378話目
主様登場…………とはいかなかったですねー。
「……がうがう」
そろそろ起きろと熊から声をかけられ、俺はゆっくりと瞼を押し開ける。
実家だということで気が緩み、寝過ぎてしまったようだ。
「ふぁ……」
欠伸をしながら起き上がると、すぐに小さめもふもふな子達が集まってきて、全身で引き留められる。
全員一斉に喋っているのでわかりにくいが、俺と再び離れるのを寂しがってくれている。
あの赤いの来たら追い返す、という物騒なことを言ってる子がいたので驚いてそちらを見ると、殺意すら感じる据わった目をしてふにゃふにゃ言っていたのは、翼の生えたあの猫だった。
体のサイズ的に小さめな子達に混ざっていてわからなかったが、もしかしたらずっといたのかもしれない。
「主様は、俺の大好きな相手なんだ。出来れば争って欲しくないな」
いくらこの翼の生えた猫が可愛い見た目に反して強いとはいえ、主様には敵わないから主様の心配はしない。
けれど何かの拍子でお互い怪我とかしちゃうかもしれないという心配はある。
不機嫌そうにふみゃふみゃ鳴いている翼の生えた猫を抱えて立ち上がり、顔を洗うために泉へ向かう。
俺に縋り付いていた子達もころころとてとてとしながらついてきている。
この状態はよくあることなので踏んだりはしない。
たまにわざと俺の足にぶつかって痛がり、当たり屋めいたことをする子はいるけど。
これも恒例行事だ。
「がう」
一度あまりにも集まり過ぎて俺が転けて泉へ落ちたことがあるので、熊から軽い注意が入る。
それを聞くとほぼ一塊だった子達が軽くバラけて、きゃわきゃわとしながらも先ほどより若干大人しめについてきている。
顔を洗っている俺の横では、俺を真似て顔を洗おうとして泉に落ちた子を、ため息を吐いた熊が前足で拾い上げていたりするが、概ね平和に顔を洗い終える。
ノワも俺を真似て顔を洗おうとしていたが、身を乗り出して前足をちょんっと浸けた瞬間、水の冷たさに驚いたのか、ぴゃっと鳴いて俺の体へ駆け上がってきた。
それは別にいいんだけど、濡れてしまった毛皮を俺の服に擦りつけて拭くのはちょっと止めて欲しい。
「うっほうほ」
お猿に目撃されて、あらあら駄目よと掴まれたノワは、お猿によって乾いた毛皮で拭かれてちょっとボサボサになって俺の手の上へ帰ってきた。
「ちゃぁ……」
ボサボサになったと項垂れて力無く呟くノワに、俺は笑いそうになるのを堪えながらその毛並みを撫でて整えてやる。
「ほら、ほとんど直ったぞ。いつも通りの男前だ」
「ぴゃっ!? ぢゅっ!」
驚きの声を上げてから自身の毛並みを確認したノワは、シュパッと勢い良く復活してキラキラとした目で俺を見上げてお礼を言って擦り寄ってくる。
「どういたしまして」
くすぐったさを堪えながら応えた俺は、ノワが落ちないように支えたままぐるりと泉の周囲を見渡す。
寝ている時に主様の気配を感じた気がしたのを思い出したのだ。
主様は意外と過保護だから近くで見守ってくれてたのかと思ったが、森の中で目立つ赤色は何処にも見当たらない。
まぁ確かに、犬と熊、それにお猿もかなり強いから主様も心配はしないんだろけど。
真夜中のあれは気のせいだったのかと凹んでいたら、近寄って来た犬からベロッと顔を舐められる。
「わふん」
「おはよ、犬」
ついでに挨拶もされたので、ベロベロと舐められながら挨拶を返す。
しかし、さっき顔を洗ったばかりなのに、もうベタベタだ。
森では日常茶飯事なので気にはならないが、最近こういう時はサッと青色をした触手が伸びて来て綺麗にしてくれたなぁと思い出していると、一瞬目の前が青く染まる。
「へ?」
「……ぐるる」
俺が間の抜けた声を洩らすのと、犬が不機嫌そうに低く唸るのは同時だった。
不機嫌そうな犬の視線を追うと、そこには見慣れた綺麗な青色が朝日を浴びてキラキラとしながら鎮座している。
それはどう見ても。
「ふるふるで、キラキラ……」
ここにいるはずのない存在──俺がプリュイと呼ぶ魔法人形そっくりで。
「ジル、おハヨうございマス」
独特の発音ながら聞き取りやすい優しく、そして中性的で性別不明な声が俺の名前を呼んで、いつものように挨拶をしてくれ……。
「おはよう、プリュイ」
何か色々突っ込まないといけないんだろうけど、思考が追いつかないのでとりあえずへらっと笑って挨拶をしておくことにする。
そんな俺の横で犬がぐるると低く唸り続けている。
どうやら念入りに顔を舐められたのは匂い付けも兼ねていたらしく、それが薄れるだろうと文句を言っている。
文句だけでプリュイの登場には全く驚いていないのは、さすが聖獣というべきか。
「がうがぅ」
「うほっほ」
「ア、ドウもはじめマシテ」
熊とお猿も動じることなく、普通に初対面の挨拶を交わしているけど。
「がうがうがぅ、がうがう」
熊が「うちのちびがせわになってるようで、悪いな」と吠えて話しかけ、通じないことを思い出して同じ言葉を人語で繰り返したりする一幕はあったが、闖入者であるはずのプリュイは普通に受け入れられたようだ。
俺はその間もびっくりしたままで、言葉もなく一連のやり取りを眺めているだけだったけど。
いやだってさ、プリュイはここからかなり離れた王都にある屋敷にいるはずなのに、ここにいるなんて驚くなって方が無理だろ。
馬車にでも張り付いてついてきてたのか? と俺がプリュイを見つめて悩んでいると、舐めて匂いをつけることを諦めた犬によって襟首を噛まれ、ひょいっと背中へと放り上げられる。
小さい頃からよくやられていたことなので慌てたりはしないが、急にやられると少し驚くので、しがみついた背中を軽く叩いて抗議はしておく。
そのことを俺に巻き込まれて一緒に背中へと放り上げられていたノワへ説明したら、まだ十分小さいニンゲンだぞ、と何言ってんだコイツ的な顔で呆れられてしまった。
うん、そうだったな。
俺、まだ小さい。
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主様の出番を奪う魔法人形です。
犬以外、ママみ溢れる二人(?)とはプリュイは仲良く出来ると思います。