287話目
ヒロインちゃん……。
287話目
「何でそんなこと言うの? あたし、何かミラベルに酷いことした?」
さっきまでの元気な姿が嘘のようにそう弱々しく訴えたヒロインちゃんは、エノテラの服をギュッと掴んでミラベルお嬢様の方を見つめている。
今ここで誰か新たな登場人物が来たとしたら、大体の人がミラベルお嬢様の方を悪いと言いそうだ。ミラベルお嬢様、可愛いけどヒロインちゃんと比べると顔立ちが少し派手というか、強そうに見えるし。
しかし、そんな庇護欲を誘うヒロインちゃんにも、ナハト様は眉を寄せているだけだ。
エノテラはもちろん心配そうな表情でちらちらとヒロインちゃんを見ているが、一応今日は従者だからいつもみたいな態度はとらないらしい。
「ミラベル、感謝はする。けど、絡まれるぞ?」
「ふふ、わたくしの心配なら必要はありませんわ。慣れてますもの」
そしてヒロインちゃん、二人の会話から察せてしまうけど、普段から色々やってるのだなぁと少し遠い目をしそうになる。
ヒロインちゃんが頑張ってるのは認めるけど、ナハト様とミラベルお嬢様の反応見ると、完全なる空回りしてるっぽいな。
ヒロインちゃんは俺よりゲームの知識をきちんと覚えてるから、攻略対象者の悲劇を防ごうとしてるんだろうけど……。
貼りつけた微笑みの下でそんな想像をしていた俺は、ふと違和感を覚えて内心で首を捻る。
ヒロインちゃんの行動って…………。
何か思いつきそうになったが、その閃きは突然聞こえてきた怒鳴り声と悲鳴で霧散してしまう。
「なんだ?」
「騒がしいですわね」
ナハト様とミラベルお嬢様は揃って声の方へ向かおうとしたので、俺とルコルは同じく揃って主人を制して無言で首を振る。
「何か起きてるなら、無視は出来ない」
「あちらには王子殿下もいらっしゃいますのよ?」
「そうよ! 暴漢からグラを守らないと!」
正義感溢れる主人の言葉に、俺とルコルは目配せをし合って頷く。いざとなれば、という確認だが、無事に通じたようだ。
しれっとヒロインちゃんから、向こうに暴漢がいるというネタバレもあったから、対処はある意味しやすい。
ヒロインちゃんがポロッとしたのを信じるなら、何者かが襲って来たんだろう。
主人を危険に晒す訳にはいかないので、本当なら無理矢理でもここから引き離すのが正解だろうが、様子を見てからでもいいよな。
──正直、俺も気になる。
当然俺が先を行く陣形となり、声の聞こえた方へ近づくと、グラ殿下の落ち着いた声が聞こえてくる。
どうやらグラ殿下は無事らしい。
そういえば、置物と化していたけどここにも騎士達はいたなと思い至るが、なら何で悲鳴上がるような事態になる前に対処出来なかったんだと突っ込みたくなるが、見えてきた光景にその理由を悟る。
「何故こんなことをするんだい? その子は関係ないだろう、君の標的は僕じゃないのか?」
集団となってガクブルしている貴族の子供達をちらちらと見ながらグラ殿下が話しかけているのは、見るからにお茶会の参加者ではない中年男性だ。
それは、俺が先ほど妙な既視感を覚えたあの男で。
その片腕には…………泣きじゃくるドレス姿の女の子が抱かれていて、ナイフを突きつけられていた。
「う、うるさい! お前にあれを食べさせられなかったせいで、私は……私はっ!」
口角から泡を飛ばしながらナイフを振り回して喚き散らす男に、グラ殿下は眉間に皺を寄せ、お茶会の参加者達は悲鳴を上げて逃げ惑う。
「いい感じの流れね」
グラ殿下を置いて逃げるなよ、とか犯人刺激するなよ、とか思ってしまったが、仕方ない話か。今日集められた参加者は全体的に幼く、他人からの悪意に晒されたことのないような箱入りばかりだろう。
俺が男を油断なく見つめながらそんなことを考えていると、ヒロインちゃんが何か呟いたのが聞こえる。
内容はわからなかったが、ヒロインちゃんなら呆れた感じで『臆病ね』とか、または俺みたいに『仕方ない』かな。
「お、おい! 第二王子! おおお、お前は逃さないぞ!」
一気に人数が減ったことに慌てた様子で、男がブンブンとナイフを振り回して鬼気迫る表情でグラ殿下を脅す。
人質になっている女の子は、もう気絶寸前だ。泣き叫ぶ元気もなくなっている。
「やっぱりなんか見覚えが……」
男の顔を注視していると、また既視感と何故か胃がシクシクと痛み出し、俺は無意識に口から疑問をこぼしてしまったらしい。
ヒロインちゃんを避けてナハト様の横へとゆっくり移動してきたグラ殿下が、ちらっとだけ俺の方を見てからナハト様を見て口を開く。
「ナハトは初対面かもしれないが、彼は以前も僕のお茶会で騒動を起こしたんだ」
「騒動、ですか? 前もこんなことを……?」
ナハト様の反応とグラ殿下の意味ありげな視線から察するに、以前のお茶会というのはナハト様と参加した時ではなく、主様と二人で参加した『あの』お茶会のはず。
あのお茶会といえば……。
思い出した瞬間、グッと込み上げた吐き気を気合で抑え込む。
「ぢゅっ!? ぢゅぢゅぢゅっ!」
俺の異変にいち早く気付いたテーミアスの声に、小声で「……平気だ」と答えて女の子を人質にしている男を改めて睨みつける。
やっと思い出せた。
思い出せて全くすっきりはしないが、あの男はお茶会に猛毒であるエプレを持ち込み、主様と……さっき本人が言ったがグラ殿下へ食べさせようとした男だ。
確か「冒険者に騙された」という証言で罪を逃れたっていう馬鹿馬鹿しい話を聞いていた気もしたが、興味がなく忘れていた。しかし、ここでこうしてるってことは、結局悪事は露見というか、逃れられなかったのか。
「その子をお離しなさい! 人質が必要というなら、わたくしがなりますわ」
ヒロインちゃんが言いそうなことを、ミラベルお嬢様がビシッと格好良く言い放ち、ルコルを青ざめさせている。
ヒロインちゃんは同じことを言おうとしていたのか、先に言われた! と言わんばかりの表情を……、
「人質ならあたしがなるのが当然よね!」
あ、口に出して言った。やっぱりそう思っていたのか。
犯人である男ですらぽかんとしているので、気を逸らしてエノテラが人質を救出……違うな、エノテラもぽかんとしてる。
そんな空気を気にせず、ヒロインちゃんはナイフを人質へ突きつけてる男へ駆け寄って行く。
「……は?」
そう声を上げたのは誰か。
もしかしたら、その場にいた全員かもしれない。
追い詰められている男にそんな刺激を与えればどうなるかなんて、火を見るより明らかで。
「ち、近寄るなーっ!」
「えっ、ちょっ! 痛っ!」
ヒロインちゃんの暴挙に狂ったような叫び声を挙げる男。それに呼応するようなヒロインちゃんの慌てた声と悲鳴。
人質へ向けられていたナイフはヒロインちゃんへ矛先を変えてぶんぶんと振られ、その刃先が運悪くヒロインちゃんの腕を掠めたのだ。
幸いにもドレスのふわふわした飾りのおかげでほとんど血は出ていない。
俺がそれにほっとしていると、視界の隅──庭の茂みの中から飛び出して来た人影が、ヒロインちゃんに気を取られている男の腕からサッと人質の女の子を奪い去る。
人質を救出した人影とは別に、もう一人飛び出して来た人物がいたのだが、その人物はついでとばかりに痛い痛いと騒ぐヒロインちゃんをエノテラの方へと突き飛ばした。
新たな人質にされたら大変だから当然の行動だとは思ったが、ヒロインちゃんの扱いが雑なのは気のせいか?
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ヒロインちゃんの扱いが雑なのは、うちの基本方針です!←




