51話目
ついにヒロインちゃん、しっかりと登場(`・ω・´)ゞ
まぁ色々、残念な子です。ジルヴァラとは違う意味で←
「だー! 違うから! 俺が一人で出歩いてて、心配したオズ兄が送ってくれたところなんだって!」
オズ兄と繋いでいた手を離した俺は、ぽやぽやとオズ兄を睨む主様へ駆け寄って、一気に言い切ると抱えていた紙袋を主様へ見せる。
「ほら、朝ごはん。たまには買い食いもいいだろ?」
「買い食い……」
俺の言葉を聞いた主様が、ポツリと何事か呟き、さらにオズ兄をじっと熱心に見つめ始める。もう穴が空くんじゃないかってレベルだ。
「オズ兄悪くないから!」
このままだと埒が明かないので、俺は紙袋の中から薄紙に包まれている肉パンを二つ取り出して、固まっているオズ兄の元へ戻って無理矢理握らせる。
そして、即座に踵を返して主様の元へ戻るの、ぐいぐいと押して来た道を戻らせようとする。
「ほら、帰って食べようぜ? オズ兄、ありがと! またな」
微妙な抵抗をしてくる主様を全身で押しながら、俺は顔だけオズ兄へ向けて挨拶をする。
「あ、あぁ、また」
俺の挨拶に何とか動き出したオズ兄は、方向転換をして俺達と逆方向……つまりは元の屋台のある通りへ向かってゆっくり歩き出す。
その背中を見送った俺は、相変わらず微妙な抵抗をしてくる主様をさらに力を込めて押そうとする。が、そこを狙ってたかのように突然主様がスッと身を引いたため、勢いのまま前へとつんのめってしまう。
「おわっ!?」
咄嗟に受け身をとるため地面に手をつこうとした俺だったが、そんな事をするまでもなく主様の腕が腹の下へ差し込まれたと思ったら、気付いた時には主様の腕の中にいた。
「あ! 朝ごはん!」
ホッとしたのも束の間、気付くと手の中から紙袋が無くなっていて、俺は主様の腕の中で身動ぎして必死に周囲を見渡す。
「……あの紙袋なら収納しました」
腕の中から抜け出しそうな勢いでぬるぬると身動ぎしていた俺だったが、ため息を吐いた主様がそう言ってくれたので、ピタリと身動ぎを止めて主様を見上げる。
「そっか、ありがと……それと、ごめん」
いつも通りぽやぽやしているようで、少しぴりぴりしている主様に、俺は今になって自分の軽率な行動を反省する。
いくら治安が良く見えても、何があるかわからないし、今の俺はちょっと頑丈な六歳児でしかない。
言葉も届かないぐらい怒ってるのか、主様は俺の方を一瞥すらせず自宅方向へ歩いていく。かなりの早足で。
どれくらい早足かというと、俺が全力疾走してやっとついていけるぐらい早足だ。
俺が悪いのはわかりきってるので、俺はこれ以上迷惑をかけないようにおとなしく主様にしがみついている。
「……約束、忘れたんですか?」
そんな居心地悪い沈黙の中、そろそろ着くかなというタイミングで、主様がポツリと呟く。
唐突な主様の呟きに、一人で出かけないなんて約束してないよな、とかほぼ屁理屈みたいな文句しか思い浮かばず、俺は無言で首を傾げる。
「ロコが言ったんです」
拗ねたような声音でそう続けた主様は、俺を抱えたまま鍵のかかっていなかった玄関を開けて、家の中へと進んでいく。
絶対今気にすることじゃないが、鍵とか防犯とかどうなってるんだろう、この家。
「ロコ、私よりあの緑がいいんですか? 約束忘れてしまうほど……」
現実逃避しかけていた俺の耳に、しょぼんという擬音が付きそうな主様の声が聞こえて、俺は慌ててぶんぶんと首を横に振りながら記憶を辿る。
(約束? 主様のことだから、しっかり約束だって口にした約束なんだよな、きっと)
見上げている顔はいつも通りのぽやぽやだが、こちらを見つめる瞳の奥には不思議な光が揺れていて、ちょっと頭がボーッとしてくる。
疲れて眠くなったのか、とブンと強めに頭を振った俺の目に、主様が片手で収納から紙袋を取り出す姿が映る。
主様は屋台で買い食いなんてしなそうだな、と。そこまで考えて、俺は「あっ!」と思わず声を上げる。
「王都着いたら、主様と食べ歩きしようと思ってたのに…………って、約束ってこれかぁ」
そう言えばあの時、俺は『約束』と口にして、主様はそれに応えてくれた。
「やっと思い出しましたか?」
「ごめん、忘れてた……今度一緒に食べ歩きしてくれるか? 大通りにはもっとたくさん屋台とかあるんだろ?」
俺が謝りながら勢い頭を下げると、主様はやっといつも通りぽやぽやと微笑んで頷いてくれて安心しかけたのだが、
「勝手に出かけた事は許してませんから」
と、耳元で囁かれて背筋をゾクゾクさせることになった。
●
「……生きてて良かったなぁ、オレ」
あの方を無理矢理ぐいぐいと押すというなかなか恐ろしい事をしながら去っていくジルを見送り、オレは元来た道を騎士団寮へ戻るため歩いていた。
屋台の並ぶ通りまで戻ると、早速ドロシアさんとアシュレーさんに見つかって、満面の笑顔で手招きをされる。
「ジルぼうやは帰ったのかい?」
朗らかな笑顔で迎えてくれたドロシアさんに、オレは自分でもわかる緩んだ顔でジルから貰った肉パンを掲げて見せる。そもそもオレが金を出したとか無粋な事は全く思いつかず、ただただジルがオレの分も考えた個数を頼んでくれてたのが嬉しかったのだ。
「保護者が迎えに来たんで、オレはお役御免になりました。で、これオレの分だそうです」
「うふふ。そういえば、ジルちゃん『俺と主様とオズ兄の分』って言ってたわねぇ。で、奢ろうとしたらオズが払っちゃってたから、泣きそうな顔になっちゃってて、可愛かったわね〜」
見た目は綺麗かつ逞しい男性にしか見えないアシュレーさんが、くねくねとしなを作りながら悪戯っぽく笑ってオレの反応を窺ってくる。
「あー……あれ、そういう顔だったんですね。突然しょぼんってしたので、何かと思ってましたが、オレのせいか……」
「もー、抱き締めてあげたいぐらいに可愛かったわぁ。おっきなお目々が、うるうるしてて……」
自分の体を抱き締めてくねくねし出したアシュレーさんに、オレとドロシアさんは顔を見合わせて笑い合う。と、不意にアシュレーさんの顔がキリッと引き締まり、オレの腕を引いて屋台の裏側へと引き入れる。
「しゃがめ。声は出すなよ」
低く囁く声に、先程までのキャピキャピしていたアシュレーさんの姿は何処にもなく、オレは戸惑いながらも言われた通りアシュレーさんの足元へしゃがむ。
そうすると、たぶん商品が並べられた棚の陰になり、オレの姿は通り側からは見えなくなるはずだ。
アシュレーさんの屋台の左隣には、ピタリとドロシアさんの肉パンの屋台があり、反対側の右隣は気難しそうなおじいさんがやっている野菜の屋台があるので、横から覗くのも難しいだろう。
そこまでしてオレを隠してくれたのはなんでだ? と息を潜めて悩んでいると、遠くから騒がしい声が近づいてくる。
朝の静かな通りに響く、キンキンと甲高い女の子の声と、あまりに品が良いとはいえない男達の笑い声。
ジルも結構元気良く喋るが、女の子の声は元が高いせいかやたらと頭に響く。
「今日も来たのねぇ」
はぁとわざとらしくため息を吐くアシュレーさん。
「いくら来られても、あたしらから話すことはないよ」
あははと困ったように笑いながら、ドロシアさんが首を振るのが視界の端に見えている。
たぶん、二人が話しかけてるのはあの甲高い声の女の子だ。
「だから、若草色の髪の毛をした騎士よ? 朝ここを走ってて、ここら辺で朝ごはん買うって知ってるのよ!?」
やっと聞き取れた内容に、オレは自身が隠された意味を悟って、さらに身を縮こませる。
元気の良い子供は好きだが、アレとは仲良くなれる気がしない。そもそも、オレはまだ騎士見習いだ。
もしかして、オレ以外にもこんな髪色の騎士がいて人違いか、と考えかけたが、それはありえない。この髪色はオレの一族にしか出ないそこそこ珍しい色で、王都にいるのはオレぐらいのはずだ。
「一応聞くけど、知り合いか?」
商品を拾うふりをして身を屈めたアシュレーさんが、オレの方を見ずに貼りつけたような笑顔のまま訊ねてくる。
たぶん、あの笑顔の先には声の主である女の子がいるんだろう。
「……」
オレは声を出さずに顔の前に指でバツ印を作り、アシュレーさんへ伝わるように大きく首を横に振る。
オレの反応を見たアシュレーさんとドロシアさんは、任せとけとばかりに笑っていて、その姿はとても頼もしい。
何だったら、右隣の野菜売りのおじいさんも、気合の入った顔で頷いている。とりあえず戦う訳ではないんだから、その包丁からは手を離して欲しい。
「名前はオズワルド! 爽やかな笑顔の似合う騎士なの。きっと色々迷ってるから、私、彼を助けてあげたいの!」
姿は見えないが、声にはやたらと熱があるというか、本当にオレのことが好きなのではないかと勘違いしそうになる。
そうなのか? とばかりにチラリとアシュレーさんの目が一瞬こちらを向いたので、目一杯バレないギリギリな動きで首を横に振る。
確かに迷ってた時期もあったが、それはジルのおかげでほぼ乗り越えられているし、例え迷ってる時期に会っていたとしても、こんな押し付けがましい相談役は欲してない。
「この私が、こんなに言ってるのよ!? ねぇ、どうして教えてくれないの? 金? 買い物する額が足りないの? もー、こういうところ、違ってて面倒なのよー!」
意味が分からないことを叫んで、女の子が地団駄を踏んでるのか、バタバタと音がしている。
そこへ新たな声が聞こえてくる。
「……野菜見てもいいかしらねぇ」
おっとりとした声から推測するに妙齢な女性で、どうやらお隣の野菜を買いに来て、バタバタとしている女の子が邪魔になっているらしい。
「ほぉら、お嬢ちゃん。おばあちゃんの邪魔になってるわよぉ」
やんわりと言外に立ち去れと告げるアシュレーさんだが、微妙に口元がピクピクしている。
「モブのくせに……っ」
ブツブツと意味不明な言葉を呟いた女の子の声は、何か妙に甘ったるく彼女を甘やかす男達の声に慰められて、段々と遠ざかっていく。
「もう大丈夫よぉ? 全く嵐みたいな子よねぇ。何言ってるのか意味不明だし」
「本当にそうねぇ。最初はオズワルドの知り合いかと思ってたけど、何か発言がおかしいから、オズワルドのことは知らないってことにしたのよ」
アシュレーさんとドロシアさんは屋台の中から身を乗り出して、女の子が立ち去った方向を確認してから、隠れているオレへ向けて声をかけてくれる。
「ありがとうございます、助かります。あれはちょっと、オレには対処出来るか微妙です」
自分で言うのも何だがそこそこモテるオレは、何人かの女の子と付き合ったことがある。が、あれは規格外過ぎる。
「魔法で、占い的なものをしてるとか、なのか?」
しゃがみ込んだまま独り言を呟くオレに、ドロシアさんもアシュレーさんも苦笑いして肩を竦めるだけだ。
占いだとしても、今度は、何故オレを? という疑問が湧くし、あまり知りたいと思えない。
首を傾げているオレの耳に、時刻を知らせる鐘の音が届く。数は七。
「っ、ヤバい! 訓練に遅れる! ドロシアさん、アシュレーさんありがとうございました!」
勢いよく立ち上がったオレは、ドロシアさんとアシュレーさんへ挨拶をして、顔も知らない女の子が去っていった方向を避けて、騎士団寮を目指して全力疾走することになった。
いつもありがとうございますm(_ _)m
ヒロインちゃんは、イラッとしてもらえたら本望です。
改心? ナニソレ美味しいの? 的なことになる予定です。
あくまでも、この作品の主人公はジルヴァラであり、私は主人公至上主義なので! その割には痛めつけるのも好きなんですけどー。




