361話目
お貴族様のせいで、なかなか森へ向かえません。
決して豪華ではないが、気遣いとあたたかさに溢れる洋風おふくろの味的な朝ご飯を食べ終えた俺は、ぱちんと手を合わせて食後の挨拶をする。
「ごちそうさま、メイナさん」
「ジルぼうや、口に合ったかい? そちらさんは、食べ足りたかい?」
布巾で俺の口元を拭いながら、世話好きなメイナさんは矢継ぎ早に訊ねてくる。
なので、俺はへらっと笑って大きく頷く。もちろん気を使ったりした訳ではなく、どれも優しい味で美味しかった。
「美味しかった! アシュレーお姉さんは……」
「えぇ、美味しかったわ。量も十分よ、ありがとう」
きちんと言葉で答えながらアシュレーお姉さんに視線を向けると、空気の読めるオネエさんなアシュレーお姉さんからはそつが無い同意の言葉が発せられる。
主様のことは大好きだけど、こういう感じの流れで主様に答えさせると空気が凍るので、喋ろうとした主様にはパンを食べさせておく。
まだ食べ足りなかったのか、パンを持つ俺の指まで食べられたが、変な空気にならずに済んで良かった。
でも結局、アシュレーお姉さんとメイナさんからは、あらあらまぁまぁみたいな微笑ましいものを見るような眼差しを向けられてしまったんだけどな。
食後、メイナさんを手伝って後片付けをしていた俺は、主様の脇を通りすがりに捕獲され、その膝上に座らされて念入りに髪を梳かされる。
「まだ寝癖ついてる?」
あまりに主様の手入れが念入りなため、触って確かめようとしたらやんわりとその手を掴まれて止められてしまう。
「まだ駄目です」
主様的には駄目らしい。
自分の髪の毛には枝が絡んでようが気にしないのに、俺の髪の毛へかける情熱は何なんだろう。
「あぁ、でも、俺が逆の立場でもそうなるか」
ぽつりと呟いて、納得してしまう。
俺だって自分の頭に木の葉ついてようが寝癖ついてようが気にならないが、主様の髪の毛なら気になる。とてもとても気になる。
主様のことが大好きだから余計に。
主様も、少しぐらい俺のことを……。
そこまで考えて、ふるふると頭を振る。
そんな都合の良い話なんてある訳ないし。
「ロコ動かないで」
まだ終わっていなかったようで、主様からやんわりとたしなめられてしまい、ぴたりと動きを止めた俺はおとなしく主様に身を預けるのだった。
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「よ、よかった! まだ出かけてなくて……っ」
さてそろそろ出かけようかと準備をしていると、息を切らせたオズ兄が駆け込んで来て安堵した様子でそんなことを言われ、俺とアシュレーお姉さんは顔を見合わせる。
主様は俺と手を繋いでぽやぽやとしながら俺をガン見しているので、たぶんオズ兄をちらりとも見ていない。
いつも通りな主様は置いといて、それより焦った様子のオズ兄だ。
「オズ兄、どうかしたのか? まさか、また誰か連れ去られた?」
主様の手を離してオズ兄へ駆け寄ろうとしたが、離してくれそうもないので主様を連れてオズ兄へ駆け……られなかったので早足で歩み寄る。
俺が近寄るとオズ兄は話しやすいように屈んで俺と目線を合わせてくれる。
「いや、そちらはオレ達がついていたから大丈夫だ。問題は、ジルだ」
「俺? 俺が何かしたのか?」
深刻な表情をしたオズ兄から発せられた予想外な言葉に、俺は首を傾げて同じ目線となったオズ兄に自らを指差して訊ねる。
これは俺が鈍感系主人公とかではなく、問題にされる理由が全くわからないからな。
「そうね、ジルちゃんなら、ちゃんと幻日サマにギュッて抱っこされて寝てたわよ?」
アシュレーお姉さんも訝しげにこんな相槌を打つぐらいだし。
アシュレーお姉さん、フォローは嬉しいですがちょっと恥ずかしいデス。
こそっと恥ずかしさに身悶える俺の横で、主様も無言で話は聞いてくれているようで、繋がれた手にきゅっと力がこもる。
今どうでも良い話だが、手を繋ぐにあたって主様の利き手を空けるため、俺が握っているのは主様の左手だ。
他の人と手を繋がせてもらう時も利き手はなるべく空けて──。
「ジル、ジル、聞いてるか?」
「……おう、聞こえてた」
聞こえないフリをしようとしてたけど、さすがに許される訳なかった。
オズ兄が真剣な表情で肩を揺さぶらんばかりの勢いで詰めてくるので、俺は仕方なく聞いていた旨を伝えてこくりと頷く。
隣では聞き間違いではなく、主様が舌打ちをしたようだ。
ノワは…………朝ご飯食べ過ぎて二度寝中なので静かだった。
「あんのお貴族様…………引き千切ってやろうかしら?」
オズ兄の話を聞いたアシュレーお姉さんの口調が、ちょっとヤバい。
言ってる内容はもっとヤバい。声もドスが効いててビリビリする。
何処を引き千切る気なのかは、怖くて聞けない。
アシュレーお姉さんをここまでヤバくさせたオズ兄の話というのが、
「あの貴族が聖獣の森へ入ろうと、ジルを探している。平民の子供など、適当に金を積めばついてくるだろう。使い終わって邪魔になったら好き者に売れば良い、と……」
と話していたという、とても傍迷惑な思いつきをしたお貴族様の話だった。
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「落ち着いたか? ここはメイナさんちなんだから、凍らせたら駄目だからな?」
わかりやすいアシュレーお姉さんとは違い、静かにブチギレていた主様によって周囲が凍りかけ、何とか足へしがみついて止める一幕があったりもしたが、とりあえず何とかなって一安心だ。
「とりあえず、あの貴族は副団長が止めてくださってるから大丈夫だが、諦めるとは思えない。だから、オレがこっそりと抜け出して外へ出ないよう伝えに来たんだ」
主様の気が立っているためか、オズ兄が距離をとって今の状況を説明してくれる。
「そうなんだ。ありがと、オズ兄」
オズ兄が来てくれなかったら、ノコノコと出向いて絡まれる未来しか無かったから良かった。
ここで話を聞いただけでブチギレそうなのに、生で言われたら意外と過保護な主様がお貴族様を消し炭にしてたかも。
主様の足に抱きついてそんな冗談にならないことを考えていた俺は、ふと疑問を抱いてアシュレーお姉さんとオズ兄へ視線を向ける。
「あの、素朴な疑問なんですけど、聖獣の森へ入りたいなら、俺じゃなくて自分の連れていた冒険者達に頼めばいいんじゃ?」
「そうね。まず、まだあの冒険者崩れ達は追いつけてないんじゃないかしら? アタシ達を足止めする為に分かれて行動してそうだもの」
「それに追いつけていたとしても、彼らの実力では非戦闘員を連れての聖獣の森は荷が重いだろうな」
「うふふ。──連れてなくても無理よ、あの程度じゃ」
アシュレーお姉さんとオズ兄の反応を見る限り、お貴族様が俺へ求める役割は聖獣の森の案内というよりお守り的な立ち位置だろう。
「聖獣の森で暮らしてたって噂を聞いたから探されてるんだよな。でも、俺がいたからって襲われない訳じゃないし」
俺を抱きしめて精神安定を図り始めた主様にぎゅうぎゅうとされながら、俺はぽつりと呟く。
答えは求めてない、あくまで独り言だ。
守ってくれる熊とかケレンとかカナフとか、それと犬とか。
皆が守ってくれてたから、毛皮も鋭い爪も牙もない俺でもあの森で生きてこられただけ。
森の中は基本的に弱肉強食。
「……たぶん、ジルがいれば大丈夫だな」
「アタシもそう思うわ」
オズ兄とアシュレーお姉さんが小声で何か会話していたが、再び主様からぎゅうぎゅうされていた俺の耳には入らなかった。
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このお貴族様は綺麗で珍しい生き物好きなので、ジルヴァラはそういう対象外な模様。
だからといって、生き残れるかはわかりませんけどー。




