52話目
未だに若干行動がアニマル寄りなジルヴァラ。
自分から行くのは平気だけど、相手から来られるとちょっと弱い主様。
「ロコ、美味しいですか?」
「美味しいけど……これ楽しい?」
こんな会話をしている俺達の今の体勢は、主様の膝オン俺だ。
約束を忘れてたことは許してもらえたが、セルフはじめてのおつかいは許してもらえなかった。
許してもらう条件が、このあまり落ち着かない体勢だ。
「主様、俺、自分で食べたいんだけど」
膝上の俺に買ってきた肉パンを食べさせて、何処となく上機嫌にぽやぽやしている主様は、俺の言葉にニッコリと笑って首を横に振った。
まだお許しは出ないらしい。
肉パンは美味しいけど、主様の手から食べさせてもらうのは色々落ち着かない。
具合が悪いならともかく、今の俺は健康体で意識もはっきりしている。つまり、羞恥心がわきまくってる。
食事中の流れでやる分にはあんまり恥ずかしくが、こう、冷静な感じで食べさせられるのはなかなかに照れ臭い。
「ロコ」
ぽやぽやして口を開けろと催促してくる主様に負けて、俺は再び口を開ける。
肉パンが唇へ押しつけられ、俺は厚みのあるそれに何とかかぷりと齧りつく。
「ん……」
本物のピタパンは食べたことないので似た味なのとかはわからないが、この肉パンは甘辛いタレが薄切りの肉と野菜に絡んでいて美味しい。
厚さのある肉パンはかなりのボリュームなので、俺は一つで十分だ。
主様はすでに二つぺろりと食べてしまっていたが。
甘辛いタレが美味しい肉パンだが、油断するとすぐタレが溢れて食べ難いのが難点だ。
「あ……」
あむと齧り取った断面からタレが溢れ、肉パンを持っている主様の指に垂れていくのが見え、俺は反射的にそれを舌で舐め取る。
「ん。あの薄紙に包んだままの方が食べやすいな、これ」
あの包んでた薄紙は持ち帰りのためだけではなく、食べる際にタレが垂れるのを防ぐ役割もあるんだな、とどうでもいいことを考えながらさっきから動かない主様の手から肉パンを齧っていく。
「ごちそうさまー」
恥ずかしかったのは最初だけで、第三者がいる訳でもないのですぐ慣れた俺は、美味しく肉パンを食べることに集中出来た。
「主様は、手洗って来ないとな。タレでベタベタだ」
多少は俺が舐め取ったが、さすがに主様の手を全部舐めるのは面倒臭い。そもそも食べ終わったなら洗った方が断然早い。
「…………ええ」
今さらながら自分の手の惨状に気付いたのか、主様はなんとも言えない表情で頷いている。
「今日は天気いいし、あのぬいぐるみ干しとくかなー」
手術前の外科医みたいなポーズで手を気にしてる主様を横目に、俺は主様の膝から飛び降りてキッチンへ向かう。
皿は使わなかったけど、俺はオレンジジュース、主様はコーヒーを飲んでたので、それらのカップを洗うためだ。
「……外に干さないで、陽のあたる部屋に持ってって干すのでいいかな」
別に誰かに見られたら恥ずかしいとかではなく、盗まれたら嫌だからだ。なんか、そこそこお値段高いらしい。
ちなみにくれたのはヘルツさんだ。バレたら主様に捨てられそうなんで、贈り主に関しては黙っておくことにした。
ま、ヘルツさんがくれたといっても、フシロ団長経由なので俺は直接会えていない。
考え事をしながら少ない洗い物を終えた俺は、パタパタと自室へと駆けていく。
食後すぐ走るのは良くないので、良い子は真似しないように。
脳内で子供向け注意みたいなナレーションを流しつつ、自室へと向かいかけた俺は、ふと思いついて洗面所へ寄り道する。
手を洗いに行ったはずの主様とは入れ違ったのかそこに姿はない。
「うわぁ……」
覗き込んだ鏡の中の自分の顔には、ベッタリとタレがついていて、思わず呆れた声を洩らした俺は、ジャバジャバと豪快に顔を洗ってタオルで拭く。
そういえば、未だに管理してくれてるっていう人とは会えてない。主様に聞いても答えてくれないし。
そんな事を考えながら、俺は使い終わったタオルを汚れ物を入れておく籠へ入れておく。こうすると、管理してくれてる人が洗濯しておいてくれるのだ。
あまりにも会えないので、屋敷妖精みたいな存在なんじゃとかちょっと疑ってしまう。いや、だとしても何ら問題はないんだけどさ。
髪に少しついてしまった水気を飛ばそうとふるふると頭を振り、自室の扉を開けた俺は、ベッドへダイブしてその上でへたっていた謎ぬいぐるみを両腕で確保する。
「もにもにー」
まだホコリ臭い訳じゃないが、今日は特に俺は出かける予定もないし、思いついたが吉日だ。
確保したぬいぐるみを抱え、廊下を小走りで進んでいく俺。
前方がぬいぐるみでちょっと見にくいが、ぶつかるとしても主様ぐらいなので大丈夫だ。
「この辺の部屋でいいか」
陽射しの方向から考えて、陽当たりの良さそうな部屋を選んで適当な扉を開ける。
主様から特に入ってはいけないと言われてる部屋はないので、俺の足取りに遠慮はない。
開かれた扉の先は使ってない客間だった。使ってないとは言っても、掃除は行き届いているようで埃っぽさとは無縁だ。
ちょうど良く掃き出し窓の近くにソファとテーブルがセッティングされてたので、俺はぬいぐるみを抱えてふかふかなソファへ陣取る。
いい感じにソファの上は暖かくて、本を持ってきて読書でもしようかと思っていた俺だったが睡魔に負けてしまい、ぬいぐるみに顔を埋めてうつらうつらしていると……。
「……ロコ。こんなところにいたんですか」
主様の呆れた声が聞こえたかと思うと、体の下に敷かれているものがふかふかのソファから主様の体に変わる。
「ぬいぐるみ干してた……」
「そうですか」
呆れたような、それでいて柔らかな響きの声が聞こえてきて、ぬいぐるみと一緒に抱き込まれたようだ。
懐かしい熊の懐に抱かれて眠っているような安心感に、俺はぬいぐるみをもみもみしながら、夢うつつでくすくすと笑う。
「……少し用事が出来ました。夜には帰りますから、おとなしく待っていてください、ロコ」
反射的に主様の服を掴んだが、閉じかけた目は開いてくれず、額に何か柔らかな物が触れて掴んだ手は優しく振り解かれ、主様の声と気配が遠ざかっていく。
「ぬし、さま、まってる……」
声が出せたかは微妙だが、主様が笑った気配がして、俺は達成感に満たされて眠りに落ちていった。
●
「っ!?」
そんな俺が目を覚ましたのは、誰かが息を呑む気配を感じたからだ。
主様ではないし、主様の家に自由に入れる数少ない人間であるフシロ団長やドリドル先生でもない気配。
目を開けてみると、あれからそれほど時間は経っていないようだ。掃き出し窓から入る光の差し込み具合はあまり変わってない。
くぁと欠伸をしながら伸びをした俺は、目の前にあった予想外の光景に目を見張って固まる。
「アノ、起こシテ、すみまセン……」
そんなぎこちない発声で話しかけてきたのは、半透明な青色で人の形をしたナニカだ。
全体的にぷるぷる。凹凸できちんと顔もあり、何となく困っているのは表情からわかる。
身長は主様ぐらい。長い髪みたいな部分はあるが、まるで人形の素体のようなつるりとした体型で性別は不明。先程聞こえた声も中性的だった。
「えっと、もしかして、家の管理してくれてるっていう………?」
人、と付けかけて、俺はその単語を飲み込んで、相手の反応を窺う。
どう見ても敵意はないし、手には俺へ掛けようとしてくれたのか、タオルケットが握られていたから。
「ハイ。幻日サマより命ヲ受け、管理をしてマス」
全身をふるりと震わせて、深々と頭を下げる相手に、俺はへらっと笑ってソファから立ち上がる。
「やっぱり! やっと会えたな。いつも綺麗にしてくれありがとう。俺はジルヴァラだ。よろしく!」
上背のある相手の目の辺りを見つめて手を差し出すと、恐る恐る伸びて来た半透明の手が俺の指先にちょんと触れ、驚いたようにビクッとなってそのまま固まってしまう。
どうしても感触が気になった俺は、固まった相手の手をやんわりと握る。
グチャッとなるんじゃないかと不安になり、ちょっと弱めの力で握ったが、全然そんなことはなさそうだ。
触り心地はひんやりとしたスクイーズ的な?
「なぁ、なんて呼べばいい?」
俺の問いかけに、半透明の青い人は不思議そうに、ゆっくりと瞬きをするような動作を繰り返す。
何があっても名乗らないスタイルの主様に雇われてるくらいだから、この人も名乗らないスタイルかと思っていると、予想外の答えが返ってくる。
「ワタクシに、呼称は、ありまセン。オイでも、屑デモ、好きに呼んでクダサイ」
カタコトながら滑らかな喋り方だから、聞き間違いとか言い間違いではないだろうが、なかなか衝撃発言だ。
「ち、ちなみに、主様はなんて呼んでるんだ?」
「ヌシサマ……?」
「あー、『幻日様』のこと」
「幻日サマは喋ラズ、ワタクシへ指示出せマスので」
「……つまりは呼ぶことすらないのか。主様らしいっていうか」
ため息を吐く俺に、青い人は気にした様子もなく首を傾げている。ちょっと見は裸だが、半透明のゲル系ボディなせいか気にはならない。
しかし、せっかく知り合ったのに呼び名がないのは困る。
「なぁ、なんかあだ名つけてもいい? 俺が呼ぶのに不便だからさ。オイとか屑とか呼ぶのは絶対嫌だし」
「そうデスカ? お好きにドウゾ」
本当にどうでもいいらしい青い人に、俺は干してたぬいぐるみをもにもにしながら、脳内の記憶から何かいい名前がないか引っ張り出してくる。
「んー、じゃあ、青くてぷるぷるしてそうだから、プリュイってどうだ?」
確かおフランスだったかの『雨』って意味の言葉だったはず。
意味的にも色的にもなんか響き的にも合うと思って、青い人へ提案してみる。嫌だと言われたら、まんまブルーとか呼ぼう。
「プリュイ……かしこまりマシタ。ワタクシは、今カラ、プリュイです。ジルヴァラサマ」
乙女ゲームヒロインだと、ここで名付けイベントとかありそうだけど、俺にはそんなフラグがある訳もなく、青い人改めプリュイさんは微かに笑うのみのリアクションだ。
「おう、よろしくプリュイさん。俺のことはジルって呼び捨ててでいいよ。雇い主は主様なんだし、俺はただの居候だからな」
「わかりマシタ、ジル。ワタクシにも、敬称は不要デス」
まぁそんな感じで。フラグは建たなかったけど、俺は屋敷妖精的な存在ぽいプリュイと仲良くなった。
●
具体的にどれくらい仲良くなったかと言うと、
「おー、気持ちいいなー」
「そうデスカ……?」
ずっと気になっていたぷるぷるボディに思い切り抱きつかせてもらえた。
水風船みたいな感じかと思ったが、もっと柔らかくしっかりした感じの抱きつき心地だった。
クセになる抱きつき心地だが、プリュイの仕事の邪魔になるので一旦離れ、後ろをパタパタとついていく。
服はともかく靴も履いてないので、もちもちしてそうな足裏が見えてるが、ゴミがくっついたりはしないらしい。
でも、意識して広がる(?)と、触れた所を綺麗にしたりできるので、それで家の中を掃除してくれてるそうだ。
「主様はなんでプリュイを紹介してくれなかったんだろう」
洗濯機を回して、家の中を点検していくプリュイの後をついて回りながら、俺は今さらな疑問を口にする。
「……?」
「あー、ごめん。プリュイに言っても困るよな」
瞳のない目が怪訝そうに俺を見てくるので、俺は何でもないと首を横に振る。
しかし、外から見た感じ、プリュイには骨も内臓もない。スライムみたいな核もないようだ。
「プリュイは種族として何になるんだ? たとえば、俺は人だろ? どう見てもドワーフではないよな」
実はこの世界のエルフはプリュイみたいな姿とかいう可能性はゼロじゃないよな。ゲームでは他種族の話はチラッと出たけど、姿は出なかったし。
「ワタクシは、幻日サマより造られた魔法人形の一種ダト認識してイマス」
「魔法人形……」
ここに来て一番の分かりやすいファンタジー要素が来たー! って感じだけど、何か俺の想像するような魔法人形とはだいぶ違う。
まず思いつくのは、某有名RPGゲームのレンガっぽい体の大きいの。次に思いつくのは、ドールというのか球体関節人形ぽいのだ。
プリュイはどちらともかけ離れ、水の精霊とか言われた方がしっくりくるけど……。
「まぁ、なんでもいいか」
プリュイはプリュイってことで。
頼み込んでプリュイの手伝いをさせてもらい、客間の掃除をしていると、俺のお腹から情けない音が響く。
置き時計を見ると時刻は昼過ぎだ。
「お腹が空く訳だ」
優秀過ぎる腹時計に苦笑いした俺は、プリュイを振り返って、しばらく固まる。
「ドウかしましたカ?」
「……何でもない。プリュイは何食べるんだ? というか、通いなのか?」
色々とんでもないことになっていたプリュイは、俺の視線に気付くと何事もなかったように元の姿に戻って首を傾げたので、誤魔化すように矢継ぎ早に問いかける。
「食事は、魔力いただきマス。住処は、コチラの屋根裏部屋デス」
そう言ってプリュイが指差したのは、天井だ。それもそうか、屋根裏部屋が地下にある訳ないもんな。
そして、食事は魔力ときた。本当に生物ではないんだな、と感慨深くプリュイを見つめる。
「ジル? ナニか?」
「プリュイの生態観察してみたくなったなぁ、って思っただけ」
へらっと笑って冗談めかせた俺に、プリュイは不思議そうに青い体を揺らめかせて首を傾げていた。
いつもありがとうございますm(_ _)m
どんどんキャラを増やして、私は何処まで長く書く気なんでしょう。
5話ぐらいで終わるはずだったんですけどねえ(ノ´∀`*)




