308話目
自分が何をしてたかやっと思い出せました、ジルヴァラです。
「ドリドル先生、ありがとう。えぇと、あの服くれた人にも、ありがとうって伝えてくれよ」
そんな挨拶を何とかドリドル先生に告げた後、俺は主様のローブ内に収納された。
今は冬場で暖かくてちょうど良いけど、さすがに夏場はこの中暑そうだよなぁとどうでも良いことを考えながら、世界一安全と思われる帰路についていた。
眠らないようテーミアスをもふもふしながら、テーミアスのエノテラへの文句を聞いていた俺は、そこではたと重要な事実に気付いてしまい、主様を止めようと反射的に主様の体へギュッとしがみついた。
よく考えればこれで普通止まる訳ないが、主様は何か異常を察してくれたのかピクッと体を強張らせて止まってくれたようだ。
「……ロコ?」
若干咎めるような響きで俺を呼んだ主様は、ローブを開いて俺をひょいと取り出して抱え、目線を合わせてくれる。
「ごめん! でも、俺昨日の依頼中に倒れちゃったから、謝罪とか説明とかしに行かないと!」
手をわたわたと動かしながら説明する俺を、主様は表情を崩すことなくじっと見つめて話を聞いてくれ、ぽやぽやしてる。
そう。俺が思い出したのは、おじいさんの依頼を途中で放り出した状態になっているという、かなり重大な問題だ。
おじいさんの所へ主様連れて行ったら驚かれちゃうだろうから、冒険者ギルドに寄ってもらって謝罪と伝言をお願いしないといけない。
そう思ったのだが、ここでぽやぽやしてる主様から予想外の言葉が出て来る。
「……それなら、ギルドマスターに説明しておきました」
思いがけない……って言ったら主様に失礼だけど、どうしても思いがけないと付けたくなる主様の発言に、俺は一瞬考えてから行き先を変えることにした。
「そうなのか? じゃあ、あとはおじいさんの所へ謝罪だな」
あの辺りに降ろしてくれ、と指差そうと身を乗り出した俺は、主様によってローブ内に再び収納されてしまう。
「主様? 話聞いてくれてなかったのか?」
もぞもぞと出してくれアピールをしてみたが、返ってきたのは「おとなしくしていろ」と丁寧語の消えた低い囁きだ。
二つの意味で背筋をゾクゾクさせてしまった俺は、くてっと体の力を抜いておとなしくするしか出来ず、主様の胸元をてちてちと軽く叩いて抗議の意だけ伝えておいた。
「ぢっ、ぢゅっぢゅっ、ぢゅぅー」
「そっかー。ドリドル先生は、念のため今日一日は安静してろって言ってたっけ」
運ばれてる俺があまりにも不服そうに見えたのか、テーミアスからもドリドル先生からの言葉の引用付きでやんわりと注意される。
俺の両手の上で後ろ足で立ってドヤッとしながら語りかけてくるテーミアスは、男前だが相変わらず可愛い。
特にもふもふなお腹に目を惹かれて指でくすぐってたら、抗議するように尻尾でたしたしと叩かれる。
「ぢゅっ!」
触るなではなく、真面目な話をしてるんだから止めろと言われてしまい、俺は緩みそうになる口元をキュッと引き締めて頷いておく。
「ぢゅぢゅぢゅっ!」
「いや、元気になっても仕返しには行かないからな?」
可愛いのに好戦的だなぁとテーミアスの頭を撫でてなだめると「何ですと!?」と、目が落ちそうなぐらいにかっ開いたテーミアスから穴が空きそうな勢いで見つめられる。
「そんな目で見ても行きません」
「ぢゅぃ! ぢゅぢゅ!」
「主様を巻き込んでも駄目でーす」
「ぢゅぢゅぢゅぢゅ! ぢゅーっ!」
主様へ言いつけて巻き込もうとするテーミアスを、口調を変えてあしらった俺は、ふと視線をテーミアスから外して中空へと向ける。
まぁ、ここは主様のローブの中で、視界は薄ぼんやりとした布越しの光に包まれた、謎空間だけど。
気にしたことなかったが、明らかに広いなぁと思う時もある。そういえば、外から見ても俺がいる膨らみはほとんどわからないらしい。
「気にしても仕方ないか」
たぶん主様のチート魔法な収納魔法の応用なんだろう。
そんな現実逃避をしながらも、テーミアスから言われたことで思い出してしまった。
ゲームでの『エノテラ』は、熱血漢で単純だったけど、メインヒーローらしくとても優しく他人を思いやれる人物だった。
リアルなエノテラは、ゲームとは少し違うみたいだけど、無鉄砲なヒロインちゃんを放っておけなくて面倒見てるみたいだから、やっぱり本質は変わらないんだろうな。
だから、余計にヒロインちゃんは勘違いしたまんまなんだろう。
この世界はゲームと一緒だって。
「……誰かと少しでも触れ合えばわかるのにな?」
テーミアスを包むようにもふっている手からはもちろん、触れ合っている主様から感じる体温。
どちらも温度は違うけど、あたたかくて、ドクドクという鼓動と共に生きてるって伝えてくれるのに。
そこまで考えてから、俺とヒロインちゃんの大きな差に気付く。
俺は男で、ヒロインちゃんは女の子だ。
女性はともかく、男性はあまり触れると痴漢扱いされそうだよな、ヒロインちゃん可愛いし。
「……なら仕方ないか」
というか、もしかして、そもそも俺の周囲の人達が抱っこで、俺を甘やかし過ぎてる説もあるのか。
「俺、抱っこされるの、たまには拒否するべきだと思うか?」
「びゃっ!? ぢゅぃ! ぢゅぢゅーっ!」
肉体年齢的に俺より上っぽいテーミアスにどう思うか訊ねてみたら、反抗期か!? と焦った挙げ句、また主様へどういうことだと話を振って色々訴えている。
主様は少し過保護とはいえ、抱っこ拒否ぐらいで反抗期とはならないよな?
主様も無言ってことは、そういうことだろう。
「という訳で、本日は抱っこ拒否します」
今日の座右の銘は有言実行。
家に到着後直ぐ様抱っこに移行しそうだった主様の腕をすり抜けて、着地を決めたところでキリッと表情を引き締めて、振り返りながら宣言してみた。
でも、つい『本日は』とか付けちゃったあたり、有言実行感が弱いか?
「…………ぢゅーぅ」
肩の上にいたテーミアスは、呆れた様子で「あーぁ」とだけ言って、開いた扉の隙間から家の中へ飛んでいってしまった。
やはり『本日は』なんて逃げ腰なのは良くなかったかと、キリッとした顔を維持したまま主様の反応を窺うと──。
「プリュイ、俺なんかした?」
美人のすんとした真顔の迫力に、思わず助けを求めてプリュイを振り返る。
実はさっきからプリュイは玄関先にいたのだ。
そこでいつも通り迎えてくれようとしてたのに、俺が『抱っこされません』宣言をしたせいでタイミングを逃して、困った様子でずっとふるふるしていたのを視界の端で捉えていた。
「ジル、オ帰りなサイ」
「えと、ただいま?」
俺の質問が聞こえなかったのか、ふるりふるりと微笑んだプリュイから出たのはいつもの挨拶で、俺も反射的にいつも通り返してしまう。
あれ? でも今、しれっと主様入ってなかったような? 気のせいか。
聞き逃したかと首を傾げていた俺は、背後から迫るもう一人の男に気付けなかった。
ではなく、主様から目を離してたせいで、背後からひょいと持ち上げられるのを避けられなかったのだ。
「持ち上げなくても、もう家の中入るから歩きたいんだけど……」
文句を言ってみたが、主様の手はがっちり俺をホールドして離さない。
しっかり見ておけばと思ったが、しっかりと見ていたとしても、避けられたかは微妙だけどな。
主様、ぽやぽやしてるけど、動くとなれば速いし。
S級冒険者なんだから当然とも言えるか。
そんなことをつらつらと考えて、有言実行失敗したことを脳内で誤魔化していると、てちてちとついて来ていたプリュイから流れ作業で手を洗ってもらい、気付くとうがいまで終了。
その間も主様は無言のまま、俺をしっかり抱えていて、プリュイが困ったようにふるふるとしながら俺の世話を焼いてくれてる。
抱えられてなければもちろん自分で出来るのだが、少しでも体を離そうとすると拘束する力が強くなるので無理なようだ。
「主様、ちょっと苦しい……」
細身に見えても肉体的にもチートな主様は力もかなり強い。さっきから拘束する力が強まってるので、骨がミシミシいってる気がする。
「嫌です……」
ぽやっとしながら拗ねてみせる器用な主様は俺の訴えを即却下して、さらにぎゅうぎゅうと抱きしめてくる。
「怪我や重病じゃなければ、俺は自分の足で歩きたいんだよ…………あと、さすがに、やばい……」
苦しさから自然と潤んだ瞳を主様を向けて力なく訴えると、歪んだ視界の中、主様の目が見張られて腕の力が緩む。
「はふ……おとされるかとおもった……」
思わず安堵の息と共に、そんな言葉が洩れる。
この場合の落とされるは、落下の方ではなく意識の方だ。
「ロコ、ロコ、しっかり……」
「ん、大丈夫だよ。ちょっと物理的に寝かしつけられるかと思ったけど」
焦った様子ながら今度は手加減してギュッと抱きしめてくれる主様の腕の中、俺は不言実行にして徐々に抱っこを減らす方向にしようとそっと心に誓うのだった。
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反抗期ではなく、二つの意味で自立しようとして失敗しました。




