288話目
例え空回りでも、頑張る子は応援したくなります。
茂みの中に隠れて男の隙を窺っていたらしい二人は、騎士の二人だ。
どうやらあの目立ち過ぎて動きにくいキラキラした鎧を脱いで隠れていたようだ。
とても見覚えがある騎士二人は、オズ兄とオズ兄と仲の良い少し口の悪いあの騎士さんだった。
ちなみに女の子を救い出したのがオズ兄で、ヒロインちゃんを救い(?)出したのが口の悪い騎士さん。
エノテラがヒロインちゃんの扱いに対して文句を言ってるが、ゆるーく受け流しながらもきちんと男から目を離していない、ゆるい口調とは裏腹にしっかりとした騎士さんだ。
「…………あたしが痛い思いしたんだからしっかりしなさいよ」
エノテラに抱きとめられたヒロインちゃんが男を見つめながらブツブツと何かを口にしていたが、それを気にする余裕はない。
「ぬぉぁーーっ!」
突然奇声を上げた男が、ナイフをめちゃくちゃに振り回しながらグラ殿下の方へと走り出す。
「グラナーダ殿下!」
誰よりも早くグラ殿下と男の間へ飛び込んだのはナハト様で、出遅れた俺もナハト様を守るために即座に続こうとしたのだが、何か嫌な予感というか違和感を感じで一瞬足を止めてしまう。
時間にしては本当に瞬き程度だったが、グラ殿下の方へと駆け出した時の男の視線の動きが気になったのだ。
明らかにグラ殿下ではない方向をちらっと見た気がしたのだ。
「う、うわぁっ!?」
今何処を見た? と男の視線を追っていた俺は、ナハト様が向かった方から上がった情けない悲鳴にハッとして視線を戻す。
そちらを見ていたのは走りながらだし、時間にしてほんの一瞬のはずだが火事場の馬鹿力ってのはあるらしい。
想定外だったのは、それが被害者側の方だということだ。
グラ殿下の背後で何も出来ずガクブルしていた従者が、男の急接近にパニックを起こして悲鳴を上げながら、突然グラ殿下を突き飛ばしたのだ。
それも迫ってくる男の方へ。
まさか背後から突き飛ばされるとは思ってなかったグラ殿下は体勢を崩してしまうが、ちょうど駆け寄ったナハト様がその体を支える。
しかし、そうなると迫ってくる男へ背中を向ける体勢になってしまい、
「危ない! グラ!」
ヒロインちゃんが叫んで駆け寄って来てグラ殿下とナハトを庇う…………ことはなく、普通にあのちょっと口の悪い騎士さんが危なげなく割って入り、男の手からナイフをはたき落とす。
あまりにサラッと入ってきて、ゆるーく気合の声も全く無かったので、コントじみた雰囲気すらあったぐらいだ。
気合の入った声を上げていたヒロインちゃんはというと、駆け寄って来ようとしたみたいだが思い切り転んでた。
まぁ、エノテラがいるから大丈夫だろう。
それより、俺はナハト様だ。
「ナハト様、怪我はございませんか」
やっと来たキラキラした鎧の騎士達に囲まれているグラ殿下を見ているナハト様へ近寄ってそう声をかけると、ジトッとした目で睨まれてしまう。
「……助けにこなかったな」
「すみません。ナハト様なら、あの程度の相手で怪我などされないと思いましたので……」
正直なところ、俺の目から見てもあの程度の男相手ならナハト様が勝つと思っていた。だからといって、もちろん助けないなんて選択肢はなかったが。
そんな気持ちを込めて、ヘイズさんを見習ってにこりと微笑んでおく。
ちょっとバタバタはしたが、人質にされていた女の子も無傷だし、痛い痛いと騒いでいるヒロインちゃんも掠り傷だから大団円で良いだろう。
武器を失った男は、地面に膝をついてブツブツブツブツと呟いているが、正気なのかが少し心配だ。
そんな男をキラキラした鎧の騎士の一人が気味悪げに遠巻きにして見張ってるが、正直あのキラキラした鎧の騎士達だと少し…………いやかなり心配なので早く拘束して欲しい。
武器がもう無いように見えても、ここは魔法なんて殺傷能力の高い技能がある世界なんだから。
「一応言っておくと、この庭の中では攻撃魔法使えないからな?」
「…………よくお分かりになりましたね」
訳知り顔でシリアスして微笑んでいたら、可愛らしくドヤ顔したナハト様に隣から突っ込まれてしまった。
俺にはヘイズさんの域に行くのはまだまだ無理らしい。
そういえば攻撃魔法使えるなら、さっきヒロインちゃんも使ってたかと思い至り、何となく安心してしまう。
これであの男が足掻くとしても、物理攻撃限定だ。それなら俺でも何とか出来る。
うんうんとこっそりと頷いていたら、青ざめた顔のルコルを連れてミラベルお嬢様がこちらへやって来て、微笑んで補足説明をしてくれる。
「ナハトさん、それは正確ではございませんわ。ここではほとんどの攻撃魔法は使えませんが、例えばS級冒険者である幻日様ぐらいの強力な魔法でしたら、無効化は不可能でしてよ?」
ふふっと微笑んで説明してくれたミラベルお嬢様の表情に嫌味な感じは全くなく、おかげで俺もにこりと微笑んでお礼を口にする。
「そうなのですね、不勉強でお恥ずかしい。お教えいただき、ありがとうございます」
「どういたしまして。自分の不勉強をお認めになって、学ぶ姿勢を持たれることは素晴らしいと思いますわ」
お上品に口元を手で隠して微笑むミラベルお嬢様は、やはり強気な見た目と相反するタイプのお嬢様のようだ。
見た目はテンプレの悪役令嬢みたいだから、下民が話しかけないでくれますかしら? とか言い出してもおかしくない雰囲気だが、そんな様子は全く無い。
自分を心配して顔を青ざめさせたルコルを気遣う姿も優しさと慈愛に溢れている。
「そのお言葉、胸に刻ませていただきます」
同性が惚れるタイプのお嬢様だなと微笑ましく思いながら、感謝の言葉共に胸に手を置いて芝居がかった仕草で頭を下げる。
「うふふ、そうなさい」
ミラベルお嬢様は思ったよりノリが良い。こちらもツンと顎を反らせて、わざとらしく偉ぶって応じてくれた。
俺が思わず素で目を見張ると、ミラベルお嬢様は満足そうに年相応な悪戯っぽい笑顔で、ふふと笑っていて。
「こいつはオレの従者だからな」
思いがけずミラベルお嬢様と交流を深めていると、俺達の話に入って来れなくて拗ねたのか、低い声音で宣言したナハト様からギュッと抱き寄せられる。
抱擁というよりは、まるでお気に入りのぬいぐるみを確保するかのような仕草に、ミラベルお嬢様は落ち着き払った様子ながら、何処かキラキラとした眼差しでナハト様を見て「あらあらあら」と呟いて楽しそうだ。
ミラベルお嬢様が楽しそうにしている姿を見て、青ざめていたルコルもやっと強張っていた表情に笑顔が戻る。
俺達がそんなほのぼのした交流をしている中、グラ殿下は騎士達に囲まれて安全圏、ヒロインちゃんはエノテラから介抱されている……はずだったのだが。
「スリジエ! そんな奴に近寄るな!」
「駄目よ! だって、あんなに辛そうにしてるよ! あたしが癒やしてあげないと……」
ヒロインちゃんがヒロインムーブしてエノテラから引き止められている声が聞こえて来たな。
その声が聞こえた瞬間、キラキラとしていたミラベルお嬢様の瞳からスッとキラキラが消えるのを見てしまった俺は、ナハト様をやんわりと押し退けながら苦笑いを浮かべて声の方を見る。
項垂れた男を遠巻きにして見張る相変わらずな騎士達。そのせいで難なく男まで駆け寄ることが出来ちゃってるヒロインちゃん。
「ねぇ!」
ゲームのイラストのまま──より少し幼い顔だが、ほぼそのままな笑顔で男へ呼びかけるヒロインちゃん。のろのろと男が顔を上げてヒロインちゃんを見た──その後、何を言ったかは聞こえなかったが、ヒロインちゃんの柔らかな表情からすると優しい慰めか叱咤だろう。
もう大丈夫そうだなとヒロインちゃんと男から目を離すと、ちょうどあのお坊ちゃまが嫌そうな雰囲気駄々漏れの従者連れてやって来たところだった。
ミラベルお嬢様は丁寧な塩対応だが、お坊ちゃまの目的はルコルらしい。
「先ほどは、すまなかった。ああ言えば大概の女性はついてくると言われたのだが、俺様の言い方が間違ってたようだ……」
そんなことを言って真剣に謝ってるのを聞くともなしに聞きながら、俺はナハト様の伝えた「友人は選んだ方が良い」という言葉の意味を考える。
その意味するところ、もしかしなくてもお坊ちゃまが『ああ』な原因は、ルコルに謝るお坊ちゃま。ではなく、その背後でニヤニヤと笑う従者の少年ではないかと。
一緒になって謝るのでもなく、そのような者に頭を下げるなど、とたしなめる訳でもない。
お坊ちゃまがおろおろして謝る様を見て楽しんでいるようにしか見えない。
それはミラベルお嬢様も当然気付いてるらしく、あからさまに嫌そうな表情で見ているのは従者の方だ。
Theお嬢様なミラベルお嬢様なら、微笑んで流しそうなところをあえて感情を剥き出しにして相手を牽制している気がする。
ナハト様は、いつも通りナハト様で、うっとうしいと言わんばかりの顔で……やはりこちらも従者の少年の方を睨んでいる。
こんな小さい頃から、貴族って大変だなぁと微笑んだまま他人事のような……まぁ、他人事だからそんなことを考えていると、何の前触れもなく辺りへ悲鳴が響き渡る。
そこにいる全員がハッとした表情で悲鳴が上がった方向見たと思う。
「だ、駄目よ! そんなことをしては!」
そこで必死に叫んでいるのはヒロインちゃんだ。さっきの悲鳴もヒロインちゃんだろう。
その台詞がやたらと棒読みだなと思ったのはほんの瞬き一つの間で。
そんな些細な疑問は、鬼気迫る顔でこちらへ迫ってくる男のせいであっという間に吹っ飛んでしまった。
「お、おれは、騎士団長のせいでぇーーっ!!」
狂ったような声で叫びながら突進してくる男。
その手には小さなナイフが握られている。
身体検査ぐらいしとけよ! と内心で毒づいて、俺は標的とされたナハト様──ついでにミラベルお嬢様達を庇う形で前に立つ。
「ジ……おいっ!」
「ナハト様は私の後ろに。どうかお嬢様方をお守りください」
背後からの文句に従者っぽく応じて、俺は迫る男を油断なく睨みつける。
敵はあんな素人。しかも恐慌状態。使ってるのも小さなナイフ。
俺なら的としても小さいし、避ける自信はある。
避けたところを、最悪噛みついてでもナイフを取り上げてやる。
気合入れて、油断はなかった俺だったが、不意に目の前を塞ぐように現れた相手の背中に、思わず「えっ?」と間の抜けた声を上げてしまう。
「お、お、お、俺様が、相手だぁっ」
そう宣言して俺の前に立っていたのは、俺より一回り以上大きな体をガクブルさせて、とても頼りにならなそうな後ろ姿を見せるお坊ちゃまだ。
「か、かの、彼女には、指一本、ふれさせないじょ!」
ビシッと男へ向けて指を突きつけているが、その指は震えてるのが丸わかりだし、声も震えて噛んでまでいる。
それでも、お坊ちゃまはそこを退こうとせず。
俺は……とりあえず内心でお坊ちゃまへの評価を改めるのだった。
「正直邪魔だな」
呟きそうになった本音は飲み込んで。
いつもありがとうございますm(_ _)m
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悪役としてもいまいちな男。ちなみに、すっかり忘れられてるでしょうが、フーリッシュ男爵です。
主様に軽くボコられたけど、生きてました。
そして、典型的な逆恨みをしたようですね。
ここで幻日を狙わない辺り、小物感ましましーな方です。




