報も全く無い」
「幻日サマにも見つけられず、ここまで目撃情報がないとすると、ジルヴァラ自身が人目につかないように移動しているか、とんでもない手練な人さらいが現れたか。──もう殺されて捨てられている、か」
最後の一言を口に出した瞬間、オズワルドから殺気すら感じる鋭い視線が向けられるが、すぐにそれは外されて、俯いたオズワルドは唇を噛んでいる。
オズワルドもおれが口にしたことは想定内なんだろう。だが、信じたくはない。
おれも同じなのでよく分かる。
「大丈夫だ。ジルヴァラは生きてる。死んでるなら、逆に幻日サマはすぐ見つけて、関係者全員……下手すれば王都半壊ぐらいまでいってるさ」
「縁起でもないことを言わないでくれ、トルメンタ。でも、そうだな。きっとジルは無事だ。
しかし、なにがあったんだ」
おれの下手な慰めに苦笑いしたオズワルドは、自分に言い聞かせるように呟いて、ふと、とばかりにポツリと今さらな一言を口にする。
本当に、それはおれも一番に訊きたかった。
もちろん応える声はここにはなく、オズワルドは気合を入れ直して、再び聞き込みのために出かけていった。
その背中を見送ったおれは、先ほど崩してしまった報告書の山に、ため息と共に向き直った。
あの黒髪の子供の無事を願いながら。
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何とか兇行途中のあいつを捕まえ、会話を試みたが、それはいつも以上に話にならず、俺は早々にドリドルへと対応を任せることになった。
そのために用意されたのは魔力を吸い取ってしまう特殊な罪人用の部屋だったが、あいつは全く気にした様子もなく、ふわふわと微笑んで殺気と魔力を垂れ流し、ここまでで数人がぶっ倒れた。
いざとなれば……いや、いざとならなくても、この程度の部屋などあいつには破壊できるのだろう。
今はジルヴァラをこちらが探してやるという条件でおとなしくしてくれているだけだ。
「ドリドルが上手く聞き出してくれればいいが……」
今さらジルヴァラがあいつを怖くなって逃げたなんて事は絶対無い。
だったら、さらわれた可能性が高いのだが、そもそもあいつの結界の中にいれば、この世界の何処よりも安全なはずだ。
何かあって、ジルヴァラが一人で結界の外に出た。それは確実だが理由がわからない。
そして、その後どうなったかも、だ。
騎士と衛兵を動かして目撃情報を聞き込みさせてるが、状況は思わしくない。
「何を聞いても、ロコがいない。ロコをみつけないと。しか、言いやがらねぇとは」
先ほどまで向き合っていた、ふわふわと微笑んでいた美しい顔を思い出して、俺は背中に走った寒気を誤魔化すために一つ咳払いをする。
今夜は屋敷には帰られないだろうな。
洩れそうなったため息を堪え、俺は窓の方へと視線を向けた。
いつもありがとうございますm(_ _)m
中の人が殺されてない理由は、そこにもしかしたらロコがいるかも、と思っているからだったり……。
あとは、ほんのちょっとだけ、ジルヴァラからの影響で、無関係な子供になにかあったら、と思ってるので、外から『中の汚物は消毒だぜ、ヒャッハー』ムーブをしてません。←いつもはするタイプ。




