355話目
サクサクと目的地到着ー。
あの子が無事に帰って来たので、とりあえず出発するという話になった。
その話し合いの間も、俺はずっと主様の腕の中にいた。
ノワが耳元で頑張ってくれたので、何とか寝ないで話し合いを聞いていられた。
夕暮れ間近だけど、主様の力を借りれば次の野営地まで日が暮れる前にたどりつけるだろうということが結論らしい。
出発前、
「仲良くするんだぞ? いじめちゃ駄目だからな?」
そう俺が言い聞かせていたのは主様──な訳はなく、馬車の中の動物達だ。
もちろん鍵は物理的に直したし、主様によって魔法的な鍵も掛けられる予定だ。
最初からそうしろよという話だが、主様にそんなことを頼むなんて恐れ多い、てな話になって物理的な鍵しか付けてなかったそうだ。
それが裏目に出てこうして足止めを食らってしまい、主様の機嫌が悪くなるぐらいなら頼んでしまえという開き直ったカイハクさんの現場判断だ。
実際頼まれた主様は「わかりました」の一言でサラッと頷いてくれてたし。
あまりにあっさりし過ぎて、カイハクさんがちょっと脱力してたよ。
で、馬車の守りはこれで良しとなったんだけど、今度は別の問題が持ち上がってしまった。
それは馬車の御者をどうするかだ。
しでかした本人は「もうしませんから!」と泣きながら訴えていたが当然聞き入れられる訳もなく、近くの町からやって来た兵士に捕らえられてドナドナされていった。
そこでついでに新しい御者の手配も出来れば良かったが、さすがに信頼出来て腕の立つ御者なんてものがそうそういる訳もなく。
そこで俺の出発前の言葉に繋がる訳だ。
いなくなった御者の代わりをオズ兄がすることになって、オズ兄が乗っていた馬の乗り手がいなくなってしまうのでどうしようという話が聞こえ、俺が提案したのだ。
「オズ兄の相棒には馬車に乗ってもらえば良い」と。
もともとケレンやカナフ、大型系の子達がストレスなく過ごせる広さの馬車なのだから馬一頭ぐらい増えても余裕だ。
肉食系の子もいるがきちんと話を聞いてくれるので大丈夫。
ただ微妙に対抗心が湧いたのかケレンとカナフが不機嫌そうだったので、念の為に冒頭の台詞を言い聞かせることになった。
二頭ともそれぞれの頭を抱え込んでしっかりとお願いしたので、こちらも大丈夫……だろう。
オズ兄の相棒の子なら乗り手がいなくともきちんとついてきてくれそうだけど、モンスターや野盗に襲われたりする危険性があるから、という理由での馬車入りだ。
いくら頭が良い子でも馬は馬。防御面では不安があるのは仕方ない。
最終的に馬は小さめもふもふ軍団の中心に伏せて落ち着いたので、翼ある猫なあの子に任せて俺は主様の待つ馬車へと戻るのだった。
●
残りの旅路は快適なもので、主様の鍵? のおかげか再度の襲撃もやり過ごせたらしい。
目撃したユリアンヌさんと双子によると、覆面二人組が森から馬に乗って現れて馬車に取り付こうとしたが、その瞬間バチバチッという音と共に発生した電撃によって撃退されたらしい。
休憩中にオズ兄へ聞いてみたところ、見た目は派手だが痛みはそこまでないという話なんだけど……。
「主様、なんでオズ兄まで食らってるんだよ」
いつも通りの爽やかな笑顔ながら、ちょっと煤けたオズ兄を見て思わずそう問いかけたのはおかしくないよな?
オズ兄は気にした様子もなく、あははと爽やかに笑って「さすがですね、中の動物達や馬には全く影響がないなんて」としきりに主様を誉めていた。
「……緑本人は気にしてません」
犯人である主様はというとふいっと視線を外してそれだけを口にし、あとは無言だ。
俺も無言で足元からじーっと見上げていたら、抱き上げられ頬擦りで誤魔化されてしまった。
襲撃犯は一回で学習したらしく再度の襲撃はなかったため、オズ兄はあれ以上煤けなくて済んで何よりだ。
主様がなんかちょっと残念そうだったのは気のせいだと思いたい。
そういえば村には連絡してあったみたいで、特に出入り口で止められたりすることはなく、馬車は村の開けた所まで進んでいく。
馬車の窓から外を眺めていると、先に降りたカイハクさんとアシュレーお姉さんが見覚えのある村長っぽいおじいさんと話し込んでいる。
ここは森で保護された俺が一時的にお世話になっていたあの村だから、見覚えがあるのは当然だよな。
その村長さんぽい人の近くには、村人なのか数人の人影が見える。
そこではたと思い出すのは、主様より先に俺へ優しくてしてくれた優しい女性──メイナさんのことだ。
「なんかお土産持ってくれば良かったなぁ……」
主様と里帰り出来ると喜んでいて、そこには思い至らなかったことを今更ながら悔やんで独り言を洩らす。
そんな俺の腰に誰かの腕が回され、グッと引き寄せられたかと思うと視界が夕陽色に変わる。
要するに主様から抱き上げられて、しっかりと確保されただけだ。
俺が窓に張り付き過ぎたから危ないと思ったのかも。
大丈夫だと伝えようと主様を見上げると、思いの外深刻そうな表情で見つめられていて、首を傾げながら主様を呼ぶ。
「主様?」
呼びかけに応えはなく。
そのまま無言でぎゅうぎゅうと抱きしめられて軽く呼吸困難になっていた俺は、戻って来たアシュレーお姉さんによって保護された。
代わりにという訳ではないが、この村の恩人的な立ち位置である主様にご挨拶をと村長さんが言い出したそうで、珍しくかなり嫌そうな表情をして主様が馬車を降りていく。
アシュレーお姉さんの膝上に乗せてもらいながら馬車の窓から主様の姿を目で追っていると、村長さんぽい人が主様に感極まった様子で話しかけているから、やっぱりあのおじいさんが村長さんで合ってたらしい。
声は聞こえないが感謝の言葉を言われているんだろうなぁと微笑ましく見ていたら、ぽやぽやとしていた主様の表情が微かに変化する。
周囲は主様の変化に気付いてない。
アシュレーお姉さんも気付いてないみたいだし、気のせいかなぁと思って見ていると、村長さんと話すというか一方的に話しかけられている主様へ近寄る人影に気付く。
良くも悪くも朴訥でお人好しって感じの村人ばかりの中なんか明らかに……って、あれはあのお貴族様だ。
「アシュレーお姉さん!」
思わずバッとアシュレーお姉さんを振り返ると、アシュレーお姉さんもお貴族様に気付いたらしく眉を顰めている。
「あらあら、アタシ達を足止めして追い抜いていていたのね。……ほんっとに小賢しい」
仕方ない子ねぇと言わんばかりの表情で呟いたアシュレーお姉さんだったが、今現在ぴたりとくっついている体勢のため、低音で吐き捨てられた言葉まで拾ってしまう。
目を丸くてしてアシュレーお姉さんの顔を見ていたら、うふふと笑って「秘密よ」と誤魔化される。
俺も「二人の秘密ですね」とへらっと笑って答え、誤魔化されたことにしておいた。
正直、俺も小賢しくてウザいと思っちゃったからな。
大人ぶってアシュレーお姉さんと笑い合っていた俺は、ふと抱いた疑問に首を傾げる。
「あれ? でも、こっちの馬車って主様の魔法で加速してたんじゃ……」
「そうね。でも、あくまでもあの方は馬の出来る範囲での加速しかしてないもの。しかも……」
そこで言葉を切ったアシュレーお姉さんが見ているのは俺?
一瞬意味がわからなかったが、すぐに納得する。
主様は俺みたいな子供が乗ってるから多少手加減して魔法をかけてくれてたんだろう。
うんうんと一人頷いていた俺の耳が、先程より低音なアシュレーお姉さんの呟きを拾う。
「──たぶんだけど馬を何頭も使い潰して夜の間も駆け抜けて来たのね、あのお貴族様。そうでもしないとこちらを追い抜けなかったとはいえ、ほんっとに小賢しい外道ね」
「馬を……使い潰す……」
「もしかしたら、何らかの薬まで使ったのかもしれないわね。どうせ使い潰してしまうのだからって」
「……そんな」
主人のために走り抜き、命を失っただろう罪もない健気な馬のことを想像してしまい、それ以上言葉が出なかった俺はアシュレーお姉さんの服をギュッと掴んで窓の外を見る。
主様へ脂下がった表情で話しかけるお貴族様への嫌悪と、辛かっただろう馬のことを考えてしまい、頭の中がぐるぐるする。
「っ、ごめんなさい、ジルちゃん。そんな顔をさせるつもりはなかったの」
俺の顔を見たアシュレーお姉さんがハッとした表情をして、俺をギュッと抱きしめて謝ってくる。
それだけ俺は酷い顔をしてたのかもしれない。
窓から見えると主様が心配してしまうと顔を背けようとした瞬間、主様がこちらを振り返って目が合う。
主様のぽやぽやとした微笑みがスッと消え、宝石色の瞳が見張られる。
こちらへ来ようとする気配を見せた主様へ、何でもないと首を振ってみせたのだが、効果はなかった。
「ロコ!」
馬車へと駆け戻ってきて珍しく大声を出した主様によってぎゅうぎゅうと抱きしめられ、俺は何とか「心配させてごめん」とだけ口にして主様の服に顔を埋めるのだった。
いつもありがとうございますm(_ _)m
感想などなど反応ありがとうございます(^^)反応いただけると嬉しいです(*^^*)
主様が本気で魔法かければ、馬車もっと速くなるし、馬も頑張っちゃえますが、中の人にダメージあるので主様は頑張って手加減してます(๑•̀ㅂ•́)و
そのうち、馬車の箱部分だけで運べんじゃね? と思いついたら、ジルは自分が抱っこして馬車だけ吹っ飛ばす主様……とか見られたり?
中の人? ロコじゃないのでどうでも良いです。みたいな感じで。




