5話目
書きたい場面へ行くために書いているはずなのに、ジルヴァラが言う事聞いてくれない……。
そんな感じでもう少し続きますm(_ _)m
ぽやぽや暴走中。
「良かった、無事だったんだな……」
森を抜けて開けた街道脇へと出た俺は、先に逃した女の子を見つけてその無事な様子に安堵の息を吐く。
女の子が両親らしき二人に抱き締められている幸せそうな姿に、先ほどからズキズキと痛んで熱を持ってる傷の痛みが少しばかり引いた気すらする。
しかし、周囲を見渡した俺は、目立つ夕陽色が見えないことに気付いて愕然としてしまう。
「あれ? 主様がいない?」
置いていかれた? と最悪の想像が頭を過るが、先ほどはトイレに行くと言って離れたし、待ってます、と言ってくれていた……はずだ。
「……さすがに待たせすぎたかなぁ」
一度は引いた気がした傷の痛みが、ズキズキと俺を苛み、少し鼻の奥がツンとする。
「いやいや、まだそんなに遠くには行ってないはず」
置いていかれたなら追いつけばいいと、頭を振って弱気になる自分自身を鼓舞し、俺は街道へ視線を移して歩き出そうとした。
そこへ、パタパタと軽い足音がしてきて、俺に気付いた女の子が両親らしき二人と一緒に駆け寄って来る。
「よかったぁ! 今、パパに冒険者さんに頼んでって、お願いしてたの! 助けてくれてありがとう!」
「君がウチの娘を助けてくれたのか!」
「本当にありがとうね」
まずは女の子が抱きついてきて、さらにその上から父親と母親に女の子ごとまとめて抱き締められる。
感情表現豊かな親子だな、と微笑ましく思うが、今は主様を追いたいので離して欲しい。
「怪我がなくて良かったよ。俺、連れを追いかけないといけないから、離してもらいたいんだけど……」
とりあえず一番声が届きそうな女の子へ声をかけると、少し悩んだ表情していたが、すぐにパッと表情を明るくして外側からぎゅうぎゅう抱き締めてきている両親へ向けて、笑顔を向ける。
「ねぇ、パパ、ママ、この子も一緒に連れて行っていいでしょ?」
「いや、この子の連れというのは、先ほど私達が話しかけた赤毛の青年だろう? まだ遠くに行ってはいないはずだよ」
「あぁ、あの綺麗な人ね。何処へ行ったのかしら? もちろん本当に置いていかれたりしたのなら、馬車に乗せてあげるのはママは大歓迎よ?」
「そうだとしたら、パパも大歓迎だ。ウチの可愛い娘の騎士様だからね。だが、連れがいるというなら、許可を得ずに、という訳にはいかないな」
一応、話題の中心であるはずの俺を蚊帳の外にして、仲良し家族の和やかな会話は続いていく。
「……だから、俺は主様を追いかけたくて」
「私がなんです?」
大声を出してでも止めようかと思っていた俺を止めたのは、探して求めていた主様の声だ。
残念ながら三人に囲まれた状態の俺から姿は見えないが、声の聞こえる範囲にいてくれる事に安心して体の力が抜けそうになる。
「主様……良かった……」
「ヌシサマ? さっき、君が言ってた、夕陽色の綺麗な人?」
「そうだよ。すっげぇ綺麗だから、びっくりすると思うぞ?」
女の子とコソコソと内緒話をするように小声で話していると、やっと女の子の両親が俺達を離してくれる。
主様は予想外に近くまで来てくれていて、夕陽色の美しい髪をした麗人がすぐ俺達の視界に入った。
「うわぁ〜……本当に夕陽みたいなできれいね!」
「だろ? だろ? 主様は綺麗だよな!」
感動した様子の女の子に、俺は自分の事のように嬉しくなって、女の子の隣で大きく頷く。
「……どうもありがとう」
美人とか綺麗とか言われ慣れているであろう主様は、ふわりと微笑んでそれだけを言ったかと思うと、女の子に抱きつかれたままだった俺の腕を引っ張る。
「行きますよ、ロコ」
「え? あ、うん、待たせてごめん。……次は一人で森に入るなよ?」
俺は少し不機嫌な気がする主様へ謝罪してから、突然俺から引き剥がされる形になって呆然している女の子へ声をかけておく。
「うん! 次は一人じゃ行かない! ……また会えるよね、ロコくん! あたしはイオ──」
「あぁ、また会おうな!」
先を急ぎたい主様がグイグイと引っ張るので、女の子が名乗った名前は口内だけで呟いて、笑顔で手を振り返しておいた。
●
待たせてしまったせいで不機嫌なのか、俺の腕を離したあとも主様は常よりかなり速い速度で街道を進んでいく。
なんとか俺でもついていける速度だが、脇腹の傷の痛みも相まっていつものように主様へ話しかける余裕はない。
主様の方から話しかけてくることはないので、先程の休憩終わりから無言の旅路が続く。
たまにすれ違う馬車や冒険者からは、驚いた顔をされるので、やっぱり自分で走って街道を通るのは目立つのかもしれない。
「……か?」
そんな余計なことを考えて、少し上がってきた息を整えることを意識していた俺は、前を行く主様から前置きなく話しかけられ聞き逃してしまった。
「悪い! 主様、なんか言ったか?」
「……何故あの子はロコと呼んでたんですか、と聞きましたが?」
無視したと思われたのか、主様は少し眉根を寄せて俺を振り返って問いを繰り返してくれた。が、今度は問われた意味がわからず、首を傾げる。
「え? イオがだよな? なんでだ?」
走りながら俺は主様に問われた内容を反芻し、最後に名乗って別れた女の子との記憶を遡る。
「……あ、俺名乗ってない。だから、主様が呼んだ名前で呼んだんだな、イオは。なんか違和感あったの、それかぁ」
イオと出会ってから別れまでのやり取りを思い出すと、すぐあの名前で呼ばれた理由を思いついて俺は納得の声を洩らす。
実は最後の「また会えるよね!」と言われた時に、背筋がくすぐったいというか落ち着かない感じがしたのだ。
「……次もしも会ったなら、訂正してください」
「おう、そうする。主様以外に呼ばれると、違和感あって落ち着かないわ」
自分だけが使う呼び名を使われてちょっと不機嫌だったとしたら可愛いとこあるな、と本人には言えないであろう事を思いながら、俺はいつも通りへらっと笑っておく。
「……もう少しで王都に一番近い野営地に着きます。今日はそこで一泊しましょう」
「わかった!」
傷口はズキズキと痛みを増してきたが、これぐらいなら問題ないだろう。森に住んでた時にも怪我なんて良くしていた。
その度に動物達が心配そうにペロペロと舐めてくれたのを思い出し、少しだけしんみりとしてしまった。
「ロコ? 疲れましたか?」
「大丈夫だよ!」
本当は少し疲れていたし、傷も痛かったが、足手まといにはなりたくない一心から俺は元気よく答えおいた。
そんな強がる俺を主様は、チラリと見ただけでいつも通りぽやぽや微笑んでいるだけだった。
●
昨日の野営地も広かったが、今日の野営地は王都に近いだけあってさらに広く、建っているテントの数も多く見えた。
調理用のかまども広いので、いつもより快適に料理出来た。
あとは主様が収納魔法を使えて、中に食材がかなりあることがわかり、生で囓るだけですから、と色々出してくれた。
主様は米とか生肉とか、本当に生で囓っていたらしい。
そうそう。なんと米があったし、明日はお弁当用意するのもいいな、と考えて、入れ物あったかな、と自分のリュックの中身を思い出していく。
「ロコ、ロコ?」
「あ、あぁ、ごめん、ボーッとしてた。なんか味変だった?」
「いえ……普通です」
相変わらず聞く人が聞けば暴言や嫌味にしか聞こえない素っ気なさ過ぎる感想に、俺は小さく笑って主様の手元を見る。
すでに全ての食器は空になっており、口に合わないことは無かったようだ。まぁそもそも生で食材囓る人なので、好き嫌いは無いのだろうが、少しでも美味しいと思ってくれてたなら嬉しい。
なんだかぐるぐるする頭でそんな事を考えて、俺は残っていたパンをスープで無理矢理流し込む。
「片付けてくるから」
二人分の食器をお盆に乗せた俺は、疲れのせいか普段より重い体に気付かないフリをして立ち上がる。
「先休んでてくれよ」
そう言い置いて俺は主様の返事を聞く前にテントを出て、この野営地の水場へ向かう。
「……傷口が化膿したか?」
熱を持ってる気がする脇腹の傷をタオルの上から押さえながらその場へしゃがみ込んだ俺は、深々とため息を洩らす。
「熱冷まし……いや、化膿止め? さすがにさっき採った薬草には、そんなの無いし」
俺の住んでいた森には今呟いた効果のある薬草も生えてたが、あの森には生えてなかった。
「……珍しい草だったなんだな、あれは」
今さらながら自分の暮らしていた森の特異さを感じつつ、俺は熱の混じってるように感じる吐息を洩らす。
これは本格的にまずいかもしれない。
主様へ正直に話して、薬を貰えないか、それか出発を一日遅らせてもらえないか頼んでみよう。
そう決めて立ち上がろうとした俺は、ぐらりと揺れた地面に目を見張り、何とか踏み止まろうとする。が、堪えきれず、そのまま地面に倒れ込んでしまう。
持っていた食器が落ちて割れる音を遠くに聞きながら、俺は遠のく意識の中で自分が目眩を起こしただけだとやっと理解出来たが、すでに体の自由は効かず、意識は闇に飲まれていった。
●
「片付けてくるから」
そう言って食器を手に出て行ったジルヴァラが戻って来ない。
ジルヴァラから『主様』と呼ばれている青年は、ぽやぽやとした表情でジルヴァラが出て行ったテントの入り口を見つめている。
追いかけようか悩む気配を見せていた青年の鋭敏な耳は、外から複数の陶器が割れるような音を拾う。
「ロコ?」
何となくだがその音の発生源を連れの子供だと思った青年は、小さくそう呟いて立ち上がる。
思えば少し離れた後に再会してから、子供の様子がおかしかったことには気付いていたが、他人と行動することのほとんど無かった青年は、気遣ったり、原因を聞き出すことも出来ず今に至る。
常に浮かべている微笑みを消した青年は、テントを出て真っ直ぐ音の聞こえた方向へ向かう。走らず歩いてはいるのだが、その速度はほぼ走ってるのと変わらない。
そんな高速歩きでたどり着いたのは野営地を使う人間が洗い物をしたり、飲み水を汲んだりする水場だ。
ジルヴァラ的には、何処から水引いて来てるのかわからない謎噴水と評されているが、青年には見慣れた物なのでいまさら気になる訳もなく、連れの小さな姿を探す。
音の発生源だと思われる割れた食器は見つかったが、ジルヴァラの姿は何処にもない。
「ロコ、何処ですか?」
誰かに聞くという気はないのか、青年は麗しい見た目で人目を集めつつ、連れの名前を呼んで辺りを見回す。
いつもなら、青年が呼べば黒髪の子供はすぐ駆け寄って来るはず。
だが、今日はいつまで経っても現れない。
青年は無言で首を傾げ、周囲を見渡すが目立つ黒髪は何処にも見当たらない。
「おい、あんた、探してるのは黒い髪したチビか? 教えてやってもいいが、タダじゃなぁ?」
明らかに何かを探している様子の青年に、水場近くにいた中年冒険者がそう声をかけて来た。
「……」
ニコリと誰もが見惚れるであろう微笑みを浮かべた青年の右手が、青年の視線を受けて頬を染めた中年冒険者へと伸び──その首を何のためらいもなく締め上げる。
「な!? ぐっ、はな、せ……っ」
細身な見た目に似合わない剛腕なのか、決して痩せてるとは言えない中年冒険者の体は宙吊りに近い状態になり、今にも爪先が地面から離れそうだ。
あまりの急展開と現実離れした光景に呆気にとられていた周囲が、中年冒険者の顔色が真っ青になってきた事により慌てて動き出す。
「そ、その子なら、倒れていたところを王都から来た騎士様が連れて行ったよ!」
慈愛すら感じる微笑みを浮かべたまま中年冒険者を吊り上げる青年の姿に、下手に止めることも出来ず周囲がわたわたする中、一人の人の良さそうな中年女性が転がり出て来て、向こう向こう! と必死な表情で指差しながら説明する。
「ありがとうございます」
中年女性へ向けてふわりと微笑んで、青年は吊り上げていた男から手を離す。支えを失って地面に落ちて咳き込む相手を全く気にすることなく、転がり出て来た中年女性の前にしゃがみ込んで重い音のする小さな布袋を落とした青年は、示された方向へと何事もなかったように歩き出した。
「だから言ったじゃない! この馬鹿旦那!」
背後からはそんな声と泣き喚く中年女性の声が聞こえたが、示された方向をひたと見据えて歩く青年は振り返ることはなく。
その口元は、周囲から注がれる恐怖に満ちた眼差しなど気付かないように微笑んでいた。
お読みいただき、ありがとうございますm(_ _)m