359話目
まぁ、あれだけ噂されてればこうなりますよねぇ。
「んぁ……?」
結局、そこそこ疲れていたのか寝かしつけられてしまった俺が覚醒したのは、ぎゅうぎゅうと抱きしめられたせい──ではなく、大好きな人の気配がしたからだ。
ぱちりと目を開けると、想像した通りの夕陽色が視界を占めていて、嬉しさから口元が自然と緩む。
「主様? 話し合い終わったのか?」
ぎゅうぎゅうと抱きしめられながら主様を見上げて訊ねると、嫌そうに顔を歪めてフンッと鼻を鳴らされる。
珍しい主様の仕草にきょとんとしていると、疲れ切った様子のオズ兄が部屋へ入ってくるのが視界に入る。
メイナさんへ挨拶をして、アシュレーお姉さんと何事か話してから、オズ兄はこちらへと近寄ってくる。
「…………ジルは悪くないのはわかってるけど、心配させないでくれ」
「あら、アタシ達はちゃんと合流しようとしたのよ? それを追い払ったのは向こうの不手際でしょ」
俺へ泣き言めいた訴えを口にしたオズ兄だったが、背後から歩み寄ってきたアシュレーお姉さんからばっさりと言い負かされてる。
「わかってますが……危うく幻日様が聖獣の森へ突撃するところだったんですよ」
オズ兄は本気で言っていた訳ではないらしく、アシュレーお姉さんに苦笑い混じりでそんな冗談で応えている。
「…………それは、未遂で良かったわね」
目を見張ってちらりとこちらを見たアシュレーお姉さんは、やけに重々しい相槌を打って、口元には困ったような微笑みが浮かぶ。
「主様、今日は探知魔法使わなかったんだな」
オズ兄とアシュレーお姉さんのやり取りを聞いた俺が疑問を抱いて主様へ訊ねると、また不服そうに小さく鼻を鳴らす。
「……聖獣を刺激するからと止められました」
かなり不服だったのか、ぎゅうぎゅうと抱きしめる腕の力が強い。しかし、探知魔法を止められた理由は納得だ。
「あぁ、そっか。主様の探知魔法はかなり遠くまで探れるもんな」
聖獣の森の正確な広さは知らないが、主様なら奥までしれっと探知魔法が届きそうだ。それこそ、聖獣の気に障ってしまうかもしれない。
「まだどんな異変が起きてるかわからないし、仕方ないよ…………って、あれ? じゃあ、主様とオズ兄はどうやってここがわかったんだ?」
ぽふぽふと主様の腕を叩いてなだめていた俺は、今さらながらな素朴な疑問を抱いて首を傾げてオズ兄を見る。
「どうやってと言われても、普通に目撃情報を聞いて回ったんだ。ジルもアシュレーさんも目立つから聞き込みも楽だったよ」
苦み混じりの爽やかな笑顔で答えてくれたオズ兄の答えに、俺は色々と納得して美人さんなアシュレーお姉さんを見てうんうんと一人頷く。
「……ジルちゃん、他人事みたいな可愛い顔してるけど、オズワルドは『ジルも』って言ったわよ?」
「へ?」
困った子ねぇと言わんばかりに笑い声混じりのアシュレーお姉さんの指摘に、俺がきょとんして気の抜けた声を洩らすと、今度はオズ兄からくくっと笑われる。
「ジルらしいな。なんだったら、アシュレーさんより、ジルの方が目立っていたな」
「え? なんで?」
まさかの目撃情報に、俺は目を見張ってアシュレーを振り返る。
どう考えても俺みたいな幼児より美人なアシュレーお姉さんの方が目立つよな。
「聖獣の森で暮らしていた、聖獣に愛された子って思われているらしいぞ?」
聞き込みで聞いた話をしてくれながら俺の頭を撫でようとしたオズ兄だったが、その手は俺の頭へ触れることはなかった。
何故かというと、無言のまま主様がしれっと俺を抱き込んだためだ。
オズ兄は困ったように笑って手を引っ込め、誤魔化すようにポリポリと頬を掻いている。
「何それ、俺そんな御大層な存在じゃないぞ?」
とりあえずオズ兄への主様の警戒は一回流して、俺はそれより気になった点への突っ込みを入れる。
聖獣に愛された子なんて、いつの間にそんなラノベのタイトルになりそうな話になったんだろ。
俺はせいぜい『熊に育てられた子』ぐらいなんだけど。
「あの聖獣の森で無事に過ごしてただけで十分とんでもない存在なのよ、ジルちゃん」
「こればっかりは事実だから、訂正しても仕方ないと思う。諦めろ、ジル」
主様に頬擦りされながら唸っていたら、アシュレーお姉さんとオズ兄二人からそんな風に言われてしまった。
「……主様、詐欺って言われないかなぁ」
「ロコは私のロコです」
「……うん、そうだな」
聞く相手を間違ったようだ。これはこれで嬉しいけど、求めていた答えではない。
「ぢゅぢゅっ!」
「ありがと、ノワ」
ずっと会話を聞いていたノワから『お前はお前だ』という欲しかった言葉を貰う。
相変わらずもふもふふわふわな愛らしい見た目に似合わない男前なテーミアスだ。
お礼にノワを撫で回していると、カイハクさんがやって来て、騎士組は馬車の側で交代で寝ずの番をしますと言ってオズ兄を連れて行った。
カイハクさんへ俺達も寝ずの番をすると申し出てみたのだが、あなた方はその方をお願いしますね、と主様を見ながら冗談めかせてこちらが気に病まないようにという気配り完璧な対応をされてしまった。
「メイナさんに主様泊めさせてくれってお願いしないとな。ちょっと狭いけど、今日は俺と一緒のベッドで我慢してくれよ?」
メイナさんのお宅にあるベッドは三つ。
俺の精神的にもこれが一番平和な解決方法だろうと考えたのだが、ふと二人の体型を見る。
二人共鍛えているとはいえ、冒険者としては細身の方だ。
「……あ。主様がアシュレーお姉さんと」
「「絶対にないです(わ)!」」
深く考えずポロリと呟いたら、思いの外双方から全力拒否をされる。
その後、メイナさんに主様も泊まらせてもらうことを頼む間、妙な危機感を抱かせてしまったらしく主様は一度も俺を離してくれなかった。
メイナさんが微笑ましいと言わんばかりの好意的な表情だったのがせめてもの幸いだ。
●
[視点無し]
「くそっ、貴様のせいだぞ! 何故、幻日様の連れを追い払ったりしたんだ!」
「そ、そんな、あなた様もあんな薄汚いガキが幻日様の近くにいるなど気に食わないと……」
「わしはそんな事は言ってはおらぬ!」
村長宅の客間で、とある事情で衣服を汚してしまった貴族男性と商人の男が着替えを済ませて口汚く言い争う姿を、貴族男性の連れてきた使用人の一人である女性が遠巻きに見ていた。
あからさまに表情には出していないが、その距離の取り方には巻き込まれては堪らないという気持ちが見え隠れしている。
そんな部屋を訪れたのは、穏やかな笑顔を浮かべたこの屋敷の主人である村長だ。
「お加減はよろしくなりましたかな?」
貴族男性と商人の二人が起こした粗相など気にした様子もなく、二人の体調を心配する村長。
あの粗相の原因を二人揃って体調が悪かった事にしたのだが、人の良い村長はそれを信じ込んで心配しているのだ。
幸いというか赤い青年があの部屋へ乱入した際、足の遅い村長は追いつけていなかったため、あそこで何が起きたかは正確には知らなかった。
「う、うむ。問題ない」
バツの悪さからか多少言い淀みながらも鷹揚に頷いてみせた貴族男性に、村長は「それは良かったです」と穏やかな微笑みを浮かべている。
一欠片の疑いもない村長の微笑みを向けられ、貴族男性は誤魔化すようにゴホンッと咳払いをして森の方を指差してみせる。
「それよりだ。わしは、あの森の奥へ入りたいのだ、案内をしろ」
「申し訳ございませんが……」
貴族男性の言葉を聞いて言葉通り申し訳なさそうな顔になった村長は、丁寧だが有無を言わせぬ語り口で『村人は聖獣の森の奥へは立ち入らない』事を説明した。
低姿勢ながら何度頼まれても揺るがない村長に、貴族男性は苛立った様子を隠さない。
「この方がここまでおっしゃられているのに、平民風情が……っ」
商人から罵倒されても村長は動じる様子もなく穏やかな微笑みを浮かべたまま、それでは、と部屋から去っていってしまった。
残されたのは貴族男性と商人、それとずっと壁際に控えていた使用人の女性だけだ。
機嫌が悪くなった主人に、使用人の女性は明らかな動揺を見せている。
使用人の女性は、このままだと自身が主人の八つ当たり先になってしまうとわかっているのだ。
何か主人の矛先を逸らさないといけないと考えた使用人の女性が思い出したのは、先ほど食材を運んで来た村人達が話していた噂話だ。
「この……っ」
主人の目が自分に向いて怒鳴ろうとした瞬間、本来ならしてはいけない行為だがあえて女性は気付かないフリをして主人の言葉を遮る。
「ご主人様っ! 先ほど小耳に挟んだのですが聖獣に愛された子供というのが村にいるそうです!」
止められないようにと息継ぎなしで声を張り上げて言い切った使用人の女性は、ゼェゼェで肩で息をしながら恐る恐る主人である貴族男性の様子を窺う。
反応は思ったより上々で、苛立っていた貴族男性の表情はギラギラとした満面の笑顔へ変わっている。
「発言を許す。詳しく話せ」
「は、はい!」
機嫌の良くなった貴族男性からのお叱りを避けるため、使用人の女性は必死に記憶を辿って、村人達の話していた内容を主人へ伝えるのだった。
いつもありがとうございますm(_ _)m
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せっかく生き延びたお貴族様、さらに死亡フラグへ突き進んでいくー。
まぁ、それが無くとも、襲撃とか襲撃とか、ぽやぽやへの痴漢未遂で、ほぼレッドカード退場間近っぽいですけど。
たぶん村長さんは本当に何も考えてない普通の良い人なので、訊ねられたら「あぁ、その子は聖獣の森に捨てられていた子でして、ちょうど来た冒険者様に保護されました」と穏やかに微笑んで答えちゃうと思います。




