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299話目

おじいさん視点です。何か長くなりました。


ゲームでは、奥さんは薬が手には入らず亡くなり、エノテラの心の傷になるはずでした。

一応、たぶん、もしかしたら、ヒロインちゃんも、それをどうにかしようと…………してたのかなぁ?



[視点変更]



 わしの名前はゾンネ。


 長年連れ添った妻──カエルラとは結婚して何年になったか。

 まぁ、そんな些細な事はどうでも良い。

 数週間前まで長病に臥せっていたはずの妻カエルラはというと、今はそれが全て嘘だったかのように明るい表情を見せてくれていた。


「うふふ。今日もあの子に会えるのね」


 こんな楽しそうなカエルラの姿を見るのは、わしらが孫のように可愛がっていた子供が遊びに来ていた頃以来かもしれん。

 その子供は近所に住んでおり、早くに親を亡くしてしまった事もあり、カエルラもわしも何かと気にかけた結果、孫のようにわしらを慕ってくれるようになった。

 子供がいなかったわしらも、その子供を孫のように可愛がっていた。

 そんな子供も歳を重ね、冒険者になると行って旅立ち、ほとんど立ち寄らなくなってしばらく後、カエルラが病に倒れてしまった。

 看病の日々が続き、完治には高い薬草を用いた薬を飲ませることが必要だと医者から言われてしまい、わしは必死に金を集めたが足りなかった。

「……もう一度、あの子に会いたかった」

 そんな弱音を吐くカエルラを励まし、わしは死に物狂いで金を集め……そんな日々は唐突に終わりを告げる。

 有名な冒険者になったあの子供に連絡を取る事すら考え始めたある日、かかりつけの年若い医者が喜びを全身から溢れさせながら我が家へと飛び込んできたのだ。

 その手にあったのは、カエルラの完治に十分な量の薬が入った瓶。

 値段にしたら目玉が飛び出そうな量の薬に、わしが目を見張っていると、わしの苦労を知ってくれていた医者は潤んだ目で薬の瓶をわしに握らせる。

「これは、一体……どういう事じゃ?」

「薬草が……貴重な薬草の、群生地が見つかったようで、十分な量が入って来て……それに、第二王子殿下が、民のために薬をなるべく安価でと……」

 息を切らせてつっかえつっかえながらも、医者は喜びで顔をグシャグシャにして説明をしてくれた。

 よく理解は出来ないが、確実なのはこれでカエルラは良くなるということだ。

 気付いたらわしの顔もグシャグシャだったが、そんな些細な事は気にならなかった。




 特効薬をしっかりと定期的に服薬した事で、カエルラの病状はみるみるうちに回復し、ベッドから起き上がれるようにもなった。

 しかし、落ちてしまった体力が一朝一夕で戻る訳もなく、汚れきった我が家を見て掃除をしたいと駄々を捏ねるカエルラをなだめるのは大変だった。

 それは病と闘っていた日々を思えば、とても嬉しい悩みだ。

 そんな悩みを抱えていたある日、久しぶりにあの子供からの手紙が届き、カエルラと二人で喜んで読んでいる時に、わしは良い考えを思いついた。

「冒険者ギルドへ依頼を出すんじゃ」

「まぁ! それは良い考えね。あの子と同じ仕事をしてる子が来てくれるなんて、楽しみ!」

 少女のようにはしゃぐカエルラを見て、わしも少なからず依頼を受けて来てくれる『冒険者』を楽しみにしていたのだが……。

 あまり高い依頼料を出せなかったせいか、なかなか依頼を受けてくれる冒険者はいなかったようで、少し待つ事になってしまったが、それでも冒険者は来てくれた。


「あたし、スリジエっていいます!」


 そう元気よく現れたのは、白っぽい髪に金色の目という珍しい色彩の可愛らしい少女だ。

 わしとしては歓迎するつもりだったが、元来の性格と強面なせいで怖がらせてしまったのかもしれない。

 スリジエと名乗った少女の顔は、笑顔から徐々に引きつっていき、一番最初に頼みたかった地下室へと案内した時には完全に笑顔が消えてしまっていた。

 わしは何とか少女を和ませようと色々話しかけ、きちんと地下室の掃除での注意点を説明した。

 少女はわしの話を聞いてるのかわからないが、ブツブツと何事か口内で呟いて一人で頷いているので、わしはいない方が良いかと少女を置いて地下室を出た。

 それを後悔したのは、ほんの数分後の話だ。



『ドンッ!』



 そんな音が地下室の方から聞こえ、すぐに少女が何か叫んでいる声が聞こえてくる。

 棚を倒してしまったのかと慌てて駆けつけたわしが見たのは、濁った水によって水没してしまった地下室と、それを見ながら不機嫌そうな顔でブツブツと文句を言っている少女というあり得ない光景だった。

「な、なにをしているんじゃ……っ!? 排水の溝が詰まっていると伝えていたじゃろ!」

 何処からこんなに水が……と思ったが、少女は魔法を使えて、それで一気に流せば楽に汚れが落ちると考えたのかもしれないが、わしはきちんと『排水の溝が詰まってる』『探してほしい物がある』そう伝えてあった。

 そのせいで思わず本気で怒鳴ってしまい、しまったと少女の顔を見るが、そこにあったのは驚きや悲しみではなく、まるでこちらが悪いとでも言いたげな……。



「ゲームでは一瞬で綺麗になったのに、なんでならないのよ! あたしが悪いんじゃないわ! そうならない方がおかしいのよ!」



 口から飛び出してくるのは、一部意味不明だが、つまりは『自分は悪くない』という言い訳だ。

 わしはまた怒鳴りそうになるのを抑えて、水浸しというか水没している地下室を指差して少女へ向けて訊ねる。

 これをどうするつもりだと。



「こんな汚いとこ、あたし入りたくないわ! 自分でやればいいじゃない! そんな怒鳴れるぐらい元気なら平気でしょ!」



 最後には『水を運ぶ手間を省いてあげたんだから感謝して欲しいわ!』と言い逃げして、少女は嵐のように去っていってしまった。





 わしは脱力しながら、とりあえず冒険者ギルドへ文句を言うための手紙を書くため、家の中へトボトボと歩くのだった。





 スリジエと名乗った少女が去った次の日、冒険者ギルドから新たな冒険者がやって来た。

 スリジエの時も幼いと思ってしまったが、今回の冒険者はさらに幼かった。

 冒険者ギルドへ文句の手紙を出したが、あまり意味はなかったらしいと内心でため息を吐きながら、第一印象は悪くない幼児を見つめる。

 喧嘩腰になってしまっている強面なわしに怯えた様子もなく、人懐こく笑いかけてくるので絆されそうになるが、前日の少女の例があるので気は抜けない。

 あの少女も最初は普通の良い子に見えていた。

 ぶっきらぼうな態度のまま水没した地下室へと案内すると、幼児は大きな目をさらに真ん丸くした可愛らしい表情で固まってしまう。

 洪水でも? と口にした幼児に、事の経緯を説明すると、年齢にそぐわない申し訳なさそうな表情でわしを見てくる。

 とりあえず、あの少女よりはきちんと話が通じるようだと妙な安心感を抱く。

 そして、濁った水の冷たさも意に介さず水に入っていく幼児の姿を見て一気に溜飲が下がったわしは、探し物は諦める事にして、まずは排水する溝の詰まりをどうにかしようと提案してきた幼児に、溝の位置を示す。

 だが、探し物を諦めるための一瞬の躊躇いを幼児に悟られてしまった。きちんと話を聞いていてくれたので、わしが探し物をしてる事も覚えていてくれたようだ。



 わしが探し物の内容を口にしても、真剣に特徴を覚えて冷たい水の中を壁際からちょこちょこ進んで、濁った水の中を探してくれている。

 寒いのか時おり体を震わせ、顔色を悪くしながらも幼児は弱音も吐かず真剣な表情で水面を見つめて歩いている。

 そこでハッとしたわしは、慌てて家の中へ駆け戻る。

 キッチンや風呂場などは、カエルラが体力を戻すのも兼ねて掃除を少しずつしているので、当然使用するのに何の問題もない。

「あら、あなた。どうかしたの? また冒険者さん、びっくりさせちゃったのかしら?」

「ち、違う。風呂じゃ、風呂の準備をしてくれ! こんな小さい子が、水に入って、地下室を掃除しようとしてくれてるんじゃ!」

 おっとりと驚くカエルラに、今日の冒険者である幼児の小ささを示すと、カエルラも「あらあら大変」と慌てて風呂の準備を始める。

 それを確認したわしは、冷え切ってしまったであろう幼児を迎えに行くため、地下室を目指す。

 ブローチが見つからなくても、水に入って探してくれた、その気持ちだけで十分だと伝えるつもりで。

 着いた先でキラキラとした満面の笑顔でこちらを見る幼児に、そんな言葉は必要なかった知るが、興奮して染まった頬以外の肌の血の気のなさに、慌てて幼児を水から引き上げる。

 そこまで長い時間浸かっていた訳では無いが、素直に持ち上げられた幼児からは、子供特有の体温の高さが全く感じられない。

 わしが慌てると幼児を怯えさせてしまうと、何でもない風に幼児を運んでいく。

 持ち上げた体は思った以上に軽く、カタカタと震えている。

 本人は震えているのは無自覚らしく、最初に少し抵抗を見せた以降は、おとなしく澄まし顔で抱かれている。

 わしが運び込んだ幼児の様子を見たカエルラも、すぐに幼児の異変に気付いたらしく、おっとりと優しく、それでいて手早く風呂へと連れて行ってくれた。

 残されたわしは、幼児から脱がせた服を絞ってから、暖炉の前で乾かしていく。

 乾いた服を貸してやりたくとも、わしの家には幼児に合うサイズの服はないのだ。

 あとは、風呂上がりに念のため、風邪予防に薬湯を飲ませて帰せば良い。




 あの子──ジルヴァラなら、明日もまたきちんと来てくれるだろうから、風邪などひかれては困るからな。




 そう言い訳して送り帰した次の日、ジルヴァラはきちんと顔を出してくれた。

 昨日、今日の指示は出してあったので、すぐ迎えたいのを家の中でソワソワしながら我慢して、声だけで応えておく。

 そんなわしの様子に、カエルラはおかしそうにくすくすと笑いながら、風呂の準備と昼飯の準備をしてくれている。

 風呂が湧いた頃……いや、少し前に働きぶりを見に行くかとソワソワウロウロとしていたら、カエルラに「気になるなら見に行けばいいのよ」と笑われてしまった。

 それもそうかと依頼主特権だと地下室へ向かったわしの耳に聞こえたのは、聞き覚えのある怒声と、何か肉がぶつかるような音、それに続いてすぐに響いた派手な水音。

 もつれそうになる足を必死に動かして地下室の入口へ辿り着いたわしの目に映ったのは、こちらへ背中を向けて階段に立つ見覚えのある子供──いや、もう子供とは呼べない成長を遂げて立派な青年となったエノテラ。




 ──そして、その肩越しに見えたのは、水面に浮かんだ小さな体。




「何をしているんじゃーっ!!」




 つい先日あの少女に向けたものよりさらに怒気を増したわしの怒声が空気を震わせ、エノテラがハッとしたようにわしを振り返ったが、そんな事より今はジルヴァラだ。

 勢いのまま水の中へ飛び込もうとしたわしだったが、エノテラの脇を通り抜けようとした瞬間、伸びて来た腕により行く手を止められてしまい、邪魔をするなと怒鳴ろうと息を吸う。

「ゾンネさん、俺……っ!」

 何を言おうとしたかはわからないがわしの怒声を遮ったエノテラは、勢いよく階段を駆け降り、溜まった水の中に浮いたジルヴァラの体を抱えて戻って来る。

「しっかりするんじゃ! ジルヴァラ!」

 全身濡れたジルヴァラはぐったりしていて、わしが呼びかけてもピクリともしない。



「俺、冒険者ギルドで、噂を聞いて、ゾンネさんの依頼を受けた冒険者が、ゾンネさんにひどい言葉を言って、ゾンネさんの家を荒らして、依頼から逃げたって……それで、来たら、こいつが地下室を水浸しにして、カエルラさんの大切な物を……」



 わしが床に寝かせたジルヴァラを介抱している間、エノテラはずっと何か言い訳をしていたが、わしの耳に全く入っては来ることはない。


「あなた! 何があったの!」


 そこにわしの怒声が聞こえたのか、カエルラが飛び込んで来て、床に寝かされたジルヴァラを見て小さく悲鳴を上げる。



「ジルヴァラちゃん!? どうしましょう! そうだわ、すぐにお医者さんに連れて行かないと!」



「そ、そうじゃ、そうじゃな!」



 カエルラの言葉を聞いてやっと少し冷静さを取り戻したわしは、ジルヴァラを脱いだ上着で包んで抱き上げる。


 そのまま駆け出そうとしたわしの目の前に、ぐっと唇を噛んだエノテラが立ち塞がり、


「俺が走った方が早く医者に……」


とジルヴァラをわしの腕から取り上げようとする。

 確かに一理あるが、そもそもジルヴァラを害したエノテラにその被害者を預けて構わないものかと、カエルラを見やったわしの手から、不意に重みが消える。



「なっ!」



 エノテラが無理矢理奪ったのかと慌てて振り返ると、そこには見たこともないような美しい赤毛の青年がジルヴァラを抱いて立っていて。



「ぢゅっ」



 その肩の上には、ジルヴァラの肩に乗っていた小動物がいて、わしへ向けて手を挙げて挨拶をしてくれた気がした。



「ジルヴァラちゃんをお願いね」



 呆然として言葉もないわしとエノテラを他所に、カエルラは無表情な青年に臆する事なく近寄ってジルヴァラの頭を撫でて、青年へ声をかけている。

 我が妻ながらその胆力に驚いている内に、赤毛の青年は現れた時と同じようにあっという間に姿を消してしまった。



 残されたわしにあったのは、あの青年に任せておけばジルヴァラは大丈夫だろうという妙な安心感だった。

いつもありがとうございますm(_ _)m


感想などなど反応ありがとうございます(^^)反応いただけると嬉しいです(*^^*)


300話目目前。我慢出来ずに突っ込んできちゃいましたねぇ。

そして、記念すべき300話目、ジルヴァラはもしかしたら気絶したままかもしれないという、ある意味ジルヴァラらしい状態に。



ちなみにエノテラには、さらに『地下室を水浸しにした上、ゾンネさんに罵詈雑言を吐いた冒険者』がヒロインちゃんだとわかるという衝撃が待っていることでしょう。

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― 新着の感想 ―
[一言] 話も聞かず殴ったこの人に、殴るべき事情があったとしてもジルヴァラと、主様が大切にしているものの両方を同時に傷付けておいて最初に出てくるのが謝罪ではなく自分の好きな者の好きな人を傷付けたことに…
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