294話目
やっとほのぼの日常回です。
主様的には、まだちょっと駄目なようですが……。
すぐ寝そうになってしまうという問題点はあるが、馬車より快適な主様のローブの中に入っての運搬を経て、俺は無事に帰宅をした。
「ただいま、プリュイ!」
主様の腕からするりと抜け出した俺は、玄関前で出迎えてくれたプリュイの青い体へ思い切りよく飛び込む。
「おカエリなサイ、ジル。……め、デス」
俺の帰宅の挨拶に答えてから、プリュイは苦笑い混じりのお叱りの言葉を口にして、自らの体に埋まっている俺の額をツンと触手で突く。
「えへへ」
その優しい仕草に、叱られているはずなのに俺の口からは笑い声が洩れ、締まりの無い顔をしている自覚はある。
「仕方ないデスね」
うふふと笑ったプリュイは、伸ばした触手でちょいちょいと俺の頬に触れてから、そのまま家の中へ運んでくれる。
運ばれている最中、主様を振り返ると、何故か俺が腕から抜け出した時の体勢で固まっていた。
「主様? 中へ入ろうぜ?」
俺が声をかけるとハッとした様子で動き出したので、城から俺を連れての移動で疲れさせてしまったかもしれない。
夕ご飯は何か精がつく物にするかと考えながら、プリュイの腕の中でゆらゆらと揺られていると、運ばれた先は脱衣所だった。
「へ?」
すぐに着替えるつもりではあったが、どうやら着替えて即入浴となるようだ。
そういえば色んな匂いが染みついてたみたいだから、全身くまなく洗うべきだよな。
そうは思ったが……。
「俺、自分で洗えるんだけど……」
確かに利き腕でナイフを弾いたため、怪我は利き腕にしてしまっていたが、動かすのに不便なほどではない。
だが一緒に入浴している主様的には安静にさせないといけないと思ったらしく、しっかり抱えて全身くまなく洗われた。
──よく考えたら、あれは平常運転だと気付いたのは、お風呂から上がってプリュイから服を着せてもらった後だった。
「……私のロコです」
そんなことをふふと笑って満足気に呟きながら、風呂上がりでほこほこしてる俺を膝の上に抱きしめて、主様が陣取るのは暖炉前のソファだ。
俺が湯冷めしないようにと気を使ってくれたらしい。……プリュイが。
向かい合わせで抱きしめられているので、俺はプリュイからタオルを受け取って主様の濡れ髪を拭いている。
魔法で一瞬で乾かせるはずだが、面倒なのかそのままにしてるので、俺が気付いた時にはこうやって拭かせてもらっている。
遠慮なく主様の髪に触れる貴重な時間なので、時間に余裕がある時はあえてゆっくり拭いてたりもする。
主様には内緒だ。
俺の髪は短いこともあり、タオルでガシガシして終わりでも良いのだが、今度は主様の方が許せないらしく丁寧にケアされている。
根本まで乾いたかの確認なのか、今現在主様の顔は俺の髪に埋められていている。
猫吸いでもするように、吸われてるのは俺の気のせい…………だよな?
それは置いておいて、俺の着替えとか色々してくれたフュアさんは、残念ながらもうフシロ団長のお屋敷へ帰ってしまっていた。
昼ご飯の残りのシチュー……残りというにはガッツリな量のシチューを置いていってくれてあったので、今日の夕ご飯のおかずはシチューに決定した。
「プリュイ、ご飯炊いといてくれるか?」
そろそろ夕ご飯の準備をしたいのだが、主様が剥がれないので仕方なくプリュイへ炊飯を頼んでおく。
「終わりマシタ」
プリュイがご飯を炊く準備が終わったと報告に来てくれたので、俺はまた主様剥がしに挑戦してみる。
「…………レタスとトマトとハムで、サラダお願いしてもいいか?」
「レタスはムシッて、トマトはくし切リニ、ハムは細ク切ルのデ良いデスか?」
「うん、それで良い。ごめん、頼むな?」
この会話からわかる通り、主様を剥がすのは無理だった。
結局、ほとんどの準備をプリュイにお任せして夕ご飯の準備は済んだ。
でも、夕ご飯の間も主様は離れてくれなかった。
お茶会で襲撃とかあったから心配してくれたんだと思ったら邪険には出来ず…………まぁ、主様を邪険にする気なんて毛頭ないんだけどさ。
食後も…………というか、俺がベッドに入るのを見届けるまで、主様は俺から目を離そうとせず、眠りに就くまで俺は主様からガン見され続けることになった。
あまりの目力に眠れるか不安だったが、慣れない環境で疲れていたらしく、優しく微笑む主様の表情を見たのが眠る前最後の記憶で、次に目を開けた時は朝だった。
「うーん、よく寝た」
毎朝恒例の主様の腕から抜け出す作業を終えて、俺はベッドの上で伸びをする。
そのままベッドから降りようとした俺だったが夜中に嗅ぎ慣れない臭いを嗅いだ気がして、主様の胸元へ顔を埋める。
くんかくんかと匂いを嗅ぐが、するのはいつもの主様の香りだけだ。
胸いっぱい主様の匂いを溜めて、そのまま二度寝しそうになった俺は慌てて頭を振って体を起こす。
「ヤバい、寝るとこだった」
素早くベッドを離れた俺が、主様の匂いは落ち着くからなぁと自嘲気味に笑っていると、テーミアスが肩へと着地して「ぢゅっ」と朝の挨拶をしてくる。
「おはよ」
それにへらっと笑って応えた俺は、テーミアスを肩に乗せて部屋を後にする。
「…………何か肉が焼けた臭いだったよな」
俺の独り言にテーミアスが不思議そうに首を傾げるのを見て、何でもないよと笑っていると、昨夜の臭いのことはあっという間に記憶の隅へと追いやられてしまうのだった。
●
[視点変更]
「わ、わたしは、まだやれる! もう一度、今度こそ……っ」
「うるさいよ〜。死にたくないなら、黙ってくれる〜? つい手が滑るかもしれないよ」
あまりにうるさい罪人に、僕はにこにこと笑いながら剣先を突きつける。
地下牢になんて入れずにここで斬り殺せればいいのに。
お茶会では帯剣は許可されておらず、あの変なうるさい子のせいでジルヴァラに怪我を……。
そこまで考えて、僕は言い訳だなと自嘲するようにあははと声を上げて笑う。
突然笑い出した僕に、あれだけ騒いでいた罪人がヒイッと引きつった声を上げた後静かになる。
「そーそー、最初からそうしとけばいいんだよ〜」
にっこりと笑った僕は、見せつけるように剣を鞘へとしまう。
これでとち狂って逃げ出そうとしてくれれば、逃げようとして襲ってきたんです〜って、合法的に殺れるのに。
そんな期待を込めて。
残念ながらこの罪人にそんな気概はないらしく、僕が剣をしまってももう動く気はないらしい。
縮こまって、ガクガクブルブルしているだけだ。
「なら、なんでさっきはあんなに元気だったんだろうねぇ〜」
僕に襲いかかるより、グラナーダ殿下へ襲いかかる方がどう考えてもヤバいし、ガクガクブルブルものだ。
捕まって諦めてしまったからと言われればそれまでだが、小耳に挟んだ事のあるこの罪人の噂話からすると、まさかあんな事をするとは思わなかった。
頭のあまり良くない小心者な小悪党。
聞こえてくる噂話は、そんな話ばかりの男なのだ。
前回の一件も、冒険者モドキな犯罪組織の生き残りに唆されただけで、本人は本当に『珍しい果物』をグラナーダ殿下とあの方に食べさせる、そう思っていた節すらあるそうだ。
どれだけ馬鹿なんだと思ったが、本日のお茶会襲撃からすると、ただの大馬鹿者なんだろう。
だからといって──、
「免罪符にはならないよ〜?」
僕の言葉の意味がわかってない様子の罪人は、押し込めた地下牢の中で怯えた表情ながら不思議そうに僕を見ているが、僕の仕事はここまでだ。
後は、地下牢の外で立ち番をするだけ。
中でどんな物音がしようが、僕は『聞こえてない』事になる。
「まぁ、あの方がそんな余裕を与える訳ないよね〜」
実際、地下牢へ続く厚い鉄の扉からは何の声も音も聞こえることはなく、静かな朝を迎える。
「おはよう〜、気分はどう〜?」
一応同僚の騎士を連れて地下牢へと踏み込み、ことさらのんびりと話しかけるが、地下牢の中身からは答えがない。
今現在、地下牢に入れられている中身は、昨日の罪人のみ。
その唯一の中身は無反応。
僕はわざとらしく首を傾げて鉄格子の隙間から牢の中を覗き込む。
「あは、綺麗に焼けたねぇ〜」
思わず本音が出てしまったが、幸いにも僕と一緒に地下牢へと入って来ていた騎士は、真っ青になってガクガクブルブルして吐き気を堪えてるから聞こえてないだろう。
綺麗とは言い難いが、それでもきちんと清掃が行き届いていた牢の石の床には、昨夜には無かった黒い染みが出来ている。
まるで人の形のような、焼け焦げた真っ黒い染みが。
そして、その牢の中にいたはずの罪人の姿は、何処にも見当たらなかった。
罪人──フーリッシュ男爵は、犯した罪の重さに耐えかねて自死した。
そういうことになった。
いつもありがとうございますm(_ _)m
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ゆるい騎士さん、便利なのでまたまた登場。
使い易いんですよねぇ。こういう場面、オズ兄だと主様止めちゃいますから。
そして、フーリッシュ男爵、二度目は無かった模様。
一度目は何とかボコられるだけで見逃してもらったのに、自ら…………かはわかりませんが、ドラゴンの口の中へ突っ込んで行きました。




