303話目
フシロ団長視点でスタートです。
今回もジルヴァラほぼずっとおねむです。
[視点変更]
「ずいぶん良く寝ているな。洗われている間も起きなかったのか?」
脱衣場に俺しかいないせいか堂々とした態度で現れた、見た目だけは傾国な濡れ髪のあいつの腕の中で、ジルヴァラは相変わらずすやすやと眠っているようだ。
その姿に思わず先ほどの問いが出た訳だが、あいつはゆっくりと瞬きをして何かを思い出しているのか無言で蕩けるような微笑みを浮かべるだけだ。
耐性のない人間なら一発で骨抜き……いや廃人になりそうな微笑みを、俺はため息を吐いて受け流し、そもそもこいつは見られても気にしなかったなと思い出す。
不埒な視線など向けて来た相手は、全てこの世から消してしまうのだから。
そんな『事故』を防ぐための人払いと、俺という防波堤なんだよなぁと心の中で呟きながら、俺はあいつの腕から眠っているジルヴァラを受け取る。
躊躇なく『お気に入り』を渡してくれる程度の信頼関係はあるとわかったのは、唯一の幸いかもしれない。
そんなどうでも良い現実逃避をしながら、俺は受け取ったジルヴァラの小さな体を拭いていく。
何をされても起きない無防備な寝姿に、警戒心何処やったと心配になるが、どうやら心を許している相手以外だと警戒心バリバリの子猫みたいな反応になるらしい。
これは俺の屋敷に滞在中、初対面のメイドが世話しようと昼寝をしているジルヴァラへ近づいて発覚した。
そのメイドは決して不埒な真似をしようとした訳ではなく、ジルヴァラに掛けたタオルケットが落ちそうだったので足音を殺して近づいたところ、パッと目を開けて跳ね起きたジルヴァラから無言でジーッと見られたとのことだ。
そんな事から推測すると、何をしても起きない寝姿は信頼の証だと思えて、もとより可愛らしい寝顔がさらに可愛く見えてくる。
もちろん見ているだけでなく、手だけはテキパキと動かして拭き上げたジルヴァラへ、ドリドルが用意したという服を着せたのだが……。
「誰の趣味だ、これは……」
下着を履かせ、肌着を着せて、最後に着せた夜着的な役割の服であろうその服は、ジルヴァラにぴったりの大きさだった。
その点は問題ない。
「もこもこロコ…………」
その破壊力に、あいつの語彙も若干おかしくなってないか、これは。
まだ着せ終わってないと思ってるのか、あいつは待ちきれず俺の周りを落ち着きなくうろついて手をワキワキさせている。
「寒がっているから気を使ったんだな」
そう思う事にして、俺は暖かそうだが少し変わった服をジルヴァラへと着せるのだった。
──まるで毛布のようなもふもふとして柔らかい手触りの黒い厚手の生地で全身をすっぽり包み、頭部にはフードがついていて頭の防寒もばっちりだ。
「ロコが猫になりました……」
フードには猫耳が付いてる上に、尻の部分には尻尾も付いてるがな。
ふぁぁと初めて聞く謎な声を洩らしたあいつは、俺が手渡したジルヴァラ(黒猫)を恐る恐る受け取って、その円い頬に自らの頬をつけようとして、何故か動きを止める。
「どうした?」
あいつはジルヴァラが眠ってるからと遠慮するような質じゃない。
その珍しい態度に違和感を抱いた俺は、改めてジルヴァラの寝顔を覗き込んでじっくりと眺める。
先ほどは体を冷やしてはいけないと手際優先で、ジルヴァラの様子は顔色と呼吸の確認程度しかしていなかったのだ。
すぐに原因に気付いてしまった俺は、眉間に皺を寄せてあいつの反応を窺う。
「これは……殴られたのか?」
「……ロコは答えませんでした」
むぅと拗ねた子供のような表情を見せつつ、俺の質問に答えたあいつは、ジルヴァラ(黒猫)をしっかりと抱え込む。
犯人を庇ってるのか? それともジルヴァラが殴られるような事をしたからバツが悪くてこいつには言えなかった?
後者はないな。ジルヴァラの性格上、そんな事をするとは思えない。
喧嘩や何かに巻き込まれて殴られたのなら、そう説明して終わりだろう。
そもそもそこから濡れ鼠になった経緯がわからない。
ジルヴァラが起きたら、俺の方からも尋問しておくべきだな。
殴ったと思われる犯人がわからなければ、何処に飛び火するか予想がつかない。
それに、もしかしたらだが、ただ転んだだけという可能性もあるか。
それでたまたまこんな殴られたような傷が…………ないな。
自分で自分の想像を否定した俺は、どう考えても答えの出ない問答を放棄するのだった。
●
[視点無し]
「……あの服は誰の趣味だ?」
戻ってくるなり開口一番そう訊ねたフシロに、ベッドを整えていたドリドルは穏やかに微笑んで窓の方へと視線を向けて答える。
「とある子供好きの騎士、からです。悪意は全く無く、本当にただ着てもらいたかったようですよ。いつジルヴァラに渡そうか悩んでいたんですが……」
ちょうど良かったです、と微笑むドリドルの移動した視線の先には、ドリドルが整えたベッドへ遠慮の欠片もなく腰かけて黒猫の格好をした子供を抱え込む青年がいる。
「似合ってるが……本人は嫌がりそうだな」
「可愛らしいですが、ジルヴァラは可愛らしいを目指してませんからね」
フシロとドリドルの生温い視線など気にも留めない青年は、見るからに上機嫌な様子で子供をしっかりと抱き込んで離す気配もない。
子供の方も青年に抱え込まれているのがわかるのか、時々むにゅむにゅと口を動かすだけで安心しきった寝顔を見せている。
さらに周りにいるのが、信頼しているフシロとドリドルだけというのも少なからず影響しているだろう。
そんな穏やかな眠りを享受していた子供だったが、不意に目を開けて警戒するように扉の方へと視線を向けてゆらゆらと頭を揺らす。
今現在の格好のせいもあって、毛がパヤパヤしてる子猫がシャーッと警戒しているような姿に、本人以外は三者三様の反応を見せながらも、全員が子供と同じく扉の方を見ている。
「ちょ、待て! ここには来るなと指示が出ているだろ!」
「ボクは怪我してるんだから、来ていいに決まってるでしょ! そもそもお前にボクにそんな事言う権限ないから!」
扉越しでもよく聞こえる、そんな言い争う声と共に、フシロと雰囲気の似た青年──息子であるトルメンタとそのトルメンタが必死に止めようとしていた相手であろう、こちらはギリギリ少年と呼ぶべき見た目年齢な金髪の少年が飛び込んでくる。
申し訳無さそうに父親であるフシロとドリドルを見て頭を下げているトルメンタを他所に、金髪の少年はきょろきょろと室内を見渡していたが、ベッドへ腰かけた青年を見て目の色を変える。
少年は怪我をしたという割には元気な上、手当てをしてくれる相手であるドリドルを見る気配は全くない。
「アヴェリ。トルメンタも言っていたが、ここには来るなと俺は指示を出したはずだが……」
頭痛を覚えたように額を押さえてフシロが声をかけると、やっとアヴェリと呼ばれた金髪少年の視線は青年から離れる。
「だってぇ、ボク怪我しちゃったんですよぅ? 仕方ないじゃないですかぁ」
直属の部下であるミーフーとはまた違う緩さの口調に、子供から熊さんと評されるフシロの顔に猛獣な熊が過るが、それを理性で押し留めたのかすぐにいつものような笑顔でため息を吐く。
「では、治療をしますので、すみませんが終わったら退室してくださいね。見たところ、そんな酷い怪我では無さそうですから」
フシロのため息にこめられた感情をきちんと読み取ったドリドルは、穏やかな笑顔でアヴェリを手招きする。
「え……でも……、すっごい痛いんですよぉ?」
その場でもじもじとしながら、ドリドルを上目遣いであざとく見つめるアヴェリ。
くるくるとして少し癖のある金髪、同じ色の長いまつ毛、それに囲まれた真っ青な瞳。抜けるような白い肌に、薔薇のように赤い艶々な唇。
アヴェリは自身を美少年だと信じて疑っておらず、実際美しい彼は騎士団でも人気だった。
フシロ直属の部下達を除く騎士の中、という注釈はつくが。
そして、自身が美少年なアヴェリは、美しい物が大好きだった。
最近の彼のもっぱらな興味は、王に覚えがめでたいS級冒険者の幻日──つまりは今黒い子猫な子供をしっかりと抱え込んでぽやぽやしている青年だ。
その青年に近寄るためにも追い出されたくないのか、青い目を潤ませてドリドルへ近寄って、さらに上目遣いするアヴェリ。
ドリドルは不細工ではないがとりたてて美形な訳ではなく、アヴェリの好みではないのか、媚の売り方は雑に見える。
例え雑でなかろうとも、ドリドルが『そういう』媚に靡く事はないだろう。そんなところも、フシロからの信頼が厚い点だ。
「それで、怪我は何処ですか? 何はさておき、治療をしましょう」
ドリドルはそんなつもりは欠片もないが、穏やかな微笑みでアヴェリに圧をかけている。
「う……だって! そのが……子供は泊まるんでしょう? ボクも怪我してるから、泊まりたいですぅ」
ドリドルに圧をかけられてもじもじとしていたアヴェリは、キッとした眼差しで青年の膝上に抱かれている子供を睨んで、そんな事を言い出す。
「その子は騎士団に縁のある子ですし、見ての通り衰弱が見られるので経過観察が必要なんです、元気そうなあなたと違って」
ドリドルには嫌味のつもりはない。ただ事実を口にしただけなのだが、アヴェリの白い頬にはサッと赤色が差す。
そもそも、アヴェリは周囲からチヤホヤされるのが普通で、こんな風にぞんざいに扱われる事なんてなかったのだ。
「なんで……どうして……」
「アヴェリ? 怪我を見せてください」
困った子ですねと言いたげな柔らかなドリドルの微笑みも、今のアヴェリには癇に障るものでしかなかったらしい。
ふいっとドリドルから目を背けたアヴェリの視界に入ったのは、アヴェリの事など全く見ずに膝上の子供へ柔らかで蕩けるような眼差しを向けている青年の姿。
「幻日様ぁ、ボクも怪我してるんですぅ」
騎士団周辺発信でまことしやかに囁かれ始めた『幻日様は可愛い子供が好き』という、本人からしたら迷惑極まりない噂話。
眉唾だと思っていたが、真実としか思えない姿を見たアヴェリの行動は早かった。
ちょっと姿を見て話を出来たらと思って、医務室への道を封鎖していたトルメンタを、自身の取り巻きを使って遠ざけて医務室へ突撃した。
トルメンタには追いつかれてしまったし、中には騎士団長までいたが、目当ての人物がいたので問題ない。
噂通りならこんなに『可愛い』自分に惹かれないはずがないと、アヴェリは確信していた。
膝上に先客はいるが、どう見てもあの小さな子供より自分の方が可愛く『色々』出来ると、すぐに気付いてあの子供を放り出して自分を膝に乗せて、あの蕩けるような眼差しを向けてくれるのだと。
「あー……馬鹿か……?」
そんな夢物語のような妄想を一つも疑う事なく青年の元へと駆け寄ったアヴェリの背中に、トルメンタの力ない突っ込みがかけられたが、青年へ真っしぐらなアヴェリには聞こえていない。
そして、駆け寄った青年の足元へ膝をつき、青い目をうるうると潤ませて青年を見上げて、その体へ触れようとしたアヴェリを迎えたのは、深淵を思わせるどろりとして妖しく冷たい瞳からの、絶対零度の眼差し……。
「ぬしさまにさわるな……」
──それと半分以上眠っていそうな顔ながらも、ふんすと鼻息荒くアヴェリを威嚇する、青年の膝上にいる子供だった。
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書いててウザいキャラ登場です。ヒロインちゃんとはまた違うウザさ目指してます←
まぁ、生命力としぶとさはヒロインちゃんに負けます。




