292話目
これでちょうど300回です!ヒロインちゃん話とかもあったので、300話まではもうちょいです!
…………主様、出られないかも。
「え? 今、兄上が全力で痴漢をしているジルヴァラかな?」
何故か心の中で叫んだはずなのに答えが来た。
しかも、ちゃんとグラ殿下の声で。
「へ?」
「お?」
間の抜けた声を洩らした俺が振り向く……振り向いても第一王子の厚い胸板しか見えなかったが、第一王子も声のした入り口の扉の方を振り向いてくれたので、声の主を確認出来た。
間違いなくグラ殿下だ。
心の声を読まれたこともあって、窺うようにじっと見ていたら、くすくすと笑われてしまった。
「ジル、ちょっと本音が口から出てきてたよ?」
どうやら、口から駄々洩れていたらしい。
「グラ殿下、お茶会は?」
俺の問いかけに無言で微笑を浮かべて歩み寄ってきたグラ殿下は、そっと腕を伸ばして俺の腕の傷へ触れてくる。
「傷は痛む?」
心配そうに問いかけてくるその表情は、俺を今抱いている第一王子が先ほど浮かべていた表情とよく似ていて、ふふっと笑みが溢れる。
「ジル?」
「ごめんなさい。先ほどのグラ殿下の兄上様とよく似ていたので、つい……」
俺の発言に対する反応は、兄弟で全然違った。
第一王子は嬉しそうに「そうか、そうか」と呟いてニマニマとし、グラ殿下の方は少し複雑そうな笑顔だ。
そこは深く追及せず、俺はへらっと笑って大丈夫アピールをしてみせる。
「傷はドリドル先生の処置が良かったから、そんなに痛まないです」
目に見えてホッとした様子になったグラ殿下は、柔らかい微笑みと共に俺の頬を軽く撫でて、
「……なら、良かった。やたらと痛い痛いと喚いていた方は戻ってきたのに、ジルはいつまで経っても戻らない。心配になってお茶会を抜けて様子を見に来ちゃったよ」
と言いながら悪戯っぽく肩を竦める。
そんな俺達のやり取りを見ていた第一王子は、またしげしげと俺の顔を覗き込んでくる。
「やはり、この子がジルヴァラなんだな。しかし、黒髪と銀の目では?」
興味津々な第一王子の様子に、俺は諦めから脱力しつつ、またへらっと笑ってアシュレーお姉さん特製のスカーフリングを外す。
「目立ちたくないので、今日は変装してるんです。グラ殿下にはすぐバレてしまいましたけど。こちらが、俺の地の色です」
鏡がないので瞳の色が戻ったかはわからないが、髪は黒に戻ったのは確認出来る。
「おお〜、本当に夜の闇のような黒い髪に、鏡のような銀の瞳だ!」
感嘆の声を上げた第一王子は、もっとよく見せてくれとグッと顔を近づけてくる。
誰かが悪ふざけで後頭部を張り倒したら、キスしてしまいそうな距離感だ。
第一王子にそんな悪ふざけ出来る人物はいないだろうが。
「ジル。嫌だったら、遠慮なくぶって構わないから。兄上は鍛えてるから、それぐらい何ともないよ」
グラ殿下。第一王子にはノーダメでも、俺は不敬で首が飛びます。
言えなかった本音は飲み込んで、俺は引きつった笑顔で、目が笑っていない笑顔のグラ殿下に頷いておく。
「あまりここにいると、アレがこちらへ来そうだから行くね。ナハトにも、ジルは大丈夫だと伝えておくから」
「ありがとうございます」
第一王子の腕の中でぺこりと頭を下げると、ふふと微笑んだグラ殿下はすぐ真顔になって俺の頭に触れる。
「そういえばお茶会の会場に戻るのは止めておいた方がいいかもしれないよ。自分より目立った人物がいたと、アレがブツブツ言っていたからね」
うわぁという本音が顔に出てしまったのか、グラ殿下がプッと小さく吹き出して俺の頭を撫でてくれた。
で、去り際。
「あともう一つあるんだけど。この間のジルの手紙、巨大な真っ白い紙の化け物みたいな姿で飛んで来て、大騒ぎだったよ。家柄だけの騎士達なんか、気絶した者もいたんだ」
思い出し笑いなのか、くすくすと無邪気な顔で笑ったグラ殿下はドリドル先生へ「ジルをよろしく」と挨拶をして医務室を去っていった。
「兄上あまり調子に乗らないように」
なんて一言を冷笑付きで扉が閉まる寸前に実の兄へ向けて残して。
「仲の良い友人を私に取られると嫉妬するなんて、グラも可愛らしいところがある」
そうなのか? とは思ったが、感極まってる様子の第一王子には言えず、俺は曖昧に笑っておく。
「今日のお茶会は色々あったようだが、やはり開くように提案してみて良かった。…………に感謝だな」
うむうむと笑顔で頷きながら、第一王子は独り言のように……訂正。全部は聞き取れなかったし、答えを求めていないようなので、完全なる独り言なんだろう。
第一王子は誰かの進言を受けて、グラ殿下へ今日のお茶会の提案をしたんだな、というどうでも良い情報を得られたが、特に活用する場所もないな。
兄弟仲良くてほっこりするぐらいで。
そんな微笑ましい気持ちが洩れてしまったのだろう。
「殿下は、グラ殿下がお好きなんですね」
気付くとそんな一言を呟いていた。
俺の言葉に、独り言を呟いていた第一王子は、一瞬虚を突かれた表情になってから本当に嬉しそうに笑う。
「あぁ、もちろん。自慢の弟だ。頭が良く、冷静で広く物事を見ている。
──私とは違って」
今度の低い呟きは、きちんと聞き取れた。
第一王子が聞き取って欲しかったのか、俺が聞き取りたかったのかはわからない。だが、聞き取れてしまったからには無視はしたくない。
何より第一王子が一瞬浮かべた辛そうな表情を見てしまったから。
全部吐き出してしまえ。そんな気持ちを込め、続きを促すように第一王子をじっと見つめてみる。
ここにいるのは口の固い騎士団所属の医者と、幼い子供が一人だけ。
さっさと吐き出してしまえばいい。燻らせたって良いことはない。
俺の顔をじっと見つめてため息を吐き、第一王子はゆっくりと話し出す。いい加減降ろして欲しいと先に言えば良かったと少し後悔するが、今さら言える空気じゃない。
「君がグラの友人なら、グラがとても優秀なことは知っているだろう? 私より頭が良く優秀なグラが王になるべきだ。グラの方がきっと良い王に……」
嫉妬に満ちた表情の方が、まだマシかもしれない。
そんな表情で吐露された本音。
あぁ、これがこんな優しい人があのゲームで悪役になっていった理由。
優しくて、弟(グラ殿下)のことを認めているからこそ、自分より優れている弟(グラ殿下)の存在で道を外れてしまったのだろう。
でも、今は第一王子の近くにはヒロインちゃんがいる。きっと、彼女の存在が第一王子を道から外させない。
だから、俺がここで何か頑張る必要性は感じないけど、大型犬みたいな美形さんがしゅんとしている姿は卑怯だと思う。
どうしても、何かしてあげなきゃという気分になってしまう。
「あなた様はグラ殿下ではないですから。違うのは当然です。だからといって、あなた様がグラ殿下より劣ってるという訳ではないと俺は思います」
こんな幼児の戯言のような慰めを馬鹿にしたりせず、きちんと聞いてくれている。
「まず、こうしてお……私の言葉をきちんと聞いてくれてるじゃないですか。周りの言葉に耳を傾けられるなら、それは素晴らしいことだと思います。ねぇ、ドリドル先生」
幼児な俺だけじゃヒロインちゃんと違って力不足なので、ここは頼れる大人へ話を振ってみる。
「そうですね。アンジール殿下は別け隔てなく他者の話を聞いてくださるので、平民出身の騎士や兵士からも人気がありますよ。ここで、こうして私の話もきちんと聞いてくださるおかげで、流行り病の被害はほとんど抑えられましたし」
おう、予想以上に良い感じな話が出て来たので、俺は改めて大型犬な第一王子を見やる。
そういえば本編開始前に流行り病があって、攻略対象者の関係者に被害がみたいなストーリーもあった気がする。
さすがヒロインちゃん、それを防ぐために動いてたんだな。
「あれは……冒険者ギルドに採集を得意とする冒険者がいるそうで、その冒険者が流行り病の薬となる稀有な薬草を多く集めてくれたおかげで、私の薬を作った余りを回せたのだ」
ん? 何かヒロインちゃん関係ないぽい? ヒロインちゃん、正直採集依頼嫌いみたいだったよな?
俺が首を傾げて悩んでいると、ドリドル先生がちらりと俺を見てくすくすと笑う。
「それはジルヴァラのことですよ。アンジール殿下のために、グラ殿下が指名依頼を出したそうで」
「そうなのか! その節は助かった、ありがとう、ジルヴァラ」
先ほどまでの暗い顔はあっという間に吹っ飛び、パァッと笑顔になって頭を下げてくれる第一王子。
何か髪色のせいもあって、ゴールデンレトリバーに見えてきた。
ソルドさんもゴールデンレトリバーな大型犬属性だけど、キリッとした顔もするから、ハスキーぽいんだよな。ちょいお馬鹿な感じのところも含めて。
「グラ殿下にはグラ殿下の。あなた様にはあなた様の良いところがあるんです。あなた様に足りないところは、グラ殿下に補ってもらい、二人でやっていけばきっともっと素晴らしいことが出来ます」
「グラと一緒に……」
第一王子が俺を見てふるふるし始めた。これは、いい加減怒られるか、呆れられるかと身構えていたら、ガバッと勢いよく抱きしめられる。
「そうだ! 本当に私は馬鹿だ。グラが私より優れているとひがむ前に、どうしてグラの力を借りようとは思わなかったのか……」
「兄を弟が支え、共に良き国を……。俺には国政のことなんて何もわかりませんけど、グラ殿下が味方になってくれれば、すっごく心強いと思います! それに、グラ殿下も……アンジール殿下のこと大好きだから、頼られれば嬉しいと思います」
ぶんぶんと振られる尻尾の幻覚が見えそうな第一王子──アンジール殿下のテンションにつられ、俺も何だかテンションが上がってしまい、一緒になって喜んでいると、肩の上のテーミアスも何だかわからないまま喜んでくれている。
そんな俺達の姿を、ドリドル先生が微笑ましげに見守ってくれていた。
後日聞いた話では、アンジール殿下は度々医務室へやって来て、ドリドル先生に人生相談みたいなことをしていたらしい。
ドリドル先生の立場としてはあまり踏み込んだ話は出来ずとも、アンジール殿下の話をきちんと聞いてあげて、励ましてはいたそうだ。
ドリドル先生によると『大好きなグラの大切な友達』な俺によって言われたので、余計心に響いたんじゃないかという話だった。
俺がどう見てもおべっかとか言いそうにない幼児な見た目なせいもあって。
それを聞いて、ちょっとだけ複雑な気分になったのは仕方ないよな。
いつもありがとうございますm(_ _)m
感想などなど反応ありがとうございます(^^)反応いただけると嬉しいです(*´∀`)心の栄養やー。
ここにもバタフライエフェクト的なのがありました。
本来ならフシロ団長死亡→ドリドル先生解雇→町医者になってオズワルドルートに登場予定だったので、ここにしっかりと身分なんか気にせず話を聞いてくれる医者なんていないはずでした。
でも、相変わらずフシロ団長は元気に白熊やってますので、ドリドル先生は騎士団のお医者さんのまま。
気付いたら第一王子の相談相手になってましたー。弱音を吐き出す場所があるって、支えになりますよねー。
ざまぁ、ヒロインちゃん(*ノω・*)テヘという話です。本人は知りませんが……。




