334話目
ヤる気……殺る気ではない。でも、不穏なカタカナが混じってますね。
「それで、何に悩んでたのかしら、可愛い子猫ちゃんは」
俺を膝上に乗せてソファへ腰を下ろしたアシュレーお姉さんは、無駄に艶っぽく訊ねてくる。
本物の子猫にするよう顎下をくすぐってくる指先に身悶えしながら、俺は何とか先ほど思い出した朝のやり取りをアシュレーお姉さんへ伝える。
話を聞き終えたアシュレーお姉さんから返ってきたのは、困った半分呆れ半分みたいな複雑な笑顔だ。
「もう、本当にわかりやすいお方ね。大丈夫、ジルちゃんがいつも通りにしてれば、あの方の機嫌なんてすーぐ直っちゃうわ」
「……そう、ですか?」
そういえば確かに今日の朝にはいつものぽやぽやな主様だったから、その通りなのかもしれない。
でも、機嫌を損ねた原因がわからないと、また何かの拍子に機嫌を損ねちゃうかもしれない。
そんな気持ちが相槌に出てしまったらしく、うふふと優しく笑ったアシュレーお姉さんからふにふにと頬を揉まれる。
「アタシから言えるのは、朝は優しく起こしてあげなさい、ぐらいね。寝起きが悪いなら、たくさん甘やかしてあげたら良いんじゃないかしら?」
「アシュレーお姉さんがそう言うなら、やってみます」
へらっと笑って頷くと、いい子ねと微笑んだアシュレーお姉さんからよしよしと頭を撫でられる。
「うふふ、きっとあの方喜んでくれるわよ?」
「ならいいですけど……」
起こしただけで喜ぶ主様は想像出来なかったが、アシュレーお姉さんが自信満々なので信じてみよう。
「やるからには全力でやりますね!」
ふんっと気合を入れて宣言した俺だったが、あらあらと呟いて困った表情になったアシュレーお姉さんからぎゅうぎゅうと抱きしめられる。
「やり過ぎて、あの方のヤる気に火をつけないよう気をつけるのよ?」
朝起こすんだからやる気に火が点くのは問題ないよな? と思ってしまったが、アシュレーお姉さんの目が据わってたので、気圧された俺は無言で頷いておく。
やる気に火を点けずに全力で起こすって、矛盾してて冷静に考えると難しそうだと内心首を傾げる俺だった。
●
おじいさんとおばあさんが二人暮らしする小ぢんまりとした家なので、掃除や片付けは比較的早く終わった。
俺だけじゃなく、エノテラさんもいたし、アシュレーお姉さんも手伝ってくれたからな。
綺麗になった家の中を見たおばあさんは、満面の笑顔を浮かべ可愛らしい仕草で喜んでくれ、その隣でおじいさんも表情を緩めて笑顔になっている。
「まぁまぁ、すっかり綺麗になったわ。皆さんが、お手伝いしてくださったおかげよ、ありがとう」
「うむ。助かったぞ」
おじいさん達のお礼の言葉は皆へ向けてだけど、伸びて来た手は二つとも俺の頭を撫でている。
仲良し老夫婦は揉めもせず、まるで事前に話し合っていたかのごとく交互に俺の頭を撫でてくれる。
優しい二つの手の温もりを感じながら、俺は寂しさから緩みそうな涙腺に気合を入れて、へらっと笑う。
「ジルヴァラちゃん? どうかしたかしら? 私達、撫ですぎちゃった?」
「なに? 首を痛めたのか?」
誤魔化しきれなかったかと苦笑いした俺は背後からの視線も感じつつ、バツの悪さから視線を外しながら口を開く。
「違うよ。これで依頼達成になっちゃうだろ? そうしたら、もう二人には会えないから……ちょっと、寂しくなっただけ」
前世では一人暮らしをするようになってしばらく経った頃死んだし、今生では物心ついたらすでに血の繋がった家族はいなかった。
だから、おじいさんとおばあさんの家へ来るのは、田舎の祖父母宅へ遊びに来てる気分を味わえて幸せだった。
それも今日までかと思ってしまい、そんな気持ちが幼児な涙腺を刺激したのだ。
『今度は遊びに来ても良いか?』
本当はそう言いたかったが厚かましいよなと大人な俺が囁いたので、その言葉は飲み込んで。
俺はおじいさんとおばあさんを見上げ、へらっと笑い続ける。
そんな俺へおじいさんとおばあさんは顔を見合わせてから優しい眼差しを向けてきていて、これは見抜かれてるかと思ったのと屈んだ二人から抱きしめられたのは同時だった。
「お仕事関係なく、いつでも遊びに来てね、ジルヴァラちゃん」
笑顔で優しくそう言ってくれるおばあさん。
「た、たまには、騒がしいのも良いものじゃ!」
需要があるかはわからないが、わかりやすくある意味可愛らしい照れ隠し混じりの言葉を吐くおじいさん。
社交辞令とか欠片も疑う必要のない二人からのあたたかい言葉。
二人の優しさと背後からの優しい眼差しに涙腺が決壊しそうになるのを何とか堪え、俺は緩んでいる自覚のある顔で笑って大きく頷くのだった。
●
再会の約束も出来たので、帰り際はそこまでしんみりすることもなく、俺はアシュレーお姉さんと手を繋いで道を歩いていた。
エノテラさんは、今日もおじいさん宅に泊まるそうで、帰り道はアシュレーお姉さんと二人きりだ。
忙しくてずっと来れてなかったから二人へたくさん話したいことがあるんだ、と柔らかく笑っていたのが印象的だった。
寄り添っている三人を思い出して口元を緩ませていると、アシュレーお姉さんが突然繋いでいる手にギュッと力を込めてきた。
「アシュレーお姉さん?」
痛くはなかったが少し驚いてアシュレーお姉さんを見ると、アシュレーお姉さんは繋いでいない方の手をパタパタと動かしながら、
「あら、ごめんなさい。ジルちゃんを冒険者ギルドへ連れてきてくださいって頼まれてたの思い出したのよ」
と謝罪と共に困り顔でそんなことを言われた。
「そうなんですか? 依頼達成の報告に行くから、ちょうど良かったですね」
一瞬、え? となった俺だったが、言われた内容は特に困ることでも無かったので、へらっと笑って応えるのみだ。
「そうね。うふふ、アタシったら、忘れっぽくて駄目ねぇ。……そうだ、ジルちゃん。たまにはこっちの道から行ってみましょ? 少し遠回りになるけど、途中美味しいナッツの店があるのよ」
アシュレーお姉さんも困り顔から笑顔になって頷いてくれ、俺としてはこの道をそのまま行くつもりだったのだが、悪戯っぽく笑ったアシュレーお姉さんから手を引かれて脇道へ逸れる。
少し違和感を感じた俺がアシュレーお姉さんへ質問するより先に、俺の肩の上で『美味しいナッツ』という言葉に反応したテーミアスが興奮して尻尾を振り回す。
「ちゃっ、ぴゃっ! ぢゅぢゅーっ!」
「わかった、わかった。ちゃんとテーミアスの分も買うから」
くすぐったさに首をすくめながら、俺はテーミアスの言葉に笑って応じる。
まったく……ナッツの食べ過ぎで飛べなくならないといいけど。
そんな失礼なことを考えながら、興奮しているテーミアスをもふっていると、アシュレーお姉さんから笑われてしまった。
「うふふ。本当に仲良しさんねぇ。今は『ナッツ欲しい』って言ってるのかしら?」
横目で見られているせいか、何となくアシュレーお姉さんの眼差しに探るというか確認されてるみたいな雰囲気を感じ、俺はまた少し違和感を覚える。
嫌な感じはしないから、俺は感じた小さな違和感を飲み込んで、テーミアスをもふりながら先ほどからのお喋りの内容を伝える。
テーミアス、かなり興奮して早口だったから聞き取れなかったんだろう。
「あぁ、興奮してて聞き取りづらかったですよね。『その美人な兄ちゃんが言う美味しいナッツなんて絶対美味いだろ』って感じのことを言ってます。これはナッツ買えなかったら恨まれちゃいますね」
「……美人だなんて、テーミアスは口が上手いのね。褒めてもらっちゃったから、今日はアタシがナッツを奢らせてもらうわ」
「そんな……」
反射的に断ろうとした俺だったが、テーミアスが顔面にもふっと貼りついてきて、ぴゃあぴゃあ喜びの声を上げて妨害を受ける。
「……もう、ほら危ないだろ?」
顔から剥いだテーミアスを手の平に乗せて落ち着かせてると、アシュレーお姉さんからくすくすと笑われてしまう。
そして、そのままナッツを奢ってもらうことになった。
「ちゃあ……」
テーミアスがとろとろになるぐらいに美味しいナッツだった。
とろとろになったテーミアスが手から落ちないよう気を配っていた俺は、俺達が歩いて来た方向から騒がしい女の子の声が聞こえたことには気付かない。
ナッツでとろとろだったテーミアスが、一瞬だけ鋭い眼差しをしたことに首を傾げはしたが、それもすぐに忘れてしまったのだった
いつもありがとうございますm(_ _)m
感想などなど反応ありがとうございます(^^)反応いただけると嬉しいです(*^^*)
相変わらず、動物と話せるチートには気付かないジルヴァラ。
基本的にファンタジーってすごいなぁと思ってます。
前世が蘇る前なバブバブな幼い頃から普通に話せてたので、余計気付かないです(*´∀`*)




