45話目
ジルヴァラの距離感バグってる理由判明……というほどたいしたものじゃないですが、まぁ、こういう理由でしたみたいな?
「悪い! ドリドル先生! ジルヴァラがのぼせた!」
先ほどまで膝の上で無邪気に話していた子供が、甘えるようにおれの首へと腕を回そうとした途端、力を失ってそのまま風呂へと沈みそうになる。
おれは慌ててその体を抱えて浴室の外へと向けて叫んだ。
忘れがちだが、ジルヴァラはおれの末弟より年下の幼いといえる子供なのだ。もっと、気遣うべきだったと後悔しながら、おれはジルヴァラを抱えて浴室を飛び出す。
そこに待つのは、ドリドル先生の呆れ顔か怒り顔か、と思っていたおれを出迎えたのは、幻日サマのふわふわと微笑んだ氷点下の笑顔で。
おれが素っ裸のまま文字通り凍りついていると、幻日サマは微笑んだままおれの腕からジルヴァラを取り戻し……そのまま行こうとして一足遅れで駆けつけたドリドル先生に止められた。
あの状態の幻日サマ相手に、全く恐れる様子のないドリドル先生は、ジルヴァラを取り上げて手早くバスタオルで包む。
「焦るのはわかりますが、このままでは湯冷めします。あなたは水差しを台所から持ってきてもらえますか? トルメンタ様は……とりあえず服を着てください」
「あ、あぁ」
そういえば全裸のままだったことを思い出したおれは、テキパキと指示を出したドリドル先生から苦笑いを向けられて、慌てて体を適当に拭いて服を着る。
幻日サマは後ろ髪を引かれた様子ながらも、指示された通り脱衣所を出ていく。
その間に、ドリドル先生は手慣れた様子でジルヴァラの体を拭いて、服を着せ終わっていた。
「申し訳ない……ジルヴァラの具合は?」
「ただのぼせただけですから、そこまで心配はないです」
そう言って優しく微笑むドリドル先生は、意識のない体を縦抱きする姿も慣れていて、まるで本当の父親のようだ。
「そうしてると、ジルヴァラはドリドル先生の子供みたいだな」
おれが思ったことをそのまま呟くと、ドリドル先生の目が軽く見張られ、その表情の変化に、怒られるかと身構えたがドリドル先生はジルヴァラを見つめて寂しげに微笑むだけだ。
「残念ながら私は独身です。……万が一、子供がいたとしても、捨てるような非道にはなりません」
「あ」
思わず洩れた声は、ドリドル先生が独身なのを忘れていたせいではない。ジルヴァラの出生をど忘れしていたせいだ。
「そっか……ジルヴァラは捨て子なんだよな」
本人があっけらかんとしすぎて忘れていたが、物心つく前の赤ん坊を森に捨てるなんて、それはまるで……。
「死ねって言わんばかりだよな」
抱いているジルヴァラをあまり揺らさないように進むドリドル先生の傍らを歩きながら、赤らんだ頬のジルヴァラの顔を覗き込む。
いつも一緒にいるのが人外の美貌の持ち主で目立たないが、ジルヴァラもなかなか目立つ可愛らしい幼児だ。なおさら、捨てなければならなかった理由がわからない。
「しかも、捨てられていたのは聖獣の森と呼ばれる場所です。冒険者ですら、なかなか足を踏み入れる場所ではないです」
そんな会話をしつつジルヴァラの部屋へと到着し、両手の塞がってるドリドル先生に代わって部屋の扉を開けたおれは、誰もいないと思っていた部屋の中、幻日サマが彫像のように佇んでいて、ぴしりと固まってしまった。
「それこそ、この方のような高位の冒険者でなければ」
待ち構えているのがわかっていたのか、ドリドル先生は軽く眉を上げただけで、ジルヴァラを幻日サマへと渡す。
幼子が熊のぬいぐるみにするようにジルヴァラをギュッと抱き締めた幻日サマは、ドリドル先生から目線で促され、あからさまにしゅんとして残念そうにジルヴァラをベッドへ寝かせている。
遠巻きに見ていた時は、いつも笑ってるだけで、ここまで感情表現豊かだとは思わなかった。
「ロコ」
何となく見守っていると、幻日サマは一度ベッドへ寝かせたジルヴァラを再び抱き起こす。
まだ意識は戻っていないので、されるがまま幻日サマの腕の中に収まる小さなジルヴァラの体。意識がないと余計に小さく見えてしまう。
幻日サマは水差しからコップに水を注いで持っていたが、飲ませたい相手のジルヴァラは意識のない状態だ。
どうするんだ? と、内心思いながらチラチラ窺っていると、幻日サマはコップの水をぐいと口に含み──、
「トルメンタ、ここへ氷をください」
「お、おう」
これは見てはいけないやつだ、とおれが本能的に視線を外そうとするのと、ドリドル先生から声をかけられたのは同時で、これ幸いにとドリドル先生に呼ばれるままに駆け寄る。
ここ、と示されたのは水の張られた洗面器で、おれはそこへ魔法でガラガラと氷を生み出す。
「ありがとうございます」
「これぐらいならお安い御用だよ」
ドリドル先生に笑いかけて振り返ると、ジルヴァラはベッドに寝かされていて、幻日サマが濡れた口元を拭ってあげているところだった。何故濡れたかは気にしないことにする。
「トルメンタ、これをジルヴァラの額へ」
そう言ってドリドル先生から渡されたのは、氷水で冷やされたタオルだ。
おれは幻日サマを警戒させないようにゆっくりとベッドへ歩み寄り、じっと見られてるのを感じながらジルヴァラの額へタオルを置こうとする。
「ん……」
おれの手が近づくと、さっきまであれほど色々されてても起きなかったジルヴァラが小さく反応して、おれの手にすりすりと額を擦りつけるような仕草を僅かに見せる。
それは人懐こい子猫のようで可愛らしいが、おれは幻日サマの反応を見ないようにして、ジルヴァラの頭を軽く撫でてから額へひんやりとしているタオルを置いてやる。
湿っていたはずの黒髪が乾いてるのは、たぶんというか幻日サマの魔法だろう。
「ごめんな、ジルヴァラ」
小さな声で謝罪すると、ジルヴァラの口元が緩んで笑みの形になって、またすりすりと額を擦り付けて来ようとして、タオルがずり落ちる。
それを拾って戻してやりながら、おれはジルヴァラの対人距離の近さに関して、ある一つの仮説にたどり着く。
まぁ、仮説というほど大したものじゃないが、顔を舐められても動じず、撫でられるも好き、慣れるとすぐ甘えるように額を擦り寄せてくる。
まるで子猫のようだと思っていたが、実際ジルヴァラはずっと森で動物達と暮らしていたのだから、言葉で話すより体を触れ合わせ、ああやって気持ちを伝えあっていたのだろう。
だから、やたらと距離感のおかしい幻日サマの行動にも違和感を抱かないんだな、とジルヴァラの穏やかな寝顔を見ながら変な感心をしていると、不意にぞわりと背筋に慣れたくない感覚が走る。
それは一度だけ遭遇したことのある最強の名を冠するモンスター、ドラゴンに睨まれたあの時の、間近に迫った死の感覚だ。
弾かれたように顔を上げると、そこにあったのはおれを見て美しく微笑む麗人の顔だ。
「トルメンタ、こちらへ」
思わず固まってしまったおれに、救いの声にしか聞こえないドリドル先生の声が聞こえ、おれは「おう」と掠れきった声で答えてドリドル先生の方へ駆け寄る。
「『あれ』は気にしたら負けですよ」
隠しきれない恐怖で身を固くしたおれとは違い、ふふ、と笑ってあの殺気を流せるドリドル先生は、うちの騎士団にふさわしい猛者と言えるだろう。
親父殿は本当に良い医者を見つけてくれたものだ。
おれはそんな現実逃避して、眠るジルヴァラをちょいちょいと突いてる幻日サマから視線を外すのだった。
いつもありがとうございますm(_ _)m
さすがにその辺のおじさん相手とかなら警戒しますよ、たぶん←
寝てる間に構うと、もっと子猫状態で甘えてくるので、主様はベタベタ触りまくってます(^^)
そして全く気付かないジルヴァラ。




