3話目
ぽやぽやさんは、ぽやぽや穏やかで心が広く見えますが、本人も無自覚な部分で心が激セマなようです。
ジルヴァラは、ぽやぽやの危機には気付きますが、自分の危機感はマイナスまで振り切ってる子です。
「なんか騒がしいな」
今日の野営地は水場完備なので、早起きした俺はそこで顔を洗いながら、浮足立っているというか、落ち着かない様子の野営地を見渡していた。
ぽやぽやな主様は朝も弱いので、まだテントの中ですやすやと寝息を立てている。
起こそうかと思った時もあったが、特に急ぐ旅でもないらしいので、あまり遅くならない限りは寝かせておくことにしてある。
一回無理矢理起こして、顔を洗ってきなよ、と送り出したら俺の膝丈ぐらいの深さの小川で流されたし。
笑い話にすらならない出来事を思い出していた俺の耳に、なかなかもっと笑えない不穏過ぎる言葉が飛び込んで来る。
「……深夜に闇討ちだってよ」
「立ち番をしてた護衛も含めて、全滅だそうだ」
「何処かの商人だったらしいが、目を抉られていた上に、右手が切り取られて見つからないらしい」
かなり後暗い商売してたらしいぞ、と訳知り顔で語られる言葉を聞き流しながら、俺は朝食のメニューを考える。
「まぁ主様の隣で寝てる限り、ドラゴンだって避けて通りそうだよな」
地球の楽しいだけのキャンプとは段違いな危険度だが、主様の側にいればなんか安心出来るようになった。
さすが最強冒険者なだけあるよな。隣で寝てるだけでも安心感あるって。
「ぼうや、ほらあの綺麗な兄さんと食べな」
「え、こんなにいいのか?」
メニューを考えながら歩いてたら、昨日野営地近くの森の中で話した冒険者のお兄さんから呼び止められて卵をもらった。その数、四個。どうやら俺が持てる数にしてくれたらしい。
「昨日色々と食べられる野草教えてもらったからな。そのお礼だ。昨日産みたてだから新鮮だぞ?」
「うわぁ、ありがとうございます!」
飛び上がらんばかりに喜んでいたら、微笑ましげなお兄さんから頭を撫でられて、
「いっぱい食べて育つんだぞ?」
と、言われてしまった。恥ずかしいが卵は嬉しい。
俺は異世界転生チートの定番の収納魔法なんて使えないんで、食事は保存食をやりくりしたり、現地調達してる。
ソルドさんから解体の仕方を習ったので、肉類と魚類はそこそこ食べられていたが、卵は難しい。まさか巣から掻っ攫う訳にもいかないので、森で暮らしてた頃もほとんど食べられなかった。
だから、卵は正直本当に嬉しい。保存は出来ないから、勿体ないけど四個一気にオムレツにしよう。チーズが残ってたから、チーズも入れよう。
お兄さんを笑顔で見送って、そんな事を考えながら振り返った俺は、予想外の近さに人が立っていて、驚いて卵を落としそうになる。
「うわっ! って、主様かー……」
卵を何とか落とさずに済んでため息を吐いた俺は、目の前にいるのが寝起きで常よりさらにぽやぽやした主様だと気付いて、見上げへらりと笑いかける。風向きのせいか、何処からか微かに鉄錆た臭いがした。
「おはよう、主様。今日は早いんだな」
半分寝てるのか、主様はいつもの微笑みもなく、無言でジッと俺を見下ろしている。
「今の、誰です?」
「今の? あー、昨日森で会った冒険者のお兄さんだよ。野草あげたらお礼に、主様と食べてくれって卵もらったんだよ」
久しぶりのオムレツに浮かれてへらへらしていると、いつものぽやぽや笑顔になった主様から頭を撫でられる。
なんか急に触ってくるようになったけど、主様は寒がりなのか。
朝は冷えるから、俺の子供体温がちょうどいいとか?
そんなことを考えてる間も、主様は俺の髪を梳いたり、頬を撫でたりしてくる。
「オムレツにして食べようぜ? お兄さんに感謝だな」
主様が満足するまでと思ってじっとしていたが、終わりそうもないので朝食を理由に、やんわりと主様の手を避けて笑いかけとく。
俺は最低限の調理道具を用意してくれてたメイナさんと、調味料とか分けてくれたソルドさん達にも感謝しつつ、かまどの方へと卵を持って歩いていく。
そんな俺の背後にはピッタリとついてくる気配があり、俺は訝しんで気配の主である主様を振り返る。
「顔洗ってこないのか? ここなら流されたり溺れたりはしないから。あ、変なやつに声かけられてもついて行ったり、食べ物とかもらうなよ?」
「……はい」
なんだろう。一瞬、主様がお前が言うな的な顔したような気が……。気のせいか。
主様が水場の方へと行くのを見送った俺は、ギリ俺でも使えるサイズのフライパンを取り出して、そこではたと動きを止める。
「バター欲しいな……」
どうせなら美味しい物を主様に食べて欲しい。
卵をとりあえず殻のまま両手鍋の中に入れ、無い物ねだりをしてみるが、もちろん手の先からバターが出るとか、謎のウィンドウが出てネットショッピングが出来るなんて奇跡は起きそうもない。
「バター欲しいのか? よかったら分けてやるぞ?」
俺が念のためフライパンへ向けてバターバターと繰り返し呟いていると、近くでかまどを使っていた小太りのおじさんからそう声をかけられた。
「本当? あー、でもお金は持って無いから、物々交換でもいい?」
かわいこぶって(当社比)小首を傾げておじさんを見つめてから、何かあったかな、と考えた俺は、渡せる物を探しておじさんから目を離して背負っていたリュックの中を探る。
「も、物じゃなくてもいいぞ? ちょっとおじさんと向こうで……」
おじさんがはぁはぁ何か言いかけていたようだが、なぜかその声が急に聞こえなくなって俺はリュックから顔を上げる。
おじさんの居た場所には、いつの間に来たのか主様がぽやぽや微笑んでいた。
「あれ? ここにいたおじさんは?」
「さぁ?」
気が変わっちゃったかと呟いて、ほんの少しそれを残念に思いながら、俺は肩を竦めて気のない返事をした主様を見上げる。
「テントで待ってていいよ?」
動かない主様に、こてんと首を傾げると、珍しく困ったような顔をしてフライパンを指差された。
「ロコ……バター、いりますか?」
「あるの!? ……でも、いつ買ったやつ? 主様、あんまり料理しないんだよな?」
思いがけない言葉に喜びかけた俺だったが、相手が「生肉食べればいい」と言い出すような面倒臭がりだと思い出して、バターの惨状を想像してしまい盛大に顔を歪める。
「買ったのはだいぶ前ですが、私は収納魔法使えますので。入れてある間は時間停止してます」
「本当に!? さすが主様だな! じゃあ、ここにバター出してくれるか」
まさかの定番チート魔法の使い手がここにいた!
バターがあった喜びと、収納魔法が見られる嬉しさから、俺は満面の笑みでまな板を差し出した。
「はい、主様!」
「そんなにバター欲しかったんですか」
今度は呆れた顔になった主様は、そんな事を呟いて俺が両手で持ったまな板の上へ手のひらをかざす。
そのまま、俺にはゴニョゴニョとしか聞き取れない言葉を発したと思うと、まな板の上に何もない中空からレンガ大の白い紙包みが落ちてくる。
「おー、魔法みたいだ!」
「魔法ですから」
両手にバターの重みを感じて、思い切り馬鹿な感動の仕方をしていると、ふふ、と珍しく声を出して笑った主様から当たり前な突っ込みをされた。
「そうだったな」
自分でも馬鹿な発言をした自覚はあったので、照れ隠しにへらへら笑いながら、使う分だけバターをナイフで切ってフライパンへ入れておく。
残ったバターをどうすべきか悩んだが、伸びてきた主様の手がバターの上の空間を撫でるように動いたと思うと、バターが姿を消していて、問題は一気に解決した。
「主様ありがとな!」
収納魔法って便利だ、とさらに感動しながら、隣でぽやぽやしている主様へお礼を言って、オムレツ作りに入る。
ボウルなんて物はないから、片手鍋に卵を割り入れて、ソルドさんに頼んで切り出してもらった綺麗な木の棒二本でシャカシャカ混ぜていく。
「チーズ入れて、塩と胡椒入れて」
本当は生クリームとか牛じゃなくてもいいから乳が欲しいな、とか呟きつつ、再びシャカシャカ混ぜる。
あとは焼くだけ、とそこまで作業を進めて、俺は重大なことに気付く。
「ヤバい、忘れてた」
昨日のスープを温め直すにも、オムレツを焼くにも火が必要なのに、まだ火起こしすらしてない。
マッチやライターなんて無いから、火起こしは結構面倒臭い。
ソーサラさんがいた時は、ソーサラさんに火の魔法で点けてもらってたが、今は俺が火打ち石でカチカチやってるのだ。
リュックをゴソゴソ漁って火打ち石を取り出した俺を、主様は不思議そうな顔をして見下ろしているようだ。
そういえば調理中に主様が寄ってきたのは初めてかもしれない。
「それは……?」
火打ち石を初めて見るような顔をして、何か主様が言いかけたようだが。
「おはよう、ジルぼうず。朝も食事担当なのか?」
それを朗らかな声でかき消したのは、昨夜隣で料理していて仲良くなった冒険者のおじさんだ。名前はヘルツさん。
ちなみにさっきのはぁはぁ言って消えていったバターおじさんとは別人だ。
こっちのヘルツさんは自身でおじさんと言ってはいるが、いぶし銀というか、ガッチリとした体型で銀灰色の髪をした渋いイケオジというやつだ。
「相変わらずちっこいな、ジルぼうずは」
からかうような台詞だが、向けられる笑顔はただただ優しく、ガシガシと頭を撫でてくれる手は大きくあたたかい。
「おはよ、ヘルツさん。俺みたいなちっさいやつは、こういうことぐらいしか出来ないからな」
ふんっと力こぶを作る真似をしながら悪戯っぽく笑って返すと、くくくと笑ったヘルツさんからひょいと抱き上げられてしまう。
そのまま嫌がらせのように頬擦りされるが、無精ひげが生えているのでじょりじょりして少し痛い。
「まだ火が点いてないみたいだが? 火打ち石無くしたのか?」
頬擦りしながら、ヘルツさんは心配そうに俺の使っているかまどを見ている。
ヘルツさんには俺と同じぐらいの娘さんがいるそうで俺を構いたくなるのはわかるが、これは愛が重くてパパうざーいとか言われてそうだ。俺は嫌いじゃないが。
「今やるとこだったんだよ。まだ慣れてないんだから、仕方ないだろ」
ムッとわざとらしく唇を尖らせた俺は、ヘルツさんの顔を押し戻しながら、ふんっと鼻を鳴らして降ろしてくれアピールをする。
「おれが点けてやろうか? 朝飯遅くなるだろ」
「気持ちだけ受け取っとくよ。主様は少し朝食遅くなっても……」
大丈夫だよな、と言いかけて側にいるはずの主様を振り返る。ヘルツさんに抱えられてる今、目線はほぼ主様と同じ高さなので見上げなくていいのは楽だ。
俺が言いかけた言葉を言い切れなかったのは、主様は俺達の方を見ておらず、視線の先にあったかまどから一気に2メートルほどの火柱が立ち上がったからだ。
「うおっ!?」
「っち、大丈夫かジルぼうず!」
熱さというか驚きで思わず悲鳴じみた声を上げた俺を、ヘルツさんが庇うように抱き込んで火柱から遠ざけてくれる。
俺達より火柱に近いはずの主様は、動じる気配もなく火柱と俺を交互に見つめてから、いつものぽやぽや笑顔になる。
「……テントで待ってます」
俺がなにか言う前に、主様はそれだけ言ってテントの方へ歩いて行ってしまった。
「主様、どうしたんだ? というか、主様だよな、これしたの」
主様が離れると火柱は勢いを緩め、今は料理にちょうどいいぐらいの大きさとなって揺れている。
それを指差して、俺は渋い表情をしたヘルツさんへ問いかけたが、ヘルツさんは聞こえてないのか主様が消えた方を見ている。
「ヘルツさん! 降ろしてくれよ! せっかく主様が火を点けてくれたんだし、朝食準備したいんだけど!」
「あ、ああ、悪い悪い。軽いから抱いてるの忘れてたわ」
明らかに誤魔化すようなヘルツさんの軽口に、幼児な俺は無邪気に拗ねて見せておく。
「悪かったな! これから成長期なんだよ!」
「そうだな、たくさん食べて育つんだぞ?」
俺は物言いたげなヘルツさんの視線に気付かないフリをして地面へ降り立つと、昨日のスープの残りを温めて、手早くオムレツを作っていく。
まぁ、ちょっと崩れてしまって炒り卵の親戚みたいだが、味は悪くないだろう。
「ちょっと食べてみる?」
「魅力的な言葉だが、ジルぼうずがこれ以上ちっこくなったら困るから止めとくよ」
作っている最中、ずっと隣にいたので食べたいのかと思って一応聞いてみたが、やんわりと断られた。
それもそうかと思う。朝食には少し遅い時間だし、ヘルツさんはお仲間さんと食べてきたんだろう。
「縮みませーん!」
ふんっと鼻を鳴らしたあと、けらけらと笑いながら、スープを持って、半分にしたオムレツをパンと一緒に皿へと盛り付けていると、ヘルツさんがしゃがんで俺を見つめていることに気付く。
「なんだよ?」
「ジルぼうず、あれは幻日だな?」
「そう呼ばれることもあるみたいだな」
久しぶりに聞いた主様の『呼び名』に、俺は込み上げてきた不快な気分を飲み込んでなんでもない事のように頷いておく。
「……一緒にいて大丈夫なのか?」
「質問の意味がわからない。確かに主様はフラグ建てまくるし、ぽやぽやして危なっかしいけど、普通の人……見た目は美人過ぎるけど、それだけだろ」
昨夜の気持ち悪い男とは違い、ヘルツさんは心配してくれているだけだと頭では理解してるが、感情の部分が幼い体に引きずられるように怒りを隠しておけず、俺はヘルツさんをキッと睨みつける。
「だがな、ジルぼうず、あの男は……」
「ロコ、お腹空きました」
ヘルツさんの言葉を先ほどの意趣返しかのように遮ったのは、いつもの間にか戻って来ていた主様だ。
「お、おう! ちょうど出来たとこだから、主様の分、持っていってくれよ。俺は片付けしてから行くからさ」
俺達の会話は幸いにも聞かれてなかったらしく、ぽやぽやしている主様はいつも通りだ。
「はい」
「落とすなよ? 転ばないように足元には気をつけろよ? 変なやつに声かけられてもついて行ったりするなよ?」
口癖になりかけている注意をしながら主様の分の朝食が置かれたお盆を渡すと、また何ともいえない「お前が言うのか」的な表情をされた気がしたが、すぐにそれはいつものほわほわした笑顔に覆われる。
「先に食べてろよ?」
コクリと主様が頷いたのを確認した俺は、洗い物をするために汚れた鍋やフライパンを抱えて水場へと向かって歩き出す。
少し離れてから、ちらりと振り返った背後では、主様が立ち上がったヘルツさんと何かを話している。
ヘルツさんの口振りだと主様を知ってたみたいだけど、主様はあれだけ綺麗で強いし、有名人だから仕方ないか。
で、でも、あのぽやんとしてて、ちょっと抜けてるとことか、寒がりであったかいものに触りたがるとことかは、俺ぐらいしか知らないよな?
洗い物をしながら、気付くとそんな嫉妬じみた事をぐるぐる考えていて、一気に頬へ熱が集まる。
「やば、俺ちょっと気持ち悪いな、これ」
そういう意味の好きではないが、独占欲めいた自分の思考が恥ずかしくなり、俺は赤くなってるであろう顔を手のひらで覆う。
「もう少ししてから帰るか……」
朝食は冷めるが仕方ないと、俺は鍋とフライパンを抱えてその場に座り込んで、顔の熱が引くのを待つことにした。
●
ジルぼうずが見えなくなると、ふわふわと笑っていた『幻日』の顔から表情が消える。
否、顔はそのまま笑っているように見えるのだが、そこからスッと感情が消えてしまったかのようだ。
「名高い幻日サマが、あんな幼気な子を連れ歩いて、どういうつもりだ」
おれが低く恫喝するように問うても、その涼しげな微笑み顔は全く変わらない。
「私が連れ歩いてる訳ではないです」
話す口調もジルぼうずのいた時と何も変わらないが、穏やかに聞こえるはずの声音には明らかな冷気が滲む。
「ジルぼうずが勝手についてきてるとでも言いたいのか?」
「そうですが?」
「あんな幼い子に無理をさせてるのがわからないのか? 幻日サマが理解出来ないというなら、おれ達のパーティーで保護させてもらう」
昨日から見ていたので、おれはジルぼうず達が徒歩移動だったのも知っている。ジルぼうずの歩く速度も気にせず『幻日』はほぼ走るような速度で移動していたと、他の冒険者からも聞いている。
野営地に着いてからも、動いているのはジルぼうずばかりだった。
小さいのがちょこちょこしていると、他の冒険者パーティーからも可愛がられていたようだ。
幼いだけでも可愛らしく見えるものだが、ジルぼうずはそもそも子猫めいた雰囲気の可愛らしい見た目だ。その上、黒髪に銀色の目なんて目立ち過ぎる色彩をしている。
中にはいかがわしい感情を抱く者もいそうだが、今のところジルぼうずが何かされたりはしていない。この野営地にいる間ぐらいはと、おれのパーティーで気を配っているのだ。
保護者であるべき『幻日』自身が、妙な輩に声をかけられ、ジルぼうずの方が守っていたという目撃情報すらあったのを思い出し、おれは何も答えない『幻日』を見てゾッとした。
深淵のような瞳がひたとおれを見つめ、まだ昼にもなっていないというのに周囲から音が消えた気すらする。
何も言えず言葉を失ったおれがはくはくと意味なく唇を開閉させていると、唐突に『幻日』の雰囲気が変わり、音が戻ってくる。
「ロコ」
「何やってんだよ? 先に食べろって言っただろ? せっかく主様に美味しいオムレツ食べてもらいたかったのにさぁ」
『幻日』の呼ぶ声に応えてパタパタとおれ達へ駆け寄ってきたのはジルぼうずだ。
口調は幼児らしからぬものだが、むぅと唇を尖らせて睨んでくる姿は年相応に見えて愛らしい。
「テントに行ったらいないから、また何かあったかと思って心配したんだからな?」
「すみません」
ほわほわした微笑みを浮かべた『幻日』が少しもすまなそうに見えない顔で謝ると、ジルぼうずは気にした様子もなく肩を竦めている。
「ヘルツさん、俺達これから朝ごはんだから、またな?」
ニパッと花が咲くような鮮やかで無邪気な笑顔で挨拶して去って行くジルぼうずを見送っていると、隣にいた『幻日』がちらりとこちらを振り返る。
「ほらえらんだのはわたしじゃない」
ゆっくりと唇が動き、音なく言葉を紡ぐ。
おれへ向けて、勝ち誇るように微笑んで。
「リーダー、やっぱり幻日だったのか?」
しばらく固まったまま連れ立って歩く凸凹を見送っていると、斥候役であるうちのメンバーが駆け寄ってくる。
心配そうにジルぼうずの去った方向を見ているが、ジルぼうずの色々を探ってくれたり、見守っていてくれたのも彼だ。
「ああ。間違いない。久しぶりに殺されるかと思ったな」
おれの言葉を冗談だと思ったのか、子供好きで陽気な彼はけらけらと楽しそうに笑っている。
その彼は、ふと何かに気付いたように、野営地の奥の方を見やる。
そこは昨夜なにかの襲撃にあって全滅した商人のテントがあった方向だ。
「殺されるって言えば、まだリーダーには報告してなかったんだが、殺された商人なんだが、殺されても仕方ないような野郎だった」
「その噂はおれも聞いたが、本当だったのか」
「ああ。しかも噂よりかなり酷い。特に幼い子供に目がないゲス野郎で、金に物を言わせて子供を買って、まあ想像通りのコトをしていたらしい。しかも、この野営地でも子供を狙っていたそうだ」
彼の報告を聞いた瞬間浮かんだのは、ついさっき別れた悪戯子猫めいた愛らしい子供の笑顔だ。
「まさか!? 狙いはジルヴァラか!?」
「胸糞悪いがその通りだ。夕方頃、接触していたのも確認したが、その時はぼうやが自身できっちり断っていたから、今日の様子を見てリーダーに報告予定だったんだが……」
「その前に何者かに殺された、と」
重々しいおれの声に、彼は深々と頭を下げる。
「すまねぇ! 昨日のうちに話しておくべきだった」
「いや、お前の対応に間違いはなかった。急に殺されるなど、想定外過ぎるだろう」
昨日の時点では、ただ話しかけていただけの相手だ。話を聞いていたとしても、少し警戒して終わっただろう。
逆に、
「昨夜そんな話を聞いていたら、おれはそのテントを見張らせただろうな。そうしたら──」
間違いなく、メンバーを数人失っていただろう。
「いや、もう終わったことを話し合っても仕方ない。……しかし出立の前に、ジルぼうずへ誘いをかけるつもりだったんだがな」
おれの独り言に、彼が不思議そうに首を傾げている。
「誘えばいいじゃないっすか。あのぼうやもリーダーに懐いてましたよね?」
「まぁな。──だが、おれには虎……いやドラゴンの尾を踏むなんて、おそろしくて出来ねぇなぁ」
ジルぼうずを連れて行きたい気持ちは消えていないが、ジルぼうずが自身の意志で飛び込んで来ない限りは無理だろう。
「そもそも、その時、あの男はジルぼうずを離すのか?」
想像したくもない未来が見えそうになり、おれは呟いた言葉をかき消すように大きく頭を振って、仲間の待つテントへ向かって歩き出した。
お読みいただき、ありがとうございます。
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