365話目
さらっと再会。
ファザコンではないが、熊の毛皮に顔を埋めて懐かしい匂いを堪能してまったりしていた俺に、おずおずとかけられる声が二つ。
「あのジルヴァラくん、すみませんが事情の説明をお願い出来ますか?」
「さすがに視線が痛いわねぇ」
困ったように、でも微笑ましいとばかりに優しく響く声が二つ。
ハッとした俺は、今の状況を思い出して熊の毛皮に埋めていた顔を離し、周囲を見渡す。
ガン見している主様……はこの際置いといて、アシュレーお姉さんと騎士さん達は揃って笑いながら俺と熊の様子を見守ってくれていて。
アシュレーお姉さんの視線云々の発言は、あちこちから顔を覗かせて好奇心溢れる眼差しを向けてきている動物達に対してだろう。
えへへと誤魔化すように笑って熊の毛皮から顔を離した俺を、ドスンと座り込んだ熊が前足で抱え込む。
俺にとっては慣れ親しんだ体勢だが、何処からか「ヒィッ」という女性の悲鳴と「おぉ」という無邪気な男性の声が聞こえてくる。
ちらりとそちらを見ると、お貴族様が腰の抜けて地面にへたり込んだ使用人らしき女性とまだその場に残っていた。
お供の商人さんと複数いたはずの使用人、それと冒険者の姿は何処にもない。
たぶんだけど、熊が駆け寄ってきた時に悲鳴とか聞こえてたから、驚いて逃げてしまったのだろう。
何事もなければ森の出口まで一本道だし、護衛の冒険者もついているのだから森から出ることは可能だと思うが……。
それぞれ主人と護衛対象置いて逃げるなんて、とちょっと呆れてしまった。
「がう?」
「あ、ごめんごめん、ボーッとしてた」
訝しんで顔を寄せてくる熊の顔を撫でながら、何から話したものかと言葉に詰まった俺を見かねたのか、ノワが手の上へと降りて来て動物達が乗せられている馬車をビシッと指差す。
「ぢゅっ!」
「そうだな、ありがと、ノワ。……えぇと、熊、まずここにいる人達は皆信頼出来る人だから。あっちの二人は微妙だから、まだ警戒してて欲しいかな」
「ちゃぁ」
「え? 話がズレてる? あ、ごめん、つい……」
動物達のことを説明するつもりが、心配が勝って気付いた余計な一言を付け加えて、頬を掻いて謝ると改めて口を開く。
「それで、本題なんだけど、人間に捕まった動物達を森の外で保護したんだ。ここの子もいるし、ここで暮らしたいって言った子も連れてきてるんだ。その子達を……」
「がう」
わかってると俺の言葉を遮って呆れたように笑った熊は、さっさと馬車を開けろと太い前足を軽く振る仕草を見せる。
「カイハクさん、馬車の扉開けてもらえるか」
「……はい、わかりました」
さすがに一瞬躊躇いをみせたカイハクさんだったが、すぐに力強く頷いて騎士さん達へ指示を出して馬車の後ろにある観音開きの扉を開けさせる。
まず出て来たのはケレンとカナフ、それとあの無謀過ぎる翼の生えた猫だ。
ケレンとカナフは勝手知ってる森というか、もともとここが住処だから良いとして、あの猫はこの森の子じゃないと思うんだけど。
元から住んでましたよと言わんばかりの堂々とした態度で馬車から歩いて降りた猫は、俺を見つけるとパタパタと翼を動かして勢い良く飛び込んでくる。
素朴な疑問だが俺の背後にいる巨大な熊は見えてるよな?
馬車の中狭いんだよと俺の腕の中に飛び込んで来て文句を言っている猫へそう質問したいのを読み込み、なだめるように撫でていると、主様がじとっとこちらを睨んでいることに気付く。
「主様?」
「んにゃ、にゃにゃ」
俺が訝しんで主様を呼ぶと、腕の中の猫が「あんな狭量なオスは放っといて自分を構え」と尻尾を立てて可愛らしく誘ってくる。
猫様の下僕を公言していた前世の友人ほどではないが、俺ももふもふは好きなのでとても魅力的なお誘いについついもふる手が止まらない。
「んにゃー」
俺にもふられながら猫が一声鳴くと、馬車の中で出るのをためらっていた可愛い組の子達がぞろぞろと出て来て、ケレンとカナフの周りへ集合する。
「ひひん」
「ひん」
「がう」
ケレンとカナフ、それと熊が短い再会の言葉を交わしていると、あちこちから見覚えのある動物達が出て来て、ここの森の子じゃなかった子達の元へと寄ってくる。
そのままその子達を巻き込んで俺の方へ寄ってきて、ふんふんふんと順番に匂いを嗅がれる。
見た限り泉の周りでよく見かけていた顔は揃っているし、大きな怪我をした様子もなく元気で安心してしまった。
「何も言わずに出てってごめん……」
もふもふ団子状態の中、何とかもふりながら謝ると気にするなとばかりに顔をベロベロと舐められる。
「皆無事で本当によかった……」
ケレンとカナフの言葉を疑ってた訳じゃないけど、やっぱりあの血塗れの光景は衝撃が強過ぎた。
こうして目の前に揃った元気な顔を見て、堪えきれなかった涙が溢れる。
ゴシゴシと目元を擦って止めようとするが、六歳児の涙腺はよわよわでなかなか止まらない。
もふもふの外から主様の声がするがそちらを見る余裕もなく、ひくひくとしゃくり上げながら何とか涙を止めようとしていると、一際大きな声が辺りに響き渡る。
「おおぉっ」
感嘆とも驚愕ともとれるその声は聞き慣れない声だからお貴族様のものだと思う。
アシュレーお姉さんや騎士さん達は小声で「騒がないように」とか少しざわめいて会話してるようだけど、未だに涙が止まらない俺はそれどころじゃない。
そんな俺の視界は不意に真っ白に染まり、
「わぉん」
と呆れきった声で「泣き虫が」と聞こえてきて。
驚いたおかげで涙が止まった俺の顔を、俺の視界を真っ白に染めた原因である白い犬が鼻先で軽く突いてくる。
鼻先といっても、某国民的アニメ映画の山犬、しかも母親の方に近い大きさの白い犬の鼻先なので、口を開けた日には俺なんて丸かじりされてしまうだろう。
でもこの犬がそんなことをする訳ないと知ってる俺は、視界を埋める真っ白なもふもふに腕を回してギュッと抱きつく。
背後では熊が呆れようにため息を一つ吐いている。
「がうがうがう」
「ぐる」
お前だって過保護だろという熊に、うるさいと唸り声混じりで応える犬。
この二人……じゃない、二頭は相変わらず仲が良い。
懐かしい二頭の軽口を聞きながら、すっかり涙が引っ込んだ俺は犬のもふもふな体へ顔を埋めて深呼吸し、懐かしい日だまりの匂いを胸いっぱい吸い込むのだった。
いつもありがとうございますm(_ _)m
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さぁ、主様あとどれぐらい我慢出来るでしょうか。




