285話目
ひたひたひたと。
マナー的に正解かどうなのかはわからないが、お茶会の会場へ入る前に、せっかくなのでミラベルお嬢様の従者であるメイド姿の少女と自己紹介し合っておいた。
お互いの主人は仲良さそうだし、俺達が仲良くしていて悪いってことはないだろうからな。
ということでメイド姿の少女の名前はルコル。
栗色の髪に緑色の目の小動物っぽくて可愛い系。口説きたくなったお坊ちゃまの気持ち、ほんの少しだけわかってしまった。
本日は子供ばかりということで庭での立食形式のお茶会だ。
そのお茶会の会場へ入れば、俺の仕事は空気というか背景となってナハト様の諸々の世話を焼くこと。
もしかしたらさっきのお坊ちゃまがまた絡んでくるのではと思ったが、第二王子がいる会場でそんなことをするような馬鹿ではなかったらしい。
大声でガハハと陽気に笑いながら、別グループとの親交を深めているようだ。
もちろん向こうを気にしてはいたが、主人であるナハト様から目を離したりはしていない。
次から次へと話しかけてくる人物がいる辺り、ナハト様の学園での人気ぶりがわかる。
自分のことのように嬉しくなって、頬を緩ませ過ぎないようにするのが大変だ。
会場に入るまでは緊張はしたが、参加者がグラ殿下の同年代、従者も同年代となると、やはり大人参加のお茶会よりはにぎやかでゆったりしている。
大人参加のお茶会は、子供達で話していても、大人組から不穏な空気が漂ってきたりもしてたからな。
「……ナハト様、失礼します」
「おう」
器用にも生クリームを頬に付けたナハト様に、そっと声をかけて頬を拭くと、良きにはからえとばかりに鷹揚に頷かれる。
俺が従者っぽくしてるように、ナハト様も主人っぽくしてるのが面白くて、声を出して笑いそうになるのをグッと堪える。
そんな俺の努力を知ってか知らでか、周囲を見渡して悪戯っ子のような顔になったナハト様が耳を貸せと俺を手招きする。
「小さいから悪目立ちするかと思ったけど、何か皆ジルより子供っぽいな」
「ナハト様……お言葉が過ぎます」
俺が感じていたがあえて考えないようにしていたことをはっきり口にしたナハト様に、俺は少しだけ微笑みに苦さを混ぜて曖昧に流しておく。
実際、体の大きさも見た目の年齢も会場内では俺が一番のようだ……下から数えてな。
女の子の参加者で、ミラベルお嬢様のようにメイドさん連れの子も複数いたが、その子達より俺は小柄だ。認めたくないけど。
あからさまに「まぁ小さくてお可愛らしい従者ね」とすれ違いざまに言われたりもしたが、その相手は女の子で、からかってる訳ではなく弟でも見るような眼差しだったので、軽く会釈をしておいた。
でも、大人げない俺は精神年齢で負けてなるものかと、従者モードに気合を入れてみたのだが、そこまで気合を入れなくてもナハト様の言葉通りなのだ。
ふと冷静になってみると、精神年齢で負けてなるものかという考えが子供っぽいかもしれないと気付き、こっそりと深呼吸をして頭を切り替える。
しかし、従者の方が年下なのはナハト様ぐらいなのだが、その従者の方も経験不足というか信頼関係が築けてないのか、落ち着きない主人に振り回されていたり、逆に従者が食欲に負けてお菓子を盗み食いを見つかって注意されたりしている。
そんなある意味平和な空気は、少し遅れて登場となった主催者の登場で引き締まる……というか、軽く恐慌状態だ。
グラ殿下主催のお茶会なんだから、グラ殿下来るのは当然なんだが。
動揺してお茶をこぼしたり、転んだりしている参加者多数というカオスな状況を見ながら、俺は微笑みを絶やさずナハト様の背後に待機。
グラ殿下へ挨拶に向かうナハト様の背後に影のよう付き従うのみ。
こういうと格好良いが、ただ単にナハト様の後ろをカルガモのヒナ如くついていっただけだ。
「ナハト、こうして会うのは久しぶりだ。よく来てくれたね」
「グラナーダ殿下、本日はお招きいただき、ありがとうございます」
初対面ではないので、グラ殿下から声をかけられたナハト様は自己紹介無しでお茶会への招待のお礼のみの挨拶だ。
そのまま、近況などの軽い世間話が始まったので、その間も俺は背後で空気となる。
もちろん気は抜いてなかったが、ナハト様の挨拶に余裕溢れる微笑みで返していたグラ殿下の目が、かちりと俺で止まり、数度瞬きを繰り返した……気がする。
天上の麗人と目が合わないようにしていたので、何となく気配で見られたような気がしただけだが。
何だったら、グラ殿下の背後にいる従者からの視線の方がバシバシ刺さってくる。
いつもの護衛を兼ねた大人の従者ではなく、グラ殿下も同年代っぽい従者連れだ。だから、幼い従者な俺がグラ殿下に粗相しないか心配なのかもしれない。
今の俺はグラ殿下とは初対面なただのナハト様の従者──、
「ねぇ、ナハト。もしかしなくても、その従者の子って……」
どうやら、ばっちりバレてるらしい。
指摘されたナハト様がわかりやすくアワアワしてるので、俺はグラ殿下だけに見えるように唇の前に指をあててシーッという仕草をしてみせる。
まぁ、髪色と目の色を変えただけで、顔立ちは俺のままだからグラ殿下みたいに観察力も記憶力も高そうな相手には通じないよな。
「ぢゅっ」
服の中に隠れているテーミアスから、一発派手な幻を見せてやるかという提案があったが、城仕えの魔法使いさん達が束で飛び出して来そうなので、そっと服の上から触れて止めておく。
それこそお茶会が強制終了してしまう。
テーミアスの幻を見せる魔法は、主様ですら一目置いてるぐらいだからな。
それに俺の仕草に即気付いて空気を読んでくれた聡明なグラ殿下は、
「初めて見る子だね。……しっかりとナハトに仕えるんだよ。あぁ、でも、今日のお茶会はそこまで堅苦しくするつもりはないから、楽しんでいってね」
と穏やかな微笑みで俺の意を汲んで話しかけてくれた。
なので俺も微笑んで「お心遣いありがとうございます」と感謝の言葉を口にする。……あ、ナハト様に発言許可得てないけど、うん、主催者がそこまで堅苦しくするつもりないって言ったからセーフ、セーフ。
周りからの突っ込みも陰口もないみたいだし、良かったと内心で胸を撫で下ろした俺は、またわかりやすくホッとしているナハト様の背中をバレないように軽く叩いておいた。
そして、自然な感じで次の人の挨拶を受ける体勢になったグラ殿下を目で追っていた俺は、会場である庭の外──城の外廊下というのか、そこからこちらを見ている男に気付く。
何か見覚えがあるというか、見ているとムカムカしてくる顔だったが、何処で見たか思い出せない。
思い出せないということはたいして重要じゃないかと思い出すことを放棄したことを、俺は後で悔やむ羽目になる。
しかし、俺に未来を知る能力なんて当然ない。
見覚えがある程度の男のことなどすぐ忘れて…………というか、忘れてしまうようなイベントが発生しようとしていたのだ。
「げっ!」
心底嫌そうなナハト様の気持ちのこもった声に、俺は慌てて男の方を見ていた視線をナハト様の見ている方向へとやる。
「っ!」
思わず俺も上げそうになった声を飲み込むが、微笑む顔が引きつっている自覚はある。
俺達の反応に、他の参加者からの挨拶を受け終えたグラ殿下も訝しげな表情になって俺達の視線を追い、深くふかーくため息を吐いた。
「やはり、来たんですね」
薄く微笑むグラ殿下の表情は、どう見ても『ヒロイン』に会えて喜ぶ『攻略対象者』ではない。
まだ攻略される前なせいなのか、道端のゴミでも見るような眼差しみたいに感じるのは、グラ殿下が整った顔立ちのせいだろう。
「来てあげたわ! グラ!」
あのお坊ちゃまに勝るとも劣らないよく通る声が庭へと響き渡り、新たな騒動がやって来たことを高らかに教えてくれていた。
いつもありがとうございますm(_ _)m
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ある意味、このお茶会の主役になりそうなヒロインちゃん乱入(*>_<*)ノ
一応同年代の貴族のお嬢様? ではありますから。
さてさて、どうなるのか←




