290話目
ノックをしたら返事を待ちましょう。
「ドリドル先生……あの、ごめんなさい」
騎士団の建物内にある医務室へと運ばれた俺はベッドの端に腰かけて、治療の準備をしているドリドル先生を目で追いながら話しかける。
「……それは何に対する謝罪ですか?」
治療の準備を終えたドリドル先生は、そう言って俺の前に置かれていた椅子へ座る。
「えぇと……迷惑かけて……?」
じとりと見てくるドリドル先生の眼差しに負けて、思わず疑問符付きで答えてしまうと、伸びてきた手に優しく頬を揉まれる。
「そう思うなら、お転婆は控えてもらえると嬉しいですね」
お転婆って女の子に言うことじゃ、という言葉が喉まで出かかったが、自身の方が痛そうに笑うドリドル先生の表情に何も言えなくなってしまい、俺はこくりと頷く。
「いい子ですね、ジルヴァラ」
安心した様子で微笑んでくれたドリドル先生から、優しく頭を撫でてもらえた。
そういえば今さらだけど、あのゆるい騎士さん始め、今日会ったほとんどの顔見知りに俺の変装見抜かれてたな。
治療を受けながら、変装の意味はあったのか若干思ったりもしたが、ヒロインちゃんに認識されなかったので、意味はあっただろうと思い直す。
「俺の変装って、バレバレだった?」
念の為、使用者アンケートじゃないが、全く誤魔化されてくれなかったドリドル先生に質問してみた。
ちょうど目の前にいるし、手持ち無沙汰だからな。
傷を覆ったガーゼをテープで留めていたドリドル先生は、作業を終えてから患部から俺の顔へと視線を戻す。
見つめられること数秒、ドリドル先生は「あぁ」と小さく声を洩らして微笑む。
「私はもともとオズワルドから『ジルが怪我をした』と呼ばれましたから。変装を見抜いた訳ではありません。前情報が無ければ、私でもしばらく気付かないかもしれませんね」
ふふっと微かな笑い声を上げたドリドル先生は、悪戯っぽい表情をして俺の頭をまた撫でて言葉を続けた。
「……それに、私の知っているジルヴァラは、こんなにお行儀よくしてませんから」
「……お行儀よい俺の方が良い?」
からかわれているのはわかったが、つい拗ねたような口調になってしまうのは、明らかに肉体年齢に精神年齢が引っ張られていると思う。
そう思うことにした。決して俺が子供っぽかった訳じゃない……たぶん。
開き直って拗ねてるアピールで唇を尖らせてドリドル先生から笑われていると、医務室の扉がノックされると同時に開いて誰かが入ってくる。
皆さんは、ノックをしたら返事を待ってから入りましょう。
脳内に誰に対してか不明な注意テロップが流れる中、俺はお澄ましな子供の顔を取り繕ってベッドにおとなしく腰かけておく。
扉が開く直前、顔を寄せてきたドリドル先生から小声で、
「いい子にしててくださいね」
と言われたからだ。
お澄まししている視界の中に入って来たのは、金髪に深紅の瞳のオズ兄と同年代ぐらいの青年だ。
既視感というか見覚えがある気がして、こっそりと目で追っていたら、ばっちり目が合って笑みを向けられたので、俺もへらっと笑っておく。
それで青年の興味は俺から逸れたらしく、すぐにドリドル先生へ話しかけ始める。
「ドリドル先生、弟のお茶会で怪我人が出てこちらへ運ばれたと聞いたのだが……」
そう言いながら、青年はちらちらと俺を横目で見ているが、俺をその怪我人だとは思っていないらしい。
たぶん青年が探しているのは、俺より先に運ばれたはずのヒロインちゃんだろう。
で、さっきの発言から察せてしまったが、この青年はグラ殿下の兄であるこの国の第一王子だろう。
ゲームでは攻略対象ではなかったはずだが、グラ殿下の兄だけあってかなり格好良い。
さっきの既視感はグラ殿下と似ていると思ったせいかと得心がいったが、第一王子はグラ殿下より鍛えているというか見るからに肉体派だ。
グラ殿下は知的なクーデレさんだからな。
第一王子はヒロインちゃんと仲良くなったという話だったが、怪我をしたと聞いて駆けつけるぐらいに仲が良いんだなぁと他人事のような感想を抱く。で、ぼーっとしてたら、いつの間にか鼻が触れそうな距離にその第一王子の整った顔がある。
「うわっ!?」
驚いた俺は仰け反った勢いで仰向けでベッドへ倒れ込んでしまった。
「……アンジール殿下。その子に近づかないでくださいと申し上げたはずですが?」
さりげなく俺を抱き寄せて第一王子から引き離しながら、ドリドル先生が笑顔で圧をかけている。
主様にも負けないドリドル先生は、第一王子相手でも変わらない態度らしい。
一応、主様よりは敬ってるけど。
「ぢゅっぢゅっぢゅっ!」
なんだアイツ急に近寄ってきたぞ! とテーミアスが肩の上でもふもふぷりぷりしてる。怒ってるけど相変わらず可愛い。もっふもふな尻尾でペチペチと俺の頬を叩いている。
俺もかなり驚いたが、俺の肩の上で寛いでたテーミアスはもっとびっくりしてしまったらしい。
急に知らない顔が寄ってきた上に、足場な俺がひっくり返ったから仕方ないとも言える。
ドリドル先生の腕に抱かれて物理的距離を取った俺を、第一王子は興味深げに目で追ってきている。
ゲームでは優秀な弟に嫉妬してこじらせたジメジメしたキャラだったが、今こうして目の前にいる第一王子はそんな陰湿な感じは全く感じない。
「驚かせてすまない。怪我は痛まないか?」
そう微笑んで心配そうに俺を見てくる態度は、爽やか体育会系って感じだ。
何でだ? と一瞬抱いた疑問は、ヒロインちゃんと仲良しという事実で速攻解消された。
ヒロインちゃんが上手く励ましたり、色々何かしたりしたんだろうな。
第一王子に関しては成功したんだな、と先ほどのヒロインちゃんと同級生組の温度差を思い出して、何だかホッとしてしまう。
「ご心配ありがとうございます。ドリドル先生の処置が良かったので平気です」
従者モードのお利口な微笑みと口調で答えてから、天上の方に話しかけられて恐縮している子供を装ってドリドル先生の白衣に顔を埋めて隠れる。
全くもって隠れられてはいないが、気分だ気分。
「そうか、なら良かった。ドリドル先生は素晴らしい医者だ」
第一王子が大きく頷く気配がある。しかもその視線はまだ俺を見ている気がする。
そして、予想外過ぎる言葉が聞こえてくる。
「…………ドリドル先生、私にもその子を抱かせてもらえないか?」
俺は小さな赤ちゃんではありませんけどーっ!
俺が心の中で叫んだのは言うまでもない。
いつもありがとうございますm(_ _)m
感想などなど反応ありがとうございます(^^)反応いただけると嬉しいです(*´∀`)
知り合いにはバレまくってるジルヴァラの変装です。
アシュレーお姉さんの腕は確かです。皆さん、ジルヴァラ好き面々なだけです←
たぶん、トレフォイルだとソルドさんだけ騙されます(え?)




