360話目
ひたひたと400話が見えてくるー。
──早朝。
枕が変わって眠れないなんてことはない図太さを誇る俺は、いつも通りスイッチが入るようにすっきり目覚め、主様の腕の中からなかなか抜け出せずにいた。
自分の屋敷ではないせいで落ち着かなかったみたいで、俺を抱え込んで眠る主様の腕にいつもより力がこもっているのだ。
「主様、主様。起きたいから少し力緩めてくれ」
「ぢゅっ!」
主様の腕を軽く撫でながら声をかけていると、目を覚ましたノワも参戦して主様へ文句を言っている。
それでも意外と寝汚い主様はピクリともしない。
しばらくうんうんと身悶えして主様の腕から抜け出そうと夢中になっていると、主様の体が微かに揺れていることに気付く。
それはまるで笑いを堪えているようで……。
ハッとした俺が勢い良く主様の顔を見上げると、そこにはばっちりと開かれた宝石色の瞳があり、蕩けるような光を湛えて俺を見ていた。
「もう! 起きてるなら起きてるって言えよ!」
ぽこぽこと音がするような力加減で叩いて文句を言ってくる俺に、主様はキリッとした表情をしたかと思うと大きく頷いてみせる。
「起きてます」
「いや、遅いからな?」
今さらキリッと宣言されても、さっきまで笑いながら何か蕩けるような目で……。
そこまで思い出して、時間差で主様の瞳が浮かべていた色に照れ臭くなってしまい、主様の顔が見ていられなくて布団に顔を埋める。
そのままもぞもぞとしていたら、こちらに、と言わんばかりに引き寄せられて主様の胸元へ顔を埋めることになる。
ぎゅうぎゅうと抱きしめられて主様の匂いに包まれた俺は、吸い込まれるように眠りに落ちそうになり、慌てて頭を振って眠気を追いやる。
「駄目だって! ここはうちじゃないんだから、二度寝はしません。というか、動物達を森へ送らないといけないんだからな?」
ぐっと主様の胸を押してその顔を見つめてビシッと言い放つと、かなり不承不承ながら少し腕の力が弱まったので何とか拘束から抜け出して距離を取る。
下手に腕の届く範囲にいるとまた捕まりそうだから。
「ちゃっ」
「おはよ、ノワ」
よっとばかりに片手を上げて肩の上から挨拶してきたノワに笑顔で応え、俺は未だにベッドの住人な主様を振り返る。
横向きでベッドに横たわり、ベッドへ肘をついてそこに頭を乗せてこちらを見ている姿は無駄な色気を垂れ流している。
「……どうしよう、主様が今日も美人過ぎる」
「ぢゅぅ」
心の声が口から洩れてしまい、呆れた表情をしたノワから「正気になれ」ともふもふな尻尾で叩かれる。
「ありがと、ノワ。でも一応正気だとは思う」
手の平にノワを乗せて主様に聞こえないよう小声で訴えてみたのだが、まじかよという目で見られてしまった。
「しょうがないだろ、俺、主様好きなんだから」
主様が起きる気配もないので、ベッドにいる主様へ背を向けて手の平に乗せたノワと小声で話していると、突然背後から伸びてきた腕に捕まって持ち上げられ、ぎゅうぎゅうと抱きしめられる。
「へ!? いつの間に起きてたんだ?」
どう考えても犯人には主様しかいないが、衣擦れの音一つさせずに抱き上げられた驚きから声を裏返らせて問うが、答えはなく無言で抱きしめてくるのみだ。
ノワが潰されたのではと何処か冷静な部分で心配したが、ちゃんと逃げられていたようで、ベッドの上でぶつぶつ文句を吐いてる姿を視界の端で捉えてひとまず安堵する。
「主様? なぁ、どうかしたのか? 体調でも悪いのか?」
俺がノワを探す間も無言を貫く主様に、さすがに心配なので再度声をかけるがやはり答えはない。
答え代わりとばかりにぎゅっと抱きしめられ、髪へ頬擦りされているような感覚がある。
「あ。もしかして、俺が森へ帰って戻らないとか思って、行かせないようにしてる、とか?」
里帰り騒動の時のことを思い出した俺が、まさかなぁという気持ちを込めて恐る恐る口にすると「……それもある」とボソリと反応があった。
「……そっかぁ」
呆れる気持ちは欠片もなく。
あるのは少しの困惑と、大きめな嬉しいという気持ちで。
俺は表情が緩みそうになるのを先ほどの主様のようにキリッとさせ、主様の体へ腕を回して抱きしめ返す。
「俺は主様の側にいたい。心配なら主様が安心するまで、ぎゅっとしてくれよ」
そう囁くと不言実行派な主様によってぎゅうぎゅうと抱きしめられ、ついでに匂いも嗅がれていた気がする。
主様とそんな感じのやり取りをしていた俺が、衝立で目隠しただけで同じ部屋にあるベッドで眠っているアシュレーお姉さんの存在を思い出したのは、かなり後のことだった。
●
「おはよう、ジルちゃん。うふふ、朝から仲良しさんだったわねぇ」
空気を読んで主様が落ち着くまで待ってくれていたぽいアシュレーお姉さんは、気分を害した様子もなく楽しそうに微笑んでそんな言葉と共に登場して、俺の頭を撫でてくれる。
頭を撫でられている俺は、自分の足で立ってアシュレーお姉さんを見上げている。やっと満足した主様が降ろしてくれたのだ。
「おはようございます、アシュレーお姉さん。主様ちょっと里帰りを勘違いしてるみたいで……」
「あら、そうなの。きっと幻日サマは、聖獣サマがジルちゃんを返さないと思ってるのよ」
俺の説明を聞いたアシュレーお姉さんは、頬に手をあてながら微笑ましげな表情で満足げにぽやぽやしてる主様をちらりと見ている。
「んー、そもそも俺、聖獣には会ったことないんですけどね。だから、聖獣に愛されてる、とか誇大表現なんで訂正したいです」
期待してもらっていて申し訳ないが、俺は『聖獣に愛された子』なんて神秘的な存在じゃない。
森には置いてもらっていたから、存在は気付かれていたとは思うが、それだけだ。
「でも森から追い出されなかったし、皆に優しくしてもらえたのは、聖獣の加護みたいなものですかね」
首を傾げてアシュレーお姉さんを見上げて問いかけると、何とも言えない表情をされてしまった。
「……そうねぇ」
「あ、ごめんなさい。答えようがないですよね、こんな質問」
「いいのよ。それと心配しなくても、聖獣サマはジルちゃんの事気に入ってると思うわ」
「それなら嬉しいですけど…………って、違うから! 嫌われてるより好かれてる方が良いなってだけ!」
アシュレーお姉さんと話してたら、その内容が気に食わなかったのか、ただお腹が空いたからかは不明だが、無言で動き出した主様によって捕獲されて頬をかぷりと甘噛みされる。
痛くはないが恥ずかしいので言葉で抵抗していると、甘噛みを止めた主様から今度はじとりと睨まれる。
「面倒なんだろうけど、ちゃんと口で言ってくれよ」
「…………がぶ」
可愛らしく擬音を口に出した主様から、また甘噛みされた。
違う。口で言えって、そういう意味じゃないから。
「うふふ、そうやってると素直で可愛いく見えるわねぇ」
アシュレーお姉さんもほっこりしてないで主様を止めて欲しい。
「ほら、朝ご飯にしようぜ! メイナさんが用意してくれるって言ってたし、待たせてるのも悪いだろ」
アシュレーお姉さんからの助け舟は期待出来ないので、俺は何とか主様の気を逸らそうと主様が惹かれそうな話題を振ってみる。
ゆっくりと瞬きをした主様が甘噛みを止めて口を開く。
「……ロコが食べたいです」
「わかったよ。でも、昼ご飯だ。昼に何か作るから、朝はメイナさんにごちそうになろうぜ?」
かなり不服そうだったが主様は頷いてくれたので、俺達はメイナさんの朝ご飯をごちそうになるため、部屋を出る。
「……お姉さん、あれを流せるジルちゃんが怖いわ」
俺達の少し後ろを歩いているアシュレーお姉さんが何か呟いた気がして振り返ったが、返ってきたのは小さくひらひらと振られた手と微笑みのみだった。
いつもありがとうございますm(_ _)m
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ジルヴァラの中では『主様言葉足らずだよなぁ』で終わってます(笑)
ロコが食べたい→ロコの作った料理が食べたいだと思ってます。




