381話目
ダイナミック帰宅完了。
「…………私達まで転移陣を使わせていただくと、転移陣の存在が大勢に知られてしまいますので」
衝撃から立ち直ったカイハクさんは、全員を転移陣へ乗せようとする主様へ微笑んでやんわりと角の立たない断りの言葉を口にする。
「そうねぇ。しかも行き先が幻日サマのお宅なんでしょう? アタシ達が幻日サマのお宅から突然ぞろぞろ出て来たら悪目立ちするからご遠慮するわ」
アシュレーお姉さんが苦笑いでそう付け足してくれたのも効いたのか、主様は納得した様子でこくりと大きく頷いて俺を小脇に抱え、洞窟の方へ歩き出す。
誰も何も説明してくれないので想像にはなってしまうが、やはり転移陣というのはRPGゲームあるあるの呪文と同じ効果のようだ。
それで、カイハクさんがしばらく固まるぐらいには色々ヤバい代物なんだろう。
オズ兄も双子もマジかって顔してたし。
ユリアンヌさんは、アシュレーお姉さん側で、あらあらまぁまぁという表情で苦笑いしてた。
この世界でもオネエさんは強い。
プリュイは無言でてちてちとついてきていたが、万が一置いていかれたりしたら怖いので手を伸ばしたら、プリュイも気付いてくれて手が繋がれる。
正確にはプリュイの体から伸びた触手と、ちょこんと繋いでる感じだけどな。
普段を見ていると、基本的にプリュイは主様の体へ触れないから、俺と手を繋いでおくのが無難だよな。
手じゃなくて触手だけども。(二回目)
主様に小脇へ抱えられたままプリュイの触手を掴んだ俺は、空いている手を軽く振って森の動物達へと別れの挨拶をする。
主様の機嫌が悪くなければ、また近いうちに里帰り出来るだろうから、そこまで大袈裟な別れの挨拶はあえてしない。
と、そこではたとここまで一緒に来た騎士さん達とアシュレーお姉さんの方を見る。
しばしのお別れを、と思ったのもあったが、あることに気付いたからだ。
俺はダイナミック帰宅しちゃうみたいだが、騎士さん達とアシュレーお姉さんはまたあの長い旅路を王都へ帰らないといけないということに。
行きは主様の魔法があってかなり時間短縮されていたが、主様は俺と一緒に来てくれるから、それもなくなる。
「えっと……」
俺がどう言うべきか逡巡していると、カイハクさんとアシュレーお姉さんが似たような優しい微笑みを浮かべて手を振ってくれる。
「私達の事でしたらお気になさらずに。護衛対象もおりませんから、帰りは行きより楽なぐらいですよ」
カイハクさんの言葉を受けて、オズ兄を始めとする騎士さん達は笑顔で頷いてくれ。
さらに、アシュレーお姉さんからは、俺が忘れていたことに対するフォローも。
「もちろん、アタシも気にしないでいいわ。騎士サマ達は紳士だから道中も苦じゃないもの。それと、メイナにはアタシからお別れを伝えておくわ」
バチンッと音がしそうなウィンクと共に告げられた言葉に、俺は別行動になる全員へ感謝を込めて笑顔で大きく頷く。
それだけだと素っ気ないし、無事に帰ってこれるように何か言わないとと悩んだ俺の口からぽろりと出たのは……、
「道中の安全をお祈りします!」
という台詞だった。
間違ってはいないと思うけど、俺っぽくなかったせいか、言われた騎士さん達とアシュレーお姉さんだけでなく、森の面々まで驚いた顔をしてこちらを見送ってくれることになった。
●
「わふわふわふ」
「がうがう」
そいつが描いた陣で万が一はないだろうが何かあればすぐ自分を呼べと言う犬を、熊がやんわりと力づくで止める一幕もあったりしたが、俺達は無事に転移陣前に到着していた。
そもそもこの洞窟の中で危険なことなんてある訳ないんだけど。
小脇に抱えられたまま熊と犬をもう一度撫でてしばしの別れを告げてから、地面に描かれている転移陣の中へと入る。……主様が、だけど。
プリュイもちゃんと転移陣の中へ入ってから、主様がゆっくりと口を開く。
〈我が家へ繋げ〉
相変わらず何語なのかわからないが、主様が唱える呪文だけは理解できる。
そういえば主様も不思議がってたぐらいだから、たぶん結構な不思議なんだろうけど、誰に聞けば良いのかわからないので不思議のままで放置してある。
特に害がある訳じゃないし、俺が何も言わなければ俺が理解してるなんて誰にもわからない。
ちらりと主様がこちらを見たから、主様は俺が理解したか気にはしてるみたいだけど。
今はそれよりこれから何が起きるかというドキドキが勝っている。
王都からこの森まで、思い返してみてもなかなかの旅路だった。あの距離を一気に移動するなんて、どんな感じだろう。
エレベーターのふわっとなる感じみたいなのが来るのか。
それに風景とかどうなるんだろう。
視界が真っ暗になって切り替わるのか? それとも一瞬でシュパッと変わるとか?
小脇から縦抱っこへ移行した俺は、変化を見逃さないようにと油断なく辺りを見回していたのだが、何かが高速で飛び込んで来るのを視界の端で捉え、思わず「へ?」と気の抜けた声を洩らしてしまう。
一瞬、静かだったからってノワ忘れてたか? と慌てて襟ぐりを伸ばして服の中を確認すると、ノワはそこでナッツをモグモグしていた。
じゃあ、今のはなんだ? と確認しようと顔を上げるも、タイミングが良いのか悪いのかそこで周囲の風景がぐにゃりと歪み、軽い乗り物酔いみたいになってしまった。
「目を閉じていろ」
俺の状態に目敏く気付いた過保護主様によって目を閉じさせられた後、ひんやりとした物が額から瞼の上にかけて乗せられる。
たぶんこれはプリュイだ。
いい感じの冷え具合だし、ぷるぷるしてるし。
何か見えなかった? と聞きたかったところだが、口を開くと胃液がせり上がって来そうなのでおとなしく口を閉じて吐き気がおさまるのを待つ。
そのままじっとしていると、到着したらしく「歩くぞ」という主様の声が聞こえ、俺は目を閉じたまま何処かへ運ばれていく。
「ちゃ? ……ぢゅっ!?」
辺りが静かになったことに気付いたノワが、服の中から顔を出したらしく驚いている声が聞こえる。
「……落ち着け。うちに帰ってきただけだから」
吐き気が少しおさまったので、何とか口を開いてノワへ声をかけた俺は、念の為ノワがあちこち飛び回らないよう服の上から軽く押さえておく。
転移陣が何処に繋がっていたかはまだ不明だけど、下手に飛び回られて迷子になったら困る。
「ぢゅっ」
了解したぜと返ってきたのでノワを押さえていた手を離すと、もふもふした物体が首筋辺りに触れてくる。
視界はまだプリュイで覆われているため確認出来ないが、普通にノワだろう。
片手でモフるが何だか違和感がある。
ノワにしては少し毛質が違うし、何より……。
「……なんか大きいな」
ノワは俺の両手で掬えるサイズのはずだが、今モフっている物体は明らかに大きいのだ。
「オヤ、マァ」
俺が訝しみながらモフっていると、プリュイがそんな声を上げて、俺の目を覆っていた体の一部を剥がしてくれる。
目を開けて良いのかと目を開けると、視界は少しボヤけていたが何度か瞬きしてるうちに、見慣れた主様のお屋敷の風景を視認する。
そんな見慣れた掃除の行き届いた廊下には、日の光が射し込んでいる。
「不埒な毛玉を叩き出します」
懐かしさからあちこちを眺めていた俺は、主様の突然の発言に目を見張ってそちらを見て、しばし固まることになる。
てっきりノワのことだと思ったのに、主様の手の中にいたのはフシャーと唸りながら毛を逆立てている猫。
背中にある翼をパタパタとさせて、主様の手から逃れようとしているが、主様の拘束はその程度では緩まない。
「って、のんきに見てる場合じゃなかった! 主様、その子知り合いだから、離してあげて!」
予想外過ぎてのんびり脳内でナレーションを入れていた俺は、今にも主様へ飛びかかりそうな翼のある猫の様子に慌てて止めに入る。
主様が怪我をするとは思えないが、この翼のある猫はなかなかの強者らしいし、屋内での大喧嘩は絶対に止めた方が良いやつだ。
「ちっ……」
お行儀悪く舌打ちした気もするが、主様は翼のある猫──もう面倒なので心の中では翼猫と呼ぶことにしよう──翼猫から手を離してくれる。
猫らしくすたっと華麗に着地した翼猫は、床にお座りして俺を見上げながらんみゃんみゃと鳴いている。
「いや、なんで置いていったのって言われても……」
翼猫の訴えを聞いた俺は思わず主様を仰ぎ見たが、主様から返ってきたのは、
「叩き出します」
といういい笑顔付きの物騒一択だったので、聞こえなかったことにして主様から視線を外すのだった。
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闖入者のせいで二人きりになれず。
まさかあのタイミングで突入してくる奴がいるとは思わず、油断してた主様です。




