332話目
顔の違和感。
どなたかが噛んだり舐めたりしたせいでしょう。
何だか違和感があったので念入りに顔を洗った後、プリュイと共に朝ご飯を作りながら俺は主様のいる部屋の方を振り返る。
「そろそろ主様起こすか」
俺がそうポツリと呟くと、プリュイからは大きな反応が返ってくる。
そうしてくれと口に出す前からわかるぐらいの大げさな反応に首を傾げつつ、俺はパタパタと主様が寝ている自室へ駆けていく。
どうせ主様はまだ寝ているのでノックもせず部屋へと入る。
そもそもここは俺の部屋だしな。
そんな言い訳を内心でしながら、俺はベッドへと近寄っていく。
やはりというか、主様はすやすやとよく眠っている。
主様の正体がどんな猛獣だとしても安全な巣の中ではこんな穏やかに眠るのだ。
俺以外ではプリュイぐらいしか知らないだろう姿をしっかりと眺めて目に焼きつけてから、俺はベッドへ上って眠る主様へと近寄って体へ触れる。
これぐらいだと主様は起きないので、ゆさゆさと揺さぶりながら声をかける。
「主様、朝ご飯だぞ? まだ寝てたいなら昨日みたいに置いておくけど……って、うわ!?」
俺がそう言った瞬間、主様の目がカッと見開かれ、伸びて来た腕によってあっという間にベッドへ引き込まれる。
「主様? 寝惚けてるのか? 俺は今日も出かけるから、二度寝には付き合えないからな?」
背中を向けた俺をぎゅうぎゅうと抱きしめてくる主様の腕の中でジタバタしていると、つむじ辺りに息がかかったので主様がそこへ顔を埋めているのがわかる。
どうやら今日はつむじ辺りから吸われるらしい。
脱力していると背後から深く息を吸う音が聞こえてくる。
主様猫吸い……じゃなかった、幼児吸うの好きだよな。
主様が美人さんだからギリギリセーフな気がしてるけど……見た目的にも色々アウトだよなぁ。
遠い目をしながら大人しく吸われていると、やっと覚醒したらしく背後で主様が大きく動く気配がして俺の視界は一気に変わる。
寝惚けているせいか俺を抱いたまま起き上がり、そのまま移動していく気らしい。
だが、自分の足で歩こうキャンペーン中な俺は、主様がベッドから離れて歩き出した時点でその腕から抜け出し──たかったのだったがぎゅうぎゅうとされて無理だった。
離してくれと口頭でお願いしてみたが、困ったようにぽやぽやされて寒いですと可愛らしく訴えられてしまったら諦めるしかないよな?
うんうんと頷いている俺が、上機嫌にぽやぽやしている主様に抱えられて現れると、テーミアスからは呆れ返った眼差しを向けられてしまう。
わかってる。歩くって言ってなかったか? と言いたいんだろう?
「ぢっ?」
当然だが、言われた。
そんな一幕もあったが、全体的にはのんびりとした朝ご飯が終わる頃、プリュイが「オ客様デス」とフシロ団長と共に現れる。
「おはよう、フシロ団長」
「……おはようございます」
俺が挨拶をしてから主様をチラッと見やると、主様も明らかに渋々な感じで挨拶をして、興味を失った様子で再び膝へ乗せられた俺のうなじへ顔を埋める。
俺が出かけるまでこの状態から逃げ出すことは出来なさそうだ。
見慣れているフシロ団長なら気にしないでいてくれるから、このままでもいいだろ。
「おはよう。……今日は機嫌が良さそうだな」
何しに来たんだろうと内心で考えていると、フシロ団長がため息混じりでそんなことを呟いたのが聞こえる。
明らかにホッとして見えるフシロ団長の様子に、俺は首を傾げて主様を振り返る。
「主様、昨日機嫌悪かったのか?」
そういえばと思い返してみれば『里帰り勘違い』事件前からあまりぽやぽやしていなかった気がする。
主様は無言でぽやぽやしていて答えない。
代わりに口を開いたのはフシロ団長だ。
「昨日、こいつにとある依頼を出していたんだが……」
「とある依頼?」
「あぁ、守秘義務もあるから詳しくは言えないが、まぁこいつの手が必要だったんだが……」
終始苦虫を噛み潰したような顔をしたフシロ団長は、言葉を濁して顎髭を撫でながら主様を見ている。
「何があったんだ?」
主様に訊いても埒が明かないのはわかってるので、俺はフシロ団長へ問いかける。
「不機嫌過ぎて俺以外は怖がって近づけなかった。その上、俺の指示を完全に無視して…………まぁ、やりすぎてくれたな、色々と」
そう言って肩を竦めたフシロ団長は、主様の様子を見てあからさまにホッとしているようだ。
今日の主様の機嫌は、見ての通り朝から上機嫌にぽやぽやしているからな。
「今日も主様へ頼みたいことあるのか?」
「いや、今日は後処理だけだ。俺はこいつの機嫌が直ってるか確認してこいとせっつかれてな。……しかし、昨日の不機嫌はなんだったんだか」
フシロ団長と俺の話を全く気にせず俺吸いをしている主様を、フシロ団長は胡乱げに見ている。
「昨日なぁ……夕方ならちょっとした行き違いというか解釈違いみたいなので少し不機嫌そうだったけど、朝からなんだよな?」
「あぁ。理由がわかると、今後のために助かるんだが……」
苦笑いしたフシロ団長からそんなことを言われ、俺は何かないかとまた昨日の記憶を辿る。
「うーん…………悪い、やっぱり思いつかないな。実は昨日、主様よく寝てたから朝起こさないで出かけちゃったんだよ……」
だからと続けるはずだった俺の言葉を遮ったのは、顔を手で覆って天を仰いだフシロ団長の大きな大きなため息だ。
「へ? なに?」
あからさまに何かを察したようなフシロ団長の反応に、俺は目を丸くして辺りをきょろきょろと見回す。
だが特に異常はない。視界の端でプリュイがふるふるしてるぐらいだ。
しかし、よく見てみるとふるふるしているプリュイの触手が、時計の方を指してちょいちょいと謎の動きをしている。
「……時計を見ろ? あ! ごめん、フシロ団長! 俺、もう行かないと!」
さすがプリュイだ。
俺の出かける時間を覚えていて、そっと教えていてくれたらしい。
俺は天を仰いでいるフシロ団長へ謝罪して主様の膝上から何とか抜け出すと、用意しておいたリュックサックを背負って駆け出す。
「じゃあ、いってきます! 主様、あんまりフシロ団長を困らせちゃ駄目だぞ?」
一応主様へやんわりと釘を刺し、プリュイから見送られて出かけた俺は、俺がいなくなった室内でどんな会話が行われたかなんて知らなかった。
「お前なぁ……ジルヴァラに起こしてもらえなかったからって拗ねるな。寝汚いフリなんかした自業自得だろ」
呆れきったフシロから、赤髪の青年がそんな言葉をかけられてたなんて、あの子供が知る事は当分ないのだろう。
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今日も置いてけぼりな主様です。
昨日は朝の触れ合いも出来なかったので、拗ねてしまった模様です。




