374話目
珍しく聞き分けの良い人外さん。
「カイハクさん、あれって……」
ちょうどカイハクさんが近くを通りかかったので、アシュレーお姉さんにおとなしくさせられている男達を指差してみる。
「あぁ。あれですか。森の中をさ迷っていたので確保しました。……色々と素直に話してくれるそうなので」
カイハクさんがイイ笑顔でそう言ったので、俺はそれ以上何も言えずへらっと笑って頷くだけにしておいた。
確かにこの森を安全に抜けるには、最強な主様が一緒にいる俺達といるのが最善策だろう。
主様がいれば、賢い聖獣の森の動物達は襲う意味では近づいて来ないと思う。
俺を見て寄ってくる可能性はあるけど。
「よかったわねぇ。……いい子にしていたら、森から生きて連れ出してもらえるわよ?」
うふふと笑いながらアシュレーお姉さんが冗談っぽく言うと、それを聞いた男達が壊れたようにガクガクと首を縦に振り出す。
必死なその様子から、相当おそろしい目に遭ったんだろうと察せるが、お貴族様を騙して、動物達には酷いことしてたんだからあまり同情は出来ない。
俺は男達からふいっと視線を外し、おすわりの体勢をしている犬の方へ視線を向ける。
俺と目が合った犬は、ふんっと鼻を鳴らしてニヒルな感じの笑い方をしたが、背後では尻尾が大きく揺らめいてバサバサと音を立てている。
俺はへらっと笑ってぶんぶんと振られている尻尾には気付かなかったことにする。
主様の腕を軽く叩いて渋々ながら降ろしてもらうと、熊へと駆け寄ってギュッと抱きつく。
「がう?」
どうした? と心配してくる熊のみっしりもふもふな毛皮に顔を埋めながら、
「……またしばらく会えなくなるから、熊補給してるんだよ」
と答えてぐりぐりと顔を押しつける。
そのまま熊に抱え込まれるようにして熊補給をしていると、背中に軽い衝撃があり、ぐいぐいと何かに背中を押される。
「わふわふわふっ!?」
押してくる物体が何か確認するまでもなく、焦った様子でもう行くのかと吠える声で俺の背中を押したのが犬の鼻先だと気付いたのだが……。
「……がう」
俺が振り返って犬を見ると、鼻息がかかるのが嫌だったらしい熊から前足でどつかれているところだった。
これじゃどちらが偉いかわからないな。
苦笑いしながら犬の黒い鼻先を撫でると、ぶんぶんと振られる尻尾で起きた風によって髪が揺らされる。
「……わふわふ」
「うーん、一応、依頼を受けてここに来てるからなぁ」
せめて一晩ぐらい泊まっていけと訴えて甘えるような仕草で擦り寄って来られ、俺は返答に窮してしまい、代表者であるカイハクさんへ視線を向ける。
「……ジルヴァラくん、申し訳ありませんが、私達には話が全く見えません」
「そうだった! ……えぇと、犬が一晩ぐらい泊まっていけって言ってるんだけど、俺だけここに一晩残っても良いか?」
未だに俺以外動物達の言葉がわからないというのに慣れない……まぁ、未だにって言ってもほんの数時間前の話だから仕方ないか。
一人自分の内心に突っ込みつつ、カイハクさんへ犬の言っていることを伝えてお伺いを立てる。
視界の端でお貴族様がワクワクした表情でうずうずしてるが、遠慮してもらおうということで気付かなかったフリをしておく。
周りに唆す人間がいないお貴族様なら害はないが、唯一残ってくれた使用人の女の人が毎回気絶しちゃってるので可哀想だ。
これでお貴族様が森の中に泊まるとか言ったら、心臓止まっちゃいそう。
心を鬼にしてお貴族様の方を見ない──あ、さらっとアシュレーお姉さんから「家族団欒に混じるものではないわよ」って釘刺されてる。
アシュレーお姉さんへ感謝の眼差しを向けて頭を下げると、バチンッとウィンクが返ってきた。
ウィンクの直撃を受けた俺は、よろめきながら犬の毛並みに体を預けるように埋もれてしまい、えへへと照れ笑いを浮かべる。
美人さんのウィンクはキくなぁと笑っていたら体調不良を疑われてしまい、犬からふんすふんすと匂いを嗅がれて念入りな確認をされる。
俺がくすぐったくて身悶えしていると、べしっという音がして犬が崩れ落ちて、俺は熊の腕の中へ。
その場面を見ていなくても熊が犬をたしなめたんだろうなぁと思っていたら、犬が熊へわふわふと文句を言ってるのが聞こえる。
それを適当にあしらって俺をゆらゆらと揺らしてあやす熊。
少し離れた所からお猿があらあらまあまあと微笑ましげに見ている。
旅立つ前と何一つ変わらない日常に涙腺が緩みそうになってしまい、グッと唇を噛んでへらっと笑う。
そこへそっと近寄って来たカイハクさんが、
「こちらとしては一泊していただいても構いませんが、あちらを納得させていただけますでしょうか」
と言って困ったような苦笑いをちらりと自らの背後へと向ける。
カイハクさんの視線の先にいたのは、ぽやぽやを消して不機嫌さを隠さない主様だ。
せっかく主様に慣れてきた動物達はみんな逃げ出してお猿の足元に集合しているし、ケレンとカナフまで戻って来てあからさまな警戒を見せている。
「わふん」
狭量な男だなと吐き捨てる犬をじとりと睨む主様。
実は言葉わかってるんじゃないかと疑いたくなる。
放っておいても睨み合いは終わりそうもないので、俺は主様へ向けてぶんぶんと手を振ってこちらを向かせる。
「主様、今日は俺ここで寝るから、主様は……」
「私も残ります」
食い気味に遮られてしまったが、犬を含めた動物達は揃って首を横に振っている。
「えぇと、主様がいると動物達落ち着かないから……ごめんな?」
言い終わった瞬間、主様があからさまに纏う空気を変えたので、慌ててパタパタと両手を振る。
「もちろん泊まるのは一晩だし、俺は主様とうちに帰るから!」
「…………私達の家に?」
いや、あれは主様の家……という今絶対に言ってはいけない突っ込みが浮かんだのを飲み込み、大きく頷いて笑っておく。
「ん。一緒に帰ろ」
「……わかりました、一晩だけその毛玉達に譲ります」
しばらくじっと俺を見つめた後、主様は不承不承っぽいながらもお泊りの許可をくれ、ふいっと背中を向けて歩き出してしまう。
「…………えっと、迎えに来てくれる?」
思った以上にあっさりと背中を向けられて、少し不安になった俺がおずおずと声をかけると、主様はピタッと足を止めてこちらを振り返り、
「ロコが呼んでくれるなら、何処へでも」
俺を安心させてようとしてか、そんな冗談めかせた発言を蕩けるような微笑みと共に残して歩き去る。
「…………わふわふ」
何処かで頭打ったか? と犬が気味悪そうに呟いていたが、主様の微笑みにヤラれていた俺には聞こえていなかった。
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さて、人外さんはちゃんと『待て』が出来るでしょうか。




