297話目
ポジティブ、ジルヴァラ。
未だにヒロインちゃんの奇行も、良い方に捉えてます。
「ここじゃ」
おじいさんから案内されて到着したのは、母屋ではなく庭の隅にある離れというか石造りの物置小屋っぽい建物だ。
こちらも母屋に負けない幽霊屋敷っぽさ満載の見た目だが、やはり崩れる心配だけは無さそうなのでそれは一安心だ。
「ここの床下から地下室へ入れるのじゃが……」
しかめっ面のおじいさんがにこりともせず示した先は、小屋の床にある存在感たっぷりな扉だろう。
「開けても大丈夫ですか? どんな感じか見たいので……」
「ああ、しっかり見るんじゃな」
端々に苛立ちの滲むおじいさんの言い方に少し疑問は覚えたが、依頼をこなす方が先決だと思い直す。
まずは……というからには他にも頼みたいことがあるんだろうし。
「はい! では、失礼します!」
取っ手に手をかけて地下室へ続く扉を引っ張って開けた俺は、中を見るまでもなくその惨状にしばし固まる羽目になる。
「あ、あの、洪水でもありましたか?」
やっと絞り出した言葉と共におじいさんを振り返ると、怒りも露わな表情のまま首を横に振る。
「お前さんの前に来た冒険者の仕事……いや、仕業じゃよ」
「え……」
おじいさんの答えを聞いた俺は、地下へ続く階段に足をかけた状態でもう一度地下室の中を見る。
上から見た感じでだけでは正確な地下室の大きさはわからないが、天井の明かりに照らされた地下室には、それこそ俺が「洪水でも……」と口にしてしまうぐらいの濁った水が溜まっているように見えるのだ。
「えぇと、確認ですが、おじいさんが頼まれたこの地下室での作業って……」
「掃除と物探しじゃ。確かに地下室の床には外へ排水される溝があったんじゃ。それがゴミで詰まっていると説明したのじゃが、聞いておらんかったようでのう。わしが物音に驚いて見に来た時にはこの状態じゃ」
「……あぁ」
ヒロインちゃんならありえそうな話に、思わずそんな気の抜けた相槌になってしまう。
「小さいお嬢ちゃんだからと油断しておったが、魔法とはのう」
「それでこんなに水が…………あ、でも、排水される溝が詰まってるなら、それをどうにかすれば排水されるんじゃ?」
階段を数段降りて地下室の様子を眺めていた俺は、おじいさんの言葉を思い出して振り返ったのだが、見えたのはさらに渋い表情になったおじいさんの顔だ。
「そんな汚いことを自分にさせるのかと、喚くばかりで話にならんかったんじゃよ。自分でした事に責任を取れと叱ったら、訳のわからない言葉を叫んで、逃げ出しおった。……あやつも冒険者じゃからと、信じたわしが馬鹿じゃったな」
言葉の最後は誰に向けたものかはわからないが、ほんの少しだが俺のゲームの記憶に引っかかる物がある気がする。
「……ちなみに、訳のわからない言葉ってどんな感じのことを?」
ヒロインちゃんの口走った言葉を聞けば何かわかるかもと訊ねると、おじいさんは不思議そうにしながらもきちんと思い出して答えてくれた。
「む? 確か『げーむでは一瞬だった』とか『こんな汚いなんて知らない』……後はほとんど聞き取れなかったのう」
ほとんど思い出せないが、攻略対象者の誰かのフラグ……だったような気はする。
収穫と言えるのは、やはりというかヒロインちゃんは少しこの世界をゲームそのものと混合してるのかもしれない。
確かにゲームでだったら、魔法を使うコマンドを選んで『水魔法』とかでドバーッて流せば終わったのだろう。
それだけで、地下室にある棚や荷物は一切濡らさず、汚れだけが取れてピカピカの地下室が現れる。
ヒロインちゃんの頭の中にはそんな光景があったのかもしれない。
「なまじ魔法使えるからな……」
そのせいで自信過剰気味になり、余計混同しやすかったのかもな。
でも、そんなことはこのおじいさんには関係ない。
「で、お前さんも汚いと逃げ帰るのか?」
どうせそう言うのだろうとありありと書かれた顔でこちらを見て言い放ったおじいさんに、俺はへらっと笑って地下室の階段を降りていく。
「お、おい、どうするんじゃ?」
背後でおじいさんが驚いているようだが、気にせず階段を降り続け、濁った水の中へ足を突っ込む。
幸いというか、水深は俺の太腿ぐらいまでだ。
濁っているが臭いなどはないから、そこまで汚いとは思わない。ただ……、
「さすがに冷えるな」
ぢゅっ、と鳴いたテーミアスが首回りに巻き付いて必死に温めてくれてる。
その気持ちが温かくて、俺は口元を緩めながらおじいさんを振り返る。
「おじいさん」
すると、なんだかんだ言いながら、俺を心配してくれてるのか、おじいさんは先ほど見た時より数段階段を降りて、俺の方をじっと見ていた。
「な、なんじゃ!」
照れ隠しとしか思えない勢いで帰ってきた怒鳴り声に、俺はへらっと笑って首を傾げてみせる。
「詰まってるっていう、排水の溝ってどの辺りにありますか?」
「あそこじゃが……」
躊躇いがちな様子のおじいさんの指が示したのは、地下室の奥の方だ。換気用の穴っぽいのが壁にあり、どうやらその下が排水の溝の場所らしい。
しかし、それより気になったのは、おじいさんが見せた何かを言いかけて止めた、そんな躊躇うような仕草。
それで、俺は最初におじいさんが言っていた言葉を思い出す。
おじいさんがヒロインちゃんに頼んだのは地下室の掃除と『物探し』だと。
「探してるのは何ですか? どれくらいの大きさで、どんな形した物ですか?」
おじいさんが何かを言う前に、何でもないことのように訊ねながらへらっと笑ってみせる。
おじいさんは何度か無音で口を開閉させていたが、やがて弱々しい声で、
「…………ばあさんが大切にしていた、これくらいの丸いブローチじゃ」
と告げながら指で丸い形を作る。
それで俺は先ほどからおじいさんが見せていた躊躇いの理由を悟る。
「あー、その大きさなら、水をこのまま抜いたら流れちゃうか……」
「ブローチはもう見つからなくても構わん。掃除だけをしてくれ……」
ブローチを探すための算段を始めた俺に、おじいさんは先ほどまでの苛立った表情を消して、苦笑いのような表情を浮かべて首を振って。
偏屈で頑固なおじいさんって見た目だが、俺の話をきちんと聞いてくれたし、ヒロインちゃんを叱ったのも至極当然な理由だ。
このおじいさんは、少し不器用なただの優しいおじいさんだ。
『亡き妻の形見を……』
断片的に思い出してきたイベントでも、打ち解けた後だったが、悲しそうな顔で『こちら』にそう頼んで来ていた。
幸いにも俺はこのぐらいの水ならそこまで忌避感はない。
こうなると排水が詰まってるのは逆に幸運としか言いようがないよな、と俺は止めようとするおじいさんの声を聞かずに水を掻き分けて地下室の中を歩き回る。
「何か見つけたら教えてくれよな?」
テーミアスへ話しかけると「ぢゅっ!」と気合の入った一声が返って来る。
ついでに「風邪引くなよ」と付け加えてきた心配性なテーミアスの頭を撫で、俺はブローチを探すため濁った水の中を延々と歩き回る。
そうして何かが足に触れれば、屈み込んで水の中を手で探って拾い上げる。
これもせめての幸いというか棚は空だったらしく、先ほどから拾い上げられるのは小石や小枝だ。
何度かそれを繰り返していると、いつの間にかおじいさんの姿は消えていた。
ここはかなり冷えるから心配だったので、いなくなっていて安堵したぐらいだ。
あと、目を離してもきちんと仕事をするって認められたみたいで嬉しい。
嬉しさからえへへと笑いながら、寒さに耐えて壁際からくまなく潰すように歩いていた俺の足に、また何かが当たる。
何度目かわからない、冷たい水の中へと手を突っ込んで床を探ると、指先に硬い何かが触れて、それをしっかり掴んで引き上げる。
「あ、あったー……っ!」
俺の手の中にあったのは、丸い形の綺麗な青い石の中に可愛らしい小鳥が住む、小さなブローチ。
ゲーム画面で見た『亡き妻の思い出のブローチ』だ。
装備すると諸々のバッドステータスを防いでくれ…………って、そうじゃない。
ゲーム脳になりかけた思考をぶんぶんと頭を振って追い払い、俺はザバザバと水を掻き分けて地下室の出口へ向かう。
「へぷしっ!」
気を抜いたせいかくしゃみが出てしまったが、ブローチはしっかり握ってるから大丈夫。
心配そうなテーミアスへ笑ってみせていると、地下室の出口からおじいさんが顔を覗かせる。
「もう十分じゃ、幼子を冷たい水に浸けておく趣味は……」
しかめっ面で首を振ってそう言いかけたおじいさんに、俺はニッと笑って握りしめていたブローチを掲げておじいさんの言葉を遮る。
「見つかりました! これで後は排水して掃除を……」
「……そうか」
ブローチを見て目を見張っていたおじいさんは、ふっと息を吐いて表情を緩めたかと思うと、階段下まで近寄っていた俺の元へやって来る。
ブローチを渡そうとしてにこにこしていた俺を他所に、おじいさんは無言で俺の脇の下へ手を突っ込む。
「え?」
そのまま、おじいさんから軽々と持ち上げられてしまった俺は、ぽたぽたと水を垂らした状態で運ばれる。
もちろん軽く抵抗は出来たが、下手に暴れておじいさんに怪我をさせたりしたらと気付いたので、おとなしく運ばれることにしただけだ。、
決して、小柄なおじいさんに軽々と持ち上げられてショックだったからじゃないからな?
いつもありがとうございますm(_ _)m
感想などなど反応ありがとうございます(^^)反応いただけると嬉しいです(*^^*)
小柄なおじいさんに面白い持ち方で運ばれていくジルヴァラ。
シュールです。
地下室の掃除方法として、この世界では水ぶち撒けるのはありの方向で←
正しい掃除方法は知りません(*ノω・*)テヘ




