4話目
ストレスかかると溺愛BL書きたくなる呪い、しっかりとまだ発動中(ノ´∀`*)
何も考えてないエセシリアスで、主人公愛され主義者が書いてます。
ヒロインちゃんは出て来たとしても、当て馬以下の扱いしかされませんので、あしからず!←言い逃げ
ヘルツさんと別れて、テントへ戻った俺達は、向かい合って冷めてしまった朝食を食べていた。
いつもは急かさないと食べてくれない主様も、さすがにお腹が空いていたのか普通に食べてくれている。
炒り卵の親戚みたいなオムレツは、自画自賛で申し訳ないがなかなか美味しく出来たと思う。衛生的な問題でとろとろの半熟に出来ないのは残念だが。
「……冷めちゃったのも残念だな」
冷えてしまった朝食を食べ終えた俺は、思わずそう洩らす。
熱々ならもう少し美味しかったと思うが、まさか主様がヘルツさんと意気投合して話し込んでるとは予想外だった。
「冷めると美味しくないのですか」
俺より先に食べ終えていた主様が、不思議そうに首を傾げて聞いてくる。本当に食べることに興味がないんだろう、主様は。
「料理にもよるけど、温かい物は温かいまま食べる方が美味しいと俺は思う。冷めても美味しい物もあるだろうけど、今日のオムレツは温かいうちが美味しいから、主様には温かいの食べてもらいたかったのに」
せっかくバターもあったのになぁ、といつの間にか愚痴めいた呟きを洩らしながら、俺は二人分の食器をまとめて立ち上がる。
「ごちそうさまでした、ロコ」
「ん。ごちそうさま、主様」
本来なら『お粗末様です』とか返すんだろうけど、なんか照れ臭いので俺はあまり使ってない。
洗い物をするため、水場へ向かおうとテントを出ようとした時だった。
「……冷めてても美味しかった、と思います」
そんな声が聞こえて振り返ると、俺を見ていた主様と目が合って、ふわりと微笑まれた。
「そっか……なら良かった。次は話に夢中にならないで温かいうちに食べてくれよ?」
嬉しさからへらっと笑み崩れて照れ隠し混じりに返した俺は、足早にテントを後にする。
「少しは食べることに興味出て来てくれたなら嬉しいけど」
これから行く場所は王都と名乗ってるからには、色々美味しい食べ物もあるだろう。主様と色々食べ歩きとか出来るかもしれない。
「そのためには、冒険者登録して、俺も稼げるようになりたいよな」
楽しい想像を口に出して笑いながら、俺は到着した水場で手早く洗い物を片付ける。
「あとどれぐらいで王都だろ」
主様に聞いても、さぁ? と返されて終わりそうな気がするし、ヘルツさん達がまだ出発してないなら教えてもらおうかと考えた俺は、ぐるりと周囲を見渡す。
ヘルツさん達は結構な大所帯だと聞いてたから目立つだろうし、見渡せばすぐ見つかると思ったのだ。
「あ、いた!」
ちょうど出発するところだったのか、視界に入ったヘルツさんは、さっきまでの装備無しの格好ではなく、きちんと胸当てとか装備したベテラン冒険者らしい格好だった。
「ヘルツさん! ちょっと話せる?」
呼びかけながらパタパタと勢い良く駆け寄ると、お? と笑顔になったヘルツさんから脇に手を突っ込まれたと思ったら、そのままひょいと持ち上げられる。
「朝飯食って少しは重くなったか?」
「……そんなすぐに育つ訳ないだろ? それより、聞きたいことあるんだけど」
娘に嫌われるうざいパパみたいな絡みをしてくるヘルツさんに足をバタつかせて抵抗するが、離してはもらえなかったので持ち上げられたまま会話することにした。首が楽だし。
「なんだ? いくらジルぼうずでも、うちの可愛いお姫様の情報はあげられないぞ?」
「……ここから王都までどれぐらい?」
ヘルツさんの娘溺愛をスルーして、俺は小首を傾げて聞きたいことだけ尋ねてみた。
「ん? あぁ、ジルぼうずは王都へ行くのか。ここからなら、馬車で二日ってとこだな」
俺を片腕に乗せるように抱え直し、空いた手でじょりじょりと無精ひげの生えた顎を撫でながら、ヘルツさんは少し考えてからそう答えてくれた。
「そっか、ありがと!」
ヘルツさんは何か言いたげな顔をしているが、俺は全く気付いてないので、ヘルツさんの胸当て辺りをペシペシと叩いて降ろしてアピールする。
「主様のとこ帰るから、降ろしてくれよ」
アピールでは降ろしてもらえなかったので、結局口頭でお願いすると、やっと足の裏に地面の感覚が戻ってくる。
「ジルぼうず、辛くないか?」
「全然辛くないし。主様が隣で寝てると、すっげぇ安心出来るし、一緒にいると退屈する間もなくて楽しい」
肩を掴まれて痛ましげに見つめられ、本気でムカついてしまう。
「俺は小さいかもしれないけど、自分で決めて主様にくっついてきてるんだよ。主様はそんな俺のワガママを受け入れてくれてるんだ。もしも離れる時があるとしたら、主様が俺を置いていく時だけだ」
その時にも俺は意地でも離れないけど、と脳内で付け足して、俺はふんっと鼻を鳴らしてそっぽを向いてヘルツさんから視線を外す。
「ジルヴァラ……」
「ロコ」
悲しそうなヘルツさんの声を遮ったのは、いつの間にかすぐ近くまで来ていた主様の俺を呼ぶ声だ。
俺だって森で暮らしてたんだし、そこそこ気配には敏い方とだと思うんだけど毎度毎度、主様は触られるぐらいの距離まで来ないとわからない。
「主様? どうしたんだ? もう出るのか?」
俺の名前を呼んだだけで近づいて来ない主様に首を傾げ、俺の方からパタパタと駆け寄る。
「……疲れてますか?」
俺が近寄ると、主様はチラリとヘルツさんの方を見て、いつもよりぽやぽやを増した笑みを浮かべてそんな質問をしてくる。
「俺? そこまで疲れてはないけど。俺が森暮らしだって、主様知ってるだろ」
一般的な幼児は知らないが、森で野生児生活をしていた俺は、体力もそこそこあるし、身体能力も高い。
全力で走っていないとはいえ、自分の後ろをずっと走ってきてたから、さすがに心配してくれたのかな、と嬉しくなって主様の顔を見上げてへらへら笑っておく。
ヘルツさん相手なら抱きついても許されそうだけど、主様相手だとキャラ的に無理だよな。
そんなことを考えてると、今度は背後から脇の下に手を差し込まれて、持ち上げられる。
一体誰の仕業だー!? とかなる訳もなく、俺はジト目で犯人であるヘルツさんを振り返る。
「ヘルツさん? 俺、荷物じゃないんだから、そんなひょいひょい持ち上げないでくれよ」
「……すまない、持ち上げやすい大きさだから、ついな?」
「ったく、降ろしてくれよ。ヘルツさん達もそろそろ出発だろ」
見ろよと、俺が視線をやった先では、ヘルツさんのお仲間さん達が、苦笑い……というか引きつった笑顔でこちらを窺っている。
「リーダー! 殺されないうちに、ぼうやを返してくださいよー!」
代表するように見覚えのあるチャラそうな青年が手を振って、なぜか一番遠くで叫んでいる。
「俺そこまで凶暴に見えるのかよ」
あまりの言われように脱力していると、新たな腕が伸びてきて俺の脇腹辺りを掴み、自分の方へ引き寄せようとしてくる。
「主様?」
無言で見つめて引っ張ってくる主様に俺がきょとんとしていると、ヘルツさんが前置きなく俺を支える手を離す。
当然だが支えを失った俺の体は、脇腹を掴んでいた主様の方へ。
荷物のようにやり取りされてしまい、俺はため息を吐いて、ジト目で主様とヘルツさんを睨んだが、二人は二人で睨み合っていて俺を見てもいない。
そのまま双方動かず、俺は脇腹を掴まれ持ち上げられたままだ。
「主様、いい加減降ろしてくれ」
焦れた俺が足を揺らしてアピールすると、やっとまた地面に戻してもらえた。
「主様、ヘルツさんと知り合いだったんだな」
「いえ全然。初対面です。では」
あからさまに不快そうな顔になった主様は、ぽやぽや笑ってるのに話しかけるんじゃねぇよオーラ全開で、おざなりにヘルツさんへ挨拶してスタスタと歩いて行ってしまう。
俺はヘルツさん達へペコッと頭を下げると、主様を追うため駆け出す。
「もしかして、俺を迎えに来てくれたのか?」
「……たまたま通りがかっただけです」
主様は俺の方を一瞥すらせず、感情の読めない穏やかな声でそう返してくる。
「そっか」
本当に通りがかっただけかもしれないが、わざわざ話しかけたのはわざとじゃない。俺はそんな駄洒落みたいなことを考えながら、へらっと笑って主様の隣に並んで歩き出した。
●
「何を話してたんです?」
テントを片付けて忘れ物がないか最終確認をしていた俺は、主様の唐突な質問を理解出来ず首を傾げて主様を見上げる。
「あの馴れ馴れしい冒険者と」
俺が理解出来ずにいると、主様がそう付け足して俺をじっと見下ろしている。
「ああ、ヘルツさんか。王都まであとどれぐらいで着くか聞いただけだよ」
「それぐらい私でもわかります」
俺の言葉を聞いて、主様はあからさまに不服そうな顔をしてボソッと呟き、さらにじーっと見つめてくる。
「え、うん、そうか。次は主様に聞くからな?」
「そうしてください」
俺の答えがお気に召したのか、主様はぽやぽやな笑顔を浮かべ、満足そうに大きく頷いた。
自分がわかることを他の奴に聞いたのが気に食わなかったんだな、と子供じみた主様の行動にこっそり笑うと、俺はリュックを背負って主様の隣に並んで街道を歩き出す。
「王都って、どんな所なんだ?」
「……人がたくさんいます」
思わず隣を歩く主様の顔を見上げるが、いつもより困ったようなぽやぽや顔なので、興味がなくてそれぐらいしか記憶にないんだな、と理解した俺は気にしてないと表すためニッと笑って見せる。
「はぐれないよう気をつけないとな。村より広いよな?」
「ええ。とても広いです」
単純なオウム返しのようだが、主様はきちんと俺の方を見て答えてくれている。転びそうだから、しっかりと前を見て歩いて欲しい。
「食べ物は…………主様と色々食べ歩きしてみたいんだけど」
「ロコと一緒なら、いいですよ」
「本当か!? やった! 約束だぞ?」
「……ええ、約束です」
思いがけない主様からの好反応に、俺は嬉しさからその場で小さくぴょこぴょこ跳ねる。
そんな俺のリアクションを、主様は相変わらずぽやぽやした笑顔だが、何処か嬉しそうに見ているような、そんな気がした。
●
そんな会話をして、さらに昨夜主様に少し認められた気がしてたので、俺はちょっと気を抜いていたのかもしれない。
ここはファンタジーな世界で、弱肉強食が常識で、瞬きを一つする間に命が奪われるような世界だと理解はしていたつもりだったのに。
「ここで少し休みますか」
「俺、まだ走れるけど」
「無理はよくありませんから」
そんなやり取りをして、俺達は街道を外れ、少し森が開けた場所で休憩をすることになった。
朝から微妙に俺の疲れ具合を気にかけてくれるのは、もしかしたらヘルツさんが何か言ったのかもしれない。
「まだ全然走れるのにな……」
これで主様に足手まといだと呆れられてたら、ここにいないヘルツさんを恨みそうだ。
素直に休憩する気にもなれず、俺はトイレに行くと言って主様から離れて森の中を歩きながら、ここにはいない相手へ向けて唇を尖らせる。
「お、これも便利なんだよな。こっちは傷薬になるやつだ」
まさに道草を食うというやつで、俺は知識を総動員して見た目はその辺の草にしか見えない植物を採取して、斜めがけにした採取用の肩掛け布バッグにどんどん入れていく。
その最中、俺は覚えのある甘い匂いを感じて眉を顰めると、採取の手を止めてくんくんと空中の匂いを嗅いで元を探す。
「……あー、こんな浅いとこにもあったよ、あの実」
甘い匂いの発生源はすぐ見つけられた。それは蔓に生っている地球のあけびに似た薄紫色の果実だ。大木を這う蔓には、何個も美味しそうな果実がぶら下がっているのが見えている。
見た目は美味しそうなこの果実の名前を動物達は知らなかったが、その危険性だけはしっかり教えてくれた。
甘い匂いに誘われて食べると下手すれば死んでしまうと、育ての親である動物達からは触ることすら禁じられていた物だ。
「……まぁ、主様は食べることに興味ないから大丈夫か」
万が一、一緒にいる時に見つけたら、絶対食べないよう教えないと、と心に誓って俺は再び食材探しに戻る。
街道沿いの浅い部分とはいえ、森の中なので周囲の警戒は怠らない。
そういえば残念だが俺には魔法の才能はなかったらしく、ソーサラさんが色々教えてくれたが攻撃魔法は全く使えなかった。
「俺も主様とかソーサラさんみたいに、格好良く魔法使ってみたかったなー」
人目がないのをいい事に、俺は右手の手のひらを前向けて突き出し、
「ファイアーボール……!」
とか、言ってみる。当たり前だが、うんともすんともぷすともいわず、ただ俺の大声に驚いたのバタバタと鳥が飛び立つ。
急に恥ずかしくなって赤くなってるであろう頬を押さえて悶えていると、森の奥の方から捨て置けない声が聞こえてしまう。
「キャーッ!」
むさ苦しい男の声ならゆっくりでも大丈夫そうだが、聞こえたのは明らかに幼い女の子の悲鳴だ。
主様の声じゃないと安心すべきか、そもそも主様は悲鳴上げそうもないとか、一瞬の躊躇いの間に脳裏を色々過ったが、聞こえなかったフリだけ出来なかった俺は、悲鳴の聞こえた方向へ真っ直ぐ駆け出す。
生まれ育った森ではないが、森を走ること自体は物心ついた時からの日常だ。駆ける速度には自信がある。
まだ悲鳴は聞こえるから、手遅れではないと信じて生い茂った低木を突き抜けて見えたのは、バスケットボールサイズの大きな灰色のネズミが数匹と、それを前にしてぺたんと座り込んだ同年代の女の子の姿だ。
女の子の荷物だったらしい籠に入ったパンにネズミ達が群がってるが、女の子自身は無傷なようで一安心する。だが、あのパンが無くなった時、あのネズミ達がおとなしく帰っていくとは思えない。
「立てる?」
食事中なネズミ達を刺激しないよう足音を殺して女の子の側へ駆け寄って小声で話しかけると、何とか弱々しく頷いて俺の手を借りつつ、自らの足で立ち上がってくれる。
俺がもう少し大きければ女の子を背負って走れるが、今の俺は女の子とほぼ一緒の背丈しかないので物理的に難しい。
「今のうちに行こう。あれは諦めて」
「……うん」
少し残念そうに籠を振り返る女の子の手を引き、ゆっくり、ゆっくりとネズミ達から距離を取っていく。
まだパンはある。大丈夫だ。
震える女の子に何度も小声で囁き、少しネズミ達と距離が取れたと気を抜いた時だった。
「きゃっ!?」
少し強引に手を引きすぎたのか、女の子が張り出した根に躓いて転んでしまったようだ。
可愛らしい悲鳴が聞こえ、俺は咄嗟に女の子を支えようとしたが、如何せん俺はまだ女の子と同じぐらいの体格だ。
つまりは……、
「っと!」
二人一緒になって地面に倒れ込んでしまうが、何とか女の子が怪我をしないようにクッションになる事だけは成功した。
「怪我はない?」
「うん」
女の子に怪我がなくて何よりだが、ホッとしてもいられない。
今の物音で、パンに夢中だったネズミ達に気付かれてしまったのだ。
ぢゅ、ぢゅ、ぢゅと可愛げのない鳴き声を発しながら、ネズミ達は明らかにこちらをロックオンしている。
俺はネズミ達から目を離さないようにしながら、女の子を立ち上がらせ、後ろ手で女の子の背中をトンッと軽く押す。
「走って」
「え、君は?」
数歩進んだ所で、女の子が目を見張って俺を見てくる。なかなか優しくて可愛らしい子だ。俺も男なんでやる気が出る。
「大丈夫だから行って! 街道のとこに夕陽色の髪のすっげぇ綺麗な人がいるから、その人の側なら絶対安全だから!」
心配そうな女の子に、俺は少しだけ振り返って安心してくれればいいとな、と笑って見せる。
俺は英雄になんてなるつもりはない。これが一番無事に逃げられると判断したのだ。
また女の子の手を引いて走ったとしてもすぐ転んでしまいそうだし、転ばなかったとしても女の子の足ではネズミ達に追いつかれてしまうだろう。
「助け呼んでくるから!」
数秒躊躇ってから、女の子はそう言ってやっと駆け出してくれた。転けないでくれと心の中で祈って、俺はソルドさんからもらったお古の短剣を構える。
一応装備はしていたが、こんな早く使うことになるとは思わなかった。
「さぁ、来るなら来いよ!」
ぢゅぢゅ、と可愛げのない鳴き声が徐々に徐々に距離を詰めてくる。
大丈夫、あのオーガに比べれば可愛いもんだ。
俺は大きく息を吸い込み、飛びかかって来た一匹目のネズミへ思い切り短剣を振り下ろした。
●
「意外となんとかなった……」
最後の一匹を蹴り飛ばし、俺はその場に崩れ落ちるようにしゃがみ込んだ。
これでもうネズミはいない。そう油断してしまった。
ここはゲームの世界ではなく、嫌になるぐらい現実だというのに。
一回敵と遭遇したら、次はしばらく来ないなんて甘い展開はないのだ。
それでも、森での生活から身についていた危機察知能力が、俺に反射的な行動を取らせる。
何も考えず、しゃがみ込んでいた場所からバッと左へ飛び退る。
それとほぼ同時に、俺の脇を何かが通り過ぎ、右脇腹辺りに鋭い痛みが走った。
体勢を立て直しながら手で触れると、ベッタリと血がつく。
「……黒い服で良かった」
怪我なんてしたとバレたら、本当に足手まといだと思われてしまう。
俺は主様に呆れられたくない一心から怪我を隠す方法を考えながら、怪我の原因となった相手と睨み合う。
それは先ほどのネズミより大きな山猫。たぶんこちらはモンスターだ。
あのオーガ程ではないが、なんだか背中がぞわぞわする。
勝たなくていい追い払えればいい、と心の中で唱えている俺が思い出したのは、鞄の中に入れておいた採取したばかりの木の実のことだ。
ぐるぐる唸っている山猫と睨み合いながら、鞄を漁って木の実を片手で取り出す。
森に住んでた時、これを食べるのは俺ぐらいだったが、俺は好きだったのでよくスープ的なもの作った時に入れていたものだ。
主様に食べてもらいたくて拾った物だが、命には変えられない。
胡桃に似た形の木の実を何とか片手で割ると、中から赤い粉がパラリと洩れ出す。
気を付けるのは風向きだ。
天はこちらに味方してるのか、風はほとんど吹いておらず、そのそよ風みたいな風もお誂え向きに俺の背後から山猫へ向けて吹いている。
狙うのは、次に飛びかかって来たタイミング。
俺の投擲の腕前じゃ、当たるかすら危うい。危ないがそれしかない。
俺がもしも乙女ゲームのヒロインだったら、こんな時は主様がぽやぽやしながら現れ、さらっと助けてくれるんだろうな。
そんなしょうもない拗ねたような考えが走馬灯じみた感じで脳裏を過ぎっていく。
睨み合っていてほんの数秒なんだろうが、俺には数分にも感じられた。
睨んだまま動かない俺に焦れたのか、山猫が身を屈めて飛びかかって来る。
「今だっ!」
叫んだからって当たる訳ではないが、気付くと気合の声を発していた俺は、ギリギリで山猫を躱してその顔辺りへ向けて木の実を投げつける。
「フギャ!?」
視覚で確認する余裕はなかったが、山猫の存外可愛らしい悲鳴のような鳴き声に、上手くいったと少し安堵の息を吐く。
これで逃げてくれるだろう。
体勢を立て直しながら、俺は浴びた粉末の刺激でのたうち回る山猫を油断なく見据える。
だがしかし、俺の判断は甘かったらしい。
生きるか死ぬかの世界なのだ。目の痛みぐらいでは山猫は怯まなかった。
山猫は涙と鼻水をダラダラと垂れ流しながら起き上がり、先ほどより憎悪に満ちた視線を俺へと向けている。
「来るなら来いよ!」
助けは来る訳がない。もしかしたら、あの女の子が誰かを呼んできてくれるかもしれないが、待ってる間に俺は死んでるだろう。
俺はネズミの血に塗れた短剣の先を山猫を向けて、大きな声で自分で自分を鼓舞する。
気持ちだけは負けるものかと睨みつけると、俺の迫力に負けたのか、単に食うには痩せ細ってると思われたのかはわからないが、山猫は不意に身を翻して森の奥へと走り去る。
唐突な幕切れに、俺はへたり込みそうになるが、何とか踏ん張って真っ直ぐ立つと、血塗れの短剣をブンッと振って鞘へ戻す。
時代劇で見てからちょっとやってみたかった仕草だったが、やり方が悪いのか短剣の汚れは変わってなかった気もする。
「あとで洗うか……それより、怪我だよな」
幸いというかネズミの返り血を浴びてたので、脇腹の血は目立たなそうだ。服もあちこち破れてしまったので切り裂かれた部分も目立たないし、タオルかなにかで傷口を軽く押さえておけば、主様にはバレないだろう。
「よしっ!」
気合を入れ直した俺は、適当なタオルを傷口を覆うように巻いて隠してしまう。一応気休めだが、傷に効く薬草を揉んで傷口には宛てておいた。
「あの女の子は、無事に逃げられたかな」
それだけは気になる。主様と出会えたなら大丈夫だろう。
俺はなんだか熱を持ってる気がする傷口を軽く押さえ、主様を待たせてある方向へ向けて歩き出す。
もちろん周囲を警戒することは忘れない。あの山猫が気が変わって戻ってくるかもしれないし。
明るいとはいえない森の中、視界の端で木々の間を赤色が高速で過ぎった気がして足を止めて注視するが、気のせいだったようだ。
何処かで獣の断末魔のような声が聞こえる。あまり近くではないが、俺は女の子のことが不安になって足を速めて駆け出した。
●
街道の脇の切り株に座って、森の方を見つめてるのは、長く赤い髪を持つ美しい青年だ。
森を見つめている妖しく輝く宝石のような瞳は、外見にそぐわない不可思議な輝きが滲んでいる。
「……帰ってきませんね」
ふわふわとした雰囲気ながら、どこかヒヤリとした声で呟いた青年は立ち上がろうとしたようだが、思い直したようにまた切り株へと腰を下ろした。
そこへ青年より少し上の夫婦らしき男女が駆け寄って来る。
「す、すまないが、六歳ぐらいの子供を見なかったか!?」
『六歳ぐらいの子供』
そう聞いた瞬間、青年のふわふわと柔らかだった雰囲気が一気に剣呑なものへと変わる。表情だけは全く変わらず笑顔のままで。
「うちの娘なんです! おやつを持って散歩に行くと言って、馬車から離れてしまったようで……」
「娘、ですか」
娘、と呟いた青年から、剣呑な雰囲気は搔き消え、興味無さそうにふわふわと微笑んでゆっくりと首を横に振る。
「そうか……」
「あなた、やっぱりあの子、森へ入ったのよ!」
項垂れる夫に、妻が半狂乱で詰め寄る。
そんな夫婦の姿を青年は脇目でチラリと見ただけで、にこにこと穏やかに微笑んでいた。
落ち着かせようとしている訳でもなく、笑って誤魔化している訳でもなく、ただただ興味がないのだろう。
慌てふためく夫婦と我関せずでぽやぽや笑う麗人。
そんなカオスの中、森の中からガサガサと大きな物音がして三対の視線がそちらへ向く。
そのうち一つの視線は、物音の原因が森から飛び出してきた幼女だと確認すると、すぐに興味を失ったようだ。
幼女は両親らしき夫婦へボロボロ泣きながら駆け寄り、抱き締めてようとしてくる腕を避けて、必死に森の方を指差す。
「パパ、ママ! あの子助けて! 男の子があたしだけ、逃してくれたの! 道まで出れば、夕陽みたいな綺麗な人がいるから、その人の側にいれば大丈夫だから、走れって!」
息も切れ切れになりながら訴えて、幼女は父親の服をグイグイと森の方へ引っ張っていこうとする。
必死過ぎる幼女の目には、男の子──ジルヴァラが夕陽色の髪の美人と評した相手は映っていなかった。
その夕陽色の髪の美人は、幼女の言葉の途中で立ち上がり、いつの間にか姿を消してしまっていたが、幼女の無事に気を取られてきた夫婦は気付くこともなかった。
お読みいただき、ありがとうございますm(_ _)m