317話目
他者視点となります。
[エノテラ視点]
帰る道すがら、試作品だと押し付けられた銀の腕輪に触れながら、俺は今日の出来事を思い出す。
正直、腕をなくすぐらいで済むなら、感謝したいぐらいだと思っていた。
だが、謝罪相手であるスリジエより幼い子供は「勘違いだって謝ってくれたんだから、それでいい」と許してくれた。
突然殴られ、冷たい水で溺れかけたというのに、そんな事をした俺へ怯える様子もなく、しかも俺を責める周囲から庇ってくれた。
スリジエからは『我儘で、自分のいるべき場所を奪っている偽者。甘やかされてズルをしている』と話を聞いていたが、少し違うのかもしれない。
「甘やかされている、だけは本当だったか」
それを見て、スリジエも他の部分を勘違いしたか、誰かからあの子供の噂を聞いて思い込んでるのかもしれない。
思い込んだら猪突猛進なのはスリジエの長所でもあり、短所でもあるからな。
「…………しかし、よく生きて帰れたな、俺」
一人で歩く、誰もいない暗い帰り道。思わずそんな本音が漏れてしまった。
思い出してしまったのは、爛々と輝く不可思議な青い瞳だ。
無機質さすら感じる美貌の中で、殺意だけが物質的な圧力さえ伴って、ずっと俺を襲っていた。
「あれがSランク冒険者……」
挑む気すら起きない、まさに人外だった。
あの腕の中で落ち着いていられる子供は、怖い物知らずの大物としか思えない。
そういう意味では、スリジエも大物だろう。
「……スリジエの言う『偽者』の意味を聞くべきか」
あの書類にサインをしたが、しばらくスリジエと接触しないようにすれば、スリジエは自分が放棄した依頼の事などすっかり忘れているだろうから問題はないだろう。
スリジエはあの性格で意外と人見知りなのか、俺やもう一人の後見以外の冒険者とはあまり会話をしない。
そちら方面から俺がスリジエの放棄依頼を受けるなんて話を聞く可能性も低いだろう。
聞かれたとしても、スリジエの代わりに依頼を受けたと話せば、きっと太陽みたいな笑顔で喜んでくれる。
少し前まではその笑顔を思い描くだけで、何も考えられなくなるぐらいの幸福感が胸を満たしたが、何故だか今日は空虚だ。
決してスリジエが嫌になった訳では無い。
きっと、ゾンネさんへ暴言を吐いたというのも、何か理由があっての事だろう。
『本当にそうか?』
頭の中でそう囁く声。
俺は聞こえないふりをして、自宅へ向かいかけていた足をゾンネさんの家の方向へと変える。
明日にはあの子供が来るんだ。
朝から待っていた方が心象がいいだろう、そう言い訳して。
ゾンネさんとカエルラさんに、あの子供へと謝罪して受け入れてもらい、依頼を無償で手伝う事になったと伝えると、二人共ホッとした表情を浮かべる。
俺がそんなに重い罪にならなかった事もそうだが、あの子供──ジルヴァラが元気だと聞いて安心したと二人揃って微笑んでいた。
あたたかい夕食のテーブルを二人と囲んだ次の日の朝、俺の目の前に現れたのは、ジルヴァラとその保護者としてやって来たという後見の冒険者……確か、トレフォイルというパーティーのリーダーのはずだ。
そいつは俺がジルヴァラへしてしまった事を知っているのか、俺を険しい眼差しで見つめてくる。
そこまでわかるのだが、俺を戸惑わせたのは、ジルヴァラの両側に陣取ってそれぞれジルヴァラの手をギュッと握り、俺を威嚇するように睨みつける二人の子供だった。
「お前がジルを殴ったヤツだな!」
「ジルには指一本触れさせないんだから!」
そんな二人に挟まれて、ジルヴァラは困ったように笑って俺へ向けて小さく頭を下げる。
「えぇと、ごめんなさい。どうしてもついてくるって聞かなくて……」
「……作業の邪魔さえしなければ構わない」
そう告げるとジルヴァラはホッとした様子で両脇を固める二人へ話しかけている。
子供らしいやり取りに、何とも無しじっと見ていると、ジルヴァラがパッと顔を上げて俺を真っ直ぐに見て笑顔で口を開く。
「そういえば自己紹介してなかったですよね、俺は……」
「すまない、待ってくれ。自己紹介は俺からさせて欲しい。それと、口調は普通にしてくれないか。おま……君みたいな子供に丁寧に話されるとくすぐったくて、落ち着かないんだ」
ジルヴァラの自己紹介を遮った俺は、ついでにジルヴァラの子供らしからぬ口調について要求を付け加える。
それを聞いたジルヴァラは口をキュッと噤んで、素直にこくりと頷いてくれ、猫じゃらしを前にした子猫のように俺を一心に見つめてくる。
俺はやけに緊張している内心を隠すため深呼吸をして、口を開く。笑えていたかはわからない。
「俺はエノテラ。A級冒険者だ。よろしくな?」
名前とA級冒険者だけだと簡潔過ぎるとかと思わず流れで出てしまったのは、絶対このタイミングで言うべきではないだろう一言だ。
現にジルヴァラの背後にいるトレフォイルのリーダーの眼差しが鋭くなった。
刺すような視線が「お前何言ってやがる、よろしくさせるかよ」と言葉より雄弁に語っている。
俺も自分で自分に、何言ってるんだと突っ込みたい。
そんな微妙な空気を気にした様子もないのは、俺が自己紹介をしたかった相手であるジルヴァラで。
ジルヴァラは驚いたように大きな目を丸くしていたが、すぐにパッと笑顔になって、
「俺はジルヴァラ。冒険者になったばっかりだ。先輩としてよろしくな、エノテラさん」
と、しっかり自己紹介を返して来た。
「で、こっちがナハト様。騎士団長の息子で俺の友達。反対側にいるのはイオ。同じく俺の友達だ」
ついでに未だに俺を睨んでいて名乗る気が無さそうな両側の二人の紹介も笑顔で。
「あっちにいるのが、俺の後見してくれてるトレフォイルのリーダー、ソルドさん。見た目はあれだけど、強いんだぜ?」
そんな紹介されたソルドは、冒険者ギルドで見かけた時は確かにあまり強そうには見えなかった。だが、今現在俺を睨む眼差しは──。
●
[ソルド視点]
「はァっ!? ジルヴァラが殴られただと?」
「一体誰にですか?」
「話によっては、報復しに行くわ。構いませんよね?」
常宿にしている宿屋の一室で寛いでいた俺達は、突然やって来た冒険者ギルドの副ギルドマスターであるエジリンさんから『ジルヴァラが殴られて怪我をした』という話を聞いて、揃って戦闘態勢に入る。
それをやんわりと諌めたのは、話を持ってきてくれた当人であるエジリンさんだ。
エジリンさんは俺達がジルヴァラの後見であり、ちょうど今現在王都にいたため、話を持ってきてくれたらしい。
残念ながらもう一組の後見である森の守護者の面々は、聖獣の森での依頼を受けているため王都には不在らしい。
それで俺達の所へ来た理由は、ジルヴァラが殴られた事の情報共有と、明日ジルヴァラがその加害者と共に依頼をこなすため、その様子を見守って欲しいという『お願い』だった。
「冒険者ギルドからの依頼ではないので報酬はあまり出せませんが……」
「報酬なんていらない。ただ、万が一、俺達の誰かが相手をぶん殴っても……」
「私は聞かなかったことにしておきましょう」
真面目くさった顔をした副ギルドマスターは、食えない笑顔を残して去っていった。
その後、相手が一人に対してさすがに三人で行くのは卑怯臭いという話になり、揉めに揉めたがリーダー特権で俺が行くことになった。
──俺は超がつく『うっかり者』だから、つい手や足が滑っても仕方ないよなぁ?
そう意気込んで会った相手の態度は、思っていたより殊勝だった。
前に冒険者ギルドで見た時は、どうしようもないガキという感じだったが、今はバツが悪そうにしている普通の青年にしか見えない。
コレが何でジルヴァラをぶん殴るようなことをしたのかとじーっと眺めてみたが、そんな不躾な視線を向けても少し居心地悪そうにするだけだ。
だからといって、ジルヴァラを殴ったことを許してやれるほど、俺の心は広くない。
ちょっとでも妙なことをしたら、思い切り足を『滑らせ』てやる。
そう思いながら、俺はエノテラと名乗った年下の青年を油断なく見つめ続け────最終的に一緒になってジルヴァラの手伝いをすることになったのだった。
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次回も他者視点予定です。
そして予定は未定です←




