60話目
ちょっと面倒な説明回なので、本日もう一話アップ予定です。
珍しく後付ではない設定でしたが、なかなかぶっ込むところがなくて(*ノω・*)テヘ
ここにジルがいると、なんでアルファベットなんだろ、とポツリと内心で呟きます。
「……あら、二人共寝ちゃってるわ」
妻の言葉に私がそちらを見ると、リビングのソファで可愛らしい天使達が寄り添って眠っていた。
思いがけず再会したジルは、どうやら保護者と喧嘩して家出をしてしまったところだったらしく、何とか引き止めて保護する事が出来て本当に良かった。
「ジルくんが迷子のイオを見つけてくれて、二重の意味で良かったわね」
「そうだな。ジルはイオよりしっかりしてるし、年よりは強そうだが……」
私の言葉より先に、感極まったらしいファスが眠る二人へ飛びついて抱き締める。
「イオもジルくんも、こんなに可愛いのよ! きっとすぐ悪い大人にさらわれてしまうわ!」
ぎゅうぎゅうと抱き締められ、慣れてるイオはいまだ熟睡してるが、ジルはさすがに目が覚めたらしくぼんやりと自らを抱き締めている相手を確認して、ほんの一瞬だが残念そうな顔をしたのを私は見逃さなかった。
あの赤毛の青年ではないかと期待したのだろう。
「ごめんなさい、ジルくん。寝てていいわ」
疲れていたのか、ジルはファスに優しく撫でられると、また目を閉じて眠ってしまった。
「ジルは私が運ぶよ。ファスはイオを頼む」
男の子はといえジルはまだまだ軽いが、屋根裏部屋へ抱えて上がるのはファスには骨が折れるだろう。
「わかったわ」
それがわかったのか、ファスはニッコリと微笑んで熟睡してるイオを抱き上げる。
ファスを見送ってから、私はジルを抱え上げる。
ん、と微かに呻いたがジルは目を覚ますことはなく、無事に屋根裏部屋のベッドへ寝かしつけて、私は屋根裏部屋をあとにする。
リビングへ戻ると、すでにファスが戻っていて、二人分のカップがテーブルに置かれて、コーヒーの良い香りがする。
「あなた、コーヒー入れたわ。一休みしましょう」
「あぁ、ありがとう」
ファスの待つソファへ腰を下ろし、早速入れてもらったコーヒーを一口飲んで一息つく。
「……このままって訳にはいかないわよね」
「明らかに、ジルは家出してきたんだろう。まずは保護者の方に無事なことをお伝えしないとな」
「そうよね。きっと心配してるわ。……でも、ジルくんのこと、私達はジルヴァラっていう名前しか知らないわ。どうしましょう」
イオが消えた時のことを思い出したのか、強張った顔をして頷いていたファスだが、すぐに困った様子で落ち着きなく視線をさ迷わせる。
「ジルは素直に答えてくれそうもない。イオが言っていたジルの知り合いだという騎士様を探すか、あの赤毛の『ゲンジツ様』という方を探す方が早いか……」
「あなた、ニウムに相談するのはどうかしら? 冒険者なら、騎士様のお知り合いとかいるかもしれないわ」
「確かにそうだな。それにあの『ゲンジツ様』はジルを連れて旅をしていたんだ。冒険者の可能性もあるぞ」
「そうね! 朝一番にニウムに来てもらいましょう」
ひとまず方針が決まって一安心した私達は、微笑み見つめ合ってゆっくり夫婦の時間を過ごし──朝を迎える。
朝一番に住居の方へニウムを呼び出すと、いつもの飄々とした雰囲気はなく、何処となく緊張した空気を漂わせながらやって来る。
リビングへ通すと、ニウムは出されたコーヒーをぐびりと飲んでから口を開く。
「こんな朝早くどうした、旦那様」
「少しニウムに相談したいことがあったんだが、ニウムこそ何かあったのか? 都合が悪いなら、こちらはもう少し後でも……」
まるで現役時代に山賊に囲まれた時のようなピリピリした態度のニウムに、私は思わずそう口にしたが、返ってきたのは苦笑いと大きく横に振られた首だ。
「悪い。ちょっととんでもない話を聞いてな。俺には関係ないんだが、少しひりついちまった。で、改めてどうした? あのジル坊関係か?」
「あ、あぁ、そうだ。ジルは家出をしてきたようでね。しばらくうちで保護するのは構わないんだが、保護者が心配してるだろうから、連絡したいんだ」
私の言葉に、ニウムは、ん? と首を傾げて綺麗に髭が剃られている顎を撫でる。この動作は、以前ニウムは髭を生やしていたので、その時からの癖だ。
「すればいいだろ? あぁ、俺に行けってことか? 特に構わないが?」
「それもあるんだが、ジルの保護者が分からないんだ」
顎を撫でながら、不思議そうに私を見てくるニウムに、苦笑いして肩を竦めて答える。まぁ、保護した子供の保護者がわからないとは思わないか。
「保護者がわからない? それで、どうして俺に? 冒険者ギルドに依頼でも出す気か? 向こうが探してるなら依頼を出さなくても見つかる可能性もあるが……」
「それもあるが、一応手がかりはあるんだ。イオによると、助け出してくれた騎士様達がジルの知り合いで、そこでジルの保護者の青年とも話したそうだ。一度私と妻も会ったことがあるんだが、赤い髪をしたとんでもなく綺麗な青年だ。冒険者だという可能性もあるし、ニウムから……」
そこで私はふと言葉を止める。
目の前に座っているニウムの様子がおかしいことに気付いたのだ。
「ニウム?」
「いや、まさか、そんな訳……」
ブツブツ呟きながら、落ち着きなく指を何度も組み直すニウムの顔には、明らかな恐怖が滲む。
「どうしたんだ、ニウム。何かジルに問題でもあるのか?」
「いや、ジル坊自体には問題なんてない。保護者の方が問題なんだよ。ジル坊は、黒髪なのは確認出来たが、目は……」
「そうか、ニウムの目ではわかりにくかったか。ジルの目は銀色だ」
私の言葉を聞いたニウムは、顔を手で覆って俯いてしまう。
ニウムが現役を引退した理由の一つが、たまに上手く色を認識出来なくなるという視覚の不具合なのだ。
「黒髪銀目……ほぼ確定じゃねぇか」
それを思い出して悔しさから俯いたのかと思ったが、呟かれた言葉から察するにどうやら違うらしい。
「確定? 何がだ?」
「旦那様、その赤い髪の保護者に関して、他に何かないか?」
「他に……? ジルは『ぬしさま』と呼んでいるが、イオを助けてくれた騎士様は『ゲンジツ様』と呼んでいた、ぐらいだが」
「うわぁ、マジで確定だ。旦那様、とんでもない拾い物したなぁ……」
あははと乾いた笑い声を洩らしたニウムは、そっと近づいて来たファスが注いだコーヒーのお代わりを一気に飲み干す。
ニウムは猫舌なのでコーヒーはかなり温めなのだ。
「……旦那様。冒険者は級によって、ランクが分けられているのは知ってるか?」
「あぁ。普段は高位冒険者とか呼ぶが、上からA、B、C、D、Eだったか。護衛してくれた時に、ニウムが教えてくれたからな。それで、ニウムはA級だったな」
指折り数えて記憶を辿って答えた私に、ニウムは疲れたように笑って肩を竦める。
「そうだ。よく覚えてたな。それで、だ。ジル坊の保護者だっていう『幻日』というのは、この世界に二人にしかいないS級冒険者の二つ名だ」
「S……とは? Aが一番上なのでは?」
「あぁ、普通はな。SはAのさらに上。国から活躍とその実力が認められた特別な冒険者に与えられるランクだ。で、そのS級は現在は世界に二人しかおらず、もう一人は何処か別の国にいるって話だ」
「その国から認められた特別な冒険者が『幻日様』で、ジルの保護者だと?」
呆然と呟く私の隣で、ファスも驚きを隠せず瞬きを繰り返している。
「ふわふわ微笑んでて、とっても穏やかで綺麗なお兄さんだったわ」
ファスのそんな呟きが聞こえて、思わず私も同意して頷いた。
「見た目だけはな。実際の幻日は、血生臭く恐ろしい話ばかりだ」
「ニウムが言うなら本当なんだろうが、だとしたらジルは帰さない方が良いんだろうか」
「そうね。ジルくんは、とても懐いてたみたいだけど、そんな恐ろしい人なら、考えたほうがいいのかしら……」
重々しいニウムの言葉に、私とファスは顔を見合わせてから、ジルのいる屋根裏部屋の方へ視線を向けてそんなことを話し合っていると……。
「パパ、ママ?」
寝惚けた声がしてパタパタとした足音と共にイオが起きてきてしまった。
私達は先ほどとは違う理由で顔を見合わせ、目線だけで会話する。
「ひとまず、ヘルツって野郎に騎士団長との繋ぎを頼んでくる。どうするかはそれから決めればいい」
立ち上がったニウムは、すれ違い様私の耳元にそう囁くと、私の肩をポンポンと叩いてから、イオへ笑いかけている。
「よ、お嬢様。──では、わたくしは仕事へ戻らせていただきます」
相変わらず見事な猫を被ったニウムは、飄々と手を振って去っていく。
「おはよう、パパ、ママ。ニウムとお仕事の話だったの?」
「まぁ、そんなところだな」
まだ少し寝惚けている無邪気なイオの笑顔に、私は先ほどの話を思い出しながら、朝食の準備のため立ち上がったファスの顔を見る。
ファスは私と目が合うと、微笑んで頷いた。どうやら思いは同じらしい。
「イオ、お寝坊なジルくんを起こしてきてくれるかしら? でも、上るのは危ないから、下から声を掛けるのよ?」
「うん! わかったわ!」
ファスのお願いに完全に目が覚めたのか、パァッと表情を輝かせたイオは、パタパタと駆け出していく。
「一番大事なのは、ジルの気持ちか」
思わず口にした独り言に、応える声はもちろんある訳もなく、遠くからジルを起こそうとする楽しそうなイオの声が聞こえていた。
いつもありがとうございますm(_ _)m
本日一回目の更新です。二回更新予定です(`・ω・´)ゞ




