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311話目

なにゆえこんな暑い時期に、私は鍋焼きうどんを食べる話を書いているのか……。



「主様ー、昼ご飯出来たんだけど、ちょっと謝らないといけないことがあってさぁ……」



 ノックをして主様の部屋へと入った俺は、机へ向かう主様へおずおずと声をかけながら近寄る。

 怒られたりはしないだろうけど、しゅんとされてしまうかもしれないなぁと主様の様子を窺う。

 不思議そうに俺を見てぽやぽやと少し首を傾げて、俺の言葉を待ってくれている。

「あのさ、前に主様の箸買った時、主様が箸に慣れたらうどんを食べようって話してただろ? なのに、忘れて今日うどんにしちゃった……ごめんな?」

 俺の言葉を聞いてゆっくりと瞬きをした主様は、ほわほわと微笑んで首を横に振る。

「問題ありません」

 その口から出た答えも淀みなくしっかりとしていて、本当に問題ないようだ。

 しれっと抱き上げて来ようとした手を避け……られず、結局抱えられながら食卓へと向かう俺──を抱いた主様。

「……まぁ、外では自分の足で歩くようにすれば良いか」

「ぢゅぅ……」

 諦めるのかよと肩の上でテーミアスが呆れているが、嬉しそうにぽやぽやしている主様の顔を見てしまうと、抜け出せなくなるのは仕方ないだろ。




「一応、フォークとかスプーンも用意してあるけど……」

 鍋焼きうどんは主様の膝上で食べるには不向きなため、本日俺は久しぶりに主様の隣に腰かけてメニューの説明をする。

「大丈夫です」

 俺が膝上に乗らなかったせいではないだろうが、少し不服そうにぽやぽやしていた主様だったが、俺から鍋焼きうどんの説明を受けると、心なしかドヤッとした顔でマイ箸を取り出してみせる。

「箸、練習しました」

「そうなんだ。練習風景見たかったなぁ」

 美人が頑張って箸使い練習してる姿なんて、可愛くて眼福ものだったろうから、かなりもったいなかったなぁと思う気持ちが思わず口からこぼれ落ちる。

 だが、主様としては『練習風景を見て笑われる』とでも思ったのか、ぽやぽやしていた顔が曇る。

「何故ですか?」

 少しムッとした表情になった気がする主様が、やはり少し低くなった気のする声でそう訊ねてきたので、俺の推測は当たったらしい。

 俺は主様の勘違いを正すべく、へらっと笑って箸を持つ手を軽く振る。

「だって、主様の練習風景なんて滅多に見られないし、何より可愛かっただろうからもったいなかったなぁって思ってさ」

「……私は可愛くないです」

 ふいっと視線を外して主様はそう言ったが、俺がからかうつもりではなかったとわかってくれたらしい。

 そのまま、照れ隠しなのか「いただきます」と言って、土鍋を左手だけで持ち上げ、右手で箸を使ってうどんを手繰って豪快に食べ始める。

「…………熱いから気をつけろよ」

 今さらというか、そもそも土鍋素手で持ち上げてる相手に言う必要がない気がする注意を口にして、俺も鍋焼きうどんを食べ始める。

「あち……っ」

 箸とレンゲを使って、土鍋から直啜りに挑戦してみたが、当たり前というか当然というか、熱さで小さく声を上げる羽目になる。

「……ロコ」

 過保護な主様はこれでも反応するらしく、熱々の土鍋を手にしたまま心配そうに名前を呼ばれる。

「舌ちょっと火傷しただけ」

 俺以上に火傷しそうなことをしている相手に告げるのは照れ臭いが、へらっと笑った俺は、何でも無いと示すために言葉で説明してからべーッと舌を出してみせる。が、


「ほ、ほら、次はこうやって冷まして食べるから大丈夫だよ!」


 主様が何の前触れもなく顔を近づけて来たので、嫌な予感を覚えて即座に舌を引っ込め、用意しておいた深めの取り皿を持ち上げてみせる。

「…………舐めたら治ると」

「それは、よく言うけど、舌の火傷には適用されないから」

 残念そうにポツリと呟いた主様に、俺は苦笑いで返して取り皿へうどんを取り分けて冷ましていく。

 このままレンゲの上に取って冷ますのでも良いのだが、ボーッとしてると今の自分の口の大きさを忘れてしまうことがあるので、口の脇に熱々うどんが……とかいう悲劇は避けたい。

 それとこちらが理由の大半だが、湿布をしているせいで、あまり大口を開けられないのだ。

 冷めるのを待つ間、横目で主様の食べる姿を見ると、俺の方を見ながら「どうだ?」と言わんばかりのドヤッとしたぽやぽや顔で、箸を使って鍋焼きうどんを食べていた。

 柔らかめの麺はもちろん具もちゃんと摘めているようだ。

 箸の持ち方も完璧なのは、努力の賜物なんだろう。

「主様って、箸使いも綺麗だな」

 しかも食べ方も綺麗で無駄がない。前世で見たフードファイターも真っ青な速度で食べ進める割に、ガツガツしてたり、大口でモグモグしてるなんてことは全くない。

 啜ってもいないようだし、それこそ収納魔法使ってるんじゃないかと疑いたくなる。

「…………ロコは可愛く食べてます」

 ほど良く冷めたうどんをちゅるちゅると啜りながら主様を横目で見てたら、そんな誉め言葉らしきものを主様がくれた。

 かなり悩んで誉めるところを探してくれたっぽいが、ほんの少し微妙な気分になったのは許して欲しい。

「そ、そうか。ありがと?」

 そんな気持ちからお礼も疑問形になってしまった。

 主様は気にした様子もなく、相変わらずぽやぽやして満足そうに頷いてくれたので、問題ないな。




 量的に俺の倍なんてものじゃなかったはずだが、食べ終わったのは主様の方が早く、手持ち無沙汰なのか俺の食べる姿をじっと見ている。

 最初は気になったが、そもそも主様はよく他人の動きをじっと見てたりするので、気にならなくなってしまった。

 あと、単純に鍋焼きうどんが美味しくて、そちらに夢中になったせいもある。

 夢中で俺が食べてるので気になったのか、テーミアスがうどんを食べてみたがったので、比較的味の染みてなさそうな部分を取って、ふーふーと息を吹きかけて冷ましてから食べさせてみる。


「ぢゅっ」


 モグモグと麺を器用に食べたテーミアスは、なかなかだ、と見た目に反して渋い口調で言うと、お代わりを要求して前足を伸ばして来た。

 気に入ったらしい。

 次回は味付け前の麺を分けてあげることにしようと考えておかわり分の麺をふーふーしていると、主様がジーッとこちらを見ていることに気付く。

 見ていること自体はさっきまでと変わりないのだが、明らかに視線の圧が違う。

「食べ足りなかった? プリュイに頼めば追加すぐ用意出来るぜ?」

 問うと無言でコクリと頷いたので、プリュイ(触手)に主様の分のおかわりをお願いする。

 俺がそろそろ食べ終わるかなという頃、プリュイ本体が湯気のたつ土鍋を手にやって来る。

 プリュイも素手(?)で問題ないらしい。

「オカわりデス」

「ありがと、プリュイ。プリュイは足りた?」

「ハイ」

 笑顔でふるふるしたプリュイは、空になった大小の土鍋を手に頷いて、ついでに俺の口の周りとテーミアスの毛皮を綺麗にして去っていく。

「主様、熱いから気をつけてな」

 平気なのはさっきでわかっているが、つい口から出てしまったのは定番の台詞だ。

 プリュイはまだ何とか理解出来るが、やはり主様が熱々の土鍋を素手で持って食べる姿はなかなかの衝撃映像──って、あれ?

 主様は熱々の土鍋を前に、俺の方をジーッと見て動かない。

「主様どうしたんだ? 実際見たらお腹いっぱいだった?」

 たまにあるよなー。食べられると思っておかわりして、さてと目の前に来たら「あれ? そんなにもうお腹空いてないな」って時。

「主様なら収納しとくって手もあるけど……そうだ! ご飯入れておじやにしても良いな」

 うちでは煮込んだうどんの残り汁にご飯を入れておじやにするのは定番だった。

 短くなった麺が混ざったおじやは美味しくて、俺は好きだった。

 ま、人によっては見た目が……って忌避されたりもするかもな。

 主様は気にしないだろうし、夕ご飯におじやにして出すか……と思って主様を見ると、ふるふると首を横に振っている。

「おじやはいや?」

 またふるふる……なんだ? おじやは嫌じゃないけど、今おじやにする気分じゃないって意味か?

「じゃあ、おじやにしなくても今食べられる?」

 コクリと頷いたので、二杯目は少し冷ましてから食べるつもりだったのかと納得する。

 熱々は美味しいけど、味わうなら少し冷めないと無理だからな。

 うんうんと一人で納得した俺は、フルーツも食べたいと言い出したテーミアスのため、キッチンへフルーツを取りに立ち上がろうとして……主様に腕を掴まれてぽすんとソファに戻る。

「なに? 主様もフルーツ食べたいのか?」

 首を傾げて主様を見ると、主様も首を傾げて俺を見て、おかわり分の鍋焼きうどんへ視線を移し、チラッと目線だけを俺へと戻す。

 俺に通じてないことに焦れたのか、主様の視線がじとりと湿度を増して、食後の毛繕いをしているテーミアスへ向けられる。

「…………毛玉にはしたのに、私にはしてくれないんですか?」

 明らかに拗ねてますと言葉と表情で訴えてくる主様に、俺は湿布をしてない方の頬をポリポリと掻く。

「テーミアスにしたこと?」

「……ぢ。ぢゅぅ」

 俺がわからず悩んでいたら、テーミアスが呆れた様子で肩を竦めて教えてくれた。

「え? そんなこと?」

 まさかと思ったが、テーミアスが自信満々に頷いているので、俺はちょっと体を倒して主様の前に置かれた土鍋へ顔を近づけ、ふーふーと息を吹きかける。

 俺の息で多少湯気は揺らいで散ったが、冷めた感じは全くしない。

 だが、主様的には問題なかったらしい。

「これでどうだ?」

と声をかけると、満足そうにぽやぽやして二杯目の鍋焼きうどんを食べ始める。





 相変わらず素手で土鍋を持って食べる姿に、絶対息を吹きかけた意味はないだろうと思ったが、メイド喫茶の『おまじない』みたいなものだと思うことにして、俺はテーミアスを連れて今度こそキッチンへと向かうのだった。

いつもありがとうございますm(_ _)m


感想などなど反応ありがとうございます(^^)反応いただけると嬉しいです(*^^*)


書いた感想は『暑い』です(笑)

実際、私は夏場でも鍋焼きうどん食べられる派ですが、暑いものは暑い(*´∀`)

次は真冬に真夏の話で、かき氷でも食べさせてそうです(*ノω・*)テヘ

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