352話目
相変わらずすぐ寝る子です。
「ぢゅっ!」
俺達の会話が聞こえた訳でもないだろうが、絶妙なタイミングでノワが飛んで帰ってくる。
ちょっと目測を誤ったのか、俺の顔面に張り付いてしまったりもしたが、怪我をしたりもしてないようで何よりだ。
「ちゃぁ……」
「いいっていいって。くすぐったかったけど、特に怪我もしてないからな」
木にしがみついたりするノワの爪はかなり鋭いが、俺にしがみつく時は爪を立てないようにしてくれてるので、顔面着地されてもダメージはゼロだ。
言った通りお腹のもふもふ毛がくすぐったかったぐらいだ。
「ぢゃっ!」
それでもしばらく殊勝な表情を浮かべていたノワだったが、突然「いい加減にしろ!」とキレて思い切り身を捩る。
仕方ないか。
なにせ俺の顔面着地をした直後に、主様によって首の後ろを摘まれてぶら下げられている状態だったからな。
主様も本気で捕まえていた訳ではなかったらしく、キレたノワがじたばたするとすぐ手を離してくれた。
「ぴゃっ!?」
急に離すなとキレながらもパッと華麗に俺の肩の上へと着地したノワは、がっちりと俺の服を掴んでいる。
そこまでしっかり掴まらなくても、主様は無理矢理ノワを捕まえたりしないんだけどな。
それより今はあの子かと頭を切り替えた俺は、なだめるようにノワを撫でながら捜索の結果を訊ねる。
「で、あの子は見つかった?」
「ぢゅっ。ぢゅぢゅぢゅー、ぢゅちゃあ」
見つけたけど、檻の中で犯人達の会話を盗み聞きしたいから帰らないなんて、危なくないかなぁとノワを見る。
くしくしと顔を洗って、念入りな毛繕いの最中だ。
ノワはあの子を信じているから落ち着いてるんだろうけど、俺はどうしても可愛らしい見た目から不安を掻き立てられてしまう。
「うーん、少し心配だから……最悪助けに行こ?」
「ぢゅぅ!」
俺の提案にノワも同意してくれたので、俺はカイハクさん達にも意見を聞こうとこちらを窺っているカイハクさんとアシュレーお姉さんを見やる。
見つめ合うこと数秒、二人が無言で見つめてくるので、俺も無言で見つめ返す。
しばらく無言の時間を過ごした後、口を開いたのはアシュレーお姉さんだった。
「ジルちゃん、捕まった子はそのまま捕まってるのかしら?」
「はい。スパイ気分でいるみたいです。でも、入れられている檻は、すぐ壊せるそうです」
「それで、最悪助けに、って言ってたのね」
「はい! だって、心配なものは心配ですし……何されるかわからないですし」
アシュレーお姉さんの言葉に力いっぱい頷いた俺を、何故か主様が真剣な顔をしてぎゅうぎゅうと抱きしめてくる。
何されるかわからないのはあの子で、決して俺じゃないんだけど主様的には俺もあの子と同じ『小さくて危なっかしい生き物』分類なのかもしれない。
「テーミアスは犯人の顔を見たと言ってますか?」
主様にぎゅうぎゅうとされて遠い目をしていた俺に、今度はカイハクさんが話しかけてくる。
「え? あぁ、ちょっと待って。……ノワ、あの子さらった人間の顔は見られたか?」
「ぢゅ? ぢゅぢゅぢゅ、ちゃぁ」
毛繕い中のノワへ確認すると、毛繕いの手を止めて『人がいない隙に近寄ったから見てない』と言われたので、カイハクさんへ視線を向けながらうんうんと頷いておく。
「そうだよな、安全第一でいいと思う」
ノワは幻術を使えるらしいけど、相手が幻術にかかる前とかに襲ってくれば危ないからな。
「……ふむ。どうやら見てはいないようで残念です」
「まぁでも、テーミアスが見ていたとしても、それを証言してもらう訳にもいかないもの」
「その問題もありましたね」
残念そうなカイハクさんをアシュレーお姉さんが慰め、カイハクさんも納得した様子で頷いている。
やっぱり動物とかの証言だけだと少し重みに欠けるのかもしれない。
「俺がノワと一緒に行ってこっそり犯人の顔を見る──、
「「「駄目です(よ)」」」
……のは止めておく」
思いついたことを口にしたら、三人から揃った声で食い気味に止められてしまい、俺はすごすごと止める旨を口にして主様の腕の中でだらっと体の力を抜く。
森の中での隠密行動なら自信があったんだけどなぁと唇を尖らせていると、主様の指がふにふにと唇を押してくる。
口を開けろという意味のようなので素直に口を開けると、口内に飴玉が放り込まれた。
これを食べておとなしくしてなさいという意味……かな、たぶん。
俺は口内で飴玉を転がしながら、主様の胸元へ後頭部をぽふっと預けて体重をかけていく。
改めて落ち着く体勢になったら、なんだか急に眠たくなってきてしまった。
大騒ぎで知らず知らずのうちにずっと気を張ってたのかもしれない。
あの子の無事を確認出来たのもあって、気が抜けたのもあるかも。
「新たな御者の用意をしないといけないですし、さらわれた動物も助け出すにしろ、待つにしろ、ここにいないといけないでしょう? もうしばらくここで待機になりますから」
俺が眠気と戦っていると、カイハクさんに気付かれてしまったようで、柔らかい微笑み付きで遠回しに「少し眠りなさい」と示される。
「うぬ……」
何と答えたかったは自分でも不明な声を洩らした後、俺はもぞもぞとして主様の膝の上で丸くなって目を閉じた。
頼りになる大人達に見守られているせいか、すとんと糸が切れるように眠ってしまった子供。
薄く開いたその口から、先程口へ入れられていた飴玉がころりと転がり落ちる。
小さな琥珀色の飴玉は地面に落ちる前に、子供のベッド代わりになっている赤い青年の手の平に難なく受け止められる。
捨てるのか、しまうのか。
悩む様子もなく、飴玉は赤い青年の口の中へと消え、すぐにガリガリと噛み砕く音が響く。
なんとも言えない表情になって顔を見合わせたその他二人の大人達は、起こった事実を見なかった事にして今後の為の話し合いを始めるのだった。
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