367話目
お貴族様の扱いがどんどん雑になるジルヴァラ。
俺の素朴な疑問はスルーされてしまい、話し合いのため場所を移動することになった。
空になった馬車だが、引いてくれている馬を放置はまずいのでどうしようかとなって、ケレンとカナフが残ってくれると言ってくれたので一安心だ。
問題が起きたのはさて移動しようという段になって、俺を誰が運ぶかという問題だ。
自力で歩けるという訴えは聞いてもらえなかった。
確かに大人の中に幼児な俺が混じれば移動速度が遅くなってしまうので、熊の膝上に乗せられたまま仕方ないと諦める。
気絶したままのお貴族様の使用人の女の人は、ユリアンヌさんが背負ってあげることになっている。
お貴族様の方はじゃんけんで負けた双子が交代で背負うことになったようだ。
お貴族様は偉そうな言い方だったけどきちんとお礼を伝えていた。
もうこういう個性の人なんだなという生あたたかい眼差しを向けておく。
そんな感じで俺の方もサクッと決まれば良かったのだが、そうもいかなかった。
バチバチと青い火花を飛ばして睨み合っているのは主様と犬だ。
よく比喩表現で聞くやつだけど、本当に火花飛んでるんだよなぁ、これが。
「……止めろ」
「主様、危ないぞ?」
熊と俺がそれぞれやんわり注意したら、揃ってちらりとこちらを見て、睨み合いは止めないが火花だけは散らなくなる。
視界の端でカイハクさんがひっそりと胸を撫で下ろす様子が見えて、余計な心痛を与えてしまったようで申し訳ない。
森での火花なんて、火事の危険性もあるからな。
俺が一人で納得してうんうんと頷いていると、熊から前足でやんわりと掴まれて地面へと下ろされる。
「置いてくのか?」
どちらを選んでも納得しなさそうだなぁと睨み合う主様と犬をチラ見した俺は、四つ足で地面に立っている熊を見上げて首を傾げる。
「……待っていたら日が暮れる」
呆れを隠さない声音で答えた熊によって、主様と犬を放置しての出発が決まった瞬間だった。
俺はというと自分で歩く……ことはなく、がぶっと熊から首の後ろ辺りを噛まれて、ぽいっと背中へ乗せられる。
タイミング悪く使用人の女の人が気絶から回復したらしく、俺が熊に噛まれるのを見て「ひぃ〜っ!?」とまた悲鳴上げて気絶してしまった。
「あらあら……」
ユリアンヌさんだけが少し心配そうな反応をしたが、気絶していた方が怖い思いもしなくて本人も楽だろう。
どうせまた何か見て気絶するだろうし。
熊の上に跨りながら、俺はそんなことを考えていた。
他の皆もそう思っているのか、ちらりと見ただけで特に心配している様子はない。
お貴族様の方はというと、熊の上に跨る俺を羨ましそうに見てきているが、気付かないふりをしておく。
この熊なら重量的な問題と大きさの問題はなくお貴族様を一緒に乗せられるが、たぶんではなく拒否られる。
「がう」
熊から行くぞと声をかけられたので、俺は振り落とされないよう熊の毛皮をしっかり掴んでしがみつく。
結構がっつり掴んでるので、痛くないかと訊ねてみたことがある。
俺に掴まれた程度、子猫が戯れついたぐらいの感覚しか無いそうだ。
これは熊が特別なのか、俺が非力なのか、試す訳にもいかないので不明なままである。
「んにゃんにゃ」
自分で飛ぶのが面倒なのか、猫も俺の前で翼を畳んで快適快適と言いながら熊の背中に乗っている。
双子とユリアンヌさんが人を背負っているので、熊の足取りはいつもよりゆっくりだ。
のっしのっしと森の中を進む熊の背中に揺られ、その懐かしさに頬を緩めていると、並んで隣を歩くお貴族様が俺の方をガン見してきている。
正確には、お貴族様は歩いておらず、今は双子の兄であるマヒナさんから背負われてるのだが。
ホークーさんはマヒナさんが歩きやすいよう少し先を歩いていて、邪魔な草木があれば避けてあげている。
さすが双子、息ぴったりだ。
「その、わしも乗ってみたいのだが……」
おずおずと話しかけられている気もするが、聞こえないふりをする。
「わしの態度が悪かった事は謝る! ちょっと跨るだけで良いのだ、歩けなど言わぬから……」
上目遣いは可愛い子だけが許される技だなぁと、いい年のオジサマなお貴族様の上目遣いを見ながら俺が呆けていると、熊が深々とため息を吐いて足を止める。
「……がうがう」
うちのちびに害を及ぼさないなら、とお貴族様のお願いを聞いてくれるあたり、熊は優しいよな。
お貴族様はお願いを聞いてもらえると思ってなかったのか、目を見張ってから落ち着きなく視線をさ迷わせている。
わかるわかる。
いざ良いと言われると躊躇しちゃうのって、あるあるだよな。
へらっと笑った俺は助け舟を出すことにする。
「ほら、俺と相乗りで良ければどうぞ」
「は? わしが乗っても構わないのか?」
自分を指差して、信じられないという表情で確認してくるお貴族様にまどろっこしくなり、
「熊がそう言ったんだから、良いに決まってるだろ?」
と取り繕わない口調で突っ込んでしまった俺は、慌てて口を手で覆う。
だが幸いにも熊に乗れることが嬉しかったのか、お貴族様は俺の無礼を多目に見てくれるらしく、特に何も言われなかったので一安心だ。
喜色で頬を染めたお貴族様は、マヒナさんの手を借りて熊の背中へとよじ登る。
興奮しているのかもぞもぞとしていて落ち着かない様子のお貴族様に、俺は苦笑いしながら振り返って自らの肩を叩いてみせる。
「熊の毛掴むの怖かったら、俺の肩に掴まって良いからな?」
口調はお貴族様本人から、正式な場ですらない場所での幼い子の言葉遣い程度気にしない、という旨のことを偉そうな言い方で言われたので、森にいる間は無礼講でいかせてもらう。
アシュレーお姉さんとかには、普通に丁寧な話し方出来るんだけど、お貴族様は初対面が初対面だし、多少ぞんざいでも良いよな?
本人も口振りは偉そうだったけど、本当に気にしていないようだし。
こうなると、あの『俺を保護したい案件』も回りくどい言い方をしていただけで、善意から言ってくれていたのかも?
あのお供の商人の方はどうかはわからないけど。
恐る恐る俺の肩を掴んだお貴族様の手を感じながら、俺は逃げ出した商人さんのことを思い出し──俺達から置いていかれたことに気付いた主様と犬が追いついてきたので、あっという間に忘れ去ってしまうのだった。
いつもありがとうございますm(_ _)m
感想などなど反応ありがとうございます(^^)反応いただけると嬉しいです(*^^*)
お貴族様には実は重要な役目があるんですよねぇ。
皆言いたかったですが、あえて誰も言わなかったジルヴァラのある能力に関しての突っ込みを入れるというお役目が。
誰が言っても後で角が立ちそうなので、お貴族様に言わせたい(笑)




