38話目
ジルヴァラはお馬鹿な子なんで、とりあえず自分が色々被れば大好き人を助けられる、と思えば即実行しちゃう子です。
たとえそれがどう考えても間違いな選択肢だとしても。
あと、同じぐらい犯人もお馬鹿の子だと思います←
笑顔で敵認定した中年男を警戒していた俺だったが、中年男は特に挨拶以上主様へ何をする気もなかったのか、にやにやと笑って殿下へ耳打ちする。
「……どうぞ楽しんでいってくださいね」
何かを言われたのか、殿下は表情をあからさまに強張らせてそう言うと護衛二人と去っていく。
残ったのは、表面上はにこやかに笑っているが、俺ですらわかるぐらいの嘘臭さの中年男だ。
「ずいぶんご活躍なようで」
豪快に見せたいのか、中年男はガハハと笑うがフシロ団長のような迫力はない。
「……どうも」
主様の言葉は、さっきまで対応よりさらに塩対応。死海も真っ青なしょっぱさだ。
この中年男が何で主様を嫌ってるかわからないが、主様にとっては通常運行でしかない塩対応な反応も火に油を注ぐものだろう。
いざとなれば、と俺が無礼講お子様アタックしようと身構える中、中年男はにこやかなまま、後ろで空気のようになっていたお供の男へ合図をする。
合図を受けたお供の男が渡してきたのは、仰々しく皿に乗せられたあけびに似た果実が一つ。
俺の拳ぐらいの大きさながら、離れていても香る甘い匂い。
果実の正体を悟った俺は、目を溢さんばかりに見張って中年男と主様の顔を交互に見やる。
「これはとても希少な果物らしいのですが、とある伝手で手に入りましたので、ろくなものを食べていない冒険者にでも恵んでやろかと思いましてな」
そう恩着せがましく言いながら、中年男は何の感情の揺れも見せずぽやぽやしている主様へ皿を渡そうとするが、受け取ってもらえず最終的にテーブルへと皿を置く。
もしかしたら、完全なる好意的な感情なのでは、とか一瞬でも考えた俺の馬鹿馬鹿しい思考は、主様に見えないであろう俯いた角度で忌々しげな顔をした中年男の反応でかき消える。
中年男は、どう見ても幼児な俺のことなんて眼中にないんだろうが、俺の角度からだとあんたの表情バレバレなんだよ。
何を言ったかわからないが、殿下がこの場にいれば「そんなに珍しいなら僕も」的な流れになるかもしれないから、先に追い払ったんだろう。
「あなたは食べないのですか?」
「わたしは食べ慣れているからな」
そう嘘くさい笑顔で言いながら、中年男はあの果物をペティナイフで二つに割る。断面はキウイに似てて果肉は赤い。割れた途端に、甘い匂いがさらに強くなる。
こちらを窺い見ている周囲は、この果実の正体を知らないのか、誰も何も言わない。なんだったら、甘い匂いがして美味しそうね、とか聞こえてくるぐらいだ。
主様は少し不審そうな顔をしてるが、中年男が表面上はにこやかで友好的としか見えない態度なので強く断る気はないらしい。
あの時思ったように、主様はこの果実を知らないらしい。
このままだと、主様はあの果実を食べてしまう。子供には危険でも大人なら平気なぐらいの毒なのかもしれない。そんな希望的観測も出来るが、違ったら?
そもそも大人が大丈夫なら、主様にわざわざ食べさせようとは思わないだろう。
これで主様が食べて倒れたりして、この男に何の得がある? そこまで主様が嫌いなだけか?
ぐるぐると考える中、ふと気づいてしまった。
主様は殿下へあの『お願い』をするため、余計な軋轢を生まないよう我慢してるのではないかと。
いつもの主様なら、もっとさらっと無視でもしてさっさと立ち去るんだろう。それが逃げずにこの場にいるから、ここまで絡まれてるんだ。
そもそも、出たくなかったこのお茶会に出てくれたのも俺のためだ。
ここで俺が男を見せないでどうする。もしかしたら、似た別の果実かもしれないし、あの果実だったとしても空気の読めない子供らしく上手くやってやる。
テーブルの下でグッと拳を握った俺は、何の前置きもなく皿の上の果実へ手を伸ばし、
「美味しそう! いただきます!」
と、無邪気な子供らしく宣言して、二つに割ってある果実を二つとも口内へと放り込む。
中年男は本当に俺を全く見ていなかったらしく、呆気に取られた顔でこちらを見ているが、俺は無視してその場から退散しようとする。
果実はリスのように頬に貯めてある。行儀は悪いが勘弁して欲しい。
盗み食いをした幼い子供が怒られないように逃げ出すなんてよくあるやつだ。
違和感なく行けるだろうと思ったのが甘かった。
中年男には無事捕まらなかったが、今まで空気のようだったお供の男が急に動いて、背中部分にある大きな襟を掴まれてしまい、グッと首が締まる。
「悪戯が過ぎるお子様だ」
ボソボソと囁かれた声音に、何処か聞き覚えがあって俺は思わず自身を捕らえた男を見上げる。
「歩きながら食べるなんて、さすが冒険者は連れまで行儀が悪いですなぁ」
粘っこい口調の中年男がわざとらしく主様を見ながら言うのは、お前の連れはしつけがなってないな、とか言う意味だろう。
ここで吐き出す訳にもいかなくなり、さらに俺を捕まえた男の手は振り解けない。俺は覚悟を決めて果実を数度噛んで飲み込んで見せる。
「すっごい美味しかったです! ごちそうさま! トイレ行ってきます!」
俺を捕らえていた男は、俺が果実の正体に気付いたと思っていたらしく、まさかそのまま食べるとは思ってなかったのか、拘束する手が驚いて緩んだ隙に、満面の笑顔で挨拶してその場から駆け出す。
タイミングいいのか悪いのか、ちょうど遅れてお茶会へ現れたらしいお貴族様に話しかけられ、俺を追おうとしていた主様の足が止まる。
それを視界の端に見ながら、俺は必死に人気のない方を選んで走り続けた。
無闇矢鱈と走ったため現在地はわからないが、あそこで吐く訳にはいかないよな。
丈夫で良かった。じゃなきゃ、ここまで走ってこれてない。
そう。あれがただの果実だという可能性は、もう無い。
さっきから、喉が焼けるように熱く、胃がひっくり返りそうなのだ。吐き出したくても、もう体が言う事を聞いてくれない。
舌も痺れてて、ぼやけて来た頭の中で前世で観たサバイバル番組で芸能人が言ってた「ヤバいのは痺れてくる」とか言ってた余計な記憶まで蘇ってくる。
なんて情けない走馬灯だ、と思いながら、立っていられず膝をつく。
遠くから足音が近づいてきて、俯いていて地面しか見えてない視界に男物の靴が入る。
薄汚れてて安っぽく、どう見ても主様の靴ではない。
咄嗟に顔を上げようとするが、それより先に衝撃で体が後ろへ吹っ飛ばされる。
顔を蹴られたと理解するのと、地面を転がったところへさらに腹を蹴られたのはほぼ同時だ。
「かは……っ!」
地面をまた転がり、耐えきれずその場で胃の中の物を吐いてしまう。
「うお、汚いな! このガキが!」
そう罵ってくる声は、ついさっき聞いたばかりの中年男のお供をしていて、逃げようとしていた俺を捕らえた男だ。
わざわざ追ってきたのかよ、と霞んできた視界の中、地面に横たわったままで男を見上げる。
やはり声とか雰囲気に、何となく覚えがある気がした。
「おい、いたか!」
何とか意識を持たせていたが、中年男のそんな声が聞こえ、俺の意識は闇へと落ちていく。
薄れゆく意識の中で最後に思ったのは、失敗したな、と自身へ呆れる思いと、主様のぽやぽやした優しい笑顔だった。
●
「すみません、お待たせして……」
そう言って戻ってきたグラナーダは、テーブルに青年の姿しかない事に不思議そうに首を傾げる。
「ジルは何処へ?」
「トイレへ行くと……」
グラナーダが来たことにより、やっと貴族達から解放された青年は、首を傾げながらジルヴァラの去って行った方を見やって答える。
「もしかしたら、道に迷ったのでは?」
時間が経っていそうな雰囲気に、グラナーダは心配そうに表情を曇らせ、自らへついている護衛二人へ目配せをする。
片方が護衛に残り、もう片方が探すという役割を目線だけでやり取りし、素早く動き出すかと思った時だった。
テーブルの上に残されていたペティナイフと空の皿、それらに残る果汁と甘い香りに気付いたらしいグラナーダの顔色が変わる。
「すまない、少し待って欲しい。……幻日、これぐらいで薄紫をした果肉の赤い果物を食べたのか?」
これぐらい、と指で大きさを示しながらグラナーダが震える声で問うと、青年は怪訝そうにゆっくりと瞬きをして首を振る。
「いえ、私は食べてないですが、先ほどの男が持ってきて、それをロコが……」
青年にみなまで言わせず、グラナーダが立ち上がり焦りを隠さず立ち上がり、声を張り上げる。
「手の空いている者は、ジルヴァラ……黒い髪の子供を探して欲しい! お願いだ!」
グラナーダの焦った様子に、騎士達はすぐ動き出し、お茶会の参加者達も顔を見合わせて広い庭のあちこちへ散っていく。
「すまないが、すぐ医者を呼んできて欲しい。子供がエプレの実を食べたと伝えてくれ」
護衛の一人へそう指示を出し、グラナーダは落ち着きなく視線をあちこちへとさ迷わせ、そこであまりにも焦ってない様子の青年に気付く。
「どうしてそこまで落ち着いていられる? ジルが心配じゃないのか? そもそも何故食べるのを止めなかったんだ?」
「戻ってきた時に私がいないとロコが心配しますから。それに、あの果実は美味しいですし、ロコが食べたいのなら……」
まさに浮世離れしてるとしか言えないふわふわとした様子に、矢継ぎ早に問うたグラナーダは初めて怯えたような表情で青年を見る。
そんなグラナーダに対し、残った方の護衛がハッとした表情になって耳打ちをする。
「え? まさか、そんな訳……」
まさに面食らったとばかりの表情をしたグラナーダだが、意を決したようにおずおずと青年を見つめて口を開く。
「……幻日、あの果実は、普通の人間にとって猛毒なんだ。一つ食べれば、七転八倒して最悪死に至る」
それを知ってるのか、と確認するまでもなく、何よりの答えは風のように駆け出した青年の後ろ姿で。
残されたグラナーダは、色々な意味で脱力して椅子へ座り込んで、しばらく動けなかった。
いつも反応ありがとうございますm(_ _)m
ここが書きたくて書き始めた話でしたが、寄り道したり、思い切りルート変わっちゃったり紆余曲折ありました(^^)
で、いざ書こうとしたら、なかなか辻褄が合わせが大変でして、難産でした。
最終的に、ご都合主義っていう魔法の言葉に頼りました(ノ´∀`*)
相変わらず自キャラを痛めつけるのが好きで申し訳ないです。




