350話目
ちゃんと危ない時は起きられる野生児なんです、ジルヴァラは。
ふわふわとした気分でぐっすりと眠っていた俺が目を覚ましたのは、動物達の声が聞こえた気がしたからだ。
ぱちりと目を開けて跳ね起きるように体を起こし、きょろきょろと周囲を見渡す。
寝る前と変わらない光景がそこにはあるが、アシュレーお姉さんとカイハクさんからは心配そうな視線が送られてきてるし、アシュレーお姉さんの膝上のノワは俺と同じようにきょろきょろとしている。
主様は? ちらっと見やるといつも通りぽやぽやしていて、焦っていた気持ちが少し落ち着く。
そうだ、主様がいるんだから、そんなに心配しなくても大丈夫。
内心で呟いてみたが、やはり落ち着かない。
「ジルちゃん、どうかしたの? 怖い夢でも見たのかしら?」
そわそわとしてきょろきょろしている俺の様子を見かねたのか、アシュレーお姉さんが優しく声をかけてくれる。
さっきから何処かに行かないようにと主様に抱え込まれているので、顔だけをアシュレーお姉さんへ向けて首を横に振る。
「違うんです、何か動物達の声が聞こえた気がして……。アシュレーお姉さん達は聞こえなかったですか?」
「……そう、ね。微かに聞こえたかしら」
俺の問いにアシュレーお姉さんはちらりとカイハクさんを見てから、自信なさそうに答える。
「それ、悲鳴というか侵入者へ向けて怒鳴ってる感じでしたよね?」
アシュレーお姉さんの答えを聞いて、我が意を得たりと詰め寄る勢いで確認するが、主様に抱えられているので言葉だけが勢い良く飛んでいく。
「……ごめんなさい、わからないの」
困ったように微笑んで謝られ、俺は聞き慣れている動物達の声だから聞き取れたのかもと思い直して、今度はカイハクさんへ視線を向ける。
「カイハクさん、馬車を停めなくても良いから、オズ兄達に馬車の中の様子を見てもらいたいんだけど……」
「大丈夫ですよ、ジルヴァラくん。もう頼みましたから」
どうやらカイハクさんは俺がおかしな行動をとったのを見て、即座に外の騎士さん達へ指示を出してくれていたらしい。
すぐに結果が出たらしく、俺達の乗る馬車は少し走った所で街道を外れて開けた場所で停車する。
少し遅れて動物達が乗せられた馬車がやって来て停まる。
その馬車を操っていた御者さんを見て、俺は首を傾げる。
御者さんの顔色が何か青……通り越して血の気がなくなり過ぎて真っ白い。
「バ、バレないと言ったじゃないか……っ」
なんかそんなことを呟いている。
動物達に何かあったから責任を取らされると怯えているという様子ではない。
騎士さん達も気付いているらしく、双子がぴったりと御者さんの両側に控えている。
それを見ているとユリアンヌさんが馬を降りて駆け寄って来る。
「カイハク副団長、ジルちゃんの力をお借り出来ますかしら? 御者が買収されてたようで、馬車の後ろの扉の鍵が壊してありましたわ」
「……真面目な人柄の人物を選んだつもりでしたがねぇ」
暗い顔でそんな会話をしながら、ユリアンヌさんとカイハクさんが俺の方を見てくる。
この流れで俺の力が必要ってことは、動物達に何かあったんだろうと我慢出来ずユリアンヌさんへ駆け寄る。
「ユリアンヌさん! 誰か怪我でもしたのか?」
主様は無言でぽやぽやとしながら俺の後ろへついてきている。
「今残っている子に怪我はないと思うわ。ただ、ワタシ達がモンスターと交戦している間に、馬車の後ろからこっそり侵入して動物達をさらおうとしたみたいなの」
「誘拐目的か!? そ、それで、誰がいないんだ?」
ケレンやカナフは戦闘能力も高いので早々さらわれないだろうが、集められた動物達の中には『武器は可愛いのみ』みたいな奴もいたから、そちらを狙われたらひとたまりもない。
残った動物達に怪我がないのは一安心だけど、さらわれた奴が心配でユリアンヌさんを縋るように見つめる。
返ってきたのは困惑したような曖昧な表情と「ごめんなさい」という謝罪だ。
意味がわからず首を傾げると、バツが悪そうなユリアンヌさんから、
「それがわからないからジルちゃんの力を借りたかったの」
という言葉が返ってきて、緊迫した状況なのにほんの少し脱力してしまった俺だった。
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動物達は主様を怖がるので、渋る主様をなんとか置いて、護衛としてユリアンヌさんとアシュレーお姉さんを連れて動物達の乗る馬車へと向かう。
途中、
「ブルルッ!」
と「うちの馬鹿主人が申し訳ない!」と謝ってきた馬の鼻面を軽く撫でる。
「お前は悪くないって。御者さんには従うしかないだろ?」
慰めるように言うと、馬は弱々しくヒヒンと小さくいなないて前足で地面を掻く。
「ヒヒーンッ!」
「大丈夫だから、ちゃんと捕まって裁かれるから気にするなって」
あの野郎の頭かち割ってやる! と意気込む馬をもう一度軽く撫でてから、引き気味なのか曖昧に微笑むオネエさん二人を連れて馬車の扉を開ける。
「みんな、大丈夫か? 全員ちゃんといるか? 痛い所とかないか?」
安心させようと声をかけながら近寄ると、次々と思ったより元気な声が返ってくる。
この分なら全員で侵入者を撃退出来たのかと安堵しつつ、具合が悪くなったりしていないかと動物達を見渡した俺は、違和感を感じて首を傾げる。
「ジルちゃん、どうかしたの?」
「アタシ達がついているから、怯えなくて良いのよ?」
アシュレーお姉さんは俺へ、ユリアンヌさんは動物達へ。
それぞれ向けて優しい声をかけてくれたので、俺が代表して答えることにする。
違和感の理由もすぐにわかったし、その理由がどうしてそうなったかも動物達が教えてくれたから。
「二人いた侵入者はすぐ撃退出来たんですけど……」
「「けど?」」
オネエさん二人の声が綺麗に重なり、二人共同じような何処か色っぽい仕草で小首を傾げて俺を見て続きを待っている。
「ほら、この子達の一匹がいないですよね? なんか『タダで帰れると思わないでよね!』みたいなこと言って、自分から侵入者へ捕まりに行っちゃったみたいで……」
そう言って俺が持ち上げたのは、まさに『可愛いが武器!』な子達の一匹だ。
俺に持ち上げられるままだらりと体を伸ばし、引き止めたんですけどと弱々しく訴えてるのは、真っ白い毛並みのイタチみたいな子。
この子は大きければ戦えそうだが、今現在俺が持ち上げられるぐらいの大きさなのだ。牙と爪は鋭いが、きちんと装備を着けた相手には通じないだろう。
他の子も種族は違うが似たりよったりな大きさで、押しくらまんじゅうするみたいに集まって、もふもふぎゅうぎゅうしている。
「あらあら」
「まぁ、どうしましょう」
アシュレーお姉さんとユリアンヌさんはそんな言葉と共に顔を見合わせた後、揃って俺の方を向く。
「ジルちゃん、捕まりに行った子もその子と同じイタチなのかしら?」
アシュレーお姉さんの問いに、俺はもふもふぎゅうぎゅうの中心でふるふると首を横に振る。
「捕まりに行っちゃったのは、毛の長い猫の子です。自分が一番可愛いって、勝ち気な子でしたから」
もし擬人化したら、気の強そうな吊り目の可愛い子になると思う。で、自分が一番可愛いから愛でろと、可愛く迫ってくる光景が簡単に想像出来る。
「あぁ、あの女王様みたいに真ん中にいた子なのね。もう、おとなしくしてて欲しかったわぁ」
俺と一緒に動物達の世話をしていたユリアンヌさんは、俺の説明ですぐ件の子が誰かわかったみたいで、仕方ない子と苦笑いして俺を囲んで一塊になっている子達へ同意を求めるよう視線を向ける。
その途端、
「きゃん!」
「ぴいっ!」
「くぅ!」
なんて感じで、みんなが大声で反論をしてきたので、ユリアンヌさんは目を丸くして口元を手で覆う。
「ごめんなさい、ワタシ、何か悪い事言ったかしら」
「ユリアンヌさん。あの子、確かに女王様みたいに振る舞ってたけど、実際は面倒見が良くて、優しい子なんだ。今回も他の子が狙われそうになって、自分から目立つようにしたんだから」
しゅんとしたユリアンヌさんにそう説明すると、ユリアンヌさんは大きな体を小さくして「あなた達の仲間を悪く言ってごめんなさい」と謝罪を口にする。
「きゅう」
わかってくれれば良いよと答える声がもふもふぎゅうぎゅうの中から聞こえ、ユリアンヌさんは何故かちらっと俺の顔を見てから安堵した様子になる。
なんで今俺の顔を見たんだろうと首を傾げていると、困惑した表情のアシュレーお姉さんがしゃがんで俺と目線を合わせてくる。
「ジルちゃん、焦ってないようだけど、捕まった女王様は大丈夫なのかしら?」
そんな当然の問いかけをされ、俺はあぁと苦笑いしてポリポリと頬を掻く。
「えぇと、見た目と体の大きさは可愛い組なんですけど、あの子は戦っても強いんで……」
「あら。……普通の猫なのよね?」
俺の答えにアシュレーお姉さんは安堵してから、疑問を感じたらしく不思議そうな顔で訊ねてくる。
俺は少し考えてから、普通の猫と違うかなぁと思っていた点を口にしておく。
「…………背中に羽がありますけど、見た目は猫です」
「……背中に羽」
予想外だったのかアシュレーお姉さんはきょとんとして俺の言葉をオウムのように繰り返す。
ついでなので俺は勘違いされてそうな点の説明をしておくことにする。
「あと、女王様なのは性格と見た目のみで、性別は雄です」
顔を見合わせたアシュレーお姉さんとユリアンヌさんは無言になってしまった。
いつもありがとうございますm(_ _)m
感想などなど反応ありがとうございます(^^)反応いただけると嬉しいです(*^^*)
ジルヴァラも内心で言ってましたが、羽のある猫ちゃんが擬人化したら『Theツンデレ』な吊り目の美少年ちゃんになるでしょう。
なりませんけど。




