291話目
第一王子はこんな感じの人です。裏はないです。
「…………私の言葉が聞こえていませんでしたか? 私はこの子に近づかないで欲しいと申し上げましたね?」
頭痛を堪えるような表情で額をおさえながらも、しっかりと断ってくれたドリドル先生の言葉に安堵したのもつかの間、第一王子はいい笑顔で頷いた。
視界の端でその笑顔を見た俺は、不安を覚える。どう見ても拒否したことを確認されてする笑顔ではない。
「近づかないで欲しいとは言われたが、抱いてはいけないとは言われなかったからな」
屁理屈…………というか、ある意味言葉を額面通りに受け取ってる?
第一王子には屁理屈言ったつもりはないらしく、抜け道を見つけてやったぜとばかりに輝くような笑顔を浮かべて、手を差し出している。
俺はその手に乗るほど小さくない……いや、わかってるよ? 俺を渡してくれって意味の手ですよねぇ。
いい人そうだけど、マイペースというか我が道を行く人だ。しかも、悪気はないから嫌いにくく、憎めない。
俺のそんな気持ちを察したのか、ドリドル先生は苦笑いして俺の顔を覗き込んでくる。
「どうしますか?」
「…………俺、赤ちゃんに見えてるとかじゃないよな?」
にこにことした笑顔でまだかまだかと待っている第一王子の表情に、不安を覚えてドリドル先生に念の為な確認をすると、困ったような笑顔で首を振られる。
「違うと思いますよ。ただちい…………年下の子を抱き上げてみたいのでしょう」
「なら、いいけど……減るもんじゃないし」
ドリドル先生から、さりげなく『小さい』と言われかけたことに凹みつつ、開き直った俺は笑顔で待機していた第一王子の腕へと手渡される。
順当にいけばこの国の次期王になる貴い方の腕に抱かれてしまい、俺は緊張でカチコチだ…………なんて嘘だけど。
緊張でカチコチなのは、第一王子の方だ。
「君は……ち、小さくて軽いな」
どもる程小さくはないですけど、俺ー。
六歳児としては少し小さめかもしれないが、最近はたくさん食べてたくさん寝てるから、背とか伸びてる……と思うんだけどな。
それこそ首の座ってない赤ちゃんみたいな扱いされてるけど、そこまでしなくてもという感じだ。
「私は、赤ちゃんじゃないですから、多少雑でも怪我したりしないですよ。怪我の所だけ触らないようしてしてもらえば」
焦れったくなった俺がへらっと笑って『小さくない』アピールをすると、第一王子は信じられないといった表情ながらもいくらか先ほどまでよりはしっかりと抱えられる。
「順番が逆になってしまったが、私はアンジール。この国の第一王子だ。君の名前は? 見たところ、誰かの従者のようだが……」
「お目にかかれて光栄でございます、殿下。私は騎士団長の三男であるナハト様の従者見習いとしてお茶会へ参加しております」
抱っこの状態なのでマナーもへったくれもないが、一応頭も下げて挨拶を返す。
「おや? 君の名前は?」
しれっと名乗らずいこうかと思ったがバレてしまい、にこにこと笑っている第一王子が促すように顔を覗き込んでくる。
ここでキレたり、威圧してきたりしない辺り、本当に第一王子は人格者というか良い人っぽい。
これでよくゲームでは悪役やれたよな、黒幕ではないとはいえ。
ん? 今、サラッと何かそこそこ重要なゲーム知識を思い出した気がしたが、自己紹介するのかぁというダルさですぐ押し流されて何を思い出したかさえ思い出せない。
それに目の前には、ワクワクという擬音を体現した様な笑顔の第一王子がいて、思考はそちらで埋まってしまう。
「……ジルヴァラと申します」
ささやかな抵抗で小声で名乗ってみたが、ほぼゼロ距離な相手に聞き取れないはずもなく。
「そうか。よろしくな、ジルヴァラ……ん? ジルヴァラ?」
パァッと笑顔になった第一王子に何か色々と吸い込まれそうな気がした俺が顔を反らして視線を遠くへ向けると、困った顔で笑っているドリドル先生が視界に入ってくる。
「せんせぇ……」
弱々しく助けを求めてみたが、害はない方なので、と言われて助けてもらえなかったため、相変わらず現状維持だ。
第一王子はというと、パァッと笑顔になった後、何かに気付いた様子で俺の名前を口内で繰り返し呟いて首を傾げている。
「殿下?」
何か引っかかるようなことを言っただろうかと呼びかけると、第一王子は傾げていた首を真っ直ぐに戻してにこにこと俺の顔を覗き込んでくる。
「君のような幼い子が無理に殿下など呼ばなくとも名前で呼んでくれても構わない。少し前に出会った君より少し年上の元気な少女は、初対面から名前を呼び捨てにしていたよ?」
もしかしなくても、そんな破天荒なことをするのはヒロインちゃんだろう。
それ以外にいたなら、この国の未来がちょっと心配になる。
そこで俺はやっとヒロインちゃんのことを思い出して、第一王子にヒロインちゃんの怪我のことを伝えなければと口を開く。
「あの……その子が怪我したと聞いて来たんじゃ……?」
残念そうな顔をされたけど、名前で呼んでいいと言われたからといって素直に名前呼びをしたりしないよ?
「あぁ、先ほど本人が突撃して来たからな。元気だとこの目で確かめた」
痛い痛いと死にそうな雰囲気だったと騎士は言ってたんだがな、と少し不思議そうだっだが、その表情はヒロインちゃんが元気で安堵しているようだ。
ベタ惚れかはともかく、良い関係を築いている…………のか?
「弟のお茶会で騒ぎと聞いたが、前回とは違って死人も出なかったようで良かった」
うんうんと頷いて独り言を洩らす第一王子だったが、さすがに聞き逃がせず思わず反応して、口からは突っ込みが出てしまう。
「え? グラ殿下のお茶会で亡くなった方が?」
マジで? とドリドル先生を見ると、おやまぁと呆れた表情で苦笑いして首を横に振っている。
「アンジール殿下。ですから、亡くなってはいません。血を吐いたりしたので勘違いされた方が多いですが、本人はピンピンしています」
何度か繰り返したやり取りらしく、答えるドリドル先生の台詞は淀みがないというか、何回も言っている感がひしひし伝わってくる。
あと気になったんだが、グラ殿下のお茶会で血を吐いたって、何かとても覚えがある話だなぁ……あは。
「しかし、血塗れでぐったりして動かなくなったのを幻日が抱えていたと……」
「今現在は、あなた様が腕に抱いています。亡くなっているように見えますか?」
ドリドル先生のからかうような台詞に、第一王子はわかりやすく簡潔に疑問を声に乗せる。
「は?」
そして、間の抜けた顔をしてても美形は美形だ。
真ん丸くなった深紅の目がドリドル先生の方からゆっくりと移動して腕の中の俺を見る。
恐る恐るという風に伸びて来た指が、ちょんっと頬を突いてバッと離れ、ちょんっとバッと離れを数度繰り返し、そのくすぐったさに俺は肩を揺らして笑ってしまう。
「あたたかいし、柔らかい……」
おぉぉと何故か感動している様子の第一王子を生暖かく見ていた俺は、書類仕事を始めているドリドル先生へ顔を向ける。
「ドリドル先生。俺、そんな噂話になってるのか?」
「えぇ。聞く度に訂正はするのですが、やはり幼い子が血塗れというのは衝撃的な光景でしたから」
あの時は私も肝が冷えましたよ。そう小声で付け足したドリドル先生の眼差しは、何処までも優しくて照れ臭さを覚えた俺は、いつものように抱いてくれている相手の服に顔を埋めて照れ隠しをする。
誰に抱かれているかすっかり忘れて。
「…………子猫のようだ」
うりうりと顔を埋めていた俺は、嗅ぎ慣れない匂いと聞き慣れない声にハッとして状況を思い出し、慌てて埋めていた顔を離して第一王子を見上げる。
良かった、怒ってはいない……な。でも、何か考え込んでる?
「……今思い出したのだが、確かグラが仲良くしている友人の名がジルヴァラで、グラはジルと呼んでいると……。兄上の名前の響きと似ているんです、と笑顔で言われて感動にうち震えたのだ……」
ブツブツと独り言のように呟いていた第一王子は、唐突に俺の顎を掴んで来て、まじまじと瞳を覗き込まれる。
「だが、グラによるとジルヴァラは『夜の闇のように美しい黒い髪に、磨いた鏡のような神秘的な銀色の瞳の妖精のような子供』だったな。どちらも違うか」
うむ。と一人で納得している第一王子を前に、俺はここにいないグラ殿下に内心で全力な突っ込みを入れることになる。
「それどこの『ジルヴァラ』さんですかー!」
と。
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ストック終わっちゃったので、毎日更新終了ー(´・ω・`)
基本位置がベッドか誰かの腕の中な主人公って……。




