289話目
ヒロインちゃん……何してんの? ナニしたんでしょうねぇ?
「邪魔だぁっ!」
偶然にも俺の本音と同じことを叫びながら、男がナイフを振りかざして邪魔なお坊ちゃまを排除しようとする。
さすがに目の前でヤられるのは目覚めが悪いので、俺はガクブルしているお坊ちゃまを押し退けてお坊ちゃまの前へ出る。
どうやらお坊ちゃまの陰で見えなかったのか、俺の登場に男がほんの一瞬動きを止める。
そこへ俺の服の中からテーミアスが飛び出し…………俺を慌てさせたが、テーミアスは無事に男の顔面に貼りついたので、俺はその隙に男の手からナイフを叩き落とした。
そこでやっと見張ってたキラキラとした鎧の騎士がガチャガチャと現れ、今度こそ男をしっかりと拘束する。
「こら、危ないことするなよ」
「ぢっ」
肩へ戻って来たテーミアスにそう言うと、即座に「お前がな」と返されてしまった。
その通りなので、俺も反省しておく。
男が拘束されると、すぐにナハト様が駆け寄って来て、ナハト様からも怒られてしまった。
俺以外にも怒られている人物はいたようで。
「何故あんなことをされたんですか! 私を庇うなんて、馬鹿な真似を……」
涙ながらにお坊ちゃまへ怒っているのは、あのニヤニヤと笑う従者の少年──ではなく、ルコルだ。
お坊ちゃまの発言から、彼が誰のために飛び出したかは明白で、ルコルにも真剣な気持ちが伝わったんだろう。
俺に押し退けられたせいか、恐怖からかはわからないが、お坊ちゃまは尻もちをついてしまっているのだが、近くにいるのはルコルとミラベルお嬢様だけだ。
一番近くにいるべきであろう従者の少年はというと、何故か「うわぁ」と呟いて嫌そうな表情を浮かべていて、かなり離れた場所にいる。
無謀な主人に呆れたのかと思ったが、ちらりと見えたお坊ちゃまのズボンに出来た染みで何となく理由を察してしまった。
ルコルとミラベルお嬢様も当然気付いているだろうが、しゃがんでお坊ちゃまを介抱する二人の表情にはからかいや嫌悪などの悪感情は全く見えない。
それどころか逆に従者の少年が小声で嘲笑の言葉を口にしたのを聞き取ったミラベルお嬢様は、キッと眉を吊り上げて声の主である少年を睨みつける。
「震えながらも立ち上がった勇敢な者への罵倒は、わたくしが許しませんわ!」
『というか、てめえも男ならやってみせろよ』
そんな副音声が聞こえそうなミラベルお嬢様の毅然とした一喝と睨みに負け、従者の少年はすごすごと逃げていってしまった。
「う、うるさい!」
捨て台詞とお坊ちゃまを残して。
あんまり人目に触れたくないだろうし、最悪テーミアスの手を借りるかと思っていると、鎧を着ていない騎士が一人近づいてくる。
見覚えのあるその騎士は、さっき活躍したオズ兄と仲良しな口の悪い騎士さんだ。
「怪我なくてよかったね〜。無茶はしちゃ駄目だよ〜?」
ゆるい口調で話しかけて来た騎士さんが見ているのは、どう見ても俺だな。あと、ちらりとしゃがみ込んでるお坊ちゃま。
向こうは貴族のお子様だから、騎士さんは気軽には話しかけられないんだろう。
ちょうど良いのでこの騎士さんに頼めば何とかしてくれるだろうと、俺は内緒話をするため騎士さんを手招きして屈んでもらう。
「ん? なーに〜?」
にこにことゆるく笑いながら屈んでくれた騎士さんの耳元へ顔を寄せ、小声でお坊ちゃまの状況を説明しておく。
「りょーかい。大丈夫、大丈夫。よくあることだから〜」
箱入りのお貴族様には刺激強いこと多いからね〜とゆるく笑う騎士さんの声音の冷ややかさに、反射的にその顔を二度見してしまったがその目は全く笑っていなかった。
ゆるい騎士さんも、箱入りのお貴族様には色々思うことがあるんだろう。お坊ちゃまを頼んだことを後悔しかけたが、騎士さんはそんな俺の気持ちの動きに気付いたのか、悪戯っぽい笑顔で鼻を弾かれる。
「あの子はそんな悪い子には見えないし、任せといてよ〜。好きな子のために頑張る男の子は嫌いじゃないよ〜?」
その言葉に嘘はなさそうなので、俺はこくりと頷いて騎士さんを連れてお坊ちゃまへと近寄る。
近寄って来た騎士に探るような眼差しを向けてきたミラベルお嬢様達も、目配せするとすぐに察してくれたらしく、それぞれサッと立ち上がって、戻りつつあるお茶会の参加者からお坊ちゃまを隠すようにその場に立って待機の体勢だ。
凛々しい二人の立ち姿に見惚れそうになるが、いたら同じことをしてくれていそうなヒロインちゃんがそういえば見当たらないことに俺はそこで気付く。
「どうしたの〜?」
同僚を招集してサッとお坊ちゃまを目立たないように運搬してくれた後、残っていたゆるい騎士さんが首を傾げて俺の顔を覗き込んでくる。
わざわざ屈んで目線まで合わせて話しかけてくれる辺り、子供好きなのかもしれない。
「あの……ひ……じゃなくて、白い髪の女の子、怪我してたみたいなんですが、あ、もしかして酷い怪我を……?」
口に出してからもしかして傷が思いの外深かったとか、あのナイフに毒があったなんて可能性を思いつき、おずおずと訊ねると、ゆるく笑っていた騎士さんの顔から笑顔が消える。
予想外の反応に俺が目を見張って固まっていると、すぐにゆるい笑顔に戻った騎士さんはぶんぶんと手を振ってみせる。
「ぜーんぜん。子猫に引っ掻かれたぐらいの傷だったけど、痛い痛い喚くから、その子の連れの、恥ずかしげもなく子供に混ざっていた男が連れて行ったよ〜」
何ヶ所か突っ込みどころはある発言だが、俺の知りたかったヒロインちゃんの安否はわかったから良しとしよう。
さりげなくエノテラへの毒というか口撃があった気もするが。
やっぱり悪目立ちしてたんだな、エノテラ。元からイケメンで目立つから仕方ないか。
推しの情けないともいえる姿を思い出して苦笑いしていると、俺がヒロインちゃんの態度に笑ってると思ったのか騎士さんが俺の頭を撫でてくる。
「あれだけ痛い痛い騒いでたから、大怪我だと思うよね〜。それなのに犯人に近寄って行ったり、変な子〜──、
……って、その傷! 君はもっと痛がりなさい!」
撫でられてほっこりしていた俺は、突然怒鳴られてしまいビクッと体を跳ねさせる。
俺の肩の上にいたテーミアスも、驚いて少々浮き上がって、ぼふっと膨れて肩へ再び着地してる。
怒鳴られた理由がわからず首を傾げていると、騎士さんに手を掴まれる。
「え?」
「これ〜っ!」
声を荒げた騎士さんは俺の手を取り、見せつけるように俺の顔の前まで持ち上げてくれたのだが、それでやっと俺も指先へと伝って来ている赤色に気付く。
「…………弾き方がいまいちだったか」
要練習だなと口内で呟いて、はたと服を駄目にしてしまったことに気付いた俺は、恐る恐るナハト様を見る。
お坊ちゃまを心配してか少し離れていたはずのナハト様は、いつの間にかほぼゼロ距離まで近寄って来ていて、真顔で俺……というか怪我をした部分を見ている。
「あの……その……ナハト様、いただいた服を汚してしまい、大変申し訳……」
「服なんてどうでもいい! …………オレのせいで、ジルにまた怪我させた……」
俺の謝罪を遮って怒鳴ったナハト様の声は、徐々に小さくなっていき、その表情は今にも泣きそうなものへと変わっていってしまう。
「ナハト様のせいじゃない。俺が失敗したせいだ」
慰める言葉は従者の演技のものではなく、素の口調になってしまったが構わない。
「でも……っ!」
嫌々をするようなナハト様に、俺はへらっと笑って傷口を手で覆って隠してしまう。
「これぐらい掠り傷だって。適当にハンカチでも巻いて……」
唾でもつけておけば……と続けようとした俺の耳に、頼りになるが今は一番会いたくなかった気のする相手の声が聞こえてきてしまう。
「へぇ? ハンカチを巻いて、どうするつもりですか?」
またビクッとなった俺が恐る恐るそちらを見ると、申し訳なさそうに佇むオズ兄と…………その隣にはにっこりと微笑むドリドル先生がいて。
「いや、あの、その……」
「とりあえず、連行です」
言い訳する間も与えられず、俺はドリドル先生に抱えられてお茶会の会場から退場することになった。
ナハト様が一人になるから! と訴えたところ、オズ兄が巻き込まれて臨時従者することになってしまったのは、何かどちらにもごめんなさいと言いたい。
いつもありがとうございますm(_ _)m
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お坊ちゃま頑張った! 以上!
ジルヴァラ、負傷。一部の人は違う意味でおろおろ。
保護者は…………見ているでしょうねぇ。




