306話目
ジルヴァラ、通常モードです。テーミアスはその辺に避難してたんでしょう。
「俺……なんか、とてつもなく恥ずかしいことを言った気がする」
本日もパチッと目を開けて、気持ち良い目覚めを迎えた俺だったが、目覚めた瞬間激しい羞恥に襲われ、一人呟いた後ベッドの上で身悶えすることになる。
はっきりと覚えていないが、主様関係で愚図りまくってフシロ団長に抱かれてたような?
「うぅ……恥ずか死ねる……」
しばらくしてベッドの上でゴロゴロして身悶えするのを止めた俺は、隣で添い寝してくれていた主様を窺い見て、目を見張って固まる。
そのまま数秒、固まったまま主様と見つめ合う。
そう。見つめ合ったのだ。
いつもなら起こすまで目を開けない主様が、今日はすでにばっちりと目を開けて横たわったまま俺をじっと見つめている。
「お、おはよ、主様」
「おはようございます、ロコ」
どもりながら挨拶したら、即座にぽやぽやキラキラした笑顔で挨拶が返ってくる。
ばっちり目覚めている…………というか、もしかしたら。
思い出したくないけど、思い出してしまったのは、幼児化して嫌々をしていた自分の姿だ。
あれはフシロ団長が熊っぽいから、引きずられてしまった、たぶん。
「えぇと、ごめん、主様」
心の中でフシロ団長に責任転嫁してみたが、そんなことが実際出来る訳もする訳もなく、俺はベッドの上でちょこんと正座して頭を下げる。
「何がですか?」
優しくて心の広い主様は気にしてないみたいだけど、俺は気になってしまうので頭を下げてシーツを見つめたまま言葉を続ける。
「……俺、我儘言ったろ? 寝惚けてたから、あんまり覚えてないけど」
主様の寝顔を見られるのは俺とプリュイだけの特権だと思っていて、しかも何かお人形みたいに可愛い男の子が来たから、余計不安になって我儘放題してしまった……気がする。
寝惚けていると、精神が完全に肉体年齢に引っ張られてしまうようだ。恥ずか死ぬので気をつけたい。
俯いた視界に入るのは、白いシーツと真っ黒もこもこな自分の手足…………って、真っ黒もこもこ?
見慣れないというか、初見な物体に思わずバッと顔を上げた俺は、自分の体をペタペタと触っていく。
その手に触れるのは、高い毛布みたいなもこもこふわふわな毛皮みたいな感触だ。
「え? なにこれ」
さらに恐る恐る手を移動させて頭に触れると、どうやらフードを被っているらしい。通りで頭が温かい訳だ。
そのフードをしっかりと確認すると、突起のような部分が二ヶ所ある。
そして、唐突に思い出す「にゃー」と鳴いて主様から全身撫でてもらったという、思い出したかったような、忘れ去りたかったような、そんな気持ちがせめぎ合う恥ずかしい記憶。
顔を手で覆って、さらなる恥ずかしさに身悶えしていると、衣擦れの音がして何者かから抱き上げられてギュッと抱きしめられる。
「食べたいぐらい、可愛い」
抱きしめられ耳元で笑みを含んだ声で悪戯っぽく囁かれ、俺はビクッとなって背筋を伸ばす。
その反応が面白かったのか、抱きしめる力が強くなって、ギュッと腕の中に閉じ込められる。
そのまま、あうあうとしていると、こちらを見て穏やかな微笑みを浮かべているドリドル先生と目が合う。
そこで俺はやっとここが騎士団本部の医務室だということに気付く。
そういえばベッドの寝心地は違うし、薬草とか嗅ぎ慣れたドリドル先生の白衣からするのと同じ匂いがしている。
「…………おはよう、ドリドルせんせ」
何でも無いように誤魔化そうとしたが、何か情けない声の挨拶になってしまった。
「おはようございます、ジルヴァラ。具合はどうですか?」
俺の情けない挨拶を気にした様子もなく、ドリドル先生は優しく微笑んで挨拶を返してくれる。
具合はどうかと訊ねられ、意味がわからず俺は首を傾げて記憶を辿る。
俺の様子に微笑んだドリドル先生は、ゆっくりと近寄って来て主様の腕からひょいと俺を抱き上げたので、俺は空中移動でドリドル先生の腕の中へ移動する。
診察のためだとわかっているので、ちらりと振り返って見た主様は気にした様子もなくぽやぽや…………してなかった。明らかにしゅんとした表情で、俺がいなくなった腕の中を見つめている。
主様をじっと見ていると、ドリドル先生から優しくたしなめるように声をかけられる。
「ジルヴァラ、私を見て」
「はぁい」
いい子な返事をして俺がドリドル先生の方を見ると、抱っこされたままで診察が始まる。
「眠かったり、何処か苦しいところはありますか?」
「全然。たくさん寝たから全然眠くないな」
へらっと笑って答えると、俺の顔色を窺うようにじっと見てから、ドリドル先生は聴診器を取り出し、胸の音を聞かれる。
あ、この黒猫な服は前の所がボタンで留められていたらしい。
ドリドル先生が手際良く開いて、素肌に聴診器をあてられたことによって気付いた。
何せ着せられた時は意識なかったからな。
「呼吸音にも異常はないですし、朝食を食べたら帰宅して構いません。頬は少し目立つので……湿布を貼りますか?」
「頬? 湿布?」
ドリドル先生の言ってる意味がわからず、こてんと首を傾げて考える。
「ぢゅっ!」
そこへ何処からともなく現れたテーミアスが、突っ込みと共に飛んで来て、俺の肩へと着地する。
「ぢゅっ! ぢゅぢゅぢぅ!」
「あ……そっか、そうだったな。ごめん、心配かけて……」
肩の上でもふっとして前足と尻尾をブンブンさせて、昨日の出来事をまくし立ててくるテーミアスのおかげで昨日の記憶が鮮やかに蘇る。
冷たい水へ落ちる寸前、見たのは『元推し』の怒りの表情だ。
あれって何か勘違いされたんだよなぁと、思い出したら痛くなってきた頬を押さえてため息を吐いていると、ドリドル先生の手が俺の手の上に重ねられる。
「痛みますか? あまり痛むようなら痛み止めも出しますが……」
かけられた言葉は優しいが、内容はある意味俺にとっては優しくない。
ぶんぶんと首を横に振ると、くすくすと笑ったドリドル先生から優しく頭を撫でられる。
「誰を庇ってるかは知りませんが、どうにもならなくなる前にきちんと誰かに相談してくださいね。もちろん、私でも構いませんよ」
「えぇと……うん、そうするけど……」
何度かふわふわと覚醒した気がしたが、俺は殴った相手を完全黙秘したらしい。
これは今さら逆に言い出しづらい。
たぶん素直に勘違いで殴られちゃった! てへっ! とかやっちゃった方が傷は浅かったと思う。または、かなり無理があるかだけど、転んじゃったの! テヘペロ! とか体張るべきだったな。
俺が下手に庇ったから、何か余計大事っぽくなっちゃってるよな、ドリドル先生の口振りだと。
ドリドル先生は大人な対応してくれてるけど、意外と過保護な主様はどう思ってるんだろうと、ドリドル先生の腕の中からそっと主様の反応を窺う。
興味がない感じでぽやぽやしてるかなと思って見た主様の表情は、瞳孔開いてる系のガン見でした。
ばっちり過保護発動してて、犯人がいるの確信してるな、これは。
「ロコ、犯人は思い出しましたか?」
「幻日様。……殺しては駄目ですよ」
今にも先走りそうな主様を、ドリドル先生かわやんわりとたしなめてくれたので、やっぱりドリドル先生は大人で落ち着いてるなぁと俺が感動してると、ドリドル先生はニッコリと笑って言葉を続ける。
「死んでしまったらそれ以上罪を償わせる事が出来なくなるじゃないですか」
ふと見ると、ドリドル先生の俺を抱く左腕とは逆、つまり空いている右手がパイプベッドのパイプ部分を掴んでるのだが、明らかにミシミシと変形しつつある。
そのうち折れるだろうなぁと思いながら見なかったことにして、俺はニッコリと微笑んでいるドリドル先生の顔を下からそっと見る。
「……あなたが思う以上に、私はあなたを気にかけていますから。あなたに何かあればぶち切れる自信はありますよ?」
目が合うと困ったように微笑んだドリドル先生は、俺の頬に湿布を貼ってくれた後、そんな言葉と共に湿布の上から優しく触れられる。
恋愛的な意味ではない純粋な好意に、俺はくすぐったさを覚えながら言葉の代わりにドリドル先生にギュッと抱きついて応える。
「ありがとう、ドリドル先生」
しばらくしがみついた後、言葉でも返したくなってそう口にすると、ドリドル先生はまた困ったように微笑んでくれる。
そして、俺の背後を目線で示す。
「私はこの程度ですけど、あの方なら世界を滅ぼしてしまいますよ?」
そんなドリドル先生にしては珍しい冗談と共に、俺の体は背後でずっとうろうろしていた主様の腕の中へと戻されるのだった。
ちなみにだが、パイプベッドのパイプ部分は、完全にひしゃげていて。
ドリドル先生はたぶん物理で戦っても強いと思う。
いつもありがとうございますm(_ _)m
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ドリドル先生、相変わらず怪力です。




