296話目
ヒロインちゃん、お元気なようで何よりです。
「エジリンさん、こんにちは」
「こんにちは、ジルヴァラくん」
気配を殺してそっと近づいて来た相手に抱え上げられてびっくりしてしまった俺だったが、すぐ「静かに」と囁く落ち着いた聞き覚えのある声音にキュッと口を引き結んで運ばれて行く。
その光景を目撃していただろう他の冒険者も、何事もなかったように振る舞ってくれていたので、おかげで俺は受付カウンターに詰め寄るヒロインちゃんに気付かれることはなかった。
「何故に彼女はあそこまでジルヴァラくんを敵視するのか……」
奥へ続く扉をくぐり、その扉を閉めてしまうとほとんど聞こえなくなったが、それでもうっすら聞こえてくるヒロインちゃんの涙混じりの訴えに、エジリンさんの口からはそんな呟きが洩れる。
「……すみません、ジルヴァラくんに訊ねても仕方のない事でしたね。とりあえず、彼女がお帰りになるまでここにいてください」
「はい」
エジリンさんの言葉にこくりと頷いてへらっと笑った俺は、ヒロインちゃんの声が聞こえる扉を見つめて、ため息を吐く。
「あの、本人からではないですが、ひ……彼女の後見をしている冒険者の方から、卑怯な手で最年少冒険者を奪ったヤツ、と言われたことがあります」
ついでに、俺がヒロインちゃんから恨まれていそうな理由も吐き出しておく。
エジリンさんは冒険者ギルドの副ギルドマスターとして、仲裁に入ったりしないといけないだろうから、情報は多い方が良いだろう。
「そのような言いがかりを……? 確かにジルヴァラくんはかなり幼いですが、彼女よりしっかりと冒険者としての活動をしてますし、そろそろE級へという話も出ているぐらいなんですが……」
俺の吐き出した情報によって、エジリンさんの眉間の皺がさらに深くなる。ブツブツと呟く声も低くなり、後半部は聞き取れないほどだ。
しばらくして、神経質そうな仕草で眼鏡を直したエジリンさんは、自らの態度を恥じるように軽く咳払いをしてから、屈んで俺と目線を合わせてくれる。
「ジルヴァラくんは立派な冒険者です。心配する必要は何一つありません」
そのままぎこちない微笑み付きで、さらにぎこちないながら優しい手つきで頭を撫でてくれる。
その優しさが嬉しくてえへへと笑っていると、背後で先ほど入って来た扉がそっと開いて、そこからネペンテスさんが顔を覗かせる。
「スリジエなら帰ったから、出て来て大丈夫よ、ジルヴァラくん」
ヒロインちゃんを思い出してか、困った子と苦笑いして嘆息しながら手招きしてくるネペンテスさん。
「あの子、結構人気があるから、あぁやって大勢の前で泣きながら訴えられると、こちらとしても黙殺出来なくなるのよねぇ」
手招きに素直に招かれて近づくと、扉の隙間から入って来たネペンテスさんからもいい子いい子と頭を撫でられる。
しかし、ヒロインちゃんの泣き落としは相当効果があるらしく、振り返って見た背後のエジリンさんも渋い表情だ。
「計算してやってるとしたら、とんでもない事ですが……」
「そんな訳ないじゃないですか、エジリンさん。あの子、あんなに強気ですけど、まだ八歳なんですから……あぁでも……うん、そんな訳ないか」
上司の言葉をうふふと笑い声混じりでやんわり否定したネペンテスさんだったが、ふと表情を曇らせて語尾を濁すと、最終的に自己完結してしまったようだ。
俺と同じように前世の記憶があるとしたら、ヒロインちゃんの中身って強かな女の人の可能性も…………ないか。
あんなに天真爛漫なんだから、ヒロインと同年代ぐらいの女の子とかが転生して、全力で好きなゲームの世界を楽しんでるんだろう。
ゲームと違うってわからず、戸惑ってる感じもあるみたいだし、ぽいよな。
俺が一人で自分の想像に先ほどネペンテスさんのように内心で頷いて自己完結していると、耳元でテーミアスが「呼ばれてるぞ」と教えてくれ、ハッとして顔を上げる。
そこには心配そうな顔が二つ並んで俺を見下ろしている。
「……やっぱり、駄目かしら? スリジエに言われたからじゃなくて、ジルヴァラくんが適任だと思うのだけれど」
「後見として言わせてもらいますが、断ったとしても罰則も何もありませんから、好きに選んでください。ジルヴァラくんがあの少女の尻拭いをする必要なんてありません」
屈み込んだ二人に挟まれて、ほぼ詰め寄られているという状態に、俺はゆっくりと瞬きをして適当に返事を──するのは怖いので素直に訊ねることにする。
『さっきの手紙の──』
ちょっと違うな。
つい浮かんだ童謡の歌詞を頭を振って追い出した俺は、申し訳なさを前面に押し出してへらっと笑って、
「すみません! 全く聞いてなかったので、もう一度説明お願いします」
と謝りながら頭を下げるのだった。
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一瞬の無言の時間の後、それぞれ程度の違いはあれど笑い出したエジリンさんとネペンテスさんは、しばらくして何とか笑いを引っ込めてもう一度説明してくれた。
エジリンさんの言い方で何となく察せてはいたけど、頼まれたのはヒロインちゃんが泣きながら途中放棄してしまった依頼を受けること。
ヒロインちゃんがあそこまで泣き喚くなんて、相当難しい依頼なのかと思ったら、依頼内容は普通の民家の雑務のお手伝いだそうだ。
王都の外れに住むおじいさんが、少し体の調子が悪くて掃除とか色々大変だから手伝って欲しいと、そのおじいさんの知り合いが出した依頼らしい。
おじいさん本人は、少し偏屈で、誰の手も借りなくても良い! みたいな感じらしいんだけど……。
だからといって、ヒロインちゃんが泣きながら帰ってくるぐらいに言わなくてもな、とテーミアスと駄弁りながら教えてもらったおじいさんの家へ向かう。
街中だし、スラムと呼ばれる地域とは離れているので、今日は久しぶりの一人で徒歩移動だ。
「ぢゅっ!」
自分がいるだろとアピールしてくるテーミアスの頭を撫で、控えめに言って趣のある……控えないと幽霊屋敷な一軒家を見上げる。
建物自体はしっかりしているのでボロ家な雰囲気はないが、窓は埃で曇っており、しっかりと蜘蛛の巣が張ってるのが見え、庭は草が生い茂っていて玄関まで続く飛石を覆い隠す勢いだ。
「ぢゅぅ……?」
マジでここか? と不安そうなテーミアスを宥めて錆びた門を潜ろうとすると、
「また来たのか! さっさと帰れ!」
奥から聞こえた声によって『大歓迎』を受ける。
声に遅れて生い茂った草の奥から現れたのは、さすがに六歳児な俺よりは上背があるが、かなり小柄な絵に描いたような白髪のおじいさんで。
「冒険者ギルドで依頼を受けてきました、ジルヴァラです!」
睨みつけてくるおじいさんへ先制攻撃とばかりにへらっと笑って挨拶をすると、おじいさんは少し勢いを削がれた様子で「お、おぅ」と軽く頷くような仕草を返してくれる。
どうやら全く話が通じない人では無さそうなので、俺はまたへらっと笑って、
「体力には自信があります。よろしくお願いします。何からすれば良いですか?」
と何か言い返される前に言い切って、頭を下げる。
「…………とりあえず、さっきのよりは話は通じるようじゃな。まずは地下室の掃除の『続き』をしてもらおうかのう」
何故か先ほどの俺と同じ感想を言われたことに内心で首を捻りながら、俺はおじいさんの背中を追って歩き出すのだった。
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おじいさん難しい。
ジルヴァラ、ヒロインちゃんの尻拭い開始です。




